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61.王女の護衛

 そして、王女の護衛の日がやってきた。

 ステルとリリカは基本的に王女とアマンダと共に終日移動することになる。

 見た目上、護衛は最低限に見えるようになっていることもあり、ステルですら四人だけで行動しているような感覚があった。

 すぐ側に王族がいて、絶対に護らなければならないと思うと、なかなか緊張感がある仕事だ。


「ここまでは順調ね」

「うん。そもそも、滅多なことは早々起きるもんじゃないだろうから」

「それもそうよね……」


 ホテル・エイケスタ。記憶にも新しいあの展示会場。眼前で市の偉い人と王女が和やかに話していた。

 王女の隣にはアマンダ、ちょっと離れた所にステル達という配置だ。

 ステルは狩りの時のように周囲に注意を払っていた。今のところ、おかしな気配は無い。怪しい動きは予兆は見られないと、今朝、ラウリから入った情報もある。不測の事態などそうそう起きないと思いたかった。


「あ、終わったみたいね」


 リリカの言葉通り、仕事を終えた王女とアマンダがこちらに歩いて来ていた。

 王女は穏やかな笑みを浮かべているが、昨日とは少し雰囲気が違う。気品漂うよそ行きの顔だ。どう見ても「うへへ」とか言いそうに無い。


「お疲れ様でした」

「お待たせ致しました。事件についてのお話を聞けなかったのが残念ですが……」

「姫様、流石にそれはどうかと……」

「わかっています。ちょっとした冗談です」


 ヘレナがむくれたようにそんなことを言った。アコーラ市にとって恥となる事件の詳細を公の場で話してくれるとは流石に彼女も思っていないだろう。


「全く、昨日お二人にあれだけ詳しく聞いて、まだ足りないのですか」

「冒険譚というのは様々な角度から見るのもまた面白いのですよ。……それで、次の予定は市場でしたね」

「はい。その後は王立学院の初等部への移動です」


 この二人が予定を忘れるはずがない。あくまで再確認といった様子のやりとりを横で聞きながら、移動用の馬車に向かう。


 ステル達の歩く場所は展示場の正面の通路で、王族を一目見ようと沢山の人が並んでいた。それを見ながらリリカが言う。


「なんか、思ったよりも警備が少ないわね」


 確かに正装した兵士などは辺りにいるが、数が少ない。おかげで物々しい雰囲気はあまり無かった。

 だが、それはあくまで、見た目上の話だ。


「そうでもないよ。さっきも前の方に私服の戦える人が結構混ざっていたし、今も並んでる人の間に混ざってるよ。ほら、あの杖をもった髭の人とか、あっちの女の人とか」

「え、ほんと? 全然わからないんだけど」

「立ち方とか、目つきとか、身体の重心なんかでわかるよ。それに、遠くからこの会場をずっと見張ってる人もいる」


 ステル自身、この場に馬車で降りて以来、ずっと視線を感じていた。流石に場所までは特定できなかったが、王女を護るために会場全体を見ている存在がいるのは間違いない。


「ホント凄いわね。ステル君って」


 感心したように言うリリカに、ステルは首を横に振る。


「いや、強い人は僕なんかじゃわからないくらい上手に気配を隠すだろうから。まだまだだよ」

「そんなことはありません。ステル様ほどの達人は、アコーラ市にも数人でしょう」


 謙遜の言葉を、横で聞いていたアマンダが否定した。

 王女も嬉しそうに頷いていて、うっとりとした口調で語り始めた。


「やはり、実力者の方というのは一緒にいるだけで楽しいものですね。まさか、人々に紛れ込んだ護衛をこうも見抜くとは……ああ……」


 何か感動している、恐らく頭の中にこの出来事をしっかり刻んでいるのだろう。先日の会話の中で何度も見た光景だ。


「遠方からの見張りまで看破するとは、見事です、ステル様」

「え、あ、ありがとうございます……」


 顔を赤くして頭を下げるステル。こうまで褒められると、なんだか恥ずかしい。


「ステル君、美人に褒められて嬉しそうね」

「? どうかしたの?」


 ちょっと棘のある言い方のリリカに怪訝な顔で返すステル。

 それを見たアマンダとヘレナがくすくす笑っていた。


 ほどなく、馬車のあるところに到着した。


「では、次の予定へと向かいましょう。今日は良い日ですね」


 綺麗に晴れ渡った秋の空を嬉しそうに見上げながら、ヘレナ王女が言った。


○○○


 その後の市場の視察も順調だった。変わったことと言えば、ヘレナ王女がその場で果物を食べたりして驚かせたくらいだ。

 それも、その場に来ていた新聞社向けのサービスといった感じで、和やかに終えることが出来た。


 王女の穏やかな人格を現すような、落ち着いた公務は続く。


 次に馬車を降りた場所は王立学院だ。

 行き先は王立学院の初等部。大きくても十歳くらいの、育ちの良い子供達の発表や学習の様子を見学するという内容だ。

 これもまた学校に縁の無いステルにとっても貴重な経験となった。

 子供達が机に向かい、教師の講義を聞く姿は非常に興味深い。


「責任の大きさはともかく、確かにいい経験だなぁ……」


 授業の見学が終わり、外の運動場で走り回っている子供達を見守りながら、ステルはそんなことを呟いた。

 子供達と王女の絵が欲しいと一緒にいた記者が言ったので、急遽作られた時間である。アコーラ市の組んだ予定は良い出来で、時間に余裕があったのが良かった。


「アマンダ。私があそこに混ざって遊ぶのは駄目かしら?」

「姫様が子供好きなのは承知しております。でも駄目です。怪我でもされたら関係者に迷惑がかかりますから」

「もう、仕方ないわね……」


 すぐ近くでは、子供達が遊ぶ様子を見ながら、主従がそんな会話を交わしていた。

 ヘレナ王女はたまに寄ってきた子供と会話したり、ボールが転がってくると楽しそうに投げ返している。

 学長を始め、偉い人も来ているが、王女の性格もあって張り詰めた空気は無い。


「ステル君、なんだか楽しそうね」


 何だか楽しそうな様子のステルに気づいたのか、リリカがそんなことを言った。


「うん。僕は学校って通ったこと無かったから。都会の子供はこんな生活なんだなぁって」

「ここにいるのはその中でも例外的な子だけどね」

「わかってるよ。リリカさんもここにいたの?」

「ちょっとだけね。わたしはどんどん進級しちゃったから」

「流石はリリカさん」

「ほ、褒めても何も出ないわよ」


 ぷいっと顔を逸らされた。褒められるのが苦手なのは彼女も同じようだ。


「興味深い、リリカ様の昔話も是非聞きたいですね……」

「アマンダ、自重なさい」


 やりとりを聞いていたらしい、王女主従がなんか言っていたが、ステルは無視することにした。多分、不敬にはならない。

 新聞社の人間が写真を撮るのを待っている間に、木剣を持った子供が一人、ステルの前にやって来た。


「? どうかしたの?」

「お兄ちゃん? それともお姉ちゃん?」

「お、お兄ちゃんだよ……」


 引きつった笑みでそう言うと、リリカに笑われた。


「お兄ちゃん、冒険者なんだよね? 強いの?」

「えっと、まあ……それなりかな」


 王女の護衛をしている手前、謙遜するのも良くないと思い、そう答える。


「そのお兄ちゃんは凄く強いのよ。ボクは強い冒険者が好きなのかな?」


 ヘレナ王女が進み出て話してきた。


「うん! ぼく、強い冒険者の人が好きなんだ!」

「そうなんだ。じゃあ、このお兄ちゃんに稽古をつけて貰おうか」

「え!?」


 唐突な発言に、ステルのみならず、その場にいた関係者全員が驚いた。

 市場の視察の時にもあったことだが、この王女、意外とその場の思いつきを口にしてしまうらしい。

 周りを振り回さない程度の微笑ましいものなのが救いだと、アマンダが移動中にボヤいていた。


「私の代わりに少しこの子と遊んでください。そうだ、他の子達も混ぜましょう。ステルさんに一回攻撃を加えたら、子供達の勝ちということで。アマンダ、審判を」

「わかりました」


 アマンダが諦め顔で答えた。視線が「すまない」と伝えてくる。


「い、いいんですか? 予定にないことですけれど」


 リリカが聞くと、ヘレナが力強く頷く。


「大丈夫です。せっかくですもの、ステルさんが動くところを見てみたいのですよ」


 王女の中で、なんだかステルが珍しい生き物みたいな扱いをされていた。


「ステル様、申し訳ありませんが、姫様にお付き合いください。学長殿などへは私が説明致します」

「わ、わかりました」


 そこまで言われて断るわけにはいかない。

 木剣をリリカに預け、前に出たステルを見て、ヘレナ王女が背中へ一言付け加えてくる。


「あ、ステルさん。本気でやってくださいね。期待していますから」


 なんだか謎の圧力までかけられた。


○○○


 ステルは本気で動いた。いや、本気では無いが、真面目にやった。

 そして、子供達は当然ながら全力だった。


「あ、また逃げた! 追いかけろ!」

「囲め囲め!」

「回り込め! 数を活かすんだ!」

「うわわわわ!」


 妙に具体的な戦術を駆使する子供達から、ステルは逃げ回っていた。

 子供達は手に木剣やそれに類する武器を持って追いかけて来る。学校の授業の賜物か、組織的に動く子供達はステルからしてもなかなかに厄介だった。

 今もまた、上手に目の前に回り込んできた男の子が、楽しそうに攻撃してきた。


「やあー!」

「よっと」


 直線的な動きを軽く回避。そのまま走り抜ける。

 しかし、すぐに目の前に別の子供が現れる。

 舞台は運動場全域。さほど広くない。ステルに逃げ場はなく、ひたすら走り回るより他は無い。

 何より、状況を見た子供達が加わって、相手がどんどん増えていくという悪条件までいつの間にか追加されていた。


「目つぶし! 女子は砂を投げるんだ!」

「それより動きを遅くしてよ! 足狙って!」

「この学校はどういう教育をしてるのっ!」


 的確だが容赦ない判断に思わずそう叫ぶステル。勿論、身体の方はちゃんと動かす。

 子供達の攻撃を次々に躱し、時には大きく飛び越えて動き回る。

 ちなみにステルが大きな動きを見せる度、観客から大きな歓声が上がる。完全に余興だ。

 走りながら、ステルは王女達の方を向いて叫ぶ。


「ところでこれ! いつ終わるんですか!」


 そもそも、自分の敗北条件しか設定されていないことに今更文句を言うステルだった。



 この『冒険者と追いかけっこ』の突発企画は、十五分くらいして、子供達が全員疲れて動けなくなり、終わりとなった。


「ふぅ……終わった」


 運動場に疲れてぐったりする子供達を残し、ステルは王女達のところに戻ってきた。

 当然、一撃も受けていないし、体力的にも疲労はない。


「まあまあ、流石はステルさん! 見事な身のこなしでしたわ!」


 どうやら、ヘレナ王女にはご満足頂けたようだ。


「良い物を見せていただきました。ありがとうございます」

「すごいわね。というか、なんで真後ろから迫ってくる攻撃を避けれるのかしら……」


 アマンダとリリカもそれぞれ反応を返す。

 近くの偉い人もそれぞれ賞賛を口にする。「あの少年は確か薬草科に出入りしているのを見たことが……」とかいう会話も聞こえた。なんだか、有名になってしまったようだ。

 あまり目立ちたくないんだけどなぁ……。

 心の中でそんな呟きを漏らしつつ、リリカから木剣を返して貰う。


「姫様、そろろそろです」


 タイミングを見計らったかのように、懐中時計を取り出してアマンダが言った。


「良い時間ですし、予定通り休憩に致しましょう。リリカさん、お願いします」

「はい。こちらにどうぞ」


 リリカの先導が始まった。

 ぞろぞろと関係者を連れ立って歩く最中、ヘレナ王女の顔には喜びの感情でいっぱいだった。


「食事の後は図書館ですね。この学院の蔵書を見るのを、楽しみにしていました」


 興奮で頬を赤くしながら、ヘレナ王女はうっとりとして言った。


 食事の後は、王女の休憩を兼ねての図書館見学なのだ。

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