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35.クリスとリリカともうひとり その1

すいません。ちょうどいい切りどころがなくて、今回短いです。

 クリスの休日は思ったよりも早く訪れた。

 彼女がアコーラ市に来て二日後のことである。

 そもそもアコーラ市に来るまでずっと働きづめだったので休暇は当然という流れと、ネチネチと責められるのを嫌ったラウリの頑張りの賜物だ。

 剣姫の休暇を伝えるため、ステルの下宿に現れたラウリは大分疲れていた。働き過ぎが心配だ。


 そんなわけで、約束通りステルとリリカは剣姫クリスティンを案内するため、彼女の滞在する『ホテル・エイケスタ』に集合したのだった。


「おはよう、二人とも。悪いわね、迎えに来て貰って」

「いえ、どちらにしろここにしばらく通うことになりますから」

「よく眠れましたか? 疲れは取れました?」


 ホテルのロビーで姿を現したクリスはステル達の問いかけに元気な笑顔で答える。


「久しぶりに安眠できたわ。君達が来るからってお酒飲まなかったのが良かったのかも……なによステル君その顔」

「ラウリさんが「酒を飲んだら午後まで起きないだろうから叩き起こせ」と言っていましたから」

「あいつ……」


 いきなり剣呑な目つきになるクリス。

 ああ、これは言っては不味かったかな、と思ったステルだが、これはもう手遅れだ。ラウリには自力で頑張って貰おう。

 ロビーに居座るのも邪魔なので、三人はすぐに外に出る。

 時刻は午前九時。天気は快晴。気持ちの良い日だ。この辺りなら、海を見ながら爽やかな散歩ができるだろう。


「それで、どこを案内しましょうか?」

「そうね、じゃあ、まずは港に行きましょうか。近いし」

「了解です。ステル君、港よ」

「はい。まあ、リリカさんがいるなら僕はついていくだけなんですけれどね」


 今日のステルは一緒に同行するだけの存在だ。この二人なら護衛の心配すら必要ない。


 そんなわけでクリスのリクエストどおり三人は港についた。

 ホテルから歩いてすぐなので軽い散歩だ。


 アコーラ市の港は賑やかだ。

 水平線の向こうから、今も大きな船がいくつも入港してくるのが見える。

 船は帆を張っているものもあれば、魔導具で動いているのもある。

 魔導具の船は水流を起こして直接船を押すものが主流である。船上には帆の変わりに魔力を集める機構が備わっているのが特徴だ。

 観光用の船には魔導具で起こした風を帆にあてて動くものもあるのだが、ここでは見当たらない。


「うーん。船の種類は少し変わってるけれど、ここはあんまり変わらないわねぇ」


 背伸びをしてから、クリスがしみじみとした様子で言った。

 周囲は賑やかだが、ステル達はのんびりしたものだ。


「クリスさんは、よくここに来ていたんですか?」

「まあね、暇な時は向こうの方で釣りをしてた。アコーラ市で最初に来たのがこの場所なの。ここから上陸して、冒険者になったのよねー」

「そうだったんですか? クリスさん関係の本とか記事は結構読んでるんですけど、初めて聞きました」


 どうやら初耳だったらしく、驚いた様子でリリカがいう。


「あはは。ちょっと恥ずかしいね。冒険者なんて話題になるのは有名になってからでしょ? 私程度だと駆け出しの頃なんて記事にならないのよ」

「クリスさんって外国の方ですよね。どうしてアコーラ市に来て冒険者になったんですか?」

「聞きたい? 面白い話じゃないわよ」


 ステルはリリカを方を見た。

 彼女の顔が「聞きたい」と言っていた。


「えっと、差し支えなければ」


 ステルの言葉に、リリカの顔がぱっと輝く。

 クリスの方はやれやれと言った様子で口を開く。


「よくある話でね。私の故郷は戦争でなくなっちゃって、傭兵団に拾われた。そこで武器の扱い方を学んだんだけど、捨て駒にされそうな気配があってね。お金持って脱走したのよ」

「……………」


 思った以上にハードな内容だった。いきなり場の空気が重くなって気まずい。

 気まずいなりに、気になることがあったので、ステルは聞く。


「あの、それだと有名になった後、抜け出した傭兵団の人に狙われたりしなかったんですか?」


 その問いかけに、にっこり笑いながらクリスは答える。


「平気よ。そいつら、私が逃げた後に壊滅したから。戦争終わって食い詰めて、人間相手が専門なのに魔物狩りの依頼を受けた後、無茶しちゃって全滅だったかな。逃げて正解だったわ」

「………………」


 楽しい思い出話を語るような、浮かれた口調だった。

 昔話で思った以上に死人が出てきて、ステル達は絶句である。 


「……あ、ごめんね。空気悪くしちゃって。面白い話じゃないって言ったじゃない。ま、私みたいなのにも色々あったってことよ」

「すいません。話しにくいことを言わせてしまって」

「そんなことないわよ。もう気にしてないしね。ほら、リリカちゃんも落ち込まないの。いいのよ、私が話したいから話したんだから」


 落ち込んでいるリリカの肩をぽんぽんと叩くクリス。

 その口調にも、表情にも気負いが無い。

 あるいは、生死を気負わなくなるくらいの経験を彼女はしてきたのだろうとステルは感じた。


「ま、この街に来てからは悪くなかったわよ。平和だし。依頼を選べば冒険だって安全だし。まあ、最終的には出て行っちゃったけどね。アコーラ市はいいところ、これは本心」


 水平線の彼方を見ながら、クリスは言う。

 その横顔からは思った以上に感情が無いようにステルには見えた。彼女の抱えるものが複雑すぎて推し量れないのかもしれない。

 なんとなく、これこそが剣姫と呼ばれる冒険者の本来の姿なのかもしれないと感じた。


「さ、私の昔話はおしまい。ごめんね、ちょっと昔を懐かしみたかったのよ。歳をとったもんね」


 うってかわって人当たりの良い笑顔になって、クリスは言葉を続ける。


「じゃあ、次行ってみようか。これからは昔話は無しだから安心してね」

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