交わる道
「う……、こ、ここは……?」
目を覚ました凛音は見慣れない部屋に首を傾げていた。
ここ数日、居座っていた結奈の部屋ではない。
家具などは一切なく、あるのはベッド一つだけの部屋だ。
それなりの広さがあり、窓の外には住宅街が広がっていた。
凛音はベッドに腰掛けると、額に手を当てる。
そもそも、なんであたしは寝ていたんだ?
眠る前の記憶がまったくない。
最後の記憶は、戦乙女との戦いを終えた直後の記憶だけだ。
「――ようやく起きましたか」
ため息交じりに少女がぼやいた。
凛音が視線を向けると、扉を背もたれに、白銀の少女が腕を組んでいた。
少女の名前はイノリ=ヴァレンリ。
異世界から召喚された召喚者だ。
だが、その容姿は人間とまったく同じ。
イノリの本来の姿は《銀狼族》と呼ばれる獣耳と尻尾を持った亜人種だ。
凛音は眉間に皺をよせながら警戒心を剥き出しにする。
「ここは、どこだ? 独房か?」
「独房? 何を変な勘違いをしてるんですか。私の家ですよ」
「お前の?」
「正確には、特派の所有する別邸ですけどね、その空き部屋の一つです」
なるほどな。
だから家具がないわけか。
部屋の様子に納得しながら、凛音は口元を引き上げた。
「いいのか? あたしを独房に閉じ込めなくて? お前らの敵だったんだぞ?」
「そうですね。敵でした。だから、閉じ込める必要はないんですよ」
「あぁ? どういう意味だよ?」
「過去の話だって事です。貴女が敵だったのは。今は違うでしょ?」
「~っ」
言葉遊びに負けた凛音は頬を紅潮させ、シーツにくるまる。
確かに、『元』敵だ。
戦う必要なんてないのかもしれない。
だからと言って。
「敵じゃなくても、仲間じゃねえよ」
「かもしれませんね。これは取引ですよ、芳乃凛音」
「取引?」
「えぇ、貴女の持つ技術を私に教えて下さい」
「技術? なんの話だ?」
「魔力制御の方法です」
「魔力?」
「はい」とイノリは頷いた。
イノリの新たなイクシード《銀狼》は、これまでのイクシードとは異なり、精密な魔力制御が求められる。
イノリの体内に宿る《銀狼》の本体と欠片として結晶化された《銀狼》を共鳴させることで、イノリは《銀狼》のギアを纏っている。
だが、それは諸刃の剣。
共鳴した二つのイクシードは力を暴走させている状態。
ここ数日の訓練で、暴走状態でも、数分はギアを纏っていられるようになったが、最終決戦では足を引っ張りかねない。
暴走の力を制御する必要があるのだ。
そして、その解決の糸口が凛音だった。
「貴女のギア――《火神の炎》を少し調べさせてもらいました」
「……勝手な事を」
凛音の表情が険しい物へと変る。
敵意を剥き出しにした彼女に気遣うことなく、イノリは続けた。
「正直、驚きましたよ。貴女は暴走状態の《火神の炎》を纏っていたんですね。それだけじゃない。イクスドライバーには装着者の魔力を制御する機能はないはず。貴女は暴走する力も魔力も制御しているんじゃないですか?」
「だから、どうしたよ?」
凛音は否定しなかった。
魔力の制御が出来ているからだ。
凛音は十年前、《魔人》へと堕ちた《火神の炎》に襲われ、その身に《魔人》の魔力を宿した。
普通なら、暴走する力によって身体が内側から壊され、死んでいただろう。
だが、凛音は違った。
七年という長い間、昏睡状態に陥りながらも、暴走する力と戦ったのだ。
そして、手なずけた。
暴走する魔力を、内に宿る《火神》の息吹を。
だからこそ、その力の結晶である《火神の炎》を凛音は纏う事が出来る。
暴走した力を、純粋な力と変えることが出来るのだ。
「お前に、それを教えてあたしになんの得があるんだよ?」
イノリは確かに口にしたのだ。
「取引」だと。
なら、何かしらのメリットがあるはず。
よもやただで教えろとは言わないだろう。
イノリは指を三本立てた。
「私達が貴女に提供出来るのは三つ。まず一つは、破壊された貴女の武器を修理する事」
「……へぇ」
凛音はピクリと肩を揺らし、動揺を悟られないように平静を装った。
凛音の武器――イクスドライバーも深紅の拳銃もダメージが大きい。
武器としては大破も同然だ。
それを修理してくれると言うなら、有り難い。
「修理と言いましたが、実際は改修に近い形ですね。ギアを設計した開発者によると、貴女のドライバーはかなりの旧型らしいんですよ、なので、改修して、今までのギアよりも強力にする。それがまず一つです」
「……悪くねぇな」
凛音のドライバーはかつて特派が試作型として開発した物をそのまま流用した物だ。
イクスギアとは性能面でだいぶ隔たりがあった。
それが無くなるとなれば、今よりもさらに強くなれるだろう。
「そして、二つ目ですが、私達は、貴女の事を協力者として認めます」
「協力者?」
「えぇ、特派にも外部協力者がいるんですよ。住民の避難誘導だったり、情報操作だったりと手助けをしてくれています」
「物好きもいるもんだな」
凛音は悪びれた素振りも見せずに素っ気なく答えた。
それが、友人の友瀬結奈だと知れば、さぞ驚愕に彩られた事だろう。
イノリは構わず話を続けた。
「貴女にもその立場になってもらおうと思っています」
「あたしに、お前らの下につけと?」
「立場は対等ですよ。戦場で貴女と相まみえても攻撃しない理由付けみたいなものです」
「……あたしがお前らよりも弱いと?」
「今の貴女の力ではそうでしょうね。ギアの改修も受けられず、壊れたギアのまま、戦場に出てこられたらこちらも迷惑なんですよ」
実際、凛音が意識を失ったのは、身体に蓄積されたダメージによる疲労からだ。
破壊されたギアを酷使してまで、戦った結果、凛音は戦いを終えると同時に崩れ堕ちた。
今の凛音には戦えるだけの力がない。
だから、戦場に出るな。とイノリは暗に告げていた。
「……ちっ、わかったよ、その外部協力者ってヤツになってやるよ」
「それでいいんですよ。貴女はいちいち突っかからないとダメな性格なんですか?」
「うるせぇ」
ふて腐れる凛音にイノリは苦笑を浮かべながら、最後の提案をした。
「三つ目は、貴女の住む場所です」
「住む場所?」
「聞くところによれば、貴女、住む場所がないんですよね?」
どこでその情報を?
凛音は怪訝な表情を浮かべていた。
凛音が根無草だと知っているのは結奈くらいだ。
彼女が喋ったのだろうか?
シェルターに避難していた結奈の安否も気になる。
凛音は迷いながらも、口を開く。
「その話、誰から?」
「結奈からですよ」
「……っ!?」
流石に驚きを隠せなかった。
凛音は目をこれでもかと見開き、口をぱくぱくと開けていた。
「友達なんですよ、私も、彼女と」
「お前も?」
「えぇ、結奈から聞きました。貴女が結奈を守る為に無茶した事も。だから、ありがとうございます」
イノリは気まずそうに頭を下げた。
「私の友達を助けてくれて、ありがとう」
この時ばかりは他人との距離を置くための敬語を抜いて、イノリは、本心からの言葉で、気持ちを伝えた。
凛音は気恥ずかしそうにそうに頬を掻きながら、そっぽを向いた。
「あたしの命の恩人で、友達だからな」
だから助けるのは当然だ。
ほとんど消え入りそうな声で呟く。
よほど恥ずかしかったのか、そっぽを向いた凛音は取り繕ったかのように捲し立てる。
「ま、まぁ? 住むところを提供してくれるって言うなら、住んでやらねぇ事もねぇけど?」
「そう、ですか、これが私達が貴女に出来る取引です。どうですか?」
「……どうですかってお前なぁ」
こんなの取引でも何でもないだろう。
一方的に凛音にだけメリットのある話だ。
これを断ってまで、一匹狼を貫くなんて流石に出来そうになかった。
「あたしはお前に魔力制御のコツを教えるだけでいいのか?」
「そうですよ」
「言っておくが、あたしも感覚で制御してるようなもんだぞ? 話を聞いて、それで『はい、出来ました』にはなれねぇぞ?」
「それでも、ですよ」
「……物好きなヤツ」
「……少しでも力になりたいんですよ。大切な人を守る為に。だから、私もなりふりかまってられないんですよ」
「……いいぜ。教えてやるよ。ただし、少しでも見込みがなければそこで終いだ。また暴走されて襲われてもたまらねぇからな」
不敵な笑みを浮かべるイノリと凛音。
イノリは凛音に向かって手を差し出した。
「これからよろしくお願いします、芳乃」
「……仕方ねぇな」
ぶっきらぼうな口調で返しながら、凛音は差し出された手を強く握りしめるのだった。