68.王家の遺跡
話を終えたステル達は、その日の夜に魔法装置があるという所へ向かうことになった。
行き先はアコーラ市南部。かつて街の中心であった場所であり、もっとも古い町並みが広がる地域である。
四人が向かったのはその昔、行政の中心があった場所で、現在はアコーラ市記念公園とされている緑の多い場所だった。
日も暮れて薄暗い公園の片隅、木の陰が濃い一画を、魔導具の灯りを点けた一行が歩いて行く。
「アコーラ市って、公園に何かが隠されていることが多いですね」
「街で管理するのに楽だからと聞いております。大きな公園なら管理事務所も置けますし」
「ここは元々は市の中心だった場所です。当時は王族の誰かが常駐して、管理していたと言いますが」
「今は静かな場所よね……」
そんな話をしているうちに目的の場所についた。
到着したのはちょっとした広場で、中央に小さな石碑がある。
文字がかすれ、何が書いてあったかもわらなくなっている古いものだ。
アーティカが前に進み出て、石碑に軽く触れてから、その場の全員に言う。
「ここが私の管理している場所の一つ。王族しか入れない場所。『落とし子』へ対抗する魔法装置の遺跡になります」
「あの、ヘレナ王女、本当に入るんですか?」
「当然です。そもそも、王族しか入れない場所なのですから、私が行く他ありません」
心配して聞いたステルに対して、へレナ王女は力強く胸を張って答えた。彼女はやる気だ。
「姫に関してはご心配なく。私が護衛致しますし、姫も戦えないわけではありません」
「そ、そうなんですか?」
「エルキャスト王国の王族は守護の一族。護身の技くらい備えております。なにより、国内の護りは私の役目ですので」
言いながら、王女は手に持った魔導具の杖と小さな盾をステルに見せつける。服の下にも装備を着込んでいる上に、慣れた様子だ。
アマンダも同じく武器と防具を装備済みだ。彼女は護衛騎士らしく、鎧姿に長剣を腰に佩いている。魔導具で発展しているエルキャスト王国の騎士に相応しく、どちらも強力な魔導具だと言っていた。
そして、アーティカの装いもいつもと変わっていた。魔法使いとして出かける時に身につけるローブと杖だけでなく、頭、腕、首と装飾品を多く身につけている。腰には魔法陣を描いた紙を纏めた冊子をベルトに留めており、彼女に似合わない剣呑な雰囲気すら出ている。
「ステル君、中に入る前にこれを渡しておくわね」
言いながら、アーティカはローブの中から一本の小剣を取り出して、ステルに手渡した。
豪華さは無い、シンプルな鞘に納められたもので、柄の中央に小さな宝玉がはまっているのが特徴だ。
その宝玉をよく見ると、中で虹色の輝きが散っていた。
この街に来て知識を得たステルにはすぐわかった、これは魔導具ではなく、魔剣だ。
「これって、あの箱の中に入っていたものですか?」
「そのうちの一つよ。あの中には私がいざという時に使うものばかりなの、これとかね」
そう言って、豊かな胸の上に留まっている銀色の装飾品を指し示す。護符の類だと、歩きながら語っていた。
「えっと、この剣はどんな力があるんですか?」
試しに鞘から抜いてみる。良く斬れそうな銀色の刀身が現れた。しかし、これといった不思議な力は感じない。
「それは、この前ターラが来た時に渡された物よ。こういう時のためにね」
「母さんが? じゃあ、母さんも『落とし子』について知ってるんですか?」
「ええ、心配していたけれど、北でも色々あるみたいで、仕方なく、それを置いていったわ」
「それで、その小剣にはどんな力があるのですか?」
横からアマンダがステルと同じ言葉を繰り返した。見れば、その隣で王女の目がキラキラしている。相変わらず自分の欲望には忠実な主従である。
「ステル君が使えば、その刃は魔物に対して強い力を発揮するわ」
「僕が使うと……?」
「ターラと同じ……技を使う貴方だからできることよ」
「なるほど。そういうものなんですね」
流石は母だ、色々と持っている、とステルは納得した。
ステルが教わった技や、身につけている物も含めて、母にはそういう謎めいたところがある。魔剣の一本くらい出てきても今更驚かない。
「神話に出てくるミスリル製の破邪の武器とまでは行かないけれど、『落とし子』にも十分に有効なはずよ」
「それは頼もしいです」
そう言って、ステルは小剣を腰の後ろに取り付ける。口には出せないが、母が手を貸してくれるようで頼もしかった。
「では、準備は良いですね。この中にあるのは祭壇と、それを護る存在だけ。何事も無ければいいのですけれど……」
そう言って、ヘレナが石碑に触れた。
すると、それまでただの石にしか見えなかった石碑がぼんやりと青白く輝きだした。
次に起きたのは、王立学院の図書館の時と同じ変化。
地下への階段が現れたのである。
「では、私が先頭で」
「待ってください」
魔法の階段が現れるなり、進もうとしたアマンダをステルが止めた。
「…………」
空中に灯りを生み出す魔導具で、追加の照明を生み出し、地面を照らしてじっと見つめ始めた。
「何かあるの、ステル君?」
「上手に隠してありますが、何かが入った跡があります」
「………………!?」
ステルの言葉に、その場の全員が驚きと共に沈黙した。
「あの、何でしたら僕とアーティカさんだけで中を見に行きますけれど」
この先には何かがある。王族を危険に巻き込むわけにはいかないという思いから出た言葉だが、へレナには逆効果だった。
「駄目です。王家の者としての義務があります。むしろ、ここに『落とし子』がいるなら好都合。引導を渡してくれますわ」
「危なくなったら撤退致しますので、ご安心を」
主人と護衛ははっきりそう言い切った。二人の決意は固そうだ。
「とにかく、なおさらこの中を進まなきゃいけなくなったわ。私の監視を潜り抜け、王家の者しか入れない施設に侵入……。気が重いわね」
「行きましょう。僕が先頭で、アマンダさんは王女を護ってください」
「こ、心得た」
そんなやり取りをしてから、一行は地下へと降りていくのだった。
○○○
階段内は自動で灯りがつく構造だった。
足下が明るいのはいいが、自分達の侵入があっさりばれてしまったことは心配だ。
そんなことを考えつつ、ステルが階段を注意深く観察したところ、上手に消された足跡が確認できた。
「足跡は一人分です。沢山の何かが入ったわけではなさそうですね」
そう言って更に進もうとすると、アーティカが声をかけた。
「ステル君、ちょっと待って」
「はい?」
振り返って見れば、アーティカが集中していた。杖の先端が何度かチラチラと瞬く。
魔力感知だ。魔法使い独特の技はすぐに終わり、アーティカが口を開く。
「うん。奥に何かいるわね。大きな魔力を持ってる。人間でもエルフでもドワーフでもない」
「ここには守護獣が配されているはずですが……」
「侵入者がいる以上、それを素直に受け取るのは難しいかと」
ヘレナの言葉にアマンダが続けた。
「……ステルさん、お願い致します」
「わかりました。全員、僕から少し離れて進んでくださいね」
そう言って、ステルは再び階段を降りていく。
階段を降りた先にあったのはちょっとした広さの部屋だった。
物は少なく、殺風景で、中央に何かがあるのがわかった。見れば、壁一面にも複雑な紋様が描かれている。この部屋全体が一つの魔法ということだろう。
「……これは」
全員が言葉を失った。
装置は破壊されていた。
入る前にあった石碑と同じような素材で、四角く作られていたらしいそれは、無残に破壊されていた。
「なんということ……」
「王女、待ってください!」
あまりの事に動揺したヘレナ王女が一歩を踏み出した時だった。
砕かれた装置の影から、黒い物体がいきなり飛び出した。
「くっ!」
ステルは即座に前にでて木剣を抜く。
「はぁっ!」
魔力を流しつつの繰り出した一撃に、黒い影は吹き飛ばされた。
これは……。
攻撃の瞬間、木剣に堅い感触があった。少なくとも、相手を斬ったの感覚では無い。
「ステル君!」
「平気です。皆さん、下がって。アマンダさんは王女を」
「はいっ」
ステルの指示に、全員が戦闘準備を整える。
「…………」
眼前にいたのは魔物だった。
動くまで気配を感じなかった。
強敵だ……。いや、それにこれは……。
その姿を見たステルに戦慄が走る。
こちらをじっと見る獰猛な肉食獣のような姿をした魔物。
形こそ違うが、その体色に見覚えがあった。
「黒い獣……」
それは、都会に出てくる前、ステルが退治した黒い獣と同じ気配を放っていた。




