狂戦士のイクシード
黄金の光が目の前で弾け飛ぶ。
光輝く黄金のギアを纏った総司が不敵な笑みを浮かべ一騎に向かって手の平を向ける。
「《次元崩壊》」
総司の呟きに合わせて一騎の目の前の空間が歪曲する。
目に見える景色に亀裂が入り、世界が歪む。
次の瞬間に訪れるのは、あらゆる存在を破壊する次元崩壊の衝撃だ。
地面が砕け、大気が悲鳴を上げ、空間が消滅する。
この衝撃を前に生命の生きる空間は存在しない。
一撃必滅の攻撃だ。
防御などという術は存在しないだろう。
だからこそ、一騎の対応は迅速だった。
「……ッ」
腰に装備された小型のスラスターを右側に向かって全力稼働。
同時に踵を蹴り上げ、右へと大きくサイドステップする事で、《次元崩壊》の衝撃を回避。
一度、この攻撃を見ていたからこそ、一騎は難なくこの初手を回避する事が出来ていた。
だが、総司が驚いた気配はない。
一騎は僅かな違和感を感じつつも、右腕のブレスレットにイクシードを装填。
次の瞬間、一騎の総身が白銀の輝きに覆われ、身に纏っていたギアの姿が一変する。
両肩と両足から噴き出る魔力の嵐。
嵐を纏ったそのギアの名は《嵐》
一騎は両足に力を込め、地面を蹴り上げる。
嵐の突風の力も借りて、さらに加速。
大技を発動した直後の総司の隙を突いて、一騎は嵐を纏わせた拳を握る。
お返しとばかりに拳を振り抜こうとした直後。
ゾクリ……全身が粟立つ。
一騎はその第六感とも呼べる感覚に従って、拳を全力で引き戻す。
その瞬間、一騎の頬を掠めたのは総司の拳だった。
一騎の一撃よりもさらに速い一撃。
《イクスゴット》を纏った総司のスペックは一騎の纏うギア――《シルバリオン》を上回っている。
後手に回ろうとも、総司の身体能力なら十分に迎撃が可能だ。
そして、振り抜かれた拳もまた、《次元崩壊》の力を纏わせた拳。
触れていれば身体が消し飛んでいただろう。
クロムとの激しい特訓で、戦闘経験を養ったからこそ、一騎は咄嗟に回避行動をとる事が出来ていたのだ。
そして、そこからの一騎の行動はまさに超一流の戦士だった。
イクシードをブレスレットから排出しながら、総司の脇をくぐり抜ける。
その時にはすでに次のイクシードを装填。
《剣》のギアを纏った一騎は納刀された剣を一喝と共に抜刀。
神速で鞘から抜き放たれる白銀の閃光が総司の胴を両断する!
「遅い」
手に伝わった違和感に一騎は顔を顰める。
おかしい……
確かに一騎の抜き放った一撃は総司を両断したように映った。
だが、一騎の手に伝わった感触は皆無。
まるで空を斬ったかのように総司の胴を剣が素通りしたのだ。
直後、一騎は理解する。
《門》の持つ能力の一つを。
別次元へと移動する事で、この世界のあらゆる干渉を無効化する能力だ。
総司が魔力の暴走から逃れる為に使った手段で、リッカを拷問にかけた能力だ。
目の前で再現される別次元への移送の力に一騎の両目が見開く。
僅かに身体の動作が遅れる。
その隙を総司は見逃さない。
この世界へと舞い戻った総司は再び拳を突き出した。
「く……」
一騎は咄嗟に《剣》を盾にする。
拳が剣に触れた瞬間、甲高い音が響き渡る。
盾にした剣が粉々に砕け散った。
勢いが衰えることなく迫り来る拳。
剣が破壊される直前にイクシードを換装した一騎はその一撃に辛くも対応した。
一騎が纏っていた《シルバリオン》が弾け飛ぶ。
幾重もの壁となって一騎と総司の間に展開される。
総司の拳が鎧の壁に触れる。
「む……」
総司の顔が僅かに歪んだ。
これまで一方的な破壊の力を振るってきた総司の拳が鈍る。
「……《反射》」
一騎が呟く。
敵の攻撃を跳ね返すイクシードの能力に総司は初めて険しい表情を浮かべる。
「なるほど、攻撃の反射か……だが、その程度でッ!!」
パキンッと鎧の壁に亀裂が生じる。
さらに、パキンッ! と鎧の破片が一騎の視界に映った。
イクスゴットの攻撃力が《反射》の能力を上回っているのだ。
《反射》の鎧は僅かな拮抗をみせたが――
「――はッ!!」
総司の一喝と共に甲高い音をたてて砕け散った。
「な……ッ!?」
狼狽える暇もなく、今度こそ総司の拳が一騎の無防備な胸を殴りつける。
バキバキッと胸に亀裂が生じ、苦痛に目を見開く一騎。
悲鳴を上げる事さえなく、次の瞬間――
「砕け散れ」
総司のその一言と同時に――
粉々となって砕け散った。
「……これは?」
だが、総司の顔に勝利の余韻はない。
砕け散った残骸に懐疑的な眼差しを向け、呟いた。
「氷……の偽物か?」
総司が砕け散った一騎の頭蓋を踏み砕く。
その残骸はパキンッと音をたてて割れる。
中身は透明な氷だった。
表面だけを取り繕った氷の像。
それが総司の破壊した一騎だった。
「本物はどこに……?」
総司が周囲を見渡す。
背後に影が差した。
「うおおおおおおおおッ!!」
そう。
一騎は《反射》の影に隠れ、《氷雪》で偽物の氷像を造り、総司の目を欺いたのだ。
全てはこの一撃の為に。
切り札のパイルバンカーを作動させる。
重厚な金属音を響かせ、ガントレットが肘まで伸びきる。
白銀の魔力をガントレットから噴出させながら、一騎は弓を引くように拳を構えた。
振り返った総司の顔が驚愕に見開かれる。
これ以上ないタイミングでの奇襲だ。
だが――
黄金のギアを纏う総司は、この奇襲に対応してみせたのだ。
後手を追う形でありながら、総司は裏拳を放ってきた。
勢いを乗せた裏拳は一騎の一撃を上回る速度で放たれ、
一騎の拳と総司の拳が衝突した。
「ぐ……ッ」
「ああああああああッ!!」
大気が震撼するほどの衝撃音が響く。
地面が砕け、空気が破裂する。
ぶつかり合った拳が火花を散らす。
総司の空間を破壊する《次元崩壊》の拳が一騎の拳を喰らう。
白銀のガントレットが金属の悲鳴を上げてひび割れる。
だが、一騎はさらなる咆吼を上げ、魔力を高めたのだ。
「おおおおおおおおッ!!」
限界を超えた魔力の高まりが白銀から深紅へとその輝きを変えていく。
そして、拮抗していた拳のぶつかり合いは――
「なにッ!?」
その拮抗を制し、一騎の拳が総司を押し返したのだ。
粉々に砕け散った黄金の鎧に目を見張る総司。
一騎は深紅の魔力を放出させながら、拳を握りしめた。
「どうした? そんなに力で押し負けたのが不思議か?」
「一ノ瀬一騎、その力は……」
総司の中に一騎の纏った力の知識はなかった。
総司の知識には全てのイクシード、そして特派に関する情報がある。
その中には当然、一騎のデータもあった。
だが、今の一騎の姿は知識にない。
白銀のギアが深紅に彩られている。
魔力量が跳ね上がり、肌がヒリヒリと焼け付く。
純粋な攻撃力だけを見るなら、総司の《次元崩壊》を上回る出力だろう。
そんなイクシードは総司の知識にはない。
いや、《門》を超える力を持つイクシードはこの世界には存在しないはずだった。
一騎の持つ全てのイクシードを使ったところで、総司のギアには敵わない。
現にこれまでの一方的な戦闘がそうだった。
どんな力を一騎が纏うとも、破壊の力で一方的に蹂躙してきた。
ここに来てその均衡が崩れたのだ。
総司の狼狽は当然と言えた。
だが、一騎にしてみれば、この状況は想定通り。
なぜなら、これこそが一騎の切り札の一つ。
クロムから受け継がれたイクシード。
身体能力を数十倍にも高める能力を秘めた《狂戦士》の力なのだから。