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49.影の足音

 我ながら胡散臭い話に乗ったものだ。さんざん準備して、ことを起こした今でも、クリスはそう思っている。

 それと会ったのは魔剣の護衛を始めた直後だった。

 野営中、夜の散歩がてら森の中を歩くクリスの前に、それは唐突に現れた。

 クリス相手に気配も察知させずに現れたそれに、反射的に剣を抜こうと手が動いた。

 しかし、柄にかけた手は、力を込める前に止まり、それ以上に目の前に現れた存在に目を奪われた。


 黒いローブを身に纏った人間。フードを深くかぶったその表情は窺えず、何かの仕掛けで声を変えているため、話しても性別すらわからない。

 一目見た時、クリスはそれから力を感じた。

 ただそこにいるだけで放つ強大な力。竜を目の前にした時のような、存在そのものがそこらの生物とは格が違うと感じさせる、圧倒的な何か。

 あまりにも怪しく、不思議に満ち溢れた黒衣は、中性的な声でゆっくりと話した。


「……アコーラ市に着いたら、私の前に魔剣を持って来て欲しい。……報酬に、正しい使い方を教える」

「それ、今じゃ駄目なの?」


 軽口を叩いてみたら、意外にも黒衣は少し考え込んだ様子を見せてから、


「……アコーラ市でやって貰いたいことがある」


 それだけ答えた。


「んー。気が向いたらでいい? それって私にとっても危険なことだからね」


 そう言うと黒衣は静かに頷き、アコーラ市北部のある地点で待つとだけ告げて闇に消えた。

 自分が交わしたのはそんなやりとりだけ。信用するほうがどうかしてる。非常に分の悪い賭けだ。

 そして、この怪しげなこの賭けの答えはもうすぐでる。

 なんとも楽しくたまらない状況だ。

 こみ上げる笑みをかみ殺しながら、クリスは魔導具で北部を疾走する。


 目的地はもう近い。北部の山間の森の中。

 言われた通りの場所にいったら、言われた通りうち捨てられた小屋があった。

 約束通り、黒衣はそこにいた。


「驚いた。ほんとにいるとは思わなかった」

「……それはこちらも同じ」


 話ながら、クリスは油断なく近づいていく。周囲に黒衣意外の気配は無い。小屋はボロボロでいざとなればどこからでも脱出できる。

 いつでも魔導具を起動できる準備をしつつ、黒衣に魔剣を見せた。


「で、持って来たんだけど、これ。本当の使い方、教えてくれるんでしょうね」

「……………」


 言うと、黒衣が無言で手を差し出してきた。


「む…………」


 渡せということだろう。

 少し迷ってから何かあったら斬ればいいと思い、魔剣を差し出す。


「………………」


 黒衣は懐から細い杖を取り出すと、魔剣の表面をなぞりながら何かを唱える。

 魔法だ。才覚の無いクリスには詳細はわからないが、聞いたことの無い言語によるものに思えた。

 時間にして数分、黒衣の呪文が終わるなり、魔剣の刀身が光り始めた。


「うっそ! なにそれ! ここに来るまで色んな学者が調べたけど、そんなの一回も起きなかったわよ!」


 このために来たとはいえ、こうまであっさりと結果が出た。

 自分が賭けに勝ったことよりも、目の前で起きたことに純粋に驚くクリス。


「………こんなもの、知ってるか知らないかの違いだ」


 言いながら、魔剣を返す黒衣。


「ありがと。それで、この状態だとどうなってるわけ?」


 とりあえず何度か魔剣を振ってみる。重さも手応えも変わりない。

 振るときに光の軌跡が残る以外はこれまでと違いを感じなかった。


「その状態は……魔法を断ち切れる。かなり強力な魔法の防護まで無力化できるだろう」

「斬るのは魔法だけ? 切れ味は変わらないのね」

「魔導具の鎧くらいであれば、破壊できる。後は、使えばわかる」


 ふーん、と一応感心するクリス。相当なものらしいのだから、剣から稲妻が出るとか、もっと派手で特別なことが起きるのを期待していたのだ。少し拍子抜けである。

 とりあえず、目の前の黒衣が嘘をついていなかったことに満足することにした。

 それに、まだ聞くことがある。


「あとさ、『その状態は……』ってことは。もっと他の機能があるってことよね?」

「…………今から言うことを実行してくれるならば、それも教えよう」


 その言葉を聞いて、クリスは肉食獣を思わせる獰猛な笑みを浮かべた。


「それで、何をすればいいの?」


 黒衣は懐から一枚の紙を取り出して言った。


「アコーラ市に戻って、破壊して欲しいものがある」


○○○


「ねぇ、ステル君。冒険者について、どう思う?」


 自分用の探知機の調整をしながら、リリカが唐突にそんなことを言ってきた。

 学院内部の研究室。昨日ここに来て以来、他にすることのないステルは魔導具の組み立てを手伝ったり、冒険者などに配布する探知機の動作確認などを手伝うことになった。

 この分だと、明日にでも各所に探知機が配られるだろう。

 問題は、クリスがアコーラ市から消えて二日もたっているということだが。


「えっと、どう思うとは?」


 急に来た質問に、意図を図りかねて回答に困る。


「えっとね。冒険者をやってて楽しいとか、辛いとか、嫌だーとか。何か、そういうことはない?」

「そうですね………。誰かの役に立って感謝されたりするのは嬉しいです。辛いとか嫌だとかはあんまり……。まだ日が浅いですし、仕事があるだけ有り難いですから」

「そっか……。ステル君はそもそも事情がそれだもんね」

「僕は冒険者になってまだ三ヶ月くらいですから、この仕事についてどうこう言えませんね。やってることも狩人時代に近いですし」

「なるほどね。ごめんね、変なこと聞いて」

「もしかして、クリスさんのことを考えてたんですか?」

「……うん。なんであんなことしたのかなって」


 リリカはクリスに憧れていた。その人物の暴挙とも言える行動に思うところが無いわけが無い。

 彼女の疑問はもっともだが、ステルに答えることができる類のものではない。

 せいぜいできるのは自分の考えを伝えることくらいだ。


「単純に欲しくなったんじゃないでしょうか? そう言っていましたし」

「う、たしかにそう言ってたわよね。それに、わたしに向けた剣、本気だった……」


 どんよりとした空気を出し始めるリリカ。無理ないとはいえ、いつもの彼女らしくない様子は心が痛む。


「クリスさんは凄い冒険者らしい冒険者ってことなんでしょうね。冒険者の人って、自分の好きなように生きてる人が多いと思いますし」


 アコーラ市に来て三ヶ月。短い期間ながら、ステルが見てきた冒険者達は、親切で優しい人が多かった。

 同時に、命がけの仕事に身を投じるような者ばかりなので、自分というものが強い印象がある。

 多少の無理をしてでも自分を押し通す。有り体に言って、冒険者であり続けるような人は自分勝手な人が多いのでは無いだろうか。


「ステル君は、クリスさんがあんなことをしたのに納得してるの?」


 少し冷たい言い方に聞こえたのだろうか。

 リリカが責めるような口調で言ってきた。


「納得はしてないです。驚いていますし、怒ってもいます」


 はっきりそう言うと、リリカはわかりやすく驚いた表情をしていた。


「……ステル君でも怒るのね」

「リリカさんに本気で剣を向けましたから」


 あの時クリスはリリカの命を利用して脱出した。それは許されないことだ。


「……ステル君、ホントいい人よね」

「誰だって、友達は大切だと思いますよ」


 少し穏やかな表情になったリリカに軽くそう返す。別に特別なことではない。

 それとステルにも聞きたいことがあった。


「リリカさん、もしクリスさんと会えたらどうするつもりですか?」


 可能性は低いが、もしクリスがまだアコーラ市内にいて、遭遇した場合、リリカはどうしたいのか。

 この研究室で会った時に聞こうと思ったことだ。

 

「聞きたい……。どうしてこんなことをしたのか。あの人は、わたしの憧れた人だから。わたしの抱いていたものが、ただの幻想だったのか、確かめたい」


 リリカと何度か会うたびにステルは彼女の冒険者への憧れを聞かされていた。

 子供の頃、冒険者だった両親から過去の武勇伝を聞いて育ったこと。クリスと会ってからは彼女の活躍について。

 そして、自分もそんな冒険を繰り広げたいこと。

 同時に、彼女が冒険者になるべきか、別の道を選ぶべきかずっと悩んでいること。

 複数の生き方を選べるというのは悪いことでは無いと思うステルは、変に彼女の背中を押すようなことはしないように心がけていた。


「クリスさんに会って、それでリリカさんの気が済むならいいことなんですけれど……」

「危険だものね」


 相手が相手だ。クリスは強すぎる。行動も読めない。ステルから見ても不気味な相手だ。リリカの安全は保証できない。


「もし、リリカさんの意に沿うようなことができそうになったら、少しは考慮します」


 最大限、目の前の友人に配慮した発言をしたら、少し偉そうな言い方になってしまった。


「歳下のくせに、生意気よ。ステル君」


 そう言って返したリリカは、少しだけいつもの元気さを取り戻したように見えた。

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