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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
第二章『イクシード争奪編』
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芳乃凛音は過去を凌駕する

「くそがッ!!」


 ガトリングの嵐をかいくぐり、肉薄した戦乙女に凛音は吐き捨てるように叫んだ。

 戦乙女が黒い大剣となった片腕を振るう。

 凛音は咄嗟に砲身を盾にするが、まるでバターのように鋼鉄の砲身が斬り裂かれ、大気を震わせる程の轟音と爆発が凛音の華奢な体を吹き飛ばした。


 何度も地面にバウンドし、屋上に設置されていた貯水タンクに激突。

 中に貯まった水が溢れ出し、痙攣する凛音を濁流が押し流す。


「が……は……」


 どうにか意識を繋ぎ止め、攻勢に出る。

 無事だったガトリングで戦乙女を牽制するが、戦乙女はまるで銃弾が見えているかの如く、僅かに体の軸を動かすだけでその全てを避けてみせたのだ。

 

 その理由を凛音は瞬時に看破する。

  

 戦乙女と凛音は同じ個体だ。

 過去の凛音の記憶と体、そして能力を《複製》した存在が三千にも及ぶ戦乙女たち。

 ならば凛音の射撃の癖も、そして狙いも瞬時に見破る事など造作もないだろう。


 今、凛音が相手にしている敵は、過去の凛音そのものなのだから。


「どうしました?」


 両目をあらん限りに見開き、驚愕に言葉を失っていた凛音に戦乙女は黒い大剣を振りかざし、嘲笑う。

 銃での防御が不可能だと判断した凛音は斬撃をかいくぐり、バックステップで距離をとる。

 だが、向かってくる戦乙女は目の前の敵だけじゃない。

 凛音の回避場所を予測していたのか、着地の瞬間を狙った《雷神》の砲撃が空から鉄槌を振り下ろしたのだ。


 その一撃をギリギリで避けるが、《雷神》の一撃は屋上を貫き、校舎を両断する程の破壊力を秘めていた。

 その光景にぞくりと背筋が凍る。


 シェルターは無事なのか!?


 視線を雷撃の落下位置に滑らせる。

「ふぅ……」と胸をなで下ろした。

 僅かだが、シェルターの位置から逸れていた。


 安心するのと同時に。どっと疲れが押し寄せる。

 ぐらぐらと思考に靄がかかり、足元が覚束ない。


 極度の緊張状態と、魔力の消費による意識の混濁が凛音を襲ったのだ。


 凛音や一騎の中には魔力と呼ばれるエネルギーが体を巡っている。


 魔力を消費する度に体力は削られるし、無尽蔵と言うわけでもない。

 一度、消費した魔力を回復する為には十分な休養をとる必要があるし、魔力を消費しすぎると意識が朦朧とし、生命力が低下するのだ。


 暴走を克服し、新たな力と変えたことで、生命そのものに直結する程の重大なエネルギー源となった魔力。

 それが底をつくと言うことは、すなわち死を意味する。

 

 意識の混濁は恐らくその兆候だろう。


 だからと言って凛音が負ける理由にはならないが……


「《アーマービット》射出!!」


 凛音の咆吼と同時に、凛音の体を守っていたギアが弾け飛んだ。

 戦乙女にパージされた鎧が直撃する。

 吹き飛ばされた戦乙女は、一変した凛音の装いに目を奪われた。



 凛音のギアの鎧は全て弾け飛び、残されたのは水着のようなアンダースーツと一挺になった《ロートヒリト》のみ。


 その点だけを見れば、戦力が低下したように思えるが、戦乙女は警戒心を毛ほども緩めない。

 その理由は凛音の周りに浮遊するパージされた鎧を見たからだろう。


 凛音の深紅の魔力と同じ輝きを放ち、凛音を守るように展開された鎧。


 過去の記憶にはない武装に、戦乙女は攻勢に出る事が出来ずにいた。

 その隙を凛音は見逃さない。


「弾けろ! 《アーマービット》!!」


 まるで凛音の意思に呼応するように、鎧が深紅の閃光となって空を駆ける。

 一瞬にして、黒い空を深紅の閃光が駆け抜けた。



 《スターチス》の新装備――その名も《アーマービット》

 鎧に魔力をため込み、射出する事で、魔力が尽きるまでの間、任意で鎧を操作し、遠隔攻撃が出来る武装だ。


 鎧は凛音の魔力を纏う事で、鋭い刃として扱う事も出来るし、魔力を魔弾として撃ち出す事も出来る優れものだ。


 欠点があるとすれば、操作は全てマニュアル。

 凛音は常にパージされた全ての鎧を操作する為に高次元の思考制御能力が求められる。

 そして、最大の弱点は、全ての鎧をパージした事により、ギアの防御能力が低下した事だ。


 今の凛音を守るのはアンダースーツに施された最低限の防御フィールドのみ。

 イクシードの一撃に耐えられるだけの防御力はないだろう。


 凛音はその欠点を補う為に、攻撃に出すビットと防御に回すビットを割り振っていた。

 常に周囲には凛音を守るとりわけ頑丈な鎧を配置し、攻撃に回すビットを限定する事で、操作制御を可能な限り抑え、必要な防御力を残していた。


 稲妻のように深紅の閃光が闇を斬り裂く。

 戦乙女は初めて見る兵装に戸惑い、攻撃を躊躇っていた。

 味方が密集する空間で、攻撃を行うのは相打ちの危険性がある。

 いくら数が多いとはいえ、味方同士で数を減らすのは抵抗があるのだろう。


「く……ちょこまかと!」


 悪態つく戦乙女たち。

 狙いが小さな鎧ということもあり、攻撃がほとんど当たらない。

 凛音を狙った一撃も遠隔操作した鎧で防ぐので、有効打にならなかった。


「行くぞ、《スターチス》」


 凛音はドライバーに差していたペンダント型のギア――《火神の炎(イフリート)》を《ロートリヒト》に装填。


 浮遊する鎧を足場にして、空へと跳躍する。


「何の真似ですか? 芳乃凛音!!」

「決着をつけに来たのさ」


 上空は未だ殺到する戦乙女達によって、闇に覆われている。

 地上で防衛戦を行っている方がまだ勝機があるはずだ。


 この行動は自殺行為――戦乙女にはそうとしか思えなかった。


 だが、凛音は違う。


 改修された《スターチス》に内蔵された最後の切り札。

 それを放つには地上では些か不安が残る。

 あまりの破壊力に地上が焦土となる可能性があるからだ。

 そして、上空の戦乙女を掃討するには射程が短かった。



 凛音は深紅の拳銃の引き金に指をかけた。


 その瞬間、大気が脈動する。

 空間が弾けるような炸裂音と共に、凛音の構えた銃口に深紅の光が収束しだしたのだ。


「まさか、先ほどの砲撃!?」

「ちげえよ」


 戦く戦乙女に対し、凛音は冷めた口調で否定した。

 《フレイム・ブレイカー》ではない。

 凛音が放つ技はさらにその一撃を上回る砲撃だ。


 ――収束砲


 戦乙女と凛音の攻防により、この区域一帯に満たされた魔力の残滓を一箇所に纏め、炸裂させることで、《フレイム・ブレイカー》すら凌駕する一撃を放つ大技。


 収束砲を放つには戦闘区域に魔力の残滓を満たす必要があり、必然、使用出来るのが、戦いの決着をつける最後の局面に限られてくる。


 戦闘空間に魔力が満ちれば満ちるほど、収束砲の力は格段に跳ね上がる。

 凛音が収束砲に使う魔力は魔弾一発分もない。


 空間に満ちた魔力を束ね、圧縮し、解放する事で、放つ最大級の一撃――


 その名も――


「――《インフィニット・ブレイカー》」


 凛音が小さな声で囁く。

 そして、引き金を引いた。

 

 限界まで圧縮された収束弾は凛音が送り込んだ魔弾で炸裂。

 その内部に貯まっていた大量の魔力エネルギーを解放した――




 その一撃は、一瞬で空を覆っていた戦乙女を深紅の魔力で呑み込み、消滅させる程の威力。

 闇に覆われていた空が深紅に上書きされる。


 悲鳴はない。


 深紅の輝きに呑み込まれた戦乙女は一瞬で蒸発。

 悲鳴を上げる暇さえなかったのだ。


 その衝撃は地上にも届く。

 半壊だった校舎は衝撃で崩れ堕ち、校舎の周りにいた戦乙女は瓦礫に埋もれるか、衝撃によって吹き飛ばされる。


 街一帯が廃墟となる程の衝撃だ。


 辛うじてシェルターはその一撃に耐えていたが、もし、シェルターが地下になく、地表に出ていたら、木っ端微塵に破壊されていただろう。

 辺り一面が焦土と化し、学校も無くなった。

 

 だが、抉られた地表から覗くシェルターの外壁は無事だ。


 上空でパージした鎧を再び装着した凛音は、鎧の翼から深紅の魔力を放出し、飛翔しながら、無事だったシェルターを見つけ、安堵の吐息をもらす。


「よかった……これで、あたしの役目は……」


 苦痛に表情を歪めた凛音は最後まで言葉を続ける事が出来なかった。

 収束砲を放つ寸前にギアを再び纏っていたが、その衝撃はギアの防御フィールドを突き抜け、体に深刻なダメージを与えていた。

 深紅の炎が燻るように凛音の全身を這っていた。

 

 《火神の炎(イフリート)》の治癒の炎が傷ついた凛音の体を癒していたのだ。

 だが、回復までは今しばらく時間がかかるだろう。


 空中でふらついた凛音はそのまま崩れ堕ちるように地表に落下していく。


 もはや、空中に留まるだけの魔力を放出する事すら出来ない。


 凛音は意識を落とす刹那の瞬間、晴れ渡った蒼天を見上げた。

 上空を覆い隠していた闇は凛音の一撃で薙ぎ払われ、雲一つない晴天が凛音の奮闘を照らす。


 役目は終えた。


 今は少しでも寝たい気分だ。

 凛音は微睡むように意識をゆっくりと手放す。

 最後に囁いた。


「……あとは……任せたからな」



 凛音は未だに戦乙女達と死闘を繰り広げる仲間に思いを馳せながら、廃墟と化した地表に轟音を響かせながら落下したのであった。

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