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65.神の銀

 ミスリルについての神話や伝説は多い。

 そこでは神々によってもたらされ、不思議な力を持つ武具として鍛えられ、それを扱うに足る英雄に与えられるのが常だ。

 ミスリルによって出来た武具は強力な力を持ち、印象的な力を発揮する。


 何者も寄せ付けなかった鎧を着た巨人を打ち砕いた斧。

 あらゆる物を焼き尽くすと言われた竜の炎を退ける盾。

 地平線の彼方までひしめく魔物の軍団を打ち払った剣。

 悪神によって汚された大地を一瞬で浄化してみせた杖。


 神話の時代から、ミスリルという金属は、即ち強力な武具の代名詞なのである。


「あれが……ミスリル……ほんとに?」


 魔導具の中心で浮かぶ白い金属は、伝説に謳われるほどの力は感じない。

 周囲の魔導具は確かに凄いものだが、これがミスリルです、と言われて納得する何かがステルには伝わってこなかった。

 ステルの様子を見て、眼鏡の職員が口を開いた。


「残念ながら本物ではありません。神代の遺跡にあった魔法陣やドワーフ族の伝承などから、できる限り近い物を再現できるようになったんです」

「言うなれば、人工ミスリルといったところですな。現存するミスリル製品は何らかの魔法がかけられていることもあって、純粋に性能を比較できないのですが、かなり良いところまできていると自負しています」


 所長が自信ありげにそう説明に繋げた。


「実際、既存の金属とは比べものにならないほど軽く、強靱で、しなやかなんですよ。こちらにどうぞ……」


 そう言って、ステル達は別室に案内された。


 ミスリル製造器の隣にあったのは広い部屋だった。

 物の少ない空間だ。

 部屋の端には剣、槍、斧、その他工作用の魔導具が保管されている。


 何より特徴的なのは、中央に柱のような魔導具が置かれていることだった。

 そこには白い金属、人工ミスリルのインゴットが固定されていた。


「まあ、あれも人工ミスリルですの?」

「はい。強度実験用です。あの、護衛の方にお願いがあるのですが」


 そう言って、眼鏡の職員がステルとアマンダを見た。


「あのミスリルを斬ってください」

「はい?」


 唐突な言葉に、ステルが疑問を浮かべる。


「いいのですか? 大変貴重なものなのでは?」


 アマンダがそう聞くと職員が頷く。


「大丈夫です。そういう実験のためのものですから。武器はご自分のものでも、そこの魔導具でもお好きに」


 そう言って、武器の置かれた棚を指さされた。所長は何も言わない。どうやら、本当に言葉通りの場所らしい。


「せっかくです、ステルさんにやってもらいましょう」


 ヘレナ王女の一言で、ミスリルへの挑戦者が決まった。


「ぼ、僕でいいんですか? アマンダさんは?」

「申し訳ありません。できればステルさんにお願いしたく」

「じゃ、ステル君、頑張ってね」


 何やら断れない雰囲気だ。自分なんかがやっていいのだろうか。


「あの、強度実験用ですから。むしろ、壊せる物なら壊して欲しいくらいです」


 逡巡しているステルを見た眼鏡の職員が言う。気弱な口調とは裏腹に自信のありそうな言い方だ。


 ならば、やってみよう。


「じゃあ、僕が挑戦しますね……」

 

 木剣を腰から引き抜き、前に出る。

 そこにウィルマン所長が口を挟んだ。


「流石にその木剣では無茶ではないですかな? 武器はそこにありますよ」


 もっともな言い分だ。普通に考えて木で金属は斬れない。

 

「えっと……」


 ステルが何か話す前に、あたりを見回したリリカが、武器の調整にでも使ったらしい金属の棒を見つけて手に取った。


「ステル君。これ斬って」


 そう言って、金属片をステル目掛けて放り投げる。

 反射的に、ステルの手が動いた。


「よっと!」


 堅い金属音が数回響いた。

 直後、木剣によって鉄材が四つに切断されて、床に落ちた。


「………………」

「この通り、ただの木剣じゃないんですよ」


 何故か自慢気に、リリカが胸を張ってウィルマン所長に言う。


「……な、なるほど。流石は王女の護衛を任せる冒険者ですな。服に秘密があるのでしょうか?」

「そ、そんなところです」

 

 驚きと、研究者としての好奇心を覗かせたウィルマン所長の言葉を適当に流すステル。

 とにかく、木剣でミスリルに挑戦するのは納得して貰えたようだった。


「では、いきます……」


 ミスリルの前に立ち、木剣を構える。


 ミスリルのインゴットは、魔導具によって固定されている。何らかの魔法も発動しているのだろう。近くで見るとうっすら光っていた。


 少し気合いを入れてみよう。


 人工とはいえ、相手はミスリルだ。

 いつもよりも魔力を多めに流し、木剣を振り上げる。


「はああっ!」


 魔力を纏った斬撃が、ミスリルに触れた瞬間、白い火花が散った。


「おおっ!」


 まばゆい光と同時、後ろから歓声が上がった。


「…………凄い」


 木剣はミスリルに触れたところで止まっていた。


 手応えはあった。しかし、不思議な感触だった。

 金属なのに柔らかい物を切りつけているような、何ともいえない感覚だ。

 木剣に伝わってくる反動も殆どなく、不気味なくらい簡単にステルの一撃をミスリルは受け止めてしまった。


「傷一つ無い……」


 見れば、木剣の触れた場所は無傷だった。鉄ならば易々と両断するステルの剣でだ。


「実は、その魔導具はミスリルを固定するだけなく、防具として強化する機能もあるのです。ミスリルは魔法と親和性が高く、利用法の研究しがいがある素材なのですよ」

「色々なことに応用できるということですか」

「それは素晴らしいことですね」


 ステルの結果を見て、王女達がそんな会話をしているのが聞こえてきた。


「あの、もう少し挑戦してもいいですか?」

「勿論です」


 それからステルは何度かミスリルに挑戦したが、


「だ、駄目だ。傷一つつかない……」


 木剣では何ら成果が上がらなかった。なんだか敗北感を感じる出来事である。


「ステル君。これ使ってみる? 良い魔導具だと思うわ」


 そう言って、リリカから魔導具の剣を渡された。


 手に持ち、起動させると刃がうっすら輝いた。そこにステルの魔力を流すと、木剣とは比較にならない破壊力が宿ったことが感じられる。


「これなら……」


 軽く息を吸い。魔力を多めに全身に取り込む。武器だけ無く筋力まで強化した一撃をいれるために。


「はあああっ!」


 気合いと共に上段からの一撃。


「きゃっ」


 室内に目も眩む閃光が生まれ、女性数名が悲鳴を上げた。


 ステルの手にはこれまでに無い手応えが生まれていた。

 剣は止まってしまったが、金属に触れた堅い感触があった。

 これはいけたかもしれない。

 期待と共に、ミスリルに触れた剣をどける。


「………………」

「ステル君。どうだった?」


 黙り込むステルを見て、リリカが近寄ってきた。


「えっと、これ、傷っていっていいんでしょうか?」

「どれどれ…………微妙ね」


 そこには、うっすらと、一本の短く細い線が刻まれていた。ペンで書いたような申し訳程度のものだ。

 ステル達の様子を見ていた職員達が慌てて寄ってくる。


「凄い、傷ついてます。人間の振るう武器だと不可能と言われていたのに」

「おお、本当だ……。魔導具は正常か? データは取っているな?」


 所長も含めてちょっと興奮している。どうやら傷と認められたらしい。

 職員に指示を出し終えたウィルマン所長がギラギラした目でステルを見て言った。


「君、今度うちで少し働いてみないかね?」


 横で眼鏡の職員が高速で頷いている。本気だ。


「そ、それはまたの相談でお願いします……」


 ちょっとむきになったのはまずかったかな?


 そう思いつつ、ステルはミスリルに目をやった。

 ついた傷は申し訳程度。勝ちか負けかでいうと、負けだろう。


「リリカさん、もっと強い魔導具、なかったですか?」

「無かったわよ。……というか、意外と負けず嫌いなのね」


 横のリリカにそう問いかけると、呆れ顔で返された。

 

 この人工ミスリルの見学をもって、神遺研究所の見学は終了となった。


○○○


「今日は本当にありがとうございました」

「いえ、ヘレナ王女をお迎えできて、光栄でした。リリカ君を始め、将来有望な若者もご一緒でしたし」


 施設の出入り口で別れの挨拶をしながら、ウィルマン所長がステルを見ながらそう言った。

 明らかにステルに興味を持った様子に、ヘレナ王女がくすりと笑う。


「所長様が研究熱心な方で良かったです。今後とも、ご活躍をお祈り致します」

「ヘレナ王女こそ、ご壮健で……」


 和やかな別れの挨拶と共に、第三王女御一行は馬車で撤収した。

 

「これで日程を無事に終えることが出来ましたね」


 馬車の中で、リリカがそう言うとヘレナが静かに頷いた。


「はい。二日間、ありがとうございました。しっかりした二人のおかげで、楽しい公務になりましたわ」

「色々と、御世話になりました」


 そう言って、ヘレナと王女は頭を下げた。

 思わぬ行動に、ステル達は慌てるばかりだ。


「い、いえ、僕なんか貴重な経験をさせて頂いて……」

「わたしも、このような仕事を任せられて、光栄です」


 それぞれの言葉と共に頭を下げて返す。


「実を言うと、公務が終わった後、私はアコーラ市で休暇に入るのです。どこで、とはお伝えできないのが残念ですけれども」

「どこで休むのかも秘密なんですね」

「念のためという名目で、昔からの慣習が維持されているのです。しかし、ゆっくり休めるのも事実ですので」

「お仕事、大変ですからね」


 そんなリリカの言葉に、ステルは頷く。

 たった二日だが、王族の公務の大変さが少しわかった気がする。

 常に人目に晒される。気の休まることの無い仕事だ。


「機会があれば、お二人にお会いすることもあるでしょう。あ、それとステルさん」

「なんでしょう?」

「面白い冒険をしましたら、是非とも私にご一報を。いえ、情報が入ってきたら、こちらから連絡を取っても構いませんか?」

「か、構いませんけれど。恐れ多い……」

「お気になさらず。ああ、嬉しいわ。きっと素敵なお話を聞くことが出来ます。うへへ……」


 怪しげな様子になった王女を見て、横でアマンダがため息をついた。


「リリカ様、今後のご活躍を楽しみにしております。できれば機会を見て、手紙を出しても良いでしょうか?」

「え、いいですけれど」

「ありがとうございます! 騎士の誉れであります!」

 

 凜々しく答えるアマンダ。まさに護衛騎士だ。口元が緩んでいたが。


 その後、何事も無く馬車はホテルに到着し、王女達との別れの時間が来た。


「それでは、お二人とも、御世話になりました。世が世ならば、宮廷魔法使いと親衛騎士団に推挙したいくらいの仕事ぶりでしたわ」

「姫様の仰る通りです。ありがとうございました」


 改めて、二人に礼を言われ、再び恐縮するステル達。


「そういって貰えると、僕も嬉しいです。身に余る光栄……でいいんでしょうか?」


 慣れない言葉を使おうとしたステルを見て、ヘレナとアマンダは満面の笑みを浮かべて頷いた。


「それでは、ヘレナ王女、アマンダ様。王家の無事と末永い発展を……」


 リリカはそんな言葉と共に、品良く一礼。


「古い言い回しをご存じですのね。確か、民草には平和と安寧を……だったかしら」

「流石はリリカ様」


 何か歴史のある言い回しだったらしい。アマンダが特に喜んでいた。

 これが、王女の護衛任務は終わりを告げる挨拶となった。




 仕事を終えた開放感と共に、二人は談笑しながら乗合馬車まで歩いて行く。


「ステル君、良かったわね」

「?」

「王族の護衛だって、緊張してたでしょ。無事に終わったじゃない」


 そういえばそうだった。最初はラウリに苦情の一つも言いたくなったが。終わってみれば、杞憂だった。


「そうだね。いい経験だったよ」

「わたしも、面白かった。それにしてもあれよね、ミスリル。あれ、ステル君の武器の素材に欲しいんだけれど、くれないかしら?」

「そ、それは無理なんじゃなないかな」


 とても貴重なものだ。分けてくれないだろう。

 というか、まさかそんなことを考えているとは思いもよらなかった。


「それじゃあ、帰りましょうか。ちゃんと送ってくださるのよね、護衛の冒険者さん?」

 

 リリカが悪戯っぽく微笑みながら言った。


「勿論ですよ。お嬢さん」


 ステルも冗談めかしてそう答えるのだった。

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