旧2話:物知らぬ男
改訂版投稿に伴い、番外へと移動しました。
自らへの戒めとして残しておきます。
「えっちょ、それは一体、どういう事ですかね……?」
俺は困惑するしかなかった。予想もしていなかった事態だったからだ。言われた内容から察するに、この世界に転移された人間は俺以外にもいるらしい。それも一人や二人じゃない、何人も。
あっていいのか? そんな事が。しかし思い返してみれば、この転移において"らしかった"のなんて最初だけ。後はずっと落胆続きだったじゃないか。説明もなく送られて、立っていたのは瓦礫の中、人にあったらこの始末。ならば、これはもう"違う"って事なのか? 俺が思い描いていたようなお手軽人生にはなりようがないと?
「どいつもこいつも同じ反応をする。まったく忌々しいったら……。自分だけが特別とでも思っているの?」
女の声がした。自然とうな垂れていた頭を上げ、その声の主を見ると、やはり杖を持っていた人だった。左手を腰に当て、気だるそうに、しかし変わらず険しい眼差しで俺を見ている。むせ返る程に煙いここでは場違いに感じるくらい美しい声なのだが、その吐かれた言葉の刺々しい事。しかも的確に柔い所を突き刺してくる。
「この世界に異世界人が現れるのは、お前さんが初めてじゃない。ずっと以前から、こんな有様になっちまってもなお、絶える事無く続いてる」
そう言うのは、短刀の男だ。このしゃがれ具合に白髪となると、それなりに歳かもしれない。しかし杖をついて歩く皮膚の垂れた老人と違って、こっちは随分と張りがある。筋肉がみっちり詰まっている感じ。環境故なのだろうか。それともただ老けて見えるだけ?
そんな俺の視線を気にする事なく、すらすらと言葉を続ける。まるで喋る言葉が決まっているみたいに。
「数え切れないくらいさ。そしてその度に、俺は同じ説明をしてきたんだ。何度も、何度も。お前さんも聞きたいんだろう? この世界がどうしてこんな事になっちまってんのかを」
右手に持っていた短刀を手先で遊ばせながら、老人は言う。およそ友好的に見えない人なのだが、どういう訳だか親切に説明してくれるみたいだ。この世界の事を知るには、自分で調べるか、それとも既に知っている誰かに教えてもらうか。
俺は無言で頷いた。それを見た老人は、今一度、短刀を手元でくるくると回すと、腰に下げていた鞘へと滑らかに収める。そうした後、これまたはっきりと、淀みなく言葉を発した。
「お前さん方のせいさ」
こればっかりは予想通りだ。こんな状況に陥ってから初めての、思った通りの展開だった。俺が異世界人だとわかっただけでこの嫌悪。この世界を取り巻く問題のどこまでが俺たちのせいなのかはわからないが、少なくともかなり厄介な事態に陥っているのは間違いない。その辺について、きっと今から教えてくれるのだろう。
「事の始まりは遥か昔、"世界王"を自称した男が歴史上初となる世界統一を成し遂げたところから始まる。得体の知れない力を振るい、世界中を踏み荒らして回ったその男は、この大陸の東に王都を築いた。そして王城を中心とした円状の土地を不可思議な建造物で覆いつくしたんだ。決して狭くない範囲を、たった一夜にして」
語り出しはまるで昔話だ。しかしそれを老人が口にするという事は、昔の昔、大昔の出来事って事になる。それに内容からして、まさに荒唐無稽。規模と時間を強調している事から、この世界でも異常な事であるのがわかる。
一夜で城どころか、都を作ってみせた男、世界王の昔話。そんな過去から、俺たちが忌み嫌われる理由があると?
「何でも、常に清潔な飲み水で溢れ、火も必要としない明かりが昼夜問わず街を照らし、大小様々な金属の塊が動き回る。空まで届きそうな鉄の塔が幾つも聳え立ち、変幻自在で硬質な灰色の泥が家や道を形作っていたらしい。そんな想像も付かない奇怪な街並みだったんだと」
想像はつく。奇怪でもないだろう。俺にとっては。
蛇口を捻れば水が出る、スイッチひとつで照明がつく。金属の塊は機械か、それか自動車か? 鉄塔なんて珍しくもない。家や道となる硬い灰色の泥と言えばコンクリートか。
それらがかつてこの世界に存在していたらしい。世界王によって生み出された、この世界の人々にとっては異質な都。つまり。
「思い当たる節があるんだろう? 異世界人はいつもこう言うんだ、『元の世界と同じだ』ってね。恐らく世界王は、妙な力でかつて自分がいた元の世界を再現したのさ。その事から、奴こそがこの世界で最初の異世界人だったと言われている」
妙な力。異世界人である世界王に与えられた"超常の力"。それがどんなものかは知らないが、文明で劣る世界に来た力ある者がする事なんてわかりきっている。力を振るい、他者を蹴落とし、自分にとって都合のいい環境に作り変える。恐らく快適な生活が出来ないと感じた世界王は、王都周辺に現代的な生活インフラを構築したのだろう。そうして我が世の春を謳歌したのだ。世界の支配者として。
「そんな街でどんな生活が送られていたのかなんて、俺たちにはわからない。ただ、とんでもない数の人々で溢れかえっていた事くらいは規模から予想がつく。妙な力で世界を束ねた男は、同じように妙な力で異様な王都を築き上げた。そしてその統治は、半年ともたなかった」
半年? たったそれだけ? 我が耳を疑ったが、聞き間違いではないだろう。政治に疎かった、とか? でも世界統一ともなると、一筋縄ではいかないだろう。一国を治めればいいだけじゃない、手も目も届かない国の動きを常に把握しておかなければならなかった筈だ。誰も成し遂げた事のない偉業であったが故に、適した手法を見つけられなかったのだろうか。
が、そんな間抜けなオチならもっと嘲るように語るだろう。しかしこの老人の声色にそんな様子はない。もっと暗く、深い、恐れるような息遣い。
「ある時、世界王とまったく同じ力を持った別人が、突如として現れたんだ。そいつは支配下に置かれていた国々を次々と解き放ちながら王都を目指して進軍を続けた。その速度たるや凄まじいものであったらしい。何でも、障害となる海も山も真っ二つに引き裂いて、目的地までを常に一直線、最短で突き進んだんだそうだ。やがて無数の反乱軍たちを引き連れた男は王都へと踏み込み、そして……死んだ」
あまりにも呆気ない結果報告に意表を突かれた。さっきと同じだ。前振りに対してオチが素っ気なさ過ぎる。
そして、冗談を言っている風には見えないのも同じ。
声のトーンを一層引き下げて、老人は語る。この世界がこうなった原因、目下抱える大問題。俺たち異世界人によって引き起こされた、致命的な天変地異。
「王都も世界王も、敵も味方も諸共に、周囲一体を捻じ曲げちまったのさ」