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67.アコーラ市の秘密

 アーティカの部屋は下宿の一階にある。一番広く奥まったところにある場所で、そこには彼女しか知らない秘密の部屋への通路があった。

 部屋へ案内されるなり、アーティカが呪文を唱えると出現した地下への螺旋階段を見て、一同は驚きつつも、先導されるまま後についていく。

 行き先は魔法使いなら必ず持っている施設。アーティカ・ディマードの工房である。


「アーティカさんの部屋にこんな仕掛けがあったなんて……」

「か……か……」

「大丈夫ですか、アマンダさん?」


 すぐ後ろを歩くアマンダの様子がおかしい。頬を紅潮させ、荒く息を吐いている。


「感激です。まさか、アーティカ・ディマード様の工房に足を踏み入れる日が来るとは……」


 いつも通りだった。


「アマンダ、落ちつきなさい。迷惑ですよ」

「はい」

「うふふ、噂通りのお二方なのですね」


 アーティカが楽しそうに微笑みながら後ろを向いて言った。

 それほど長くない階段を降りた先にあったのは広めの部屋だった。

 

 沢山の古い本とステルにはよくわからない物品が収まった棚、水を出す魔導具などの日用品、作業用と思われる机などが置かれた場所、そして片隅には小綺麗な椅子とテーブルが置かれた来客用の場所があった。

 アーティカは来客用のスペースにステル達を案内して座らせると、普通の魔導具でお茶を淹れ始めた。ステルがこれまでこの家で嗅いだことの無い爽やかな香りが辺りに漂う。


「先日、ステル君と出かけて買い求めたお茶です。舶来の品ですよ」

「良い香りですね……」

「わざわざ私達のために……。なんという……」

「あの、アーティカさんってそんなに凄い人だったんですか?」

 

 街で暮らすちょっとお金持ちで魔法使いのお姉さん、それがステルのアーティカに対する印象だ。魔法使いとしてそれなりのコネクションはあるだろうが、それがわざわざ王族が足を運んで来る程とは思わなかった。


「ご存じないのですか? アーティカ・ディマードと言えば、エルキャスト王国に三人しかいない『星』の称号を持つ魔法使いなのですよ!」

「す、凄いんですか……?」

「む、わかってませんね。そもそも『星』の称号とは複数の属性を極めた上に、更なる研鑽を……」

「アマンダ。そこまでよ。ステルさんが困っているじゃない」

「はい。失礼しました」

「アーティカさん、凄い魔法使いだったんですね」

 

 とにかく、アーティカが凄い魔法使いであることはステルにも伝わった。考えてみればあの母の友人なのだ。凄いところの一つや二つあるだろう、とステルは自分なりに納得した。


「今の時代じゃ大したことないのだけれどね。簡単に言うと魔法使いには火とか水とかの属性と呼ばれる得意分野があってね。二つ以上の属性を扱えると複合して新しい魔法を編み出せるの。私はそれがちょっと得意だったから大げさな称号を貰っただけ」


 そう言って、ヘレナ王女を見る。

 王女は華やかに微笑むと、美味しそうにお茶を一口飲んでから、上品な仕草でカップを置いて口を開く。


「では、そういうことにしておきましょう。今日は『星』の魔法使い、アーティカ・ディマード様にご相談に来たわけですが」

「わざわざ王族の方が来るようなことなんですか?」

「アコーラ市は古い街で、魔法使いの遺した仕掛けが沢山あるのです。アーティカ様は街の魔法使いの中心となり、それらを管理する役目を担っているのですよ」

「僕の知らないところで、そんなことをしていたんですね。流石はアーティカさん」


 新事実だ。草木以外に街の世話までしていたとは。

 一方、持ち上げられ続けているアーティカ本人は恥ずかしそうに顔の前で手を振った。


「大げさよ。殆どの魔法装置は稼働していないから、隠居同然のお役目。ただ単に、この街に留まりたい私の意志と仕事が一致しただけです」

「では、そのお仕事のお話です。図書館で調べました。アーティカ様の懸念は当たっています」

「…………そう。急いだ方がいいわね」


 ヘレナの一言で、アーティカは表情が深刻なものとなった。

 事情を知らないステルが横で困惑顔をしていると、アマンダがそれに気づいてくれた。


「ステル様。私達はダークエルフ事件の後に、アーティカ様から連絡を受け、この街を訪問する公務を作ったのです。急でしたので調節に少し時間がかかってしまいましたが……」

「ですが、間に合いました。確かにアコーラ市の結界は弱まっていますが、危機的状況ではないようです」

「あの、すいません、僕にはやっぱり何の話だか……」

「ごめんなさい。ステル君は魔法使いの常識については殆ど知らないの」

「そうでしたか。失礼しました」


 アーティカの話を受け、アマンダが頭を下げた。


「私が簡単に説明するわね。ステル君、前に農村で見た結界の魔法を覚えているかしら?」

「あ、はい。森の中にあったやつですね」

「アコーラ市にもそこかしこにああいうものが設置されているの。それこそ、見える場所と見えない場所に沢山ね。一つ一つは小さな魔法だけれど、組み合わせることで大きな守護の結界を作る、古代の魔法よ」

「アコーラ市は人々の意識しないところで、魔法の力で護られているのですよ」

「それを狙っている者がいるんですか?」


 少し話が見えてきた。何が行われようとしているのかはわからないが、アコーラ市に危機が迫っているのだ。


「犯人はあのダークエルフを送り込んだ者です。恐らく、『落とし子』であろうとアーティカ様は予測しております」

「…………『落とし子』ですか?」


 また知らない言葉が出て来た。もっと魔法使いの世界に対して知識を深めるべきだったろうかと、考えてしまう。


「ステル君、『黒い大地』ってわかるわよね」

「はい。神々がこの世界を作ったときにできてしまった、魔物のやってくる場所ですね。でも、言い伝えなんじゃ?」


 魔物は『黒い大地』から来る。有名な話だ。

 神話の時代、神々がその肉体を大地へ変えた際に悪神の仕込んだ悪戯。

 大地に生まれた黒い染みから魔物は次々と生まれると言い伝えられている。


「『黒い大地』は実在します。ただ、数が少なく、人間の生活する場所から遠いというだけなのです」

「『落とし子』は『黒い大地』がごく希に産み落とす最上級の魔物よ。外見も能力もまちまち。確実にいえることは、人間の社会と接触すると大きな悲劇を起こすこと」

「そんなものがこのアコーラ市に……。一体なんで?」

「このアコーラ市が元は『黒い大地』と呼ばれる場所だったからです」

「……ほんとですか!?」


 アマンダの言葉に驚いたステルにその場の三人は静かに頷いた。


「はい。遙かな過去に、この地の『落とし子』が倒され、豊かな大地へと浄化されたという話が、王家に伝わっているのです」


 王家では『古の落とし子』と呼んでいますね、とアマンダが横から付け加えた。


「じゃあ、その昔のことが今回の件に関係しているんですか?」

「『落とし子』の狙いはアコーラ市の最深部に封じられた、『古の落とし子』の残滓なの」

「このアコーラ市にあった『黒い大地』はとても大きなもので、『古の落とし子』は強大な存在でした。そのため、倒されてなお、その力の一部が地下深くに残留していたそうです。それは初代国王アノール・エルキャストとその仲間達によって封じられたのですが……」


 「封じられた」ということは倒したわけではないということだ。


「じゃあ、あのダークエルフを送り込んだ『落とし子』は封じられた過去の仲間の力を狙っている」

「その通りです。姫様と私は、アーティカ様から相談を受け、その対策にやってきました」

「倒せるんですか?」


 あのダークエルフはとても強かった。謎の黒い腕はステルの力を持ってしても容易い相手では無い。あれより確実に強い『落とし子』を倒す算段があるというのだろうか。


「勿論。そのための備えがこの街にはあるもの。結界もその一つ。どうも、クリスティン・アークサイドに壊されちゃったみたいだけれどね」

「クリスさんが魔剣を持って、この街に戻ってきたのはそのためだったんですね……」

「このような時のために、魔物の力を弱体化する結界の魔法装置があります。長時間の稼働ができないのが難点で眠らせていましたが、今こそ使うときでしょう」


 ヘレナ王女がそう言うと、女性三人の視線がステルに集中した。


「ステルさん。エルキャスト王国の王家の者として、貴方に『見えざる刃』の依頼を致します。私達と共に、アコーラ市の地下遺跡へ入り、魔法装置の起動を手伝ってくださりますよう……」


 そういって、ヘレナとアマンダは頭を下げる。

 王女が『見えざる刃』についての情報を知っていることに疑問は無い。相手は王族だ、そのくらいは知っているだろう。


「えっと、僕としては……」


 ステルが逡巡した様子でそう言うと、アーティカが口を開いた。


「ごめんなさいね、ステル君。この依頼は、クリスティン・アークサイドに魔剣の展示会の後にする予定だったんだけれど」

「まさかあんな事件を起こすとは予想もできず」

「ですよね……」


 アマンダの悔しそうな顔を見て心の底から同情した。剣姫クリスティン・アークサイド、あらゆる方面に迷惑をかけている女である。


「魔法装置の遺跡は地下。基本的には安全なはずですが、既に『落とし子』が街に近づいている以上、何が起きるかわかりません。そこで、信頼できる強い冒険者の助けが必要なのです」

「一つ、聞きたいことがあります」

「なんなりと」

「仮に『落とし子』がその『古の落とし子』の残滓を手に入れたらどうなるんですか?」

「少なくとも、この街に人が住めなくなるでしょうね」

「もっと大々的に動いて討伐とかできないんですか?」


 話の中でずっと考えていたことだった。そこまでの大事ならば、街を挙げて対処すれば良いのにと。

 しかし、その言葉にヘレナ王女は首を横に振った。


「この話を世間に公表すると、アコーラ市がパニックに陥る可能性があります。それでも多くの犠牲がでることでしょう。そのため、できれば密かに事を運びたい。初代国王の時と同様に。これが王家の方針です」

「……………」


 ステルはじっと考え込んだ。

 まだアコーラ市に来て半年もたっていないが、ステルはこの町が好きだ。今の生活も気に入っている。これまで出会った人々が酷い目に遭うのを防げるのなら、喜んで自分の力を振るいたいとは思う。

 しかし、本当に自分でいいのだろうか。腕に自信が無いと言えば嘘になるが、ここまで大きな依頼を受けるべきか、迷いがある。


「依頼を受けるのが僕でいいんですか? 他の強い人を探した方がいいのでは?」

「貴方は剣姫クリスティン・アークサイドを打ち倒した冒険者です。不足はありません」

「えっと、僕より母の方が強いんですけれど」

「ターラは向こうで忙しいらしくて、どうしても無理みたい」

「そうですか……」


 あの母がどうしても無理というなら本当なのだろう。もしかしたら、北部でも何かが起きているのかも知れない。


「………決めました」


 あえて口に出したが、思い返せば、最初から結論は決まっていた。


「僕は『見えざる刃』の者として、その依頼を受けます」

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