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ありふれていて欲しかった異世界転移  作者: 二一 不二
本編
6/13

思い至る男

 暗がりの中、木々を掻き分けて進む背中を追いかけるように下山した。そのまま、背を岩場に預けられる場所を見つけて、そこで夜営する事となった。当然、テントやシュラフなどある筈がない。集めた薪で焚火をし、それを囲むように座り込む。俺は彼らから数歩離れた場所に座ったが、背後を取られたくないのか、前にいた者は揃って横へと散っていく。そこで俺は、折角だからと前進し、彼らの輪に混じる事にした。思いっきり嫌そうな顔をされたけど、何事もないかのように平然と、我が物顔でスルーする。

 彼らは各々がポーチから食料を取り出し、周囲と分け合ったりしながら飢えを満たしている。俺もポケットに突っ込んでいた皮袋から肉片をふたつ取り出し、口に放り込んだ。調味料や香辛料の味はない。肉そのもの。しかも凄く硬い。奥歯でしっかりと磨り潰すように噛み締める。

 彼らの食料を見る限り、どれも長期保存を目的に加工されたものであるようだ。俺の渡されたような肉もあれば、小さな木の実なんかもある。他には……枯れ草を丸めたらしき代物を口一杯に頬張っている。幸せそうだ。美味しいのか、あれは?


「その肉、誰から貰ったんだ?」


 目移りしていると、焚火越しの正面に座すバンダナの男が聞いてきた。俺は最初にあった三人組の話をする。すると面識があるようで、あの短刀の男の名前が「レド」であると教えてくれた。


「奴等とは縄張りが近いから何度もやり合ってる。ちっ。あの野郎、まだくたばってないのか。しぶとい連中だ」


 そう言いながら、手にもっていた乾燥肉を口に投げ入れた。俺のよりもずっと大きい。

 最早、懐かしくもある白髪頭を思い出していたら、あの杖の女を思い出した。てっきりエルフかと思っていたのだが、どうも歪曲の影響であんな形になってしまったらしい。だがそもそもとして、この世界にエルフがいるのかどうかが気になる。この際だからと聞いてみる事にした。


「この世界にはエルフっているんですか?」

「いるぞ。まぁ、今やさっぱり見かけんがな。死に絶えたか、あるいはどこかで生き延びているか……。リリゥの奴にしたって、本人は人間だって言ってるが、本当の事かもわからん。魔法が使えんだ、エルフと考える方がしっくりくるんだが」


 リリゥというのがあの杖の女の名前か? 人だと思い込んでいるエルフの可能性もあるらしい。歪曲は記憶障害までもたらすようだ。だが、人かエルフかの判断材料が、魔法を使えるか否かなのか? 


「人間には魔法が使えないんですか?」

「いや、人間にも使えんだがな、それには専門的な知識が必要なんだ。こんな時代だ、敵になるかもわからん奴に魔法を教える物好きがいるとは思えん。となると、今なお魔法が使える奴ってのは、生まれながらに知っているエルフと考えるのが自然だよ」


 まぁ、その自然ってのが滅茶苦茶になってんだ。本能的に魔法が使える人間がいても不思議じゃねぇのかもしれないがな。と、男はそう付け加える。


 この世界にも魔法は確かにあった。しかしその存在は今やないに等しいらしい。継承が行われていない技術など消えていくしかない。魔法の有無で生活が劇的に変化するのならば普及しているだろうが、ここにいる彼らすべてが杖を持っていないところを見る限り、そういう訳でもないようだ。


 生活と言えば、家が必要だろう。しかし彼らはこうして群れて野宿している。縄張りがあるようだが、拠点に帰ったりはしないのか。そもそも、人が群れて暮らしてはいないのだろうか。


「街とかはあるんですか」

「ねぇよ。持ち寄るよりも奪い取る方が楽だからな。それに、人が集まるって事は、それに釣られた異世界人を呼び込む事態にもなりかねない。だから、俺たちのように縄張りの中を動きながら生きてる奴が殆どで、定住している奴の方が稀だ。ここに行けばいつでもいるなんて状況は危険過ぎる」

「あなたたちの縄張りはこの周辺」

「あぁ。歩き回っては物漁りに食料調達。敵を見つけりゃぶっ殺す」


 この一帯で見てきた諸々を思い出し、背後を振り返ってみる。すっかり暗くなった周囲に吸い込まれるように、焚火に照らされた俺と彼らの影が伸びている。その暗闇の中に、人であった、命であった者たちの、奇怪極まる死に姿を幻視した。


「じゃあ、ここで死んだ異世界人とも面識があるんですよね。力を使う瞬間や、その末路を見た事も」

「……あるとも。あいつらは、何もない場所から、色んなもんを出現させた。食料はもちろん、頑丈な武器も、でかい家も、得体の知れない鉄の塊さえも。何でもかんでもぽんぽん作り出せた」


 そういう男の目は、焚火を眺めているようで、しかしその中の何かを見ているようだ。思い出に浸るような、穏やかで、しかしどこか悲しげな瞳であるように思える。


「その人たちは、何があって、どうやって死んだんです?」

「突然さ。俺たちに頼まれたものを頼まれた分だけ、にこにこ笑いながら生み出してる最中に、その場にあった殆どを巻き込んで捻じれ死んだ。『言うほど悪い奴じゃない、便利ですげぇ奴なんだ』って思った矢先の出来事だった」


 そう言って、男は空を見上げる。雲に覆われた夜空に星は見えない。

 恐らく彼は、その時に何かを失ったのだろう。あるいは誰かなのかも知れない。しかし奪われた立場である筈なのに、あの三人組のような憎悪に塗れた目ではないのは何故だろう。


「他の連中もそうだった。気さくに話しかけてきては『何か困っている事はないか?』だとか、『人の役に立ちたい』なんて言って、そうして力を使っては死んでいく。その結果が今さ。どうしようもない捻じれ曲がった場所が生まれ、俺たちはそこで死に物狂いで生きて、当人たちはさっさと死んじまってる。嫌味のひとつも言えず仕舞いさ。くそったれが」


 空を見る男の目を見ていたら、何かおかしな事に気付いたように、瞼をぴくりと動かした。そうして顔を下げると、焚火越しに俺へと問いかけてくる。


「つうか、おかしいだろ。何で異世界人のお前が俺に力だ何だを聞いてくるんだよ。お前らの方がよっぽど詳しい筈だろうが」

「そう思いますよねぇ。けど俺自身、どうやってここに来たのかも、力が何なのかも知らないんですよ」

「はぁ?」


 当然の疑問符なのだが、その声を上げたのはバンダナの男だけではなく、取り巻きたちもだった。てっきり彼らは彼らで別の話題で盛り上がっているのかと思っていたが、どうやら俺たちの会話に聞き耳を立てていたらしい。

 思わず声を上げてしまった勢いもそのままに、俺の左右に座る彼らから猜疑の目が向けられる。


「お前、本当は異世界人じゃねぇんじゃねぇの?」

「私たちに殺されたくなかったから嘘ついたんでしょ」

「だったら食料の提供を拒みはしないし、こうしてついて来たりもしないよ」


 その通りだと思ったのだろう、押し黙る。バンダナの男も「そりゃそうだ」と言って納得した。


「知りたい、けど試す訳にもいかない。だから俺らから聞き出そうとした、と?」

「そうです。そりゃあ実際に使って確かめるのが一番手っ取り早いですけど、絶対死ぬって言われてる力ですし、死んでからじゃ活かしようもないですから」

「お前ら異世界人は、本当に何も知らないのか?」


 バンダナの男はぐいと顔をこちらへと寄せ、俺の目を覗き込む。目つきが悪いし、影の付き方も相俟って威圧感が凄い。けれど別に後ろめたい事もないので、落ち着き払って見つめ返す。


「少なくとも、俺は知りませんでした。どんな力なのかも、どう使うのかも、何を引き起こすのかも。多分ですけど、誰も知らなかったんじゃないですかね。わかってたらきっとこうはなってないですよ」


 死んでまで力を誇示したい奴はいない。そんな救いようのない馬鹿がいたとは思いたくない、というのが本音でもあるのだが。

 俺自身、力に浮かれたのは紛れもない事実だ。敵はいないと恐れもせずに、あの三人組に話しかけた。けれど、持て余す程の力が与えられたとして、そのすべてを自分の為だけに使おうとする奴ばかりではない筈だ。人は余裕があれば他者に目を向けるし、手を差し伸べる事だって出来る。それが自分の価値を際立たせる為の計算尽くしの行為だとしても、それでも誰かの役に立ってはいるのだ。

 この世界をぶっ壊した異世界人たちの誰もが、我欲に塗れて力に溺れた、どうしようもないろくでなしだけだったとは思いたくない。それは大歪曲を引き起こした、世界王と二人目の男についても同じだ。


「世界王が一夜で築いたと言われる王都。あれは多分、元の世界の街を再現したものだと思うんです。食べ物も飲み水も何の苦もなく手に入り、夜も明るく、堅牢な家で柔らかな布団に包まれて眠る。それは向こうでは当たり前だったけど、ここでは贅沢どころじゃない、再現不可能な環境だった。けれど、異世界人であった世界王は、力でもってそれを成した。権力の象徴でもあったとも思うけれど、同時に豊かな生活を民に提供する目的もあった。独占したいなら極一部に留める筈なのに、彼は決して狭くない範囲をそう作り変えたんですし」


 俺の話を聞く彼らの表情を見る限り、世界王の存在も、彼が異世界人であったという認識にも食い違いはない。そして、俺の理屈が理解出来ない訳でもないようだ。自分だけが良ければ他がどうなっても構わない、そんな調子ではこの集団生活は回らない事を知っている。


「二人目の男が世界王に敵対していたのは、恐らくですけど、現れた場所が征服された土地だったからじゃないですかね。確かに世界王の座に成り代わろうという魂胆もあったかもしれない。けれど、それと同じくらい、訳のわからない力でねじ伏せられ、隷属を強いられる国を助けずにはいられなかった。自分の力はその為にあると信じて、海も山も割き、一直線に王都を目指した」


 二人目の男の出現場所なんて知らない。ただ、彼が占領国を解放しながら王都を目指したという話だから、少なくとも王都に現れた訳ではないだろう。それならさっさと世界王に殴り込みをかけている筈だ。仮に友軍を欲して属国の解放を狙うならば、王都から遠くの、即応困難な場所から始めると予想される。


 バンダナの男が鼻で笑った。だが、そこから暫く沈黙が続く。黙って続く言葉を待つ俺に投げかけられたのは、批判にしては随分と主張の弱い言葉。 


「……想像だ。事実じゃない」

「はい、想像です。けれど、事実でないとも言い切れない」


 また沈黙。鋭い目つきは一点に焚火を見つめて動かない。

 俺は一呼吸おいて、発言を再開する。何となく、おぼろげに浮かび上がってきた、"超常の力"の輪郭を掘り起こすように。


「異世界人に与えられた力。俺なりの予想に基いて命名すると、差し詰め"強引な創造"とでも言える代物じゃないかなと思うんです」

「強引な、創造……?」


 俺は背後を振り返り、暗闇に目を凝らす。あの小高い山のシルエット、その向こう側で揺らめく闇。世界を変えてしまった爆心地を思いながら。


「大歪曲の原因は、対立する二人の異世界人の、相反する願望の衝突だったんです」

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