新1話:死んだ男
この話は、1話である「出遅れた男」改訂版です。
書き直しの結果、若干の食い違いが生じていますので、ご了承ください。
2話以降の修正も行っています。
まさか自分が若くして死ぬ事になるとは思いも寄らなかった。
あまりにもどうしようもない、理不尽極まる、突発的にして不可避な死であったと回想する。「あの時にこうしていたならば」みたいな"もしも"を幾つか思い浮かべてみたけれど、面白い事に、どう転んでも結末は変わりそうにない。最早、後悔すら感じられない。それよりも憤る。「こんなんどうしろっていうんだよ」という、愕然とした苛立ち。
いや、それこそが一般的な死に様なのか。誰もが「死ぬかもしれない」と感じながら生きている訳ではないし、まして「あ、これから死ぬんだな」みたいな予感と共に命の灯火が消えてゆく事もないのだろう。ただ忘れた頃を見計らったように突然に、あるいは意識の隙間を突くように。覚悟も何もない無防備な命が、抉るように刺し貫かれて砕け散る。その一瞬にこう思うのだ。「まさか今、自分が死ぬ事になろうとは」と。
まさに、今の俺のように。
花の青春真っ盛り、酸いも甘いも未体験。死ぬにはいささか早すぎる。そうは思ってみたものの、あまりにも力強く押し付けられた"死"という結末に、何故だか素直に悲しむ気が起きない。「あぁ、これが俗に言う"運命"なのか」と、諦めに近い感情が浮かんでくる。じゃあ仕方ないのか? そういう訳でもない。怒りは確かにあるのだ。あるのだけれど、なんかもう……空しい。
儚いなぁ、命とは。踏み潰されて枯れた花を見た時と同じ気分にさせられる。今の俺がその花。しかも蕾の状態で。やはり出来るものならば、咲き誇ってみたかった。結局心に残るのは渋くて苦い後悔なのか。涙を流せれば幾分かましだろうに、今の俺にはそれすらも出来ない。だってもう死んでいるんだから。慰めの涙すら、血肉ある者の特権だったのだ。
それを知れるのが死んだ後だなんて、まったくもって残酷過ぎる。
そんな事を思うばかりの俺の元へと、突如として"意思"が伝達された。
声ではない。ただ"在る"だけの、肉体を失った今の俺に、音が聞こえる筈もないからだ。それに、聴覚で認識出来るそれとは明らかに違う、極めて異質なものであったから。
して、その"意思"は俺にこう伝えてきた。
『今より君を異なる世界へと転移させる。その際、"超常の力"を与える』
もしも今の俺に顔があったならば、それは大層おかしな表情をしていた事だろう。
急転直下。異世界への転移権が、それもご丁寧に異能力付きで贈呈されたのだ。そんな真似をされて、平静を保てる者などいるか? 少なくと俺には出来ない――いや、出来なかった。装う事すらも叶わなかった。
――マジっすかァ!?
一気に我が世の春が来た。終えかけていた灰色の人生を、極彩色で自由に塗りたくれる権限が与えられたのだ。はしゃがない方がどうかしている。怒りを忘れ、後悔も突き飛ばし、沈むばかりだったテンションは、蹴り上げられるように跳ね上がった。
――うっそ、マジ? マジでマジな奴? 流行のヤツじゃん、そのまんまじゃん、ひねりも見られぬストレートじゃん! て事はだろ? 送られる先は中世ヨーロッパ調な剣と魔法の世界だろ! そこでチート能力持った俺が無双しちゃうんだな! 詳しくないけど大体は知ってる!
興奮しているのは自覚出来る。だが、抑えられない。
三途の川に行くでもなく、地獄の釜に煮られるでもなく、天使に連れられ雲の向こうへ昇るでもなかった死後の世界。肉体がないから暴れられない、ただ考える事しか出来ないあの空間は、未練ばかりをせっせと掘り返すには最適な場所であった。「死んだ後には何があるのか」という定番の疑問の答えがコレかと落胆せずにはいられなかった手前、この突然のサプライズは、我を失わせるには十分過ぎる代物だったのだ。
――いやっはぁ、こんな事もあるんだねぇ。まさか死んだ後に転機を迎える事になるだなんて。こう言ってはなんだけど、死んだ甲斐があるってものだな! すっげぇ不謹慎! けれど、じゃあ俺の死は偶然じゃなくて必然だったのかな? "運命"の如き理不尽さであったと思うんだけど、それはこうなる事が決まっていたから……? まぁ、そんな事はもうどうでもいいか! この世界とはおさらばだけど、未練なんてあるものか! 向こうの世界で叶えりゃいいもん。さぁて、思いっきりやってやるからなぁ! 待ってろ異世界ライフぅ!
そこまで一息に駆け抜けたところで、少しだけ冷静になる。熱がゆっくりと冷めていき、落ち着きを取り戻していく。
ひとりで勝手に騒いで周囲に引かれている状態であるように思えた。と言うか、事実それだろう。避難訓練で集合し終えるまでだんまりを決め込む教員の顔が浮かぶ。言うまでもなく、煩いのは俺。そしてこの場合では、俺だけ。
自らの醜態を客観的に認識し、昂りは一気に治まっていった。顔があったら耳まで赤くなっているところだ。
続く"意思"の言葉を引き出すべく、俺は気を落ち着かせる。集団生活で染み付いた行動だろう。静まれば話は進む筈。
が、何も伝わっては来ない。
少し待ち、更に待ち、なおも待っても、動きはない。
不安がよぎる。怒らせたか? でもこれくらい普通の反応だろう。誰だって喜ぶに決まってるもの。それともまさか、他に言うべき事がないとか? そんな筈はない。「何故、俺なのか」とか、「死は偶然だったのか」とか。「転移先の世界観」に「"超常の力"について」だって。まだ知らない事、知りたい事が沢山ある。この"意思"はそれらについての答えがあるのではないのか?
……もしかして、問われなきゃ答えないヤツ? 口開けて待ってるだけの怠け者には厳しく接するタイプ? 参ったな、そういうの苦手なんだよ。て言うか、知ってるなら素直に教えてくれればいいじゃん。何で意地悪するのかね。知らんまま行って損失被ったらどうしてくれるんだよ。
そう愚痴りたくなる気持ちを抑えつつ、溜息(実際には吐けないから気分だけ)の後、相手の思惑通りに、俺から切り出す事にした。「転移する理由とか、異世界の現状なり"力"の詳細なりを教えてください」と。
そんな事、出来やしない。
だって声も出せないのに、手も足もないのに、一体どうやって伝えればいいんだ?
そこまで思い至って理解する。これは一方的な通達だ。
そんな俺を置き去りにして、空間に突如として渦が沸き起こる。"意思"と同じように、五感のいずれとも異なる手段でそれを知覚した。渦は俺をじわじわと削るように絡め取り、流れの内に巻き込んでゆく。自分いう存在が引き伸ばされて、捻じ曲がって、異質な"何か"へと変えられていくような感覚。何が起こってるのかわからない。でも紛れもなく、今ここで、俺の存在に起きている異変だ。そして当然、叫ぶ事も、抵抗する事も出来ない。
不安。
このじっとしていられなくなるようなそれは、子供の頃、初めて死について考えた時の感覚に似ていた。
気が付くと瓦礫の中にいた。
人工物から自然物まで、材質も大きさも様々な幾つものそれらが積み重なり、潰し合う事で出来上がった瓦礫の壁が周囲を覆い尽くしている。その中にぽつんと、まるで掘り起こされたように、あるいは瓦礫を押し退けて突き立てられたかのような感じで、俺が配置されていた。視界は瓦礫と土煙に遮られ、先の景色がまったく見えない。見上げれば空は見えるものの、しかし地上の有様と同じ調子に、どんよりと灰色にくすみきっていた。
そんな中に立ち尽くす俺。服装は学校で着ていた詰襟上下。白いYシャツの下に黒のTシャツを着ている。靴も登下校用に履いているスポーツブランドのスニーカー。靴下も、下着までもが見慣れたやつ。すっかり着慣れた学生服一式。ただ時計やスマートフォン、鞄等の小物は身につけていない。
異質だ。俺も、この風景も、どちらを基準に置いても噛み合わない。本来あるべきでないものが無理矢理ひとつの場所に置かれている、この居心地の悪さ。
「ここが、異世界って事か……?」
発した独り言も、聞き慣れ過ぎた自分の声色。手足の長さ、視界の高さ、爪の形、髪の色。いずれを取っても、紛れもなく俺そのものだ。俺は俺のまま、別の世界に存在している。
恐らくだが、転移は成功したのだろう。でなければ、こんなところにいる筈がない。こうも窮屈で荒廃した場所なんて、日本のどこにもない筈だ。世界に目を向ければあるいはかもしれないが、だとしても、そんな場所に立っている理由にはならない。だったらもう、異世界しかないだろう。異世界って事でいいだろう。
まったく説明されぬまま送られてきてしまったが、こうして無事に辿り着けた。俺自体に問題はない。だが、周囲がこう、何と言うか……
「思ってたんと違う」
緑豊かな森の中でもなければ、青々と生い茂る広大な草原でも、聳え立つ豪奢な城でも、多種族で賑わう繁華街ですらもない。瓦礫の中って。見上げれば太陽の"た"の字も感じられぬ、ぶ厚い曇り空の下って。"らしさ"が微塵も感じられないし、新たな旅立ちの日にまったく相応しくない。もっと煌びやかでさ、爽やかなさ、そういうシチュエーションだってある筈だろ? 一目見ただけで新たな人生に心躍らせるような何かを配置しておくとかして欲しかった。テンションが下がる。気が利かないにも程があるだろう。
今度は実際に言葉として言う事は出来るが、肝心の相手が不在。この不完全燃焼感。
不平不満はひとまず置いておいて、まずは状況把握だ。ここからでは瓦礫しか見えない。周囲一帯がどうなっているかを知っておきたいところだ。もしかしたら、意外にも近くにとんでもない"何か"があったりするかもしれない。それこそまさに、胸高鳴る素敵な出会いだって。
無理矢理に自分を元気付けて、俺は異世界における記念すべき第一歩を踏み出した。
瓦礫の山へと向かって。
夥しい数のガラクタ共に包囲されている現状、そこから抜け出すには、よじ登って越えていくしかない。だから、猛烈に足場が悪そうだとわかっていながらも、俺の右足は無数の破片が形作る不恰好な階段へと踏み込まれなければならなかったのだ。結果、その一歩目は見事に破片群を踏み砕き、俺の右足は脛の中ほどまでが瓦礫の中に埋まった。痛みはないが、出鼻を挫かれた事実が苛立ちを募らせる。
「あぁ、もう……」
舌打ちしたが、結果は変わらない。右足を引き抜き、今度は左足を別の場所へと下ろす。今度は沈まなかった。次は再び右足。両手を補助に使いながら、一歩ずつ瓦礫の道を昇っていく。
汗が額に滲み、僅かに息が上がり始めた頃、俺は頂上へと登りつめた。息を整えながら手足を叩き、汚れを落とす。疲労が収まってきた頃に、周囲一帯を見渡した。
瓦礫の規模は想像よりも遥かに広かった。俺を囲む八方すべてがそれだったのだから、それなりに広域だとは思っていたのだが、実際は予想の数倍。外周を回って全貌を確かめようと思えなくなるレベル。かつて何かだった物共が連なるその姿は、さながら瓦礫の丘と言うべきものだった。
そこから見た風景は、荒野と山。俺が立つ瓦礫の先には、更にだだっ広い荒れ野が横たわり、その向こうに山の影が連なっている。瓦礫の包囲から抜け出したと思ったら、今度は山に囲まれた。何だこの閉塞感。マトリョーシカを内側から見ている気分にさせられる。空が青ければこうは感じなかっただろうに。曇天と砂塵、山々の圧迫感に息が詰まりそうだ。
思っていたような景色が見えなかった。それは単純に「綺麗な風景じゃなかった」って事じゃなくて、それ以前の、「異世界らしい営みが感じられない」という意味。
見渡せど、見下ろせど、見上げれど、どこにも建造物や生物が見当たらない。ただひたすらに、鑢がけされて透明感を失ったような殺風景に取り囲まれている。その中には鳥も獣も、人の姿も見えやしない。吹き抜けるのは土を含んだ煙たい風。太陽光は強弱すら確かめられず、鼻には泥の臭い、口には砂の味。
砂漠の方がまだ風情がある。今見ているこれは、雄大さなどなく、ただ空しいだけの、荒み廃れゆく自然環境だ。
……取り合えず、ここから降りよう。風を遮るものがないから鬱陶しくて敵わない。
瓦礫の中に戻るつもりはなかったので、外へと降りてゆく。二、三度踏み抜き踏み外し、その度に悪態をつきながら、なんとか地へと足をつける事が出来た。すっかり砂と泥に汚れてしまった。おまけに汗ばんでいる。不快感が凄い。今すぐにでも整えたい。
が、なおも風が吹きすさぶ中でやっても意味がない。ここから瓦礫の反対側へと回って、そこでする事にしよう。それなりに距離はあるだろうが、死角だったところにも目を通せる。それにもしかしたら、もしかするかもしれない。
まぁ、多分、もしかしないんだろうけど。
埃っぽい風に背中をどつかれるように、いそいそと裏手へ向かって走った。巻き上げられた砂が皮膚を削り取っていくようだ。俺は顔を守るように肩を縮ませるが、塞ぎようのない隙間に容赦なく入り込まれ、更なる不快感に襲われる。
なんだこれは。ちょっと災難過ぎやしないか? こっちに来てからまだろくに時間も経ってないというのに、凄い試練に見舞われている気がするのだが。何だろう、歓迎されてないのか? 暗に「帰れ、出て行け」と言われてる? 俺まだ何もしていないんだけど。
過酷な環境に呑まれ、妙なアウェー感に居た堪れない気分になってくる。まだ何もしていないのに。まだ瓦礫を踏み越え、砂塵に揉まれる事しか出来ていない。俺はそんな事をする為に来たんじゃないってのに。
ひーこら言いながら、やっとの思いで風を凌げる場所に辿り着いた。そこは、瓦礫の成した壁の一部が抉り取られるようにへこんでいて、そのせいか、どこからも風の吹き込まない静かな空間だった。
休むには持ってこいだ。俺は詰襟を脱ぎ、その場で埃を叩き落とした。当然の事だが、折角の穏やかな空気が一瞬で汚れる。止めときゃよかったと思ったのは、上着を四度叩いた後になってからだった。
盛大にむせ込んでいると、いつの間にか、へこみの入り口が何かで塞がれていた。涙と埃で霞む視界で目を凝らしてみると、それは三つの人影だった。
「うおっ!?」
意表を突かれた事で思わず声を上げてしまった。それなりに大きな声であっただろうが、聞こえた筈の人影は動かない。俺も驚きと緊張から動けないでいると、舞っていた塵が地面へと落ち始め、次第に視界がクリアになっていき、人影が鮮明に見えてくる。
三つの影はいずれも臨戦態勢だった。膝を柔らかく曲げ、重心を落とし、そしてそれぞれが別々の得物を保持している。
一人は短刀。もう一人は弓。最後は棒切れ――否、杖だった。
短刀を構えるのは男。逞しい身体つきがシルエットでわかる。ぼさぼさで艶のない白髪、鼻と口を覆う覆面が特徴的。鋭い眼光は俺を捕らえて揺るがない。
弓を向けるのも男。こちらは細身。つばのない帽子を被り、ゴーグルらしきものが目元に見える。つり上がった口角によって唇が笑みの形状に歪んでいる。
杖を持つのは、女だろうか? 細身なのだが、弓の男とは明らかに身体のラインが違う。目を引くのは、金色の長髪、口元まで隠すマフラー。そして何よりも、ぴんと尖った横に長い耳。
いずれもぼろ布を継ぎ合わせたような粗末な服を着ていた。しかし明確に衣服として機能させるべく形を整えたものであったので、武器という道具の使用から鑑みるに、文明を有する人々である事がわかる。
ここに来て俺はようやく確信する。ここは異世界だ。短刀も弓も原始的だけど武器は武器、この状況に相応しい。しかしあの、小枝と見間違う杖をあんな指先に挟んで向けてくるなんて、完全にファンタジーのそれだ。おまけに見せびらかさんばかりのエルフ耳。
間違いない、ここは転移先。俺が新たな生を送る、新たな世界なんだ。
が、状況が芳しくない。
あの3人、明らかにこちらに敵意を向けている。たとえそこまでいかないとしても、まず間違いなく警戒している。でなければ武器を構えたりはしない筈だ。
もしかしてここは彼らの所有地だったのだろうか。思えば自然に出来そうもない、人の手で整えられたような空間だものな。もしそうだとすると、俺は彼らの場所に無断で侵入し、しかも服に纏わりついていた砂埃を周囲にぶち撒けてしまった事になるのか。そりゃあ怒りますわ。
となれば、だ。やる事はもう決まった。新しい世界に来て、その世界に住む人にあって、真っ先にやる事。この状況において、必要とされる言葉。
「すみません、勝手にお邪魔してしまいました」
挨拶だとでも思ったか? 違うな、まずは謝らなくてはならない。悪い事したら謝るのは常識だものね。向こうの世界では。
……あれ、こっちの世界でもそれが普通なのか? そもそも言葉が通じる?
異文化交流に当たって真っ先にぶつかる"言語の壁"の事をまったく考えていなかった。言葉が通じなければ、謝ったって意味がない。だって伝わらないんだから。ならばどうする。手話か、ジェスチャーか? 無理だ、そんなの知らないもの。それに文化圏によって真逆の意味になるハンドサインもあるみたいだし、迂闊にやらない方が得策か? あー、でも空耳ってのもあるか。響きが似通ってるだけでまったく違う意味として伝わったりもする? え、つまりは何だ。手詰まりか? 言葉も駄目で身振り手振りも駄目? 残る選択肢は――拳か?
あ、そう言えば俺、異能力があるんだった。
こうして宣告通りに異世界へと送られて来た訳なのだから、つまりは例の"超常の力"なるものを与えられている筈じゃないか。これを使えば現状を打破出来るのでは? 言葉が通じないにせよ、敵意があるにせよ、その力で何かこう、いい感じに出来たりはしない?
が、そもそもとして、肝心の内容も使い方も不明なんだが。早速、使い所が回ってきたというのに、これじゃあないも同然じゃん。ちょっと苛々してきた。気合でどうにかなったりしないかな。念じれば都合よく発動したりしない? 試してみるべきか?
「……異世界人か」
半ば投げやりに事を進めようとしていた俺へと、そんな言葉が届いた。若い男の声に思える。発声元は弓の男だろうか? 理解出来る言葉で、意味の通る内容で、だが口調は極めて刺々しい。溜息混じりの、まるで喉に絡んだ痰と共に吐き捨てんばかりの、落胆や失望、何よりも怒りに満ちた声だった。
俺はそんな第一声に当然ショックを受けたのだが、発言の内容を反芻した時、拭えない違和感にぶつかった。理解が早すぎる。自分達とは異なる風貌の他人に会ったからといって、すぐに「異世界人だ」などと考えるか? この反応はまるで、異世界人という存在がありふれているような口ぶりだ。目を丸くする俺は、彼らの顔をまじまじと見つめていたから、その表情の変化がありありと見てとれた。
憎悪。
緊張した面持ちが崩れるや否や、煮え滾る泥のような感情のうねりが浮き上がってきたのだ。とても初対面の相手に向ける表情じゃない。顔の一部が隠れているが、全身から沸き起こるその威圧感を前に、自然と後ずさりしてしまった。
「本当にうんざりさせられるよ。お前さん"たち"には」
短刀の男が武器を下ろす。静かなしゃがれ声でそう言うが、しかし突き刺すような眼差しは変わらず俺へと向けられている。杖の女はわざとらしく溜息をつき、杖を持たない左手で、長髪を気だるそうにかき上げる仕草をした。
三人の誰もが、まるで俺を道端に捨てられたチラシを見るような目を向けてくる。一体、何故? そんな俺の疑問に答えるように、短刀の男は言った。
「また、この世界を壊しに来たのか」
「………………え?」
何故、俺がこんな目で見られなければならないのだろう。まだ何もしていないのに。まだ何も出来ていないのに。
そう思う俺の内側に、先ほどの思いつきが頭に浮かんだ。
俺はこの世界に歓迎されていない。
帰れ。
出て行け。
あの不親切な"意思"が教えてくれなかった事。
俺が選ばれた理由。
俺の死が必然か否か。
転移先の世界観。
"超常の力"の詳細と発動条件。
そして、新たにもうひとつ。
この世界に転移した人間は、俺だけではないという事。