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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
第二章『イクシード争奪編』
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限界を超えて

「はぁ――はぁ――はぁッ!!」


 一騎は荒い呼吸を繰り返しながら、震える手でイクスギアのブレスレットからゆっくりと《狂戦士バーサーク》と《フレイム》のイクシードを取り出した。

 白銀の光が一騎を包み、深紅のギアが解除される。

 

 通常の《シルバリオン》へと戻った直後、一騎の膝が折れる。

 地面に手を突き、乱れる呼吸を必死になって整える。


「く……」


 ギリギリだった。

 一騎の顔色はすっかりと青ざめていた。

 手足も震え、視界も朧気。

 限界寸前まで全力を出し切った証拠だ。


 もう戦えと言われても戦えないだろう。


 一騎はその場に崩れ堕ち、大の字になって黒い大穴を仰ぎ見る。


「……後はあれをどうするか、だよな」


 芳乃総司を倒しても未だに異世界とこの世界を繋ぐ大穴は健在だ。

 総司の巧みな技量が、はたまた偶然の産物かはわからないが、《ゲート》の能力は正常に作動している。

 だが、いつ暴走してしまうかわからない能力。

 かつての大惨事を防ぐ為にもすぐにあの大穴は塞ぐべきだろう。


(なら、仕方ねぇよな……)


 倒した総司から《ゲート》を回収し、一騎が穴を塞ぐしかない。

 体力も気力も魔力も限界寸前だが、あと二、三回はイクシードの能力を使うことは出来るだろう。


 鉛のように動かない身体を必死に持上げ、一騎は倒した総司へと視線を向け――。


 頬を引き攣らせた。


「な……何が、どうなって……」


 そこには誰もいなかった。

 砕いたはずのギアの破片も、倒したはずの総司も、何一つなかったのだ。


 そんなはずはないと一騎は即座に否定した。

 ギアを砕いた感触も総司を倒した感覚もまだしっかりと残っている。

 全身に残る疲労が目の前の現実を否定していた。


 だが、そんな一騎の希望を嘲笑うかのように。


「なるほど。理解したよ、君の……いや、イクスギアの力を」


 絶望の声が時空の裂け目から漏れ出したのだった。



 ◆



「嘘……だろ?」


 一騎はその光景をただ座して眺める事しか出来なかった。

 時空の裂け目からゆっくりと姿を現した総司は無傷。

 一騎が与えたダメージも疲労もなく、ギアを纏う姿のままで、再び一騎の前に現れたのだ。


(くそッ! 一体、どんな手品を使ったんだよ!?)


 希望は絶望に反転し、淡い期待は水泡と化した。


 最後に残った『生きたい』という生存本能がなけなしの勇気を振り絞らせる。


 だが、それは蛮勇だ。


 拳を握れば後はない。

 それをわかっていながら。

 何も成さずに終わるわけにはいかないと一騎はただ一つの武器である拳を握りしめる。


「ほう。まだ戦うと?」

「……」


 一騎の口から紡がれる言葉は無かった。

 恐らく、戦いにすらならないだろう。


 けど。


「あ、当たり前だッ!!」


 怖くても、逃げ出したくても、一騎は諦めない。

 それは、仲間を信じて。


 一騎をこの戦いに送り出してくれたみんなを信じられるからこそ、今、ここで折れるわけにはいかない!


(俺が負けても、この戦いがきっとアイツを倒すきっかけになるはずだ! なら、俺に出来る事は、一つでも多く、アイツから能力を引き出す事だ)


 一騎はギアに《狂戦士》のイクシードを装填。

 ギアの形状が変化し、深紅の鎧が一騎の身体を覆う。

 それを見た総司が嘲笑めいた笑みを浮かべる。


「どうした? 先ほどのようにもう一つのイクシードは使わないのか?」

「余計なお世話だ。お前にはこれだけで十分だろ?」

「さて、どうかな? 《イクスゴット》――《降臨》」


 再び総司は黄金のギアを纏う。

 やはり。と言うべきか、一騎が与えたダメージは一切なかった。

 より神々しく、黄金の輝きを放ちながら、悠然と総司は一騎の前に歩み寄る。

 思わず目を覆いたくなるような輝きに一騎は一歩後退る。


 それが致命的だった。


 黄金の魔神はその怯えを見逃さない。

 狩人のように鋭い眼光を覗かせ、瞬く間に一騎に接近。

 圧倒的とも言える巨大な影が一騎の視界を覆う。


「《次元崩壊ディメンション・カラプス》」


 黒い魔力を拳に纏わせた総司の拳が一騎に向かって突き出される。

 一騎はその一撃に対し。


「うわああああああああああッ!!」


 ギアの最大出力で同じく拳を突き出していた。

 激突する二つの拳は再び大気を脈動させ、地面を砕く。

 二人の足元の地面が陥没し、瓦礫の山が幾つも出来た。

 周囲を破壊する程の衝撃の余波が二人の間を駆け抜ける。


 だが、その拮抗は一瞬。

 ズドンッ!!

 と、大気が爆発したかのような炸裂音が響き渡り、一つの影が地面から吹き飛ばされる。


 深紅のギアの破片をまき散らしながら、右腕を粉砕された一騎が大砲のように吹き飛ばされたのだ!!


「あ……が……ッ!」


 数十メートルも吹き飛ばされ、何度も地面にバウンドする。

 地面を転がる度に肉が裂け、骨が砕かれる。

 ギアの防護能力をも超える衝撃に、一騎の身体が一瞬にして破壊された。


 深紅のギアが解け、白銀のギアに戻るも、その鎧も辛うじて一騎の身体に引っかかっているような状態だ。

 ガントレットを含めたほとんどの鎧が砕け、使い物にならない。

 いや、たとえ使えたとしても今の一騎ではその力を十全に使うことはままならないだろう。


 四肢はあらぬ方向にねじ曲がれ、肉を裂き、折れた骨が突きだしている。

 口からは止めどなく血が溢れ、意識が刈り取られている。


 死に体となった一騎に総司はゆっくりと歩みよる。


 その瞳には僅かながらも一騎に対する称賛の念が込められていた。


「驚いたよ。まさか二つのイクシードを使うことで能力を数十倍にも高めるなんてね。これがイクスギアの本来の力なのか」


 総司の言っていた事はまさに確信を突いていた。

 イクスギアの真価――それは二つのイクシードの能力を掛け合わせる事だ。

 魔力制御の為に常に《人属性》のイクシードを装備している召喚者には使えない切り札。

 一騎だけに許された真価なのだろう。

 だが、その真価は諸刃の剣だ。

 一騎の疲労具合を見るに、尋常ではない負荷を身体に与えているのだろう。

 強大すぎる力に見合った対価とも言えなくはないが。


「私にその力を見せるのは速すぎたようだね」


 総司はイクスギアにゆっくりと魔力を籠める。

 《複製トレース》の力が発動し、総司の周囲に四つの影が揺らめいた。

 影が肉を得て、鎧を纏い、総司に傅く。


 同じ造形。同じギアを纏った四人は戦乙女達ではなく、イクスゴットを纏った総司と瓜二つだった。


「君は気付くべきだった。私が芳乃凛音を《複製》出来たなら、私自身すらも《複製》する事が可能だということを」


 であれば、この戦いの結果は逆転していただろう。

 総司はそう呟く。


 そう。

 一騎が全力を出し切って倒した芳乃総司は、《複製》によって生み出された分身体の一体にすぎない。

 総司の生みだした分身体は一騎が倒した数も含めて五体。


 同じ《門》の力を使い、異世界へと繋ぐ大穴を安定させる為に生みだした分身体だが、戦闘能力が劣っているわけではない。

 死に体の人間一人をこの世界から抹消するには余りある力だ。


「君は塵芥も残さず叩き潰そう。私達の力で!!」


 分身体を含めた五人での《次元崩壊ディメンション・カラプスだ。

 一騎の身体など跡形もなく消し飛ぶだろう。


「さようなら、一ノ瀬一騎」


 黒い魔力の渦が一騎を呑み込む、まさにその刹那。


「一騎君ッ!!」


 戦場に似つかわしくない可憐な悲鳴が響き。

 その直後。


「ぶっ放せ!! 《フレイム・ブレイカァァァァァァアッ》!!」


 白熱のエネルギー波が五人の総司を纏めて呑み込んだのだった――。

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