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76.病室にて

 ラウリを運び出したステル達は、思ったよりも早く病院に到着した。

 王家の威光とラウリのおかげだ。遺跡を出てすぐの冒険者協会で早い馬車を借りて、南部の大きめの病院に速やかに入ることができた。


 回復魔法は魔導具での再現が難しく。伝説に伝えられる魔法のようにあらゆる傷を一瞬で癒やすような力をもったものはまだ再現できていない。

 それでも、傷を癒やす大型魔導具は存在する。ラウリを治療してくれた病院は新しめの設備が揃っており、すぐにそうした治療をしてもらうことができた。


「傷は塞がってたみたいだから、平気だよな」

「わかりません。あの黒い腕は普通じゃないように見えましたから……」

「…………」


 治療用の病室の外、椅子に座って自分を安心させるように言ったグレッグにステルは正直に自分の思うところを伝えた。

 黙り込んでしまったグレッグには悪いが、傷が塞がったとはいえ、ラウリの容態はあまり好ましいものに見えなかった。

 病院まで急いで運ぶ間、かなり揺れたり動かしたりしたのに、ラウリは呻き声一つあげず眠っていたのだから。


「あの時の私の判断、正しかったのかしら……」


 椅子に座って目を閉じていたイルマが顔を上げて言った。

 その声は、少し震えていた。状況が違うとはいえ、以前も彼女は自分かグレッグ、どちらを生かすかの判断をしている。

 あの時は自分を犠牲にし、その上で助かったが、心に傷は残ってしまった。


「イルマ、お前は悪くねぇ。むしろああしなきゃ支部長は死んでた」

「そうですよ。最善は尽くしていました」

「そうかしら……。そう思いたいけれど」


 イルマが静かに首を振った時、病室の扉が開いた。

 中からアーティカ、ヘレナ王女、アマンダの三人が現れ、その向こうの部屋の中では医師と看護師が慌ただしく動いているのが目に入る。

 どうやらラウリを病室に移すためにベッドを動かすらしい。


「アーティカさん、ラウリさんは?」

「とりあえずは、大丈夫よ」


 その言葉に、ステル達は安堵する。


「既に傷は塞がっていましたし、おかしな所は無いとのことでした。あの治療用の魔導具も念のために使ったくらいですね」

「後は、目覚めるのを待つだけなのですけれど……」


 アマンダの言葉に続いたヘレナ王女は微妙な顔をしていた。

 それに気づいたアーティカが言う。


「傷をつけた相手が相手だから、影響は残ると思うわ……」

「影響ってどんなものなんですか?」


 ステルの質問に、アーティカは静かに目を伏せた。


「まだ、何ともいえない。ごめんなさいね。私の薬じゃ、あれが限界で……」


 何か言葉をかけようとステルが立ち上がった時、室内からラウリを乗せたベッドが運ばれてきた。

 グレッグとイルマが近寄り、ステルもそれに続く。


「支部長! 大丈夫か!」


 グレッグが病院内に相応しくない大声で言うと、医師と看護師が顔をしかめた。


「グレッグ、ここは病院よ。静かに」

「お、すまねぇ……」


 たしなめられるグレッグの横で、ステルは見た。静かに眠っているように見えたラウリの表情が動くのを。

 ラウリは不快そうに顔をしかめた後、絞り出すように呟いた。


「……全く、病院くらい静かにして欲しいものだ」

「ラウリさんっ」


 目を開き、声をかけて来た人物を確認したラウリは言った。


「……ステル君。この街から離れたまえ」

「…………」

「あの敵……『落とし子』は危険だ。君は私が強引に『見えざる刃』へと引き込んだようなものだ。これ以上、関わらなくてもいい」「……ラウリさん」

「アンナ君に私から指示を出しておく。だから安心して、後は任せるといい……」


 そこまで言うと、ラウリは再び目を閉じてしまった。

 横で見ていた医師がベッドを動かすように指示を出す。

 

「ラウリさんがああ仰るなら、ステルさんは無理に関わらなくても良いかも知れませんね……」

 

 全員でラウリが運ばれるのを見送ってから、ヘレナ王女がぽつりとそう漏らした。

 その言葉に、ステルは首を横に振る。


「いえ、あれは僕の獲物です。だから、必ず仕留めます」


 拳を握りながら、ステルは力の籠もった声で、はっきりと言った。


○○○


 冒険者協会同士の情報共有は意外なほど早い。

 ステル達が冒険者協会経由でラウリを病院に運んだこともあり、アンナは彼が怪我をした情報をかなり早い段階で入手することが出来た。


 支部長が大怪我をしたとなればただ事ではない。最近は殆ど秘書のような扱いだったこともあり、アンナは支部を代表して様子を見に行くことになった。

 

 馬車を乗り継ぎ、南部の病院に到着した時、既にステル達はいなかった。

 いくら情報を早く得たといっても何時間もたっている。彼らは次の行動に移ってしまったのだろう。


 何があったのか詳しく聞きたい気持ちを抑え、アンナは足早に病室に向かった。

 目的の個室を見つけ、中に入ると、ラウリは目覚めていた。


「やあ、アンナ君。仕事熱心なことだね」

「支部長。重傷だと聞きましたが」

「アーティカさんの薬のおかげさ。すぐに動けるわけではないがね……」


 言いながら、身を起こそうとして、顔をしかめ、そのまま倒れ込むラウリ。

 なるほど、本調子は大分遠そうだ。

 苦悶に顔を歪めるラウリの側まで行ったアンナは、顔を覗き込む。


「大丈夫ですか?」

「ご覧の通りだ。無理をしすぎたらしい」


 言葉通りでハンサムと評判の顔も疲労が濃く酷い物だった。消耗が激しいのか、うっすらと隈まで浮いている。


「そもそも無茶をしすぎだと思いますから。少し休んでは?」

「そうだな……」


 そう返すと、ラウリは静かに目を閉じた。このまま寝てしまいそうな様子だ。

 それもいい、この支部長は『見えざる刃』とのダブルワークで過労気味だった。


「……悪いことをしてしまった」


 目を閉じながら呟かされたその言葉は、彼にしては珍しく、後悔の滲んだものだった。


「支部長はだいたい悪いことをしていると思っていますが」


 アンナの冷たい返事に、ラウリの口の端が笑みの形になった。


「手厳しいな。ステル君のことだよ。彼に『君には関係ないから逃げろ』と言ってしまった」

「……それは。支部長が言っても彼は逃げないと思いますが」


 ステルの性格上、そう言われて逃げるわけがないだろう。真面目な子なのだ。


「だからさ。わざわざ彼が逃げないように誘導するようなことを言ってしまった自分が嫌になる」

「…………」


 どうやら本気で悔いているらしい。

 色々皮肉が思い浮かんだアンナだが、言わないことにした。一応、怪我人なのだ。


「……時間が足りない。もう少し時間があれば、他の『見えざる刃』を動かすことも、なんならコネを使ってクリスティン・アークサイドを引っ張り出して、戦わせることも出来た」

「それは最後の手段なのでは……」


 剣姫クリスティンは現在、犯罪者としてアコーラ市内で収容中だ。戦力としては申し分ないが、非常手段でも最後の最後に使うべき手札である。


「だが、使うべき局面だった。もっと早く、動けていれば……」

「支部長……」


 いつも自信たっぷりな彼らしくない姿だ。「後悔は後にするもの」とばかりに、次々と手を打ち出すのがこの上司だったというのに。

なるほど。これは重傷だ。

 そう思いながら、アンナは手際よく持って来た荷物の中身を取り出し、部屋のテーブルの上に並べていく。


「アンナ君。それらは何だね? 私の仕事道具に見えるのだが?」

「可能ならば、ここで書類仕事をやって貰おうかと。ペラペラ喋れるくらい元気で安心しました」

「おい、さっき私に『休め』と言わなかったかね?」


 手を止めて、アンナは笑顔で言う。


「何もせずに過ごすよりはマシでしょう?」


 彼女にしては珍しい、優しい笑顔だった。

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