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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
第二章『イクシード争奪編』
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神との対峙

「な、なにが……?」


 ゆっくりと重たい瞼を開けたイノリは周囲の光景に驚愕の眼差しを向けていた。

 意識を失う前まで、刃の切っ先を向けていた相手が全員、死んでいる。


 イノリは我を忘れて、その惨劇を目に焼き付けていた。


 この光景の原因を、心のどこかで納得出来ているからこそ、現実から目を背けるわけにはいかなかったのだ。


(これを、私が……?)


 血だまりの中に沈む戦乙女はほとんどが原型を留めていない。

 胴が斬り飛ばされ、首をはねられ、腕を両断され、顔を粉砕され、噛み殺され……


 普段のイノリなら、絶対に行わない殺戮の数々に、目眩がしそうだ。

 胃の中身が逆流してくる。イノリは堪らず口を手で覆い、涙を浮かべて嘔吐いた。


 

 どうにか心が落ち着いてきたところで、背中から声をかけられる。


「ようやくお目覚めか? このバカ」

「――ッ!!」


 イノリは反射的にギアに魔力を流し込んだ。

 それが聞き覚えのある声だったからだ。


 何度も戦いの中、言葉を交した戦乙女と同じ声。

 イノリがギアを纏おうとしたのも無理はない。


 だが、その行動はまったくの無意味だった。


 そもそも、イノリのブレスレットは先刻の戦いで一部を壊されており、イクシードをイクスギアとして纏う機能が破損している。


 そして――


 その声の主はイノリの敵ではなかったからだ。


「え……? よ、芳乃?」


 戦乙女と同じ顔立ちの少女。

 だが、目の色も髪の色も違う。

 そして何より、イノリを小馬鹿にした見下すような視線は芳乃凛音にか出来なかった。


「おう」


 凛音は崩れた瓦礫の上であぐらをかきながら、狼狽するイノリを見下ろしていた。

 どこか憔悴しきった表情を浮かべながらも、不遜な態度を見せる凛音に、肩の力が抜けるイノリ。


「……貴女が私を止めてくれたんですか?」

「……あぁ」


 ピキリと凛音の額に青筋が浮かぶ。

 凛音は一息に瓦礫から飛び降りるとイノリの目の前に着地。

 そして、そのままイノリの胸ぐらを掴むと――


 ズカンッ!!


 容赦のない頭突きを繰り出してきたのだ!

「な、何するんですか!?」


 堪らず涙目になって額を抑えながら叫ぶイノリ。

 だが、凛音はそれ以上の怒りだったらしく、目尻をキッと吊り上げ、イノリに詰め寄る。


「何してんだ、こっちの台詞だ、このバカ!!」

「……え?」

「お前、死ぬ気か? あたしはあんな魔力の使い方を教えたつもりはねぇぞ? こんど、さっきの力を使ってみろ、次は容赦なく殺してやるからな!!」

「で、でも……」


 ギアを壊されたイノリには《オルタ》の力しか無かった。

 危険な力――《魔人》化のリスクがあるのは十分に承知していた。

 だから――


「でも、何だよ? 仕方なかったってか? ふざけるなよ、イノリ!!」

「よ、芳乃?」

「お前、何なんだよ? 何の為に戦ってきたんだよ? こんな戦いがお前の戦い方かよ?」


 二人を囲む夥しい程の死体の数々。

 そこには一切の迷いがない。躊躇いがない。慈悲がない。

 ただ破壊を楽しむだけの快楽に溺れた怪物の食べ残しだ。


 こんなの、世界を《魔人》の脅威から守るイノリの戦いじゃない。

 《魔人》に苦しむ人々を助ける正義のヒーローの戦いじゃない。


「こんな戦いして、お前は明日に胸を張って生きていけるのか? あのバカと笑って別れられるのかよ!?」

「そんなの……」


 イノリは続きを言葉に出来なかった。

 世界の滅亡を前に、禁忌の力に手を伸ばす事を躊躇いはしなかった。

 けれど、それで一騎と顔を合わせて、笑っていられるか?

 怪物となって戦って、それで得た勝利に意味はあるのか?


 あの惨劇の光景に嘔吐いた己が一番よくわかっている。


 誰も望んでいない。

 何よりも凛音の流す涙がその証拠だ。


 イノリは反論の余地もなく、ただ俯くと。


「ご、ごめんなさい」


 そう口にするのがやっとだった。

 凛音はフンと鼻を鳴らすと、そのままイノリを突き飛ばす。


「わかればいいんだよ」


 凛音はそう言い放つと拙い足取りでゆっくりと先を目指す。

 時折ふらつく足取りは体力の限界をうかがい知るには十分だった。


 凛音はイノリを助ける為に、一度致命傷を負った。

 そのダメージは《火神の炎(イフリート)》の治癒の力で癒す事が出来たが、その傷を塞ぐ為にほとんどの魔力を消費していた。

 加えて、凛音にも戦いによる疲労が蓄積している。


 体を動かすだけでも悲鳴を上げる程だ。


 それでも向かわなければ。


 今もたった一人で戦っている仲間を助ける為に。


「ま、待って下さい!! 私も!!」

「お前は来るなッ」


 ビクリとイノリの肩が震える。

 どうして? と不安げな表情を覗かせ、凛音を見つめていた。


「当たり前だろ? ギアを壊されたお前に何が出来るんだよ? ここで大人しく待ってくれよ」

「でも、芳乃だって限界じゃ……」

「それでもお前よりは動けるさ。どちらにせよ、お前はもう戦えない」


 凛音はイノリを助ける為に《人属性弾(ヒューマン・バレット)》を使っていた。

 イノリたち召喚者の魔力暴走を抑える為のイクシードで、《オルタ》化したイノリを助ける事は出来たが、一発限りの切り札だ。


 次、暴走したら本当に殺すしか無くなる。

 少しでも暴走の危険性があるなら、戦いから遠ざけるべきだ。


 だが――


 そんなの、イノリが一番よくわかっていた。


「それでも、です」

「お前……」

「今の私がどれだけ危険な状態なのか、それは一番私がよくわかっているよ。今、一騎君の戦いを見たら、躊躇わず《オルタ》の力に手を伸ばしてしまうかもしれない」

「だったら……」

「それでも!! 足手まといだとわかっていても、一騎君を助けたいの!! もう、守られてるだけの、待ってるだけの女でいたくないの!!」


 これ以上、何を言っても無駄だろう。

 凛音は心のどこかでそんな気持ちを抱いていた。

 凛音に向けるイノリの視線は数日前、無謀と知りながら、凛音に教えを請うてきた時と同じ視線だ。

 そして、その視線に込められてた意味も知っている。

 

 だからこそ、凛音は深いため息を吐き、一言。


「絶対にバカな真似はするなよ」


 そう告げる事しか出来なかった――



 ◆



 一騎は目の前の光景に終始言葉を失っていた。


 戦乙女によって塞がれた黒い闇空よりもさらに黒い。

 空にポッカリと空いた黒い大穴を見上げ、総毛が粟立つ。


 本能が警鐘を鳴らす。

 

 あの穴は危険だと。

 この世界の全てを呑み干す穴だ。


「まさか、最後に私と相まみえるのが君だったとはね」

「……芳乃、総司」


 その大穴の直下。

 黒いジャケットを身に纏った痩身の男が鋭い眼光で一騎を睨んでいた。


「これが、あんたの望みか?」

「そうだ。私の夢。ここから全てが始まる。二つの世界を繋げるこの《ゲート》の力で、私は二つの世界の神となるッ!!」


 大穴を恍惚とした表情で見上げながら総司は己の夢を物語る。

 それに対し、一騎がとった行動はシンプルだ。


 拳をゆっくりと構え、総司と対峙する。


「させねぇ」

「……なに?」

「この世界も、イノリ達の世界もあんたの好きにはさせない。俺が止める」

「不敬だぞ、その想い。神に対する不遜と知れ、一ノ瀬一騎」


 もう言葉は必要ない。

 戦いの火ぶたは総司の叫びによって開かれた。


「《イクスゴット》――降臨」

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