語り出す男
「たった一夜で都を築く、海も地も割ってみせる、望まれたものを望まれた分だけ生み出せる……。それらは別個の能力じゃなくて、すべて同じ力じゃないかと思うんです。何でも生み出せるだけでなく、何でも出来る力。それぐらい飛び抜けていないと、最初のふたりの偉業は達成出来なかったんじゃないですかね。それに、異世界人の全員が同じ末路を辿っているから、その原因たる力も同じと考える方が妥当でしょう」
「仮に何でも出来る力であったとして、それがどうして大歪曲に繋がる」
バンダナの男が疑問を呈する。こっちを見つめる取り巻きたちも頷き、同意を示す。
大歪曲の惨状は明らかに異常だ。まともじゃない。それを引き起こすには、もっと直接的に世界を攻撃するような何かがあった筈だ。その予想と、万能の力とが繋がらない。
そう考えているであろう皆に向かって、俺は質問で返すことにした。
「もし何でも生み出せるとしたら、何を願う?」
間の抜けた問に誰もが呆気に取られるが、それが答えに繋がるのだろうと判断すると、暫く考えた後、思い思いの願いを語り出した。
「食っても減らない肉」
「飲んでもなくならない水筒」
「超快適で絶対安全な寝床」
「汚れも破れもしない服」
衣食住を手堅く押えてきた。だがこの問において重要なのはそこじゃない。解答のすべてが予想内であった事が重要だ。
「そう。何でも生み出せるなら、そうやって"あり得ないもの"を欲する」
そう指摘されても、彼らは何が問題なのかが理解出来ない。当然だ。出来てしまえるのだから、そこに疑問など抱く筈がない。
「この力の有する権限は途轍もなく高い。だって、あり得ない物体を生み出せてしまうんだから。それはつまり、万物の基礎、絶対に覆ってはならない筈の世界の決まり事、法則性それ以上の優先権を有しているという事になる」
生み出せたのだから、存在出来たのだから安全。それこそが落とし穴だった。あり得ない事を実現するという行為は、その言葉が表す通り、無理である筈なのだ。だが、力を使えばそれが出来てしまえる。その無茶がどんな結果をもたらすのかを知らぬまま。
「世界王が築いた都は、自身の力の象徴であると同時に、自分がデザインした街でもあった。どこに何を置き、どんな街並みにするか。そんな事すらも自由に決められ、金も資材も人材も、何も気にする必要がない。きっと彼の都は、彼自身の理想に溢れていた。だからこそ、彼はこう願った筈です。『決して崩れぬ都であれ』と」
誰も異論を挟まない。彼らだってそうするのだろう。愛着のあるものが壊れる様など見たくない。まして手ずから生み出したものであれば、なおの事。それが人情というもので、壊す為に生み出すのは物好きか暇人くらいだ。
「二人目の男が王都に踏み込んだ時に見た光景は、きっと酷く醜く見えたでしょう。世界中の人間を力で捻じ伏せた男が築き上げた、支配と権力の象徴たる欲望の牙城。だから彼は、こう願って力を振るった。『この悪趣味な都を跡形もなく消し飛ばしてやる』と」
同じ境遇にある者が超越感に溺れて生み出した恥の傷跡。義憤に燃えた彼の願いもまた、想像に難くない。
最初の二人が成した事はいずれも大規模だが、本心としてはそんなものだったんじゃないだろうか。彼らが俺と同じ異世界人であったと言うのならば。
ただの浮かれた凡人であったのならば。
「そんな両立し得ないふたつの願望が、同じ権限でもって、ひとつの場所で実行された。その結果が大歪曲です。法則性以上の優先権で、『絶対に崩れるな』と命令されながら、同時に『完全に壊れろ』と強要される。その処理不可能な矛盾が、世界の在り方を崩壊させた。残されたのは、どちらの願いともかけ離れた、何者もまともでいられない異常空間。自然の摂理に則していないから治まる事もない、延々と繰り返され続ける破壊の渦」
矛盾に直面した時、人ならば前提や解釈を用いて回避したり、「それは無理だ」と理解して諦められる。コンピュータならエラーを吐いて動作を停止する。だが、無数の現象の集合体たる世界には、諦める事も停止する事も出来ない。
「これが俺の考えた歪曲を引き起こす原因の仮説、異世界人の力による矛盾した事象同士の衝突です」
彼らの反応は3つ。理解しかねて隣の顔を伺う者と、黙して語らぬ者。そして腑に落ちず顔をしかめる者。俺は彼らの疑問に答えるべく、言葉を続ける。
「ですが、疑問が残ります。大歪曲の原因はそれとしても、各地に点在する小規模の歪曲に説明が付かない。すべてが異世界人同士の衝突によって発生した訳じゃない事は、先のお話からも判明していますし」
ぽんぽん生み出していたら突然に。バンダナの男の証言。ここで重要なのが、ひとりの異世界人によって歪曲が生じた事。それと、力の発動が即、歪曲を引き起こすという訳ではない事。
もしかしたら、同一の座標に別の物体を存在させようとしたかもしれない。けれど、そんなミスよりは、"力によって物体を生み出す行為"そのものが原因であると考えたほうがまともな気がする。
「そこで思いついたのが、異世界人が力を使った事によって"運命"を阻害した結果、偶発的に歪曲を引き起こしている可能性です」
「運命……?」
今度は全員が首をひねった。意味が通じていないとは思えないので、単に突拍子のない概念が持ち出された事への困惑だろうと解釈する。これも我ながら相当飛躍した仮説だという事は理解している。が、これくらいしか思い浮かばなかったので、この際だから話しておこう。
「世界は無数の法則性が複雑に絡み合う事で形成されています。その中で生きる生命も、存在している物体も、すべてが法則性によって定められた道、"運命"に沿って生じ、壊れていく。そして異世界人の力はその法則性を無視しているから、故に"運命"の埒外に存在している。となると、力によって生み出された諸々は、その定められた"運命"の邪魔をする、どころか破壊してしまう異物に成り得るのではないかな、と」
電車、ダイヤグラムで考えるとわかり易いかもしれない。予め決められた通りに走っている電車たちの前に、突如として線路を塞ぐ謎の車両が出現したり、しかもその際に線路を破壊されたとなれば、ダイヤグラムは崩壊する。
そして、世界というダイヤグラムは止まる事を許されない。
「何もない空間へと無理矢理に生み出された何かは、本来そこにある目に見えないものを弾き出してしまう。その影響は、後にそれらが後に起こす筈だった現象への妨害という形で現れる。また、生み出された何かが消えず存在し続ける事によっても、"運命"の邪魔に成り得ます。本来は始まりから終わりに至るすべては"運命"に沿って流れていきますが、異物が挟み込まれた事によってその流れが狂い、影響を受けたものは物体にせよ空間にせよ、"運命"的に不安定な状態に陥る」
不安定な状態。"運命"の外へと押し出されようとしている状態。法則に沿ってこそいるものの、これから接触するものによって、どちらに転ぶかがまるで不透明。ぎりぎり踏み止まるかもしれないし、外へと投げ出され、もう戻ってこれなくなるかもしれない。
「幾重にも重なり合った"運命"の一部が破断した事で、その影響は連なってた別の"運命"にも伝わり、やがては水面を揺らす波紋のように全体へと広がっていく。その中で致命的な方向に傾いてしまった場合、歪曲が発生する」
複雑で、しかし完璧に遊びなく組まれているが故に、一部が欠落しただけで、それらに関わっていた他の部分も巻き込んで共倒れを起こしてしまう。その中で、どうしようもない形で歪んでしまった時に、修復不可能な歪みが生まれる。
「より広域に、あるいは大量に、同じ場所で力を使ったりするれば、それだけ歪曲を生じさせる可能性は高まる。ただし、歪曲が生じる時間も場所も不明です。もしかしたら遥か遠方かもしれないし、ずっと後になって起こるかもしれない。観測は不可能です」
これがふたつ目の仮説、異世界人の力による"運命"の阻害。
語り終え、再びの沈黙が周囲を包む。反応は変わらなかった。理解できない者、黙る者、疑う者。しかしそのすべてが揃って焚火を眺めている。自然と俯いた先にあるからだろう、誰の目にも揺らめく炎が映る。
「…………結局、さ。お前らは一体、何しにこっちに来たんだよ。死にに来たのか? それとも滅茶苦茶にする為か?」
俺の左に座っている取り巻きの少年(俺より年下に見えるが、細身で筋肉質な身体をしている)がそう言った。その答えを待つように、彼らの視線が俺へと向かう。
こればっかりは俺が聞きたい。こうしてあれこれ話してみたけれど、結局は仮説でしかない。俺を送り込んだアイツは何も言わなかったし、思惑なんて知る由もない。「何なんだろうね」と言おうとしたが、先に発された言葉がそれを遮る。
「罰だ」
バンダナの男は険しい目つきのまま、焚火を眺めたまま、低く響かぬ声でそう言った。