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66.百貨店へ行こう

「ふぅ、やっと家だ……」

 

 下宿が見えてきた時、ため息と共に、ステルはそんな呟きを漏らしてしまった。

 魔物退治の依頼を片づけて帰ってきたところである。

 気疲れする王女護衛の依頼から既に一週間がたっていた。

 

 ステルらしくない疲れた様子は、あの後すぐに別の依頼が入ってしまった影響だ。

 冒険者としての等級が上がったためか、ステル指定の依頼というものが入ってきたのだった。

 ともあれ、これで当面の仕事は片づけた。明日はゆっくり休もう。

 そんなことを考えながら、ドアを開き、帰宅する。


「ただいま帰りましたー」


 返事を待たずに自分の部屋に向かおうとするとすると、家主のアーティカが現れた。

 いつも通りのゆったりとした服装の彼女は、にこやかに話しかけてくる。


「ステル君、お帰りなさい。疲れたでしょう」

「ヘレナ王女の護衛からすぐですから、ちょっと疲れたかもしれません。明日から少し休むつもりです」


 危険な仕事の多い冒険者にとって体調管理はとても大事だ。

 魔剣の強奪事件からずっと働いているおかげで、収入的にも余裕はある。

 だからステルは少し長めに休むつもりだった。


「あら、そうなの。じゃあ、ちょうど良かったかもしれないわね」

「何かあったんですか? また農村からの依頼とか?」


 魔法使いであるアーティカだが、本業として地主をやっている。そのため土地を持っている農村から依頼が持ち込まれることがたまにあるのだ。


「違うわ。せっかくだから、明日はお姉さんとお買い物にいかない?」

「ああ、荷物持ちですね。それくらいなら良いですよ」


 自分の役割を即座に判断したステルを見たアーティカは、軽く笑いながら首を振った。


「違うわよ。そんなに大きな買い物はしないわ。せっかくだから、ステル君と大きなお店に買い物に行きたいのよ。それと、そろそろ連れて行きたい所もあるし」

「連れていきたい所?」

「ええ、魔法使いのお店よ。詳しくは夕飯の時にでも……」

「行きます」


 即答だった。



○○○


 百貨店。

 それは大陸にある別の都会を発祥とする大型商業施設である。

 城のような外観のその店舗には数々の専門店がひしめきあっており、そこに行くだけで一通りの物が揃ってしまう。

 街の市場との違いは、高級店が多く、品質もお値段も高めで揃えられているというところだろうか。


 アコーラ市に来て半年近くなるステルだが、百貨店は初めてだった。

 よそ行き用の上着を羽織ったアーティカの隣で、ステルはキョロキョロと落ち着き無く店舗を見回す。


「アコーラ市はお店が一杯出てる市場がそこらじゅうにありますけど、ここはなんか雰囲気が違いますね」

「そうね。ちょっと高級なお店が入っているところだからね。値段もそれなりでしょう?」

「そ、そうですね……」


 アーティカが指さした木製家具の価格を見てステルは押し黙った。木で出来ているのに何故あんな金額に、という数字が書かれていたのだ。


「ここへは何を買いに来たんですか?」

「特別なお客様が来るから、美味しいお茶を仕入れにね」

「アーティカさんなら色んなお茶を用意できるんじゃないんですか?」


 アーティカは自宅の庭園で様々な植物を栽培している。その中にはお茶に使える薬草も沢山ある。それこそ魔法使い系のお茶まであるはずだ。


「今回必要なのは美味しいお茶。魔法使いの特別なお茶じゃないの」

「なるほど……」


 納得しつつ、アーティカの先導で店内を進む。変わらず店内を見回すステルの視界に魔導具が現れた。


「なるほど。こういう所に来れば良かったのか……」


 並んでいる商品の種類が多く、店ごとの特色の違いもよくわかる。中にはステル好みのものもありそうだ。これまで百貨店という選択肢が浮かばなかったのは誤算だった。


「ステル君。無駄遣いは駄目よ。お姉さんと約束してるでしょ?」

「はい……」


 以前、アコーラ市に来たばかりのステルがいきなり高めの魔導具を買って来たことがあり、その時アーティカにかなり怒られたのである。

 それ以来、魔導具の買い物については慎重になっているステルであった。


「でも意外ね、リリカちゃんとこういう所に来ているものだと思ってたわ」

「リリカさんは、その道の人が行くようなお店に詳しくて」

「流石は魔導学科ね……」


 リリカは魔導学科の学生だ。おかげでそちら方面に詳しく、教えてくれるのはいかにも『その道の」という場所のことが多い。ステルの好みに合わせた結果でもあるのだろうが、おかげで、逆にこういう大衆的なところは珍しかったりする。

 

 様々な店舗の間を歩くうちに、目的地である沢山のお茶の葉が並ぶ店の前に二人は到着した。


「ここだわ。ステル君、ちょっと待っていてね。受け取るだけだから」


 そう言うと、アーティカはすぐ側にいた店員と話して、奥へと消えていった。


「えっと……」


 一人になったステルは周囲を見回す。この店舗はフロアごとにテーマが決まっているらしく、ここは輸入品が多いようだ。

 見れば、すぐ隣はアクセサリが並ぶ店舗だった。

 店内を埋め尽くすようにイヤリングやネックレスといった装飾品が置かれ、異国の品がそのまま店舗を形作ったその場所は、独特の雰囲気があった。

 ガラス製のショーケースの中にある物はそれなりの価格だが、それ以外は普通に買えそうな価格帯だ。


「そうだ」


 ふと思いついた。

 アーティカに日頃のお礼として何か贈るのはどうだろうか。

 そもそもこの街で暮らしていけるようになったのは彼女の力が大きい。日頃の感謝を示すには良い機会だろう。


 じっとアクセサリを見ていると店員が話しかけてきた。


「何かお探しですか?」

「御世話になっている方に、日頃のお礼というか、そんな感じがしたいんですけれど」

「失礼ですが。先ほどの緑色の服を着たご婦人でしょうか?」

「そうです。よくわかりましたね」

「当店の商品が似合いそうな方は自然と目で追ってしまいまして……。それでは、こちらなどいかがでしょう?」


 ステルを見て商品を合わせてくれたのだろう。店員はそれほど高くない翡翠のネックレスを選んでくれた。

 細めの鎖の先に、小さめの石が複数、品良く銀色の台座と共に組み合わせられている不思議な雰囲気のある品だ。


「なんでも、魔法使いの魔除けを模したものだそうですよ」

「いいですね。値段もこれくらいなら買えますし」

 

 早速財布を取り出す。出かける際は魔導具の購入に備えて多めに現金を持っているのが幸いした。

 店員は、綺麗に包装した上で商品を渡してくれた。

 

 そんな風にやりとりしていると、取引が終わったらしく、戻ってきたアーティカに話しかけられた。

 彼女の手には小さな袋があった。


「あら、ステル君。なにを買ったのかしら?」

「アーティカさん。買い物、終わったんですね」

「ええ、滞りなく。珍しいところで買い物するのね」


 そう言いつつも、アーティカの視線はステルの手元に集中していた。


「えっと、向こうで少し休みましょう」


 この場で渡すのもどうかと思ったので、少し離れた場所にあった休憩できる場所まで行って、ステルは手に持った小さな箱を渡す。


「えっと、その、これを、アーティカさんにと思って」


 不思議と上手い言葉が出なかった。日頃の感謝の気持ちを伝えれば良いのだと、渡してから気づく。


「……………」


 箱を受け取ったアーティカは呆然としていた。


「あの、迷惑でしたか?」

「そんなことないわ。お姉さん、嬉しいわ。贈り物なんて、ちょっとびっくりしちゃったけれど」

「アーティカさんに日頃のお礼をしなきゃと思いまして」

「いい子ね。リリカちゃんと一緒にいるおかげかしら?」


 手渡された箱を嬉しそうに見ながら、アーティカが言う。


「? リリカさんが関係あるんですか?」

「あら、普段からこういうやりとりもしてるんじゃないの?」

「え?」


 空気が固まった。

 アーティカは咳払いを一つすると、何故かお説教をする時の口調で質問を始めた。


「ステル君。リリカちゃんに、こうやって贈り物をしたことはあるかしら?」

「………えっと……多分、無いです」


 思い当たらなかった。食事代を出すとかちょっとしたことならあるが、贈り物をした記憶は無い。


「リリカちゃんにも色々と御世話になっているわよね?」

「は、はい。かなり……」


 ここに来て、ステルにも自分が何かをしてしまったことを漠然と察知した。

 なんだか凄くまずい気がしてきた。


「最初に贈り物を貰ったのは私だってことは黙っていてあげる。だから、わかっているわね」

「はいっ。わかりました」


 ステルが気をつけの姿勢ではっきりと答えると、アーティカはにっこりと笑った。


「ごめんなさい。ついお説教しちゃったわ。でも、リリカちゃんは良い子なんだから、大切にしなきゃダメよ?」

「はい。とても大切な友達ですからね」

「…………」

「?」


 なんだか凄く微妙な顔をされたが、とりあえず納得はしてくれたようだ。


「そうだ。リリカさんへの贈り物を選びたいんですが、アーティカさんも……」

「駄目よ。それはステル君が自分でちゃんと選びなさい」

「は、はい……」


 なんだか怒られつつも、ステルとアーティカの百貨店での買い物は終わったのだった。


○○○


 次に行ったのはお待ちかねの魔法使いの店だ。

 そこは路地裏にある古い店舗だった。

 見かけは古く、店内は雑多。

  百貨店のあの装飾品店は雑多ながらも一定の規則性があったが、こちらはよくわからないものが沢山置いてあるという感じで、ただただ散らかっているという具合だった。

 店内に入ると、奥で店の一部と化していた老爺にアーティカが声をかけた。


「こんにちは」

「おお、アーティカさん。お久しぶりです。お元気そうでなにより」

「店長さんも元気そうで安心したわ。早速だけど、私の箱を出してくれるかしら」

「……はいよ。ちょっと待ってな」


 アーティカの言葉に老人が一瞬だけ鋭い目をしてから、店の奥へ消える。

 しばらくすると、その手に箱を持って戻って来た。小さい、これといった装飾の木箱だ。

 しかし、それを見る老爺とアーティカの目線は意外なほど厳しい。


「何かでかい儀式でもあるのかい?」

「ちょっとお仕事よ。それと、この子、ステル君と言って、ターラから預かっているの」


 ターラの名前を聞いた老爺はステルをじっと見てから目を細めた。


「ほお、あんたが。話は聞いとるよ。冒険者をやってるんじゃろう?」

「は、はい。宜しくお願いします」

「うむ。宜しくのう」


 まるで孫を前にしているかのような、好々爺とした話し方だった。


「魔法のことで何か困ったら、ここに来るといい。まあ、アーティカさんが近くにおるから用もないかもしれんがのう」

「そんなことないわよ。ステル君、ここの店長さんは魔法使いの間では情報通で通ってるの。頼りがいがあるわよ」

「い、いいんですか? 僕、魔法は使えませんけれど」

「アーティカさんの家にいる子はぞんざいに扱えんよ。それに、良い子そうじゃしの」


 そう言うと老爺はカカカと愉快そうに笑う。

 

 用件はそれだけだったようで、少し世間話をしてから二人は店を出た。

 箱の中身については一切触れられなかった。


「そうそう、ステル君。今日の夜、お客様が来るから。同席してくれるかしら?」


 自宅への帰り道でアーティカが思い出したようにそんなことを言い出した。


「いいんですか?」

「ええ、是非とも。それじゃあ、夕食は腕を振るいましょうかね」

「わあ、楽しみです」


 二人はそんな和やかな会話をしつつ、その日の買い物を終えた。


○○○


 その日の夜。アーティカの言ったとおり来客が会った。

 玄関の魔導具が押される音がしたので、二人で迎えに行く。


「どうぞ」


 アーティカの言葉に答えて開かれた扉の向こうには、外套で顔まで隠した女性が二人。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりましたわ」

「いらっしゃいませ」


 そう言ってアーティカが一礼。

 ステルも慌てて礼をする。


「あの、はじめまして。ステルです」


 挨拶しなけばと思いそう言うと、外套の二人が笑った気配がした。


「はじめまして、ではありませんよ」

「まったくです」


 言葉と共に二人は外套をとる。

 顕わになったのは最近見知った顔だった。


「ヘレナ王女とアマンダさん?」


 ステルの言葉に、ヘレナ王女は相変わらず花のような微笑みを浮かべた。


「お久しぶりです、ステルさん。お早い再会になりましたね」

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