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58.難しそうな依頼へようこそ

「ステル君。まずは六級冒険者としての初依頼の達成、おめでとう」


 冒険者協会第十三支部。その支部長室に入ると、出迎えてくれたラウリ・イベーラは紅茶を用意しながらそんなことを言ってくれた。

 ちなみにこの支部長室というのは、最近まで彼が仕事で使っていた小さな会議室を改装したものだ。仕事が増えてきたのもあり、なんだかんだで自分の部屋にしてしまったらしい。


「ありがとうございます。それで、何の用ですか?」


 椅子に腰掛け、目の前に置かれた良い香りのする紅茶を眺めながら、ステルが微妙に不審げな口調で返す。彼にしては珍しい反応だ。


「ふむ。なにやら私に言いたいことでもあるかのような話し方だね?」

「アンナさんに言われました。『最近の支部長は調子に乗ってるから気をつけなさい』って」


 今日、ここに来る前に、受付のアンナに会うなり、そんなことを言われたのだ。ステルは彼女のことを信頼しているので素直に助言に従うことにしたのである。


「……アンナ君には少し仕事を押しつけすぎたかな?」

「クリスさんの件が片付いてから、少し気を抜いているようにも見えます」


 そう言われてうっと呻くラウリ。どうやら、思い当たる節があるらしい。


「ステル君にまで言われるとは……。これは少し気を引き締めるようにしよう。さて、ステル君。昇級する時に私が言ったことを覚えているかい?」

「僕が六級なのは意味があるってことですか?」


 ラウリはわかりやすく話題を変えた。別に長く続けるような話でもないのでステルもそれに応じる。


「そうだ。五級冒険者と六級冒険者には大きな違いがある。そこを境に、依頼の内容が政治的な意味を帯びてくるんだ。特にアコーラ市のような場所の街冒険者はね」

「魔物と戦ったり、採取するならともかく、偉い人と関わる依頼は僕には荷が重いですね」


 魔剣強奪事件の後、昇級の話を持って来たラウリが最初に語ったことだ。政治に関わる依頼というのは具体的にどういうものかわからない。しかし、それが非常に繊細で、面倒くさそうであることだけは想像できた。


「当然だね。ステル君はこの街に来て一年も経っていない。実力的には申し分ないが、政治となると別問題だ。君は魔剣強奪事件でとても目立ったため、一気に五級まで昇格させろという声もあったのだが、何とか押さえ込んだよ」

「それについては、感謝しています」


 この説明も二度目だったが、とても有り難い話だ。

 思わず頭を下げたステルをラウリは手で制す。


「いいんだ。別に礼を言われたいからした話ではなくてね。あくまで確認さ。それで、ステル君への次の依頼だが……」

「はい…………」


 そう、依頼である。

 今日は冒険者協会からの呼び出しで、ステルはここに来たのだ。

 それは、自分から依頼を探すいつもの仕事とは違い、特別な仕事が用意されていることを意味している。


「……………」


 仲良く沈黙した二人の間に、不思議な緊張感が生まれる。

 緊張にたえかねて、ステルが紅茶の入ったカップを手に持った時、ラウリが口を開いた。


「今度この街に来る第三王女の護衛をしてもらうことになった」

「………っ!」


 思わずティーカップを落としそうになった。

 テーブル上にカップを置いて、慌てて抗議の姿勢に入るステル。


「ちょ、ちょっとラウリさん! 今言ったじゃないですか! 僕に政治的な判断はまだ早いって、だから六級だって」


 猛抗議である。直前の話はなんだったというのだろうか。


「うむ。言った。しかしね、これは先方からの指名でもあるんだよ」


 ステルの剣幕に慌てることなく、ちょっと困った様子の笑みを浮かべながら、ラウリが意外な言葉を返す。


「え? 指名って、僕をですか?」

「君もそれなりに名前が売れたということだよ。あの剣姫と渡り合ったという冒険者に会ってみたいそうだ」


 魔剣強奪事件の顛末は、ある程度の層には知られている。王族の一員ともなれば、ステルのことを知る機会はいくらでもあるだろう。


「いやでも、僕に王女様の護衛だなんて……」


 『見えざる刃』として活動したりもしているが、自分は基本的に採取や魔物狩りで生計を立てる冒険者だ。相手が大物過ぎるように思える。


「そこは大丈夫だ。王女には腕利きの護衛がついている。そうだ、第三王女についてはどれくらい知っているかな?」

「ヘレナ王女のことですよね。庶民派で親しみやすい人だなーって、王族にしては珍しく、庶民のいるような場所に顔を出していますよね」


 議会が開かれて久しいこの国で、王族は実質的な権力者とはいえないが、伝統的に人気がある。

 その中でも第三王女ヘレナはとりわけ人気者だ。庶民派で通っており、よく国内の各所に現れては話題を作っている。 


「その認識で正しい。彼女は第三王女という、比較的自由な立場で上手く立ち回っている方だよ。王族の中では最も話しやすいだろうね」

「会ったことがあるんですね」

「こんな仕事としている身だ。何度かね」


 ステルを安心させるためだろうか、穏やかな笑みを浮かべつつ、ラウリは言う。そして、書類の束を机の上に置いた。


「これが王女の日程などの資料だ。内容は主に市内の観光だな。王族が歩いても平気なくらい治安の良い街だという宣伝になる」

「なるほど。これも治安回復活動の一環なんですね」


 依頼そのものに得心しつつ、ステルは書類を手に取る。アコーラ市にとって必要な仕事をしに、王女が来てくれるらしい。


「受けてくれるのかね?」

「断れるんですか? 王族からのご指名を」

「まあ、断れなくもないが……」

「へぇ、じゃあ……」


 意外にも断れそうな雰囲気だった。なんだかラウリにからかわれているようだし、ちょっと渋ってみようかな、という考えがステルの脳裏をよぎる。


「私からの詫びとして、王女の観光コースに魔導具関連の施設をふんだんに盛り込んでおいた。王族でなければ一緒に入れないような場所もある」

「受けます。頑張ります」


 即断だった。考えるまでも無い。

 手にした書類を開き、目を通し始める。


「餌で釣っておいてなんだが、私なりに君なら大丈夫だと考えた末での依頼のつもりだ。一応、保険もかけておいた」


 楽しそうにそう語るラウリ。


「保険って…………あ」


 書類を何枚かめくるうちに、すぐにそれに気づいた。


「……へぇ、王立学院から王女の案内役として学生さんが来るんですね」

「そうだ。非常に優秀な学生でね。頼りになると思う」


 そこにはリリカ・スワチカという良く知った名前があった。

 つまり、この依頼は最初からステルが受けた場合のことを考えて、色々と手を回してくれてあったものなのだ。


「ラウリさん、僕をからかって遊んでません?」

「少しだけな……」


 なるほど。これは確かに調子に乗っている。アンナの言うとおりだ。


「遊びすぎて酷い目にあっても知りませんよ」


 これと言った反撃の手段を持たないステルは、そう言うので精一杯だった。

ちょっと書籍化作業が佳境なのもあり、更新ペースが乱れるかもしれません。

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