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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
第二章『イクシード争奪編』
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銀狼少女は限界を超える

渦巻く魔力の本流が戦乙女を吹き飛ばす。

 彼女達の瞳は皆同様に驚愕に見開かれたものだった。


 戦乙女を吹き飛ばした魔力は戦乙女の纏う黒いギアよりもさらに黒く、闇の底に眠る漆黒の魔力の本流。


 三千の戦乙女の魔力がまるで小さな泉のようにすら思える大海の魔力だ。

 それが一人の少女が放つ魔力だと誰が想像できるだろうか。


 渦巻く漆黒の闇は天候を支配する程。

 怯えた大気は我先にと逃げ惑い、青い空を漆黒の魔力が波紋のように広がる。


 圧倒的な威圧感に戦乙女達の顔色に絶望の色が浮かび上がる。

 それは、魔神の降臨。

 

 たかが数千の戦士が束になっても敵わない存在が今、彼女達の目の前に現れたのだ。



 こんな存在に勝てるのは、もはや彼女達の創造主―――芳乃総司以外にいないだろう。


 戦乙女は、その瞬間に、己が完膚なきまでに負ける運命を受け入れるのだった。



 ◆



 黒い魔力の渦の中から一人の少女が姿を現す。

 人の身からかけ離れたその姿に誰もが目を見張る。


 少女――イノリは獣の耳と尻尾を携え、鋭い牙と爪を覗かせていた。


 瞳は黄金に輝き、彼女から伝わる魔力の質は、戦乙女の知る次元を超えていた。


 装いも一変。

 まるでギアを纏った時と同じく、白い軍服を纏っていた。


 だが、違う。

 その防御性能も、そして運動性能も、破壊力も、その全てが先ほどの《銀狼ライカン》とは比べものにならなかった。


 イノリが呟く。


「来なさい、銀牙」


 黒い魔力が彼女の手の平に集まる。

 イノリが横薙ぎに魔力を宿した手を振るった瞬間。

 魔力の光が弾け、一振りの刀が彼女の小さな手に治まっていた。


 脱力したように刀を携えたイノリは黄金の瞳を戦乙女に向ける。


「すみませんが、時間がありません、一瞬で終わらせます」


 トン……と軽く飛ぶようにイノリが地面を蹴った。

 その瞬間――


 ドォォォォンッと大震が起こる。

 大地が悲鳴を上げる程の膂力で踏みしめた一歩で、イノリは戦乙女達の間を霞む程の速度で駆け抜ける。


 イノリが駆け抜けた風圧で、戦乙女が空を舞う。


 無事だった戦乙女は――一人としていなかった。



 武器へと変えた腕を斬り飛ばされ、首を、足を、胴を斬り裂かれ、痛みも無く、驚きもなく、一瞬で命を落とした戦乙女の亡骸が、血の雨を降らせた。


 イノリは全身で彼女達の鮮血を浴びる。


 その姿は――まるで、悪魔だった。



 ◆



 銀牙を振るう度に戦乙女が冗談のように吹き飛ばされていく。

 イノリが《オルタ》化してから、一方的とも呼べる、戦いとも呼べない戦闘が繰り広げられていた。


 剣を振るう度に剣圧が大気を斬り裂き、真空の刃を生み出す。

 地面を蹴り込む度に小規模な地震が戦乙女を瓦礫の中へと消し去る。


 命を奪う苦痛を感じながら、おくびにもその感情を出さず、イノリは沸き上がる破壊衝動に身を任せる。


「あぁああぁぁぁあああッ!!」


 イノリは堪らず吠えた。

 渦巻く漆黒の魔力が、ガリガリと理性を、感情を、記憶を蝕む。

 楽しかった思い出が暴走する魔力で壊されていく。

 慟哭する。

 涙も出る。

 けれど、体は戦いを求めている。


 限定解除した力を純粋な力へと変える《オルタ》の力。


 それは暴走の力に体を焼かれながら、剣を振るう諸刃の力だ。


 使えば、破壊衝動に支配される。

 理性が弾け飛び、感情が支配される。


 頬を伝う涙は僅かに残った理性が流させるのだろうか。

 それすらイノリにはもうわからない。



 訓練を重ねて、《オルタ》の力を維持出来るのは一分が限界だ。だが、体感的にはさらに短く感じる。


 もう、何も思い出せない。

 もう、何も感じない。

 もう、言葉すら出ない。


 ただ、壊して、破壊して、殺して、殺して、壊し尽くす。


 イノリの中にある、唯一残った感情はただそれだけ。


 理性が残っていた黄金の瞳も、《魔人》を彷彿とさせる深紅へと変っていた。


 当然、《オルタ》の力を酷使すれば、《魔人》化は免れない。


『アアアアアアアアッ!!』


 いつしか、イノリの口から、新たな《魔人》の産声が漏れ出していた。



 それを止めたのは――



「だから、無茶するなって言っただろうが」


 深紅のギアを纏う一人の少女だった。



 ◆



 芳乃凛音は戦いの惨状を見て、唇を強く噛みしめた。


 もう、戦乙女は誰も立っていない。

 その全てがイノリの凶刃によって倒されたのだろう。


 凛音が駆けつけた時には、ただ闇雲に刀を振るい、咆吼を上げる一人の《魔人》だった。

 教えるべきでは無かった。


 凛音はイノリに魔力制御の術を享受した事を後悔していた。

銀狼ライカン》の持続時間を増やすには、魔力制御の力が必須だった。

 だが、魔力の制御が僅かでも可能になるという事は――限定解除した状態でも少しの間なら戦えるという事。


 凛音はその力の危険性を知っていたからこそ、イノリに《オルタ》化を教える事は最後までしなかった。

 けれど、イノリは独力で、《オルタ》の力を身に付けたのだ。

 その努力は褒められる事では無いが、彼女の必死さが伝わってくるからこそ、今、この瞬間も凛音は銃口を向ける事に躊躇いを覚えていた。


「まだ、意識はあるのか?」

『……』


 凛音を見据えた深紅の双眸がその答えを物語っていた。

 凛音は「はぁ~」とため息を漏らすと、銃口を向ける。


「……どうして、あたしはお前に銃口を向けるのに躊躇っちまうんだろうな?」


 去来するのは僅かといえど、言葉を交した過去の記憶。

 決して、嫌な記憶じゃなかった。

 むしろ楽しかった。


 友達も出来て、仲間と呼べる二人とも出会えて。

 温かい温もりを知れて。


 何一つ無駄な事など無かった。

 特派に迎え入れられてからの凛音の思い出は宝石のように輝いていた。


 だからこそ。


「もう、何もあたしから大切なものを奪わせない。だから、返せよ」


 凛音はロートリヒトに一つのイクシードを装填する。

 銃口から発せられる輝きが黄金に変った。


「《魔人》――あたしの役目は最初から変らねぇ。《魔人おまえ》を倒す事だ」


 その瞬間、イノリの体が掻き消える。

 ドンッと凛音の腹部に衝撃が走る。


「うぐぅううううううッ!!」


 体を突き抜ける衝撃に凛音は口元を噛みしめて押し堪える。

 吹き飛ばされてもおかしくない衝撃が全身を粉々にする。


 凛音の体を支えていたもの――それは背中の鎧から地面に穿たれたアンカーだった。

 それでどうにか、地面に体を縫い付け、踏ん張る事が出来た。


 だが、そのダメージは大きい。

 イノリの拳が凛音の腹部を貫き、臓物が背中から弾け飛んでいた。

 地面が溢れた血で真っ赤に染まっている。


 未曾有の衝撃は襲い来る痛みを一瞬で吹き飛ばす。

 凛音は血反吐をぶちまけながら、銃口をイノリの頭に押し当てた。


 凛音は口元を吊り上げながら、引き金に指をかける。

 そして――


「……まったく、心配かけさせるんじゃねぇよ……」


 引き金を引いた。

 

 一発の銃声が鳴り響く。


 撃たれたイノリは大きく仰け反り、悲鳴を上げる事さえ無く、その場に崩れ堕ちたのだった――

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