新生イクスドライバー
翌朝。
天気予報では快晴と告げられていたにも関わらず、太陽の光は地上には届かなかった。
まるで深夜を連想させるように空は闇に覆われ、街は死んだように静まりかえっていた。
見晴らしいのいい学校の屋上で、一騎、イノリ、凛音は鋭い視線を上空へと向けている。
「コイツはなんの冗談だよ……」
掠れた声で凛音が呟く。
額には玉粒ほどの汗が浮かび、体は震えていた。
イノリも青ざめた表情で、空と地表を交互に見つめる。
「あれが、全部戦乙女なんですか!?」
インカム越しにクロムの切迫した通信が入る。
『あぁ。その数およそ三千。全て戦乙女の魔力反応だ』
「大盤振る舞いにも程があるだろッ!」
通信を聞いて凛音が憤る。
無理もなかった。
一騎も言葉を失ってその光景を見つめていた。
空を覆う漆黒の闇は数百、数千にも及ぶ戦乙女が壁となって出来た闇だ。
そして、同じく、地表を黒く染める影も戦乙女によるもの。
どこに視線を向けても敵がいる。
その数は三千。
「わかってはいましたけど、これだけの物量は……」
苦々しい表情でイノリが呟く。
《複製》により凛音の姿と能力を複製した戦乙女達に戦慄の眼差しが向けられる。
一体、一体の力は今の一騎達に遠く及ばない。
だが、これほどの数だ。
間違いなく消耗戦を強いられる。
それに戦乙女の最大の武器は群としての能力だけじゃない。
戦乙女は過去の凛音の複製体だ。
その力は、凛音が装備した状態であれば、凛音ごとイクシードも複製出来るらしい。
凛音が過去に手にした《火神の炎》はもちろん。装備した事のあるイクシードの全てを複製されていた。
一体につき、複製出来る能力は一つのようだが、如何に劣化した能力であろうとイクシードの力には違いない。
強敵だ。
一度に三千の《魔人》と戦っているとの変らない。
けれど、引くわけにはいかなかった。
「これが最後の戦いなんだ」
「一騎君……」
「お前……」
「僕たちが負ければこの世界も、そしてイノリ達の故郷もきっと大変な事になる。もうあんな惨劇を繰り返すわけにはいかない。みんなの笑顔を、みんなの明日を守る為に、笑って暮らせる明日を創る為に、僕は――」
一騎は魔力を全身に巡らせる。
ギアの機能が解除され、白銀の輝きが黒く染まった世界を照らす。
輝きはそれだけじゃない。
続くように蒼い輝きと深紅の輝きが世界を照らした。
三つの輝きが戦乙女の足を釘付けにする。
イクスギアを胸の前にかざして、一騎は吠えた。
「いや、俺達は負けられない! 未知数の力で明日を掴んでみせるッ!」
「うん、その通りだね」
「あぁ、お前の言うとおりだ!」
全てを呑み込む絶望を前にして。
それでもなお、希望の輝きを放つ三つの光に照らされて。
万感の想いを込めた三人の声が重なった。
「イクスギア、フルドライブッ!!」
「《換装》――《流星》!!」
「セット! イクスドライバー《スターチス》!!」
光が弾け飛ぶ。
並び立つはギアを纏った適合者達だ。
白銀のギアを纏った一騎。
蒼いギアを纏ったイノリ。
深紅のギアを纏った凛音。
「《メテオランス》ッ!!」
「来い、《ロートリヒト》ッ!!」
イノリの魔力が右手に収束する。
イノリの手が掴んだのは身の丈程もある巨大な槍だ。
《流星》の武装――《メテオランス》
槍の先端は三つ叉になっており、槍の内部には小型の推進装置が内蔵された武器だ。
イノリは慣れた手つきで槍先を地面に向けて構える。
その横では凛音が改修された二挺の拳銃を握っていた。
凛音のギアと同じく深紅に染まった拳銃だ。
凛音の魔力を銃に込める事で魔力弾として銃弾を放つ事が出来る。
イクシードの能力を銃弾として撃ち出す事が出来る銃で、装備するイクシードによって、最適な形へと変形する凛音のメインウェポンだ。
一騎は拳を握りしめ、敵を鋭い視線で見据える。
三千の敵を相手にする暇はない。
倒すべき敵はただ一人。
全神経を集中させ、周囲に視線を配る。
(張り巡らせろ。見落とすな。僅かな違和感を……)
一騎の感覚がより鋭敏に精密になる。
隣りにいるイノリや凛音の鼓動はもちろん。
周囲にいる三千の戦乙女の気配すら読み取る。
この力は、クロムとの戦いを経て獲得した気配察知能力だ。
人間にはある種の固有空間がある。
背後に立たれた時に誰かがいるという違和感。
言わば己の領域にある不純物に人の感覚器官は鋭くなる。
それは一種の防衛本能とも言い換えることが出来だろう。
自身の既知にない存在に生存本能が警鐘を鳴らした結果、人は違和感としてその存在を検知する事が出来る。
一騎の獲得した気配察知はその上位版だ。
クロムとの戦いはまさに命懸け。
いくら命があっても足りない程だった。
目や耳の感覚器官に頼っていては、その姿を捉える事など到底出来なかった。
常に気配を探り、気を張り巡らせる戦いを強いられていたのだ。
その結果、一騎は気配というものに鋭敏すぎる程の察知能力を手に入れる事が出来たのだ。
そして、その能力をギアの力でさらに強化している。
戦場の僅かな違和感すら見逃さない。
そして――
「見つけた……」
一騎は戦乙女の壁の向こう側に鋭い視線を向ける。
その一点だけ気配が違った。
濃密な死のイメージが全身を舐め回すような感覚だ。
気配を察知しただけで全身から汗が噴き出す。
生存本能が逃げろと警鐘を鳴らしていた。
激しく脈打つ心臓。
呼吸も荒い。
その存在はさながら《魔神》の気配とでも言うべき圧力があった。
まるで呑み込まれそうだ……
震える一騎の手をイノリがそっと握りしめた。
「大丈夫だよ、一騎君。一騎君は私が守るから」
「イノリ……悪い助かった」
イノリの手から伝わる温もりが、総司の気配に呑まれかけた一騎の精神を安定させた。
もう、大丈夫だ。
呑まれない。
平静を取り戻した一騎はイノリの手を強く握りしめる。
「あ~あ、お暑い事で」
そんな二人を凛音はジト目で見つめていた。
ひらひらと手うちわで扇ぎながら、呆れた視線を一騎達に向ける。
「ここが戦場のど真ん中だって事、忘れてねぇよな?」
「も、もちろんですよ」
イノリが歯に詰まった返事を返しながら、メテオランスを強く握り直した。
「だったら、いちゃこらは終わってからにしろ。敵が来るぞ!」
一騎が気配察知能力を使っている間に空の闇が迫ってきていた。
イノリと一騎も戦闘態勢を整え、迎撃に備える。
が――
「何してる? お前らは早く行けよ」
凛音が呆れた口調で二人を諫めたのだ。
「え? よ、芳乃? それって、どういう……」
「物わかりが悪ぃな。ここはあたし一人で十分だ。空の敵は残らず平らげてやるよ」
凛音はそう言いながら、両手の銃に魔力を流し込んだ。
その直後、《ロートリヒト》の形態が変る。
二つの銃が重なり合い、巨大な砲身へと姿を変える。
銃身からは三脚が伸び、地面を貫いて、砲台を固定した。
さらに、凛音の背中に装備された翼のような鎧から、深紅の魔力が噴出。
アンカーのように地面に突き刺さったのだ。
その姿は固定砲台と呼べる出で立ちだ。
「ここはあたしが命に代えても守ってみせるッ」
一騎達が学校に集まったのはここにシェルターがあるからだ。
避難警報が発令され、ほとんどの人達は学校のシェルターに避難していた。
《オド》と呼ばれるこの世界の人達が持つ生命エネルギーを遮断する事で、《魔人》から身を守る事を目的としたシェルターだが、今の敵は戦乙女。
恐らく、《オド》を遮断したところで戦乙女には効果が薄いだろう。
誰かが残って戦う必要はあった。
けど……
「作戦、忘れたんですが? シェルターの防衛は敵の数を減らしてから。まず三人で敵の数を減らす事からしないと……」
「その作戦、三千の敵を想定してないだろ?」
「そ、それは……」
芳乃総司がここまでの戦力を整えていた事は想定外だった。
今は三千ですんでいるが、その数が今よりも増える可能性だってある。
でも……
「この数を一人で? 本気なのか?」
一騎は空を睨んだ。
空だけでも数百体はいるだろう。
その数を一人で迎え撃つのは、もはや自殺行為だ。
一騎の不安を凛音は裂けた笑みを浮かべて頷いた。
「当たり前だろ? あたしを誰だと思ってる? それになぁ、あまりあたしの力を舐めるなよッ!」
一騎達と無用な言い争いをしている間に、魔力のチャージが終わったのか、砲台へと変形した《ロートリヒト》の銃口から白熱の閃光が輝いていた。
臨界寸前まで達したエネルギーを解放する。
その直後――
「ぶっ放せ! 《フレイム・ブレイカーァァアアアアア》ッ!!」
視界を白く染め上げる程の魔力エネルギーが空を覆う闇を貫くのだった!