旧1話:出遅れた男
改訂版投稿に伴い、番外へと移動しました。
自らへの戒めとして残しておきます。
読み比べたりしても面白い……のか?
まさか自分が若くして死ぬ事になるとは思いも寄らなかった。
あまりにもどうしようもない、理不尽極まる、突発的にして不可避。もう諦めて"運命"と吐き捨ててしまいたくなるような、そんな死に方だった。後悔よりも憤りを感じる。「こんなんどうしろっちゅうねん」という、溜息混じりの苛立ち。
いや、それこそが一般的な死に様か。自分が死ぬかもしれないと感じながら、命の灯火が消えるその時を待つ事になる者の方が、ずっと少ないのだろう。
きっと誰もがこう思う筈だ。「まさか今、自分が死ぬ事になろうとは」と。
この俺のように。
花の青春真っ盛り、酸いも甘いも未体験。死ぬにはいささか早すぎる。怒りは鳴りを潜め、未練が盛り返してきた頃に、俺の元へと"意思"が届いた。
声ではない。と言うか、今の俺に肉体があるとは思えない。実のところ、ただ俺が"在る"という認識だけで、五感といった身体あってこその感触がまるでないからだ。だから声ではない。聞こえる事で理解出来るそれとは違う、明らかに異質なものであったから。
して、その"意思"は俺にこう伝えてきた。
"今より君を異なる世界へと転移する。その際、超常の力を授ける"
…………マジか?
これはつまりアレか? 異世界転移、ってヤツか?
しかもご丁寧に能力付き!? 要点ばっちし押さえんじゃん!
うっわー、マジか。マジでマジか。流行のヤツそのまんま。ひねりも見られぬストレート。て事はだろ? 送られる先は多分、中世ヨーロッパ調な剣と魔法の世界だろ! そこでチート能力持った俺が無双しちゃう奴だな! 詳しくないけど大体は知ってる!
いやっはぁ、死んだ時はどうなるものかと思ったが、まさかこんなサプライズが隠されていようとはな。偶然か、それとも必然だったのかな? まぁんな事はもうどうでもいいか! 現実を離れる事にこそなるのだが、ともあれ俺は勝ち組になる訳だしな! こっちで叶えられなかった諸々は向こうの世界で叶える事にしようじゃないか。目指せ、薔薇色の異世界セカンドライフ!
……でも、もう少し他に何か言ってくれてもいいんじゃない?
死んだ経緯にしたって、故意なのか偶然なのかわかんないよ? 肝心の転移先の世界観とか、超常の力が何なのかも知らないし。
そこで一旦思考を止め、相手の動きを伺う事にした。俺が浮かれるのを止めれば、詳細が伝えられる事を期待して。
が、無反応。
必要最低限の説明もなされていないのに、もう「伝えるべき事はすべて伝えた」感が滲み出てはいないか? ちょっと待って、考え直して。あなたは俺に対してまだ言うべき事がある筈だ。
あれか、問われなきゃ答えないタイプの人なのかな? 人? いや、うん、よくわかんないけど、じゃあつまりは俺から質問しなくちゃな訳か。もう仕方がないなぁ。それじゃあ何から聞くべきだろうか。あなたは誰、ここはどこ? 力って何? えーっと……
肺も喉も口もないのに、一体どうやって喋れってんだ?
そんな俺を置き去りにして、突如として沸き起こった渦が、俺を絡めとるように巻き込んだ。自分という存在が引き伸ばされて、捻じ曲がって、異質な"何か"へと変えられていくような感覚。何が起こってるのかわからない。何なのかわからない。でも紛れもなく、今ここで起きている。俺の存在に起きている。
不安。
このじっとしていられなくなるそれは、子供の頃、初めて死について考えた時の感覚に似ていた。
気が付くと瓦礫の中にいた。
身の丈ほどある砕けた大岩。焼けて崩れた木造家屋。赤と黒で汚らしく染められた布切れ。枯れ尽くして落ち葉すら見当たらない樹木。草はおろか蟻も消え去った地面。泥に濁った水溜り。
幾つものそれらが積み重なり、潰し合い、周囲を覆い尽くしている。視界が遮られて先の景色がまったく見えない。そこから見上げた空模様は、地上の有様と同じ調子に、どんよりと灰色にくすみきっていた。
そんな中に立ち尽くすのは、俺だ。服装は学校で着ていた詰襟上下。学校指定の白いYシャツ、その下に黒のTシャツも着ている。靴も登下校用に履いているスポーツブランドのスニーカー。靴下も下着も見慣れたやつ。すっかり着慣れた学生服一式。ただ時計やスマートフォン、鞄等の小物は身につけていない。
異質だ。俺も、この風景も、どちらを基準に置いても噛み合わない。本来あるべきでないものが無理矢理ひとつの場所に置かれている、この居心地の悪さ。
「つまりここが異世界って事か……」
発した独り言も、聞き慣れ過ぎた自分の声色。手足の長さも、視界の高さも、爪の形も、髪の色も、紛れもなく俺だ。
恐らくだが、転移は成功したのだろう。でなきゃこんなところにいる筈がない。こうも荒廃した場所なんて、日本のどこにもない筈だ。だが、こう、何と言うか……
「思ってたんと違う」
真っ先に目に付くのが瓦礫の山って。見上げれば太陽の"た"の字も感じられぬぶ厚い曇り空って。新たな旅立ちの日にまったく相応しくない。もっと煌びやかでさ、爽やかなさ、そういうシチュエーションにしちゃくれなかったのかな。気が利かないにも程があるだろう。そう文句を言いたかったが、肝心の相手が不在ではどうしようもない。心のうちに留めておく。
不平不満は置いておいて、まずはどうするかを考えよう。ここが異世界であるとしても、まずは状況把握だ。あの野郎は教えてくれなかったし、そうなると自分で確かめるか。目の前にあるこの有様は廃墟か、それとも戦場か? どの道、長居したい場所じゃない。気分が滅入ってくる。さっさと抜け出して、この世界の大雑把な雰囲気を掴んでおこう。
そう思って、異世界における記念すべき第一歩(右足。ぬかるんでいて感触は最悪)を踏み出した矢先、土煙に霞む瓦礫の間から人影が3つ、音もなく現れた
「うおっ」
思わず声を上げてしまった。それが届いたのだろう、人影はこちらを向くなり素早く姿勢を落とした。3つの影はいずれも異なった動作を取り、それぞれが別々の道具を構える。
一人は短刀。もう一人は弓。最後は棒切れ――否、杖だった。
短刀を構えるのは男。逞しい身体つきがシルエットでわかる。ぼさぼさで艶のない白髪、鼻と口を覆う覆面が特徴的。鋭い眼光は俺を捕らえて揺るがない。
弓を向けるのも男。こちらは細身。つばのない帽子を被り、ゴーグルらしきものが目元に見える。つり上がった口角によって唇が笑みの形状に歪んでいる。
杖を持つのは、女だろうか? 細身なのだが、弓の男とは明らかに身体のラインが違う。目を引くのは、たなびく金色の長髪、口元まで隠すマフラー。そして何よりも、ぴんと尖った横に長い耳。
いずれもぼろ布を継ぎ合わせたような粗末な服を着ていた。しかし明確に衣服として機能させるべく形を整えたものであったので、武器という道具の使用から鑑みるに、文明を有する人々である事がわかる。
俺は確信する。ここ異世界だわ。短刀も弓も原始的だけど武器は武器、この状況に相応しい。しかし小枝と見間違う杖をあんな指先に挟んで向けてくるなんて、完全にファンタジーのそれよ。おまけにエルフ耳ときたもんだ。
間違いない、ここは転移先。
俺が生きる事になる、新たな世界なんだ。
が、状況が芳しくない。
あの3人、明らかにこちらに敵意を向けている。たとえそこまでいかないとしても、まず間違いなく警戒している。場所も場所だし、これってもしかして盗賊とかゴロツキとか、そういう人らと遭遇してしまった感じか? だとしたらマズいぞ、例え言葉が通じたとしても、ただで済むとは思えない。確実にひと悶着起こる。
あれ、つうか言葉って通じるの? 日本語わかる人たちなの? いや、通じるでしょ、多分。そういうもんだよね。んな所から噛み合わなければお話にならないもの。「語学習得から始まる異世界旅行記」なんて流行らないっしょ。
じゃあ仮に言葉が通じたとして、俺が何者であるかを伝えられたとして、その次は、ひと悶着はどう切り抜けたものだろうか。こういう時はどうするんだったか……あっ、そっか。"超常の力"があるじゃん。どんな能力かはわからんが、きっとピンチをあっさり打破するとんでもねぇ能力だろう。使い方すら知らねぇけど。
て事は何か? 俺に恐れるものなど何もない、って事か? なんだよ脅かしやがって。ちょっと焦って損したじゃないか。じゃあ対応もシンプルでいいな。まずは友好的に接する、危害を加えてくるようならばブッ飛ばす! うん、単純明快! わかりやすい!
そう結論付けた俺は咳払いしながら襟元を正し、正面に位置取る彼らへと、はきはきと快活に、自己紹介を口にした。
しようとした。
「俺、高崎 洋海って言います! 実は俺、こことは違う世界から――」
「異世界人」
ぼそり、と呟かれた言葉が、俺の耳に届いた。恐らく若い男の声。それを聞いて、思わず台詞を止めてしまう。彼らは武器を下げ、俺の目をじっと覗き込んでくる。
……あれ、理解早くね?
早過ぎね? こっちが説明する楽しみなくね? なんなのよコレ、さっきから。テンプレなのは最初だけかよ。白けるわ。あ、それとやっぱり言葉は通じんのね。そりゃ良かった。今の気分はちっとも良くないけど。
気分を害された俺は、それはそれは渋い顔をしていたんだろうけど、そんな俺を見る彼らの表情に気付いた時には、思わず表情が緊張で凍りついた。
憎悪。
煮え滾る泥のような感情のうねりが浮き出ている。とても初対面の相手に向ける顔じゃない。顔の一部が隠れているというのに、ありありと見て取れる、自然と後ずさりしてしまう程の威圧感。
「お前……"お前ら"は…………」
弓を持った男が一歩、こちらへと踏み込んでくる。この声の主だろう。隠す気のない憎しみが、吐かれる言葉を呪詛へと変える。噛み締める奥歯の軋みすら聞えてきそうな気迫に潰されかけ、鼓動が速まり、冷や汗が脇から垂れてゆく。
俺へとにじり寄る彼は、その昂りのまま叫んだ。睨み付けたまま、しかし武器は下ろしたまま。
「一体、何人湧けば気が済むんだよッ……!!」
「………………え?」
敵意を宿す3人の眼差しを真っ向に受ける俺から出た言葉の、なんと情けない事。
でも仕方がないじゃないか。だって"あれ"は、あの不親切な"意思"は。
この世界に転移した人間が俺だけじゃないなんて、教えてくれなかったんだから。