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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
第二章『イクシード争奪編』
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交わる道

「う……、こ、ここは……?」


 目を覚ました凛音は見慣れない部屋に首を傾げていた。

 ここ数日、居座っていた結奈の部屋ではない。

 

 家具などは一切なく、あるのはベッド一つだけの部屋だ。

 それなりの広さがあり、窓の外には住宅街が広がっていた。


 凛音はベッドに腰掛けると、額に手を当てる。

 

 そもそも、なんであたしは寝ていたんだ?


 眠る前の記憶がまったくない。

 最後の記憶は、戦乙女との戦いを終えた直後の記憶だけだ。


「――ようやく起きましたか」


 ため息交じりに少女がぼやいた。

 凛音が視線を向けると、扉を背もたれに、白銀の少女が腕を組んでいた。

 少女の名前はイノリ=ヴァレンリ。


 異世界から召喚された召喚者だ。


 だが、その容姿は人間とまったく同じ。

 イノリの本来の姿は《銀狼族ぎんろうぞく》と呼ばれる獣耳と尻尾を持った亜人種だ。


 凛音は眉間に皺をよせながら警戒心を剥き出しにする。


「ここは、どこだ? 独房か?」

「独房? 何を変な勘違いをしてるんですか。私の家ですよ」

「お前の?」

「正確には、特派の所有する別邸ですけどね、その空き部屋の一つです」


 なるほどな。

 

 だから家具がないわけか。


 部屋の様子に納得しながら、凛音は口元を引き上げた。


「いいのか? あたしを独房に閉じ込めなくて? お前らの敵だったんだぞ?」

「そうですね。敵でした。だから、閉じ込める必要はないんですよ」

「あぁ? どういう意味だよ?」

「過去の話だって事です。貴女が敵だったのは。今は違うでしょ?」

「~っ」


 言葉遊びに負けた凛音は頬を紅潮させ、シーツにくるまる。

 確かに、『元』敵だ。

 戦う必要なんてないのかもしれない。

 だからと言って。


「敵じゃなくても、仲間じゃねえよ」

「かもしれませんね。これは取引ですよ、芳乃凛音」

「取引?」

「えぇ、貴女の持つ技術を私に教えて下さい」

「技術? なんの話だ?」

「魔力制御の方法です」

「魔力?」


「はい」とイノリは頷いた。


 イノリの新たなイクシード《銀狼ライカン》は、これまでのイクシードとは異なり、精密な魔力制御が求められる。

 イノリの体内に宿る《銀狼》の本体と欠片として結晶化された《銀狼》を共鳴させることで、イノリは《銀狼》のギアを纏っている。

 だが、それは諸刃の剣。


 共鳴した二つのイクシードは力を暴走させている状態。

 ここ数日の訓練で、暴走状態でも、数分はギアを纏っていられるようになったが、最終決戦では足を引っ張りかねない。


 暴走の力を制御する必要があるのだ。

 そして、その解決の糸口が凛音だった。


「貴女のギア――《火神の炎(イフリート)》を少し調べさせてもらいました」

「……勝手な事を」


 凛音の表情が険しい物へと変る。

 敵意を剥き出しにした彼女に気遣うことなく、イノリは続けた。


「正直、驚きましたよ。貴女は暴走状態の《火神の炎》を纏っていたんですね。それだけじゃない。イクスドライバーには装着者の魔力を制御する機能はないはず。貴女は暴走する力も魔力も制御しているんじゃないですか?」

「だから、どうしたよ?」


 凛音は否定しなかった。

 魔力の制御が出来ているからだ。


 凛音は十年前、《魔人》へと堕ちた《火神の炎》に襲われ、その身に《魔人》の魔力を宿した。


 普通なら、暴走する力によって身体が内側から壊され、死んでいただろう。

 だが、凛音は違った。


 七年という長い間、昏睡状態に陥りながらも、暴走する力と戦ったのだ。

 そして、手なずけた。

 暴走する魔力を、内に宿る《火神》の息吹を。


 だからこそ、その力の結晶である《火神の炎》を凛音は纏う事が出来る。

 暴走した力を、純粋な力と変えることが出来るのだ。


「お前に、それを教えてあたしになんの得があるんだよ?」


 イノリは確かに口にしたのだ。

「取引」だと。

 なら、何かしらのメリットがあるはず。


 よもやただで教えろとは言わないだろう。


 イノリは指を三本立てた。


「私達が貴女に提供出来るのは三つ。まず一つは、破壊された貴女の武器を修理する事」

「……へぇ」


 凛音はピクリと肩を揺らし、動揺を悟られないように平静を装った。

 凛音の武器――イクスドライバーも深紅の拳銃ロートリヒトもダメージが大きい。

 武器としては大破も同然だ。


 それを修理してくれると言うなら、有り難い。


「修理と言いましたが、実際は改修に近い形ですね。ギアを設計した開発者によると、貴女のドライバーはかなりの旧型らしいんですよ、なので、改修して、今までのギアよりも強力にする。それがまず一つです」

「……悪くねぇな」


 凛音のドライバーはかつて特派が試作型として開発した物をそのまま流用した物だ。

 イクスギアとは性能面でだいぶ隔たりがあった。

 それが無くなるとなれば、今よりもさらに強くなれるだろう。


「そして、二つ目ですが、私達は、貴女の事を協力者として認めます」

「協力者?」

「えぇ、特派にも外部協力者がいるんですよ。住民の避難誘導だったり、情報操作だったりと手助けをしてくれています」

「物好きもいるもんだな」


 凛音は悪びれた素振りも見せずに素っ気なく答えた。

 それが、友人の友瀬結奈だと知れば、さぞ驚愕に彩られた事だろう。


 イノリは構わず話を続けた。


「貴女にもその立場になってもらおうと思っています」

「あたしに、お前らの下につけと?」

「立場は対等ですよ。戦場で貴女と相まみえても攻撃しない理由付けみたいなものです」

「……あたしがお前らよりも弱いと?」

「今の貴女の力ではそうでしょうね。ギアの改修も受けられず、壊れたギアのまま、戦場に出てこられたらこちらも迷惑なんですよ」


 実際、凛音が意識を失ったのは、身体に蓄積されたダメージによる疲労からだ。

 破壊されたギアを酷使してまで、戦った結果、凛音は戦いを終えると同時に崩れ堕ちた。


 今の凛音には戦えるだけの力がない。

 だから、戦場に出るな。とイノリは暗に告げていた。


「……ちっ、わかったよ、その外部協力者ってヤツになってやるよ」

「それでいいんですよ。貴女はいちいち突っかからないとダメな性格なんですか?」

「うるせぇ」


 ふて腐れる凛音にイノリは苦笑を浮かべながら、最後の提案をした。


「三つ目は、貴女の住む場所です」

「住む場所?」

「聞くところによれば、貴女、住む場所がないんですよね?」


 どこでその情報を?

 凛音は怪訝な表情を浮かべていた。

 凛音が根無草だと知っているのは結奈くらいだ。

 彼女が喋ったのだろうか?


 シェルターに避難していた結奈の安否も気になる。

 凛音は迷いながらも、口を開く。


「その話、誰から?」

「結奈からですよ」

「……っ!?」


 流石に驚きを隠せなかった。

 凛音は目をこれでもかと見開き、口をぱくぱくと開けていた。


「友達なんですよ、私も、彼女と」

「お前も?」

「えぇ、結奈から聞きました。貴女が結奈を守る為に無茶した事も。だから、ありがとうございます」


 イノリは気まずそうに頭を下げた。


「私の友達を助けてくれて、ありがとう」


 この時ばかりは他人との距離を置くための敬語を抜いて、イノリは、本心からの言葉で、気持ちを伝えた。

 凛音は気恥ずかしそうにそうに頬を掻きながら、そっぽを向いた。


「あたしの命の恩人で、友達だからな」


 だから助けるのは当然だ。


 ほとんど消え入りそうな声で呟く。


 よほど恥ずかしかったのか、そっぽを向いた凛音は取り繕ったかのように捲し立てる。

 

「ま、まぁ? 住むところを提供してくれるって言うなら、住んでやらねぇ事もねぇけど?」

「そう、ですか、これが私達が貴女に出来る取引です。どうですか?」

「……どうですかってお前なぁ」


 こんなの取引でも何でもないだろう。

 一方的に凛音にだけメリットのある話だ。

 

 これを断ってまで、一匹狼を貫くなんて流石に出来そうになかった。


「あたしはお前に魔力制御のコツを教えるだけでいいのか?」

「そうですよ」

「言っておくが、あたしも感覚で制御してるようなもんだぞ? 話を聞いて、それで『はい、出来ました』にはなれねぇぞ?」

「それでも、ですよ」

「……物好きなヤツ」

「……少しでも力になりたいんですよ。大切な人を守る為に。だから、私もなりふりかまってられないんですよ」

「……いいぜ。教えてやるよ。ただし、少しでも見込みがなければそこで終いだ。また暴走されて襲われてもたまらねぇからな」



 不敵な笑みを浮かべるイノリと凛音。

 イノリは凛音に向かって手を差し出した。


「これからよろしくお願いします、芳乃」

「……仕方ねぇな」


 ぶっきらぼうな口調で返しながら、凛音は差し出された手を強く握りしめるのだった。

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