集う光
最終決戦を明日に控えた前日。
街の遙か上空で待機していた空中艦《アステリア》がドンッと激しく揺れ動いた。
周囲の雲が吹き飛ぶ程の衝撃。
空中にポッカリと空いた大空に光学迷彩が解除された《アステリア》の姿が露わになった。
だが、それも一瞬。すぐに光学迷彩を回復させた《アステリア》は再び、空と一体化する。
だが、艦内の喧騒は凄まじいものだった。
衝撃で傾きかけた鉄の箱船を操縦桿を握ったクルー達が脂汗を滲ませながら制御する。
艦橋に絶え間なく流れるアラートは彼らの非常警戒レベルを一気に引き上げさせた。
なおも断続的に続く衝撃。
艦橋のスクリーンには《アステリア》に内蔵されたAIによる計画プランが表示されたいた。
『一部区画の強制パージ』
それがAIの叩き出した結論だ。
だが、そのプランを実行する者は誰もいない。
必死になって衝撃に堪え忍び、いつか訪れるその最後を夢に見る。
そして――
永遠に続くかと思われた衝撃が、終に止んだのであった。
◆
空中艦の一画に備えられたトレーニングルームの厳重な隔壁が終に開かれる。
扉のセキュリティを操作していたオズは、奥から現れた巨漢の男の姿に安堵の吐息をもらした。
「心配、させすぎですよ、司令」
「あぁ、すまなかったな、オズ」
筋骨隆々の大男のクロムは、特別災害派遣部隊――通称《特派》の司令官を務める男だ。
身長180を超える大柄なクロムは、肩に担いだ少年をゆっくりと地面に下ろした。
中性的な顔立ちの少年だ。
クロムと比べれば華奢すぎる体格。
静かに眠る彼――一ノ瀬一騎の顔色には疲労の跡が色濃く残っている。
だが、その表情にはある種の達成感が滲み出ていた。
「まさか、本当にクロムさんを封印するなんて……」
オズの口から驚愕の言葉が漏れた。
《魔人》と堕ちたクロムを封印する方法はこの世界にはない。
それが特派の共通認識だったからだ。
その理由は単純にして明快。
クロムが強すぎるからだ。
クロムの持つイクシードは《身体強化》
身体能力を何十倍にも引き上げる能力だ。
クロムの身体能力はただでさえ超常を超える。
その肉体が何十倍にも引き上げられれば、誰も倒す事が出来ない――はずだった。
だが、一騎はその困難を乗り越えた。
手に入れた全てのイクシードの力、そしてギアの力を解放する事で、クロムに打ち勝ったのだ。
「実際、どうだった? 一騎君は? 覚醒出来たのか?」
オズから渡されたタオルケットを一騎に被せながらクロムは尋ねた。
この特訓の最終的な目的はクロムの封印ではなく、秘められた一騎の真の力の解放にあった。
クロムの封印はその前段階に過ぎない。
そもそも、クロムの《魔人》化はそう遠くない未来に訪れていた。
度重なる無茶な出撃と、芳乃総司との激突により、クロムの体内の魔力は暴走寸前だったのだ。
だからこそ、あえて《魔人》に堕ちる事で、理性を跳ばし、一騎を本気で殺しにかかった。
生きたいと願う生存本能が一騎の中に眠る力の覚醒に繋がる、はずだった。
だが、オズはどこか浮かない表情を覗かせる。
「イクスギアの覚醒――リッカさんが設計したギアの限界は超えていたと思います」
ですが。とオズは続けた。
「一騎君の中に眠る力の覚醒は、恐らく、まだかと……」
クロムとの戦いで一騎は一つの壁を突破した。
イクスギアの真の力の解放だ。
リッカでさえ、知らずにいたギアの本当の力。
オズ達召喚者の自滅技――《限定解除》にも匹敵する力だった。
だが、それはあくまでもイクスギアに限っての話。
クロムが当初から目をつけていた一騎の中に眠る力の解放を意味したものではなかった。
「そうか」
クロムは口ごもる。
だが、状況はそう悪いものばかりではなかった。
最強の《魔人》と恐れられたクロムを封印したのだ。
特訓を始める当初よりも一騎は強くなっている。
それに、クロムの持つイクシード《身体強化》を会得する事が出来た。
純粋な戦力アップで言えば、これ以上の強化はないだろう。
それに。
「イノリちゃんも《銀狼》の力を纏う事が出来るようになりましたし、凛音ちゃんも俺達と合流してくれました」
「それは本当か!?」
思わずクロムの声が上ずる。
この世界で確認されているギア適合者が一つの場所に集まり、力を合わせる。
それは、この世界の最後の希望に他ならなかったからだ。
◆
「――というわけで!」
場所は住宅街にひっそりと佇む『周防』
そこにはクロムを初めとする特派のメンバー。
そして、一騎、イノリ、凛音のギア適合者たち。
外部協力者である結奈が集っていた。
全員が手に持った紙コップを片手にクロムの言葉に耳を傾ける。
「特訓の終了と、そして新しい仲間――凛音君を歓迎して、乾杯ッ!!」
「「乾杯ッ!!」」
「あ、あたしは仲間になったつもりはねぇからなっ!?」
凛音が不満の声を荒げる中、パーティが始まった。
テーブルに所狭しと並べられた料理の数々に手をつける。
一騎は、自分が特派に招かれた時の事を思い出しなら、料理に口を運ぶ。
「僕の時にも歓迎会がありましたね」
「そうだね」
イノリは黄金色に炙られた骨付きのモモ肉に舌鼓を打ちながら、頷く。
「あれからまだ、一ヶ月も経ってないなんて信じられないよ」
「そっか、まだ一月も経ってないんだ」
それでも、濃密な日々を過ごしてきた。
少なくとも、一騎の中では。
《魔人》に襲われ、イノリに助けられ、この世界の本当の真実を知って。
ギアを纏って、戦って。
「最初は、イノリに凄い嫌われてたね」」
「あ、あれは……」
イノリは当時の事を思い出したのか、顔を真っ赤にさせて、ジト目を向けた。
「一騎君を危険に巻き込みたくなかったからだよ。大好きだったから」
「あ、う、うん……」
一騎は思わず尻込みする。
耳まで真っ赤にさせて、うつむき加減に視線を向けるイノリが強烈に可愛らしかったからだ。
恋人同士とは言っても、デートもまだ一回だけ。
恋愛経験がない一騎にはどう接してよいのかわからなかった。
素直な気持ちを言えば、嬉しい。
だが、それを言葉にしようとすれば、口ごもってしまうのだ。
童貞かッ!? いや、そうだけど!?
思わず心の中で突っ込む。
ありがとう。ありがとう! だ。その一言で十分なんだ!
だけど、一騎の口から漏れるのは「あ、えっと……」と曖昧な言葉。
イノリも口に出した言葉の意味を理解しているのか。
二人とも頬まで真っ赤だ。
二人だけの桃色世界に、遠巻きで見ていた結奈は気まずい気持ちなっていた。
「やっぱり、敵わないのかな?」
「ん? どうしたんだよ、結奈?」
口の中に料理を大量に放り込んだ凛音が心配そうに結奈の顔色を伺った。
結奈は笑顔を装って、凛音に振り返る。
「ううん、何でもないよ」
「……そんな顔してねえって」
凛音もイノリと一騎の仲は知っている。
ここ数日の特訓で、凛音も特派のメンバーと言葉を何度も交しているのだ。
誰も彼もが友好的。
最初こそ戸惑っていたが、それがこの組織の空気などだと割り切れば、受け入れる事が出来た。
そして、結奈の事も。
最初、彼女が特派の外部協力者だと知った時は本当に驚いたものだ。
けれど、凛音を保護した事を特派に伝えなかった事。
そして、変らない結奈との友情に凛音の緊張は解きほぐされた。
凛音にとって、結奈は大切な友達だ。
だからこそ、こんな陰った表情は見たくない。
(まぁ、あたしが口出せる関係じゃないけどな)
凛音はジュースで口の中を胃に流し込みながら、三人を遠巻きに見る。
誰が見てもわかる三角関係だ。
恋心もロクに知らない凛音にはどうフォローしていいのかまるでわからない。
けど。
(元気づけてやりてぇ……)
方法は何でもいい。
とにかくあの桃色空間が薄れる何かを……
視線を彷徨わせた凛音が見つけたのは、クロム達大人ように用意されたジュース(大人用)だ。
凛音はクロムの前に置かれた紙コップを無造作に手に取る。
「お、おい! 凛音君、それはジュースじゃ――」
慌ててクロムが止めようとする。
――が、その前に凛音はコップの中にあった液体を全て飲み干してしまった。
「あぁ、やってしまったか……」
「あらあら~?」
渋面を覗かせて、手で顔を覆うクロム。
程よく酔って頬を紅潮させていたリッカは、頬に手をあて、面白そうに眺めていた。
そして、凛音は空になった紙コップを逆手に持つと。
「ひっく……」
頬を真っ赤に紅潮させながら、片手を高々と掲げる。
「い、いちばん、凛音、歌いま~す、ひっく……」
そこからはもうどんちゃん騒ぎだ。
誰も彼もが笑い合い、笑顔を覗かせる。
そこには悲壮感も絶望感もない。
あるのは希望。
明日へと、未来へと続く希望の光だ。
「……仕方ないですね」
桃色世界から抜け出したイノリは、浮かれる仲間達を見て肩を竦めた。
そして、そっと一騎に身体を寄せ、耳元で囁いたのだ。
「ここだとちょっと騒がしいから、私の部屋に行かない?」
「えっ!?」
まさかの一言に、一騎は周囲の喧騒すら耳に入らない程の衝撃を受けていた。
これ、僕どうなるの!?