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56.海での狩人

 海原を行くというのは良いものだ。

 頬を撫でる爽やかな潮風と彼方の水平線を眺めながら、ステルはそう思った。


 天気は快晴。波も無い。アコーラ市から離れた海上にステルの姿はあった。

 依頼があって海に出ることになって以来、暇さえあれば海を眺めているのである。

 飽きることなく景色を眺めていると、声をかけられた。


「そんなに海が珍しいかねぇ……」

「あ、グレッグさん。ほら、僕は山育ちですから。海って身近に無くて」


 声の主は同じ依頼を受けた冒険者のグレッグだ。装備を着込んで斧を背負った戦闘態勢だが、表情や雰囲気は海面と同じく穏やかだった。


「アコーラ市に来てからもう半年近く経ってるんだから、海なんて何度も見てるだろ?」


 たしかにその通りだ。実際、ステルは港での荷物運びの仕事なども経験している。

 しかし、この経験は特別だ。


「でも、こうして船に乗るのはこれが初めてなんですよ」

 

 アコーラ市に来て五ヶ月近く、船に乗る機会を得たのはこれが初めてだったのだ。


「あら、初めて乗る船がこんな豪華なものなんて幸運ね、ステル君」


 目を輝かせて言うステルに新たな人物から声がかかった。 


 現れたのはローブ姿の知的で鋭い印象を受ける女性。グレッグの相棒イルマだ。

 腰に短い杖をさした彼女は、ゆっくりと歩いて相棒の隣に立った。

 

 ステルはといえば、いつもの黒い上下の服に、背中に矢筒を背負っていた。


 ステル達の乗っているのは冒険者協会が所有する最新鋭の船だ。

 全面に装甲が張られ、内部には最新鋭の大型魔導具を搭載。各所に攻城魔導具を備えている。速くて強い、自慢の船である。


「さっき機関部を見学させて頂いたんですけれど、凄かったです! 今の船って水流を生み出す大型魔導具が搭載されてるって話だったんで、見たかったんで!」

「お、おう。そいつは良かったな」

「アコーラ市に来てからすっかり魔導具の虜になったみたいね」


 いきなり物凄い剣幕で魔導具について語られ、ちょっと引き気味な二人。

 この依頼を受けたことをリリカに話した際に綿密な説明を受けたため、ステルは乗船が楽しみで仕方なかったのである。


「それはそうと、お前は何やってたんだ? 便所か?」

「殴るわよ? 船長達と話をしてたのよ。時間的にそろそろかと思って」

「そっちか。情報は正しいみたいだけど、こんな真っ昼間から殴り込んで平気なのかねぇ」

「自信があるみたいですね。最新鋭の船ですから」


 ステル達の乗る船は後に続く船団に先行して、海原を進んでいる。

 現在地はアコーラ市の港から二日程の場所だ。情報によると、この辺りに海賊が根城にしている島があるらしい。

 この船は、昼間からたった一隻でそこに殴り込みをかける予定なのだ。

 確認された海賊の船が少ないこと。

 アコーラ市の力を示す必要があること。

 この二つの理由から、作戦は計画された。


「ま、治安回復のための一手ってことだな。役目を背負わされる俺達にゃいい迷惑だが」

「まったくね……」


 グレッグの言葉に、イルマがため息一つと共に同意した。


 魔剣の展示会以降。アコーラ市の治安は悪化している。

 たった一人の冒険者によって人口五十万を超える大都市がかき乱されたのだ。新聞などでそのことが拡散されると、アコーラ市で悪事を働こうと集まる者達が一気に増えた。

 おかげでステル達冒険者の仕事は増えているが、微塵も喜ばしいこととはいえない。


 今回の海賊退治によって、アコーラ市はその治安維持能力の高さを内外に知らしめる狙いがあるのである。

 そのため、この船には街や冒険者協会の腕利きが多く乗っており、海賊制圧は十分に可能とされていた。


「海賊って、魔導具の輸送船も襲ってるんですよね。……許せません」


 ステルも使命感半分、私情半分でこの依頼に参加しているのだった。


 海を眺めて三十分ほどすると、周囲が慌ただしくなってきた。

 見れば、小さな島々が視界の中に現れている。

 海賊の砦は、あの中にある。


「見えてきたな。どうせ偵察したのは冒険者なんだろうから。ついでに夜襲の一つもしてくれれば良かったのにな」

「それを躊躇うくらいの戦力だったって言ってたでしょ」


 武器を用意するグレッグ達二人。ステルはじっと静かに海原を見つめ、


「来ました」


 島々の影から船影が見えてきたことを伝えた。

 それを受け手、イルマが小さな双眼鏡を出す。


「……たしかに出てきたみたい。船が三隻。あらやだ、一つは帆に魔法で生み出した風を受ける古い型だわ」

「ステル、お前どういう目をしてるんだ?」

 

 驚きの声でいうグレッグ。双眼鏡が必要な距離をステルは裸眼で見てのけたのだ。

 しかし、それはステルにとっては大したことでは無い。


「目はいいんです。なんか、ばらばらにこっちに向かってきますね」

「足並み揃えて向かってこねぇってことは寄せ集めなのかもしれねぇな」

「噂を聞きつけてできた寄り合い所帯ってところかしら」


 船足を合わせずに、金属板が張られた船、木製で帆の無い船、帆のある船の順番で海賊はこちらに接近してくる。

 海戦の知識のないステルから見ても、こちらを甘く見た動きに思えた。


「三対一だもの。油断してくれる方がありがたいわ」


 言いながら、魔導杖にカードをセットしていくイルマ。

 彼女の杖は新しい物になっている。先端についた水晶球に手元の柄のような場所に小さなカードをセットする小型の最新型だ。


「ん。二人とも、しばらく揺れるぞ、気をつけろ」


 グレッグの言葉と共に、船が舵を切った。周囲の船員達は攻撃用の魔導具の準備を始める。この船に搭載されているの攻城用の大型のものだ。うまく使えば敵船を一撃で沈められるという。


 有利な位置をさぐりつつ、双方の船がゆるやかに動き、少しずつ距離が縮まっていく。

 杖の先端部の水晶を覗きながらイルマが毒づく。


「惜しい。もうちょっと近づけば最大出力なら届くのに……」


 彼女の杖は最新型。安い大型魔導具並の射程を持っている。それでも、あと少し距離が足りない。

 隣でいかにもうずうずした様子で斧を構えたグレッグが口を開く。


「海賊との戦いってのは接舷してからだからな。大暴れしてやるぜ」

「あの……。ああいう船って誰を狙えばいいんでしょうか?」


 唐突にでたステルの素朴な疑問に、グレッグ達が答える。


「ああ? そりゃあ、一番偉そうにしてるやつだろ」

「あとは操舵手とか? 窓越しだからよく見えないけれど」

「なるほど。わかりました」


 そう言って、ステルは腰の後ろにつけていた、魔導具を取り出した。

 中央に持ち手、上下が折り畳まれていた棒状のそれは、ステルが手に持つと一瞬で弓へと変形した。

 弓は金属製で全体に機構を内蔵された魔導具だ。

 内部から出てきた新素材だという弦の様子を確かめたステルは、背中の矢筒から黒い矢を一本取り出す。


 弓と矢、どちらも最近、リリカが作ってくれた魔導具である。風の魔法の援護を受けることによりより遠くに正確かつ強力な矢を打ち込むことができる。


「おい、まさか……」

「大分近づきましたから……」


 とりあえず一番近くの船、鉄板で装甲された一隻に目をつけた。

 甲板上には建物があり、小さな窓の向こうにいる海賊達までステルの目は見通した。

 海賊達の中に、舵を持つ男が見えた。

 

 沢山の人に酷いことをした海賊なんだから、当たり所が悪くても仕方ないよね。


 そんな考えと共に、周囲の風を感じながら、弓を引き絞り、


「……………っ」


 矢を放った。


 海面上を一直線に、美しく、ペンで真っ直ぐな線を引いたか如き軌跡で矢は飛んだ。

 狙い違わず、ステルの矢は敵船の窓に飛び込む。


 途端、敵船の進路が変わった。


「……進路、変えたわね」

「上手く当たったみたいです。舵を操っている人の肩を射貫きました」

「狙ってやったのかよ……」

「山で相手にする獲物よりは遅いですから」

「…………」


 ステルの素っ気ない回答に絶句する二人であった。


 近くでその様子を見ていた船員も呆然としていたが、我に返ると慌てて自分の仕事に戻り、敵船の動きを艦橋に報告しはじめる。


 しばらくすると、船員から連絡があった。


「船長からです! 冒険者はそのまま接近する敵船を攻撃されたし!」

「おう、わかったぜ! ……と、いうわけで二人ともお願いします」


 斧を構えながらグレッグが少し卑屈な様子で言った。


「だから飛び道具を持って来なさいって言ったのに」

「でも、グレッグさんの出番はこの後だと思いますよ」


 イルマが呆れながら、ステルが優しくそう言うと、二人は自分の仕事を始めた。


 海戦は一方的になった。


 そもそも速度も射程もアコーラ市の船の方が上だ。

 対抗できそうな一隻はステルの射撃で戦意が落ちたらしく距離を取って消極的に行動。

 それでも残りの敵船はそれぞれ士気高く接近してきては、弓矢と魔導具で散発的な攻撃をしかけてきた。

 アコーラ市最新鋭の船は上手に舵取りし、的確に反撃。

 搭載した攻城用魔導具で一隻を撃沈せしめた。


 ステルも何度か矢を放ち、敵船上の人間を打ち抜いた。


 そして、最新型の魔導具を持ったイルマである。

 彼女は最後に残った古い型の船に向かって杖を掲げた。


「よしっ! 準備できた! 炎よ!」


 気合いのこもった一声と共に杖を軽く振ると、先端の水晶球から大量の火の粉が飛び出した。


 火の粉は意志を持ったように真っ直ぐ敵船に向かっていき、帆に触れるやいなや、大炎上した。

 魔法の火はみるみる燃え広がり、一隻が見る間に火の玉と化す。


「うっわ……なんてことしやがる……」

「す、すごい魔導具ですね!」


 絶句するグレッグと、精一杯のフォローの言葉をひねり出すステル。二人ともドン引きである。


「一回燃やしてみたかったのよね、ああいうの」

「………………」


 追撃するような一言を聞いて男二人は完全に沈黙した。


 そうこう言う内に最初にステルに射られた船が島々の方に引き返すのが見えた。船体は攻撃を受けてもうボロボロだ、撤退は賢明な判断と言えるだろう。


「あら、逃げるみたいね」

「ん、まあ、大分恐い思いしただろうしな。当然だろ」


 燃える船を見て遠い目のしたグレッグが言った。


「こちらの被害は無いみたいですね。この後どうなるんでしょう?」

 

 海賊からの攻撃を受けたものの、流石は最新鋭。防御魔導具と巧みな操船のおかげで被害は極めて軽微といえた。


「今沈めた船から逃げた海賊は後から来る船にお任せして、このまま行くみたいね」


 船員達の様子を見ながら言うイルマ。


「なるほど。あくまで僕達は攻撃側なんですね」


 そう言いながら、ステルは弓を仕舞った。ひとまず、戦いは終わりのようだ。


「この後についてちゃんと確認したいですね」

「ええ、船長さんのところに行きましょうか」


 速くも今後の話に移行した二人に対して、ずっと斧を肩に担いだままだったグレッグが口を開いた。


「結局、接舷……しなかったな」


 寂しそうだった。


 それを見たイルマが、肩に手を置いて優しく言う。


「ねぇ、グレッグ。上陸した後もあんまりにも活躍できないようだったら私とステル君にご飯を奢るっていうのはどうかしら?」

「おい、なんてこといいやがる」

「だって、貴方だけ楽をしてるじゃない。そのくらいはいいんじゃない? ね、ステル君もそう思うでしょ?」

「いえ、僕は別にそこまで……」


 恐縮しながら答えたステルを見て、グレッグは強気な笑みを浮かべた。


「安心しろステル。今は距離があったからこいつに見せ場を譲ったが、上陸すれば俺の出番だ。むしろイルマに飯を奢らせてやる」


 自信に満ちた笑みだ。上陸すればこちらのものと思っているに違いない。


「決まりね。楽しみだわ、どこの高級店にしようかしら」

「言ってろ。ステル、知ってる中で一番高くて美味い店を選んどけよ、こいつの金で食いまくるぞ」

「あはは。えっと、頑張りましょうね」


 とりあえず、仲良く喧嘩を始めた二人にそう言うのが、ステルの精一杯であった。

道を決めたリリカからステルの新装備がどんどん供給されていきます。


そんなわけで連載再開です、ゆっくりとした更新になりますが宜しくお願い致します。


また、来年2月に発売する書籍版も宜しくお願い致します。

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