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ありふれていて欲しかった異世界転移  作者: 二一 不二
本編
2/13

新2話:聞く男

この話は、2話である「物知らぬ男」改訂版です。

書き直しの結果、若干の食い違いが生じていますので、ご了承ください。

この調子で3話以降も食い違いの修正を行っていきます。

「それは一体、どういう意味ですか……?」


 理解出来る言葉ではあった。しかし納得がいかなくて、そんな間の抜けた反応を返してしまう。異世界人なんて言葉がさらっと出てきた以上、この世界ではそういった存在が珍しくないとして。だとしても、「世界を壊す」とは何だ? 予想するに、無数の異世界人が現れては、その度に世界を破壊している、という事になるのだろうが……。

 予想してはみたものの、想像が出来ない。

 相手は俺の困惑をわかっていたと言わんばかりに溜息をつき、強く舌打ちをする。杖の女はこちらを睨み付け、呆れたように、しかし何よりも激しい怒りを宿した口調で返答した。


「アンタたちさぁ、何でどいつもこいつも『自分だけが特別だ』って思い込んでいるの? どうすればそんなおめでたい勘違いが出来るのか教えて欲しいんだけど」


 美しい声だった。だがその吐かれた言葉の刺々しい事。もっと柔らかな発言であればよかったのに。印象と実態の齟齬が生み出すその摩擦。

 相応しくない。この世界に来てから、そう感じたのは何度目だろう。


 異世界人の誰もが「自分だけが転移して来た」と勘違いしていたようだ。当然、俺もそのひとり。だがそれは普通じゃないか? 死んだ先にあったのは天国でもなければ地獄でもない、力を与えられての新たな生とわかれば、それは特別な事だと思ってしまうだろう。そして自分もまたそうなのだと思い上がってしまうのだって、普通である筈だ。

 そう思ってから暫く、冷静に今の自分を眺めてみると、その認識が過ちである事に気付いた。


 死後の世界なんて生きている人間に知りようがないのだから、天国や地獄を普通だと、まして転移が特別だと考える事自体がおかしい。


 考えてもみなかった。まるで選ばれたかのように感じた転移権、それが至極当たり前の事だとしたら。ぬか喜び甚だしく、実に哀れで惨め極まる。自分が取るに足らない凡人である事を忘れて、調子に乗った愚か者。それが今の俺か。


「この世界にお前さんみたいな異世界人が現れるのは初めてじゃない。ずっと以前から今に至るまで、絶える事なく続いている。それこそ数え切れないくらいにな」


 短刀の男が言う。美声の後のしゃがれ声はよく響く。白髪や顔の皺から見るに、それなりに年老いているようではあるのだが、しかし肉体は驚くほどに張りがある。向こうでよく見かけた、皮膚が乾いた皺だらけの老人とはまるで違う、はち切れんばかりの筋肉密度。環境故か、それとも個人差、あるいはこの世界では普通なのか。俺には判断できない。


「俺たちも幾度となく遭遇した。その度に同じ説明をしている。そして、その末路までもが同じだ。それなのに、こうして飽き飽きてるのに、それでも言って聞かせずにはいられないのは、『もしかしたら、こいつはわかってくれるんじゃないか』なんてつい思っちまうからなんだろうな」


 そう言って静かに笑う男の顔は、しかしまったく変わらない。誰かに期待するような表情ではない。見下すような、見放すような、ともすると関心すら抱いてなさそうな顔。まさにゴミに向ける眼差しに同じ。

 俺をゴミとして認識している。風情を損ねる、排除すべき異物として。

 内容から察するに、俺たち異世界人に出会う度に同じ説明をするも受け入れてもらえないらしい。その結果、異世界人は同じ末路を辿る。――末路。そんな言葉が使われる最期など、きっとろくなものではなかったのだろう。

 そして俺もそうなろうとしているらしい。この男の説明を大人しく聞き入れれば、そうはならずに済むようだ。内容による、としか今は言えないから、取り敢えずはその説明とやらを聞いてみよう。そう決めて、気を落ち着かせた俺に放たれた言葉は、こんなものだった。


「まず言っておく。力は使うな。使えば絶対に死ぬぞ」


 はぁ? 脱力のままにそう口に出してしまった。当然それを聞いた彼らの表情が険しくなるが、しかし短刀の男だけは知っていたように動じない。これも"同じ"という事か。「その理由を話そう」と続けた男の口から語られたのは、まるで童話のような語り出し。


「事の始まりは遥か昔、"世界王"を自称した男が世界統一を成し遂げたところから始まる。得体の知れない力を振るって世界中を踏み荒らしたその男は、この大陸の東に王都を築いた。決して狭くない範囲を、たった一夜にして。何でも、常に清潔な飲み水で溢れ、火を必要としない明かりが昼夜問わず街を照らし、大小様々な金属の塊が動き回る。空にも届きそうな鉄の塔が幾つも聳え立ち、変幻自在で硬質な灰色の泥が家や道を形作る……そんな想像もつかない街並みであったらしい」


 すらすらと、淀みなく言葉は発される。その内容たるや、荒唐無稽な御伽噺。昔、寝る前に読み聞かせてもらった絵本の世界と何ら遜色ない。今ここにない、現実とは程遠い、色鮮やかな情景たち。

 世界王と言われた、"得体の知れない力"を持った男。彼が作った都は、この世界に住む彼らでは想像出来ない仕組みに満ち満ちていたようだ。実に現代的で、不便とは無縁、理想的な生活環境。蛇口を捻れば水が出る、スイッチひとつで照明がつく。金属の塊たる機械が至るところに点在し、鉄塔なんて珍しくもない。家や道になる灰色の泥と言えば、コンクリートか。

 そんな絵本の世界など、俺にはすっかり見慣れた景色の説明にしか聞こえない。当たり前と受け入れて、感謝はおろか疑問に感じる事もない。退屈と吐き捨てる現実そのものじゃないか。それが異世界であるここに存在していたらしい。

 全然、まったく、相応しくない。

 

「そう聞くと、異世界人は揃って『元いた世界と同じ』だと言う。表情から見るに、お前さんもだな。まぁわかっちゃいた事だが。……恐らく世界王は、力を使ってかつて自分がいた世界を再現したんだろう。その事から、奴こそが最初の異世界人だったと言われている」


 異論はない。恐らくそうなのだろう。

 もし仮に、この世界がかつて高度な文明を持ち、現在はその殆どが失われているとしても、こんな言い方はしない筈だ。それならばきっと、その想像もつかない街並みを王都のみに絞らない。「かつてはこうだった、しかし今はこうだ」みたいな風に言うだろう。事が起こった昔の時点で既に異質であったからこそ、今なおそのように語り継がれているのだ。

 故に、その世界王が異世界人であったというのにも頷ける。俺や他の転移者が思い当たる現代的な生活設備を構築したのだから、時代、延いては世界が共通である可能性が高い。

 そして、もし俺が彼だったとしても、同じ真似をしただろう。現代の生活に慣れてしまった者が、それよりも前時代的な生活様式を受け入れられるとは思えない。衣服は軽く暖かく、食事は新鮮・安全で。トイレは水洗式がいい、温かい風呂もシャワーも毎日浴びたい。柔らかく清潔な布団で眠って、ネットやゲームで暇を潰す。こんな当たり前が存在しない世界、最初は目新しいと喜ぶかもしれないが、恐らく一週間……最短三日で音を上げる。


「その街でどんな生活が送られていたのかなんて知らないが、とんでもない数の人々で溢れ返っていた事は規模から予想がつく。夢のような環境だ、誰もがそこを目指して雪崩れ込んだんだろう。繁栄の絶頂期……しかしその支配体制は半年ともたず崩れ去る事になった」


 短刀の男は、そこまで言うと急激に声のトーンを落とした。ここからが本番なのだ。

 世界王の昔話は英雄譚にも聞こえる。凄まじい力を持った個人が世界を手にして、夢のような都を築いた。そこで終わればハッピーエンドだが、話とするには物足りない。彼がそうなるまでの過程もなければ、道を阻んだ障害との戦いもない。冒険と呼ぶには味気ない、舗装されつくした太くて短い一本道。

 童話にせよ、昔話にせよ、語り継がれるだけの意味がある。その多くには戒めが含まれているという。「人に優しくしよう」とか、「正しい選択をしよう」だとか。物語からそんな道徳を読み取らせるべく作られている。ならば、先の世界王はどうだろう。力を使ってすべてを手に入れた男。ただそれだけの物語。何も面白くない。だから、この話には続きがなくてはならない。語り継ぐに値する、戒めを読み取らせる為の、転落が足りない。


「世界統一から程なくして、世界王とまったく同じ力を持った別人が現れたのさ。そいつは支配下に置かれていた国々を次々と解き放ち、王都を目指して一直線に進軍した。意味がわかるか? 王都までの障害となる山や川、湖から海までも、すべてを真っ二つに引き裂いて道を作ったのさ。無数の反乱軍を引き連れて奴は王都へと踏み込み、事が起きた」


 与えられた力に浮かれる者へと天罰が下る。言ってしまえば安直だ。だがその役割は、力を与えた張本人によって成されるものではなかっただろうか。何故、どうして、そこでもうひとりの世界王が現れる。自分の分身のような男に築き上げたものを根こそぎ奪われる話なのか? 因果応報? だがそれは虐げられた者によって行われて初めて意味を成すものだ。断じてぽっと出の、それもまったく同じ境遇の者によって行われていいものではない。


 話の流れを掴みかねる俺へと、短刀の男は言った。この話のオチ、教訓を与える大事な部分。力によって世界を統べた男へと、もうひとりの自分によって下された罰。


「皆が死んだ。王都も世界王も、敵も味方も、挙句は自分さえも諸共に、何もかもを捻じ曲げて死んじまったのさ」



 勝利者などいなかった。世界王が反省する事もなく、どころか二人目の男が世界王に成り代わる訳でもない。どちらもが、諸共に、"捻じ曲がった"。

 この話から一体何を学べばいい? 世界王は死んだ。二人目の男も死んだ。彼らに従った者たちも死んだ。

 得をしたのは誰だ? 残ったものは何だ?

 この末路にどんな意味があるというんだ?


 末路。

 異世界人の誰もが同じ末路を辿るという。彼らの話を聞き入れず、皆が捻じ曲がって死んでいる。

 彼らが俺に言った言葉。


「力は使うな。使えば絶対に死ぬぞ」


 異世界人が聞き入れず、決まって辿る末路とは。



 力を使った事によって、必ず捻じ曲がって死ぬ。

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