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40.展示会前日

「うわー。本当に凄いですね。うわー」


 ホテル・エイケスタの隣に作られた広大な敷地の中。

 初めて現場に来たステルはその光景を前にそう口にすることしかできなくなっていた。

 アコーラ市は大都会だ。郊外ならともかく、観光区は広い土地を確保することすら容易ではない。

 

 にもかかわらず、この展示場はもう一つくらい巨大ホテルが建つんじゃないかという敷地を誇っていた。

 多くの人が行き交うことを想定しての広い石畳の空間の先にあるのは宮殿のような建物だ。ステルはまだ本物の宮殿というものを見たことはないが、伝え聞くところとかなり近いように思えた。

 

 今も展示会の準備をするために関係者がたまに出入りしている建物こそが、明日からのステルの職場だ。

 展示場の内部は冷暖房完備の最新式魔導具の要塞のようになっているという。

 まさか冒険者をやっていてこのようなものに関われるとは思ってもいなかった。


「凄いのは建物の中ですわよ。魔導具によって温度調節された快適な空間。そこで古代と現代の技術について学ぶことができますの」「すごい。でも、僕みたいのが一足先に見ちゃっていいんですか?」

 

 関係者と親しいとはいえ、ステルは警備を依頼された冒険者にすぎない。特別扱いされるほど高い等級でもないので、それで問題になるのは本意では無いのだが。


「ステル君はわたし達の友達なんだからいいのよ。実は他の人達もこっそり家族とかに見せちゃってるしね」

「いいんですか、そういうの」

「まあ、いまのところは大目にみていますわ。本命の魔剣は明日の朝搬入ですから、そちらは見られないわけですし」

「というわけで遠慮無く中を見ていきましょう」

 

 ユリアナとリリカに促され、ステルは展示場の中に入った。

 見た目通り、建物の中も豪華な作りと広さを備えていた。 

 内部にあった、大きな会議などのために用意された部屋の調度類は展示のために撤去され、通路は広く確保され、順路に沿っていけば次々と展示物を見られるように作り替えられている。

 既にいくつかの展示物は設置されており、初期の魔導具と説明の書かれたプレートがその横に設置されていた。

 展示物の中には実際に稼働するものもあり、極力飽きさせないように随所に工夫が凝らされている。

 リリカ達に説明を受けながら、ステルは感心しながら感想を言う。


「本当にこの大きい建物を全部使うんですね。すごい」

 

 敷地に入ってから何度目かわからない「すごい」だった。


「最初は魔剣を中心とした展示だけのつもりだったそうですけれど、話が進むうちに企業の出店まで行う大規模なものになったそうですの。アコーラ市での一大事業ですわ」

「明日は市長さんとか色んな企業の偉い人も来るわよ。そうね、ステル君の好きなアジムニー社の人も来るみたい」

「え、ほんとですかっ」

「ほんとよ。展示会場がちょっと離れてるけれどね」

「それは絶対に見に行かないと……」


 見逃せない重要情報だ。隙を見て見に行かねば。


「仕事の合間に見に行ってくださいまし。さて、こちらが魔剣の展示室になっておりますわ」


 ユリアナが微笑みながら、一際大きな扉の前で言った。

 向こうにあるのは国際的な会合などで使うことを想定された展示場内で一番大きな部屋だ。

 

「中を見ていいんですか?」

「ええ、空っぽですから。今は鍵もかかっていませんの」


 そう言ってユリアナが扉に手を掛けると、大きさと重さを感じさせない滑らかな動きで扉がゆっくりと開いていく。

 中は本当に空っぽだった。

 広い空間の中央が一段高くなっており、台座がぽつんと一つあるだけ。

 魔剣の展示場所以外何もない部屋。申し訳程度に侵入者を防ぐために区切られているが、それだけだ。


「色んなところに警備の人が隠れられるようになってるんですね。それと、魔導具が仕掛けられてますか?」


 中に入って周囲をざっと見回したステルはそう言った。


「あら、流石ねステル君。実はこの部屋全体が魔導具みたいなものなのよ」

「リリカさんのおかげで少しは詳しくなったみたいです」


 何もなく不用心に見える室内だが、ステルの目から見るとカーテンの裏や装飾に隠蔽された扉やのぞき穴、それといくつか魔導具らしき設備に気がついた。


「警備の方は可能な限り目立たないように気を遣いましたの」


 そう言ってユリアナは部屋の中央へと歩いて行く。

 続いたステルとリリカに向かって、台座を指し示す。

 

「見ての通り、魔剣はここに置かれますの」


 近くで見てもガラスのケースに入っているとか、わかりやすい警備の仕掛けのない台座だ。


「なんというか、簡単に奪えそうで心配ですね」

 

 ここにも何かしら仕掛けがあるのだろうが、簡単に奪えそうで不安になる作りではある。


「そう見えるように作ってるんですのよ」

「色んなところに警備の人が入るだけじゃなく、特定の魔導具を持っている人以外が近づくと警備用の魔導具が起動したりとか、話しちゃいけないような仕掛けもあるのよ」

「それどころか、私とリリカでも警備について知っていることが食い違っているくらいですの。全貌を知っているのは本当にごく一部でしょうね」

「なかなか徹底していますね」

「そのくらい大事なものなのよ。狙っている連中だっているし。だったらこんなことしないで、直接研究所に持ち込めばいいとも思うけれど」

「それはできませんの。アコーラ市の体面とか、約束とか、色々あったそうですから。私の父も、最初は頭を抱えておりましたのよ」

 そう言って、ユリアナは肩をすくめてみせた。


「たしか、偉い人たちからこの催しを持ちかけられたのよね。ある意味被害者だわ」

「いい格好したがるからですの。それに、この催しは魔導革命によるエルキャスト王国の発展を内外に知らしめることができるとかいって、今では張り切ってましたわ」


 どうやら、偉い人は色々思惑があるらしい。おかげでステルは仕事にありつけているわけで感謝すべきだろうか、それとも面倒なことを持ち込んだというべきか。ステル個人としては前者を選びたいところだ。


「魔剣そのものは明日搬入なんですよね」

「ええ、クリスさんが直接こちらに持って来られますの。その後、開催期間中はこの部屋で警備することになりますの。流石は上位の冒険者ですわ。奔放そうに見えて、この場所を見ながら次々と警備の体制について的確に指摘してくれましたの」

「流石ですね。……リリカさん、大丈夫ですか?」

 

 先日の一件が気になってリリカを見るステル。

 しかし、リリカはクリスの名前を聞いても特に気にした様子もない。


「心配無用よ。個人的な事情だもの。クリスさんとの模擬戦はいい経験だった。今は学生ながら関わらせて貰ってるこの催しを無事に終わらせることに集中するの。個人的なことはその後にするわ」


 いつもの強気な笑みでそう返された。

 まるで自分にそう言い聞かせているみたいだ。

 言葉の端々から割り切っているようでやはり気にしていることが伝わってくる。


「リリカさん、僕で良ければ話くらいなら聞けますよ」

「私もですわ。相談くらいしてくださいませ」


 心配しはじめた二人に向かって、リリカは変わらず笑顔で答える。


「ありがとう。このことはちゃんと自分で考えて、それから二人に相談するわ」


 それからリリカは、魔剣を展示する台座に手を触れながら思い出したようにステルに問いかける。


「ステル君、例の結社ってその後どうなったのかな?」

「ラウリさんが頑張ってるみたいですけれど、まだ足取りは掴めてないみたいです」


 ステルは会えていないが、受付嬢のアンナにきいたところ日に日にラウリの顔色が悪くなっているそうだ。


「油断はできそうにないですわね」

「ええ、ラウリさんも『いっそ逃げてしまったと結論づけたいが、多分それはないだろう。油断はできない』と言っているそうです」

 実際、冒険者協会からも警備が増員されているらしい。

 展示会の開催期間は長い。その間、油断できない状態が続くだろう。


「三週間、何事もなく終わるといいですね」

「…………」


 ステルの気休めのような発言に、二人は答えなかった。

 魔剣はアコーラ市に入る前にすでに襲撃受けている。

 何事もなく終わるわけがないと思っているからだ。

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