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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
第二章『イクシード争奪編』
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深紅と白銀の協奏曲Ⅰ

 凛音を覆っていた深紅の輝きが消える。

 周囲を容赦なく囲っていた戦乙女達がそれぞれの武器を構え、地面を強く蹴り込む。

 ドンッと地面が爆ぜ、一瞬にして間合いを殺し、凛音に向かって殺到する。


 が――


 戦乙女達は一斉に足を止めた。そして、その中の一人が苛立った様子で吐き捨てる。


「……逃げましたか」


 戦乙女達の中心。

 凛音がギアの光に覆われた場所には人一人が通れる程の巨大な穴が地面に穿たれていた。


 ギアの力で地面に大穴を開け、そこから逃げたのだろう。


「正々堂々とはよく言ったものですね。これが私達の上位種、ですか?」


 むろん、この行動は戦乙女達にとっては予想外。

 芳乃凛音が敵に背を向けるなどあり得ない。


 彼女の性格、そして過去の戦闘技能を芳乃総司によって《複製》された戦乙女だからこそ、この彼女の行動が読めなかったのだ。



 ◆



「きゃああああああああッ!!」


 結奈は凛音に抱きつきながら、甲高い悲鳴を上げる。

 無理もない。


 彼女は、凛音に手を引かれ、穴の中に飛び込み、現在、落下中なのだ。

 凛音が穿った大穴は、モールを貫通しているのか、何時までたっても底が見えない。


 四階から地下の駐車場まで一気に落下。

 今までに体験したことのない恐怖を感じ、結奈はギュッと凛音にしがみつく。


「しっかり掴まってろ!」


 ギアを纏った凛音は落下姿勢を整え、お姫様抱っこで結奈を抱え直す。

 その数秒後。


 モール全体を揺らす衝撃と共に、凛音が最下層の地下区画へと着地する。

 着地の衝撃により、地面は凛音を中心に、波紋のようにひび割れ、着地した場所は無残にもクレーターが穿たれていた。

 衝撃は周囲にも及び、駐車していた車の窓ガラスが衝撃波で割れるなど、周囲の状況が衝撃の威力を物語っていた。


 ギアから籠もった熱が排気され、もうもうと白い煙が立ち上る中、凛音はそっと結奈を地面に下ろす。


「あ、ありがとう、凛音」


 人生初の命綱なしのフリーフォールを経験したからか、バクバクと激しく脈打つ胸に手を当てながら、結奈は凛音に向き直る。


 戦乙女達から逃げられた安堵からか、腰を抜かしそうになるが、凛音の鋭い言葉がそれを許さなかった。


「あぁ、けど早く逃げてくれ」

「え?」


 ポカンとした表情を浮かべる結奈。

 だが、すぐに凛音の言葉の意味を理解した。


「逃がしませんよ」


 地下に反響する戦乙女の警告にゾクリと総身が粟立つ。

 それは凛音も同じだったのだろう。

 頬を伝う汗が凛音の緊張を物語っていた。


「ったく、しつけぇんだよ」

「り、凛音……」

「あんたも早くここから逃げてくれ! 戦いになれば守り切れるか……」

「で、でもどこに……」


 凛音は唯一残った深紅の拳銃を構えながら、空いた手でシェルターを指指す。

 

 凛音は何も無意味に地面に大穴を開けて逃げたわけではない。

 結奈をシェルターへと避難させる為に、直通の抜け穴を作ったのだ。


「り、凛音も一緒に……」

「誰がここであの化け物どもを食い止めるって言うんだよ」

「で、でも、凛音、もう、ボロボロじゃないッ!!」


 結奈の悲痛な叫びに、凛音は押し黙る。

 

 凛音の纏うイクスドライバー《スターチス》にはイノリ達のギアのように自動修復機能が備わっていない。


 凛音のギアはあの日、芳乃総司に破壊されたままだったのだ。

 

 本来は対となるはずの深紅の拳銃《ロートリヒト》はその片翼を失い。

 凛音の纏う深紅のギアは崩壊寸前だった。


 総司に殴られた胸の鎧は全て砕け散り、鎧の下に隠されていたアンダースーツはビリビリに破けていた。

 心臓がある左胸のスーツの損傷が一番激しく、辛うじてスーツが肌に引っかかっている状態だ。


 肩甲骨から伸びる翼のような鎧は見る影もなく、腕のガントレットも片方が砕け散り、もう片方がひしゃげている。

 足のブーツもそのほとんどが砕け散り、先ほどの落下のせいか、凛音が足を持上げた瞬間、ボロボロに砕け散った。

 凛音は裸足で鎧の残骸を蹴飛ばし、結奈の背中を押す。


「行ってくれよ、頼むから」

「でも、凛音を一人になんて、一人にさせないって約束したでしょ?」

「もう、一人じゃねえよ」

「え……?」


 凛音の言葉の意味がわからず聞き返す結奈。

 だが、そんな時間は残っていなかった。


 大穴から姿を現した戦乙女の一体が凛音に向かって突進してきたからだ。


「行け! 速くッ!!」


 凛音は銃を構え、結奈に叫んだ。

 その瞬間、戦乙女の構えた銃と凛音の銃が激しくぶつかり、衝撃波を生みだした。

 周囲の瓦礫がまるで小石のように吹き飛ぶ程の衝撃に結奈は耐えきれず、一緒に吹き飛ばされてしまう。


 凛音は結奈を背に必死の攻防を続ける。

 戦乙女が銃弾を放てば、避ける事もせず、その全てを銃弾で叩き落とす。

 銃で殴りかかってくれば、ロートリヒトで受け止め、戦乙女の脇腹を蹴飛ばし距離を離す。

 地面に銃弾を何発も撃ち込み、瓦礫の粉塵で視界を潰すと、銃弾の雨を戦乙女に向かって放った。


 結奈は瓦礫に手をつきながら、その光景を眺めていた。


(私、足手まといなんだ……)


 凛音は常に結奈を庇うように位置取りをしながら戦っている。

 銃弾だってもっと安全に避ける事が出来たのに、その全てを撃ち落としたのは背後にいる結奈への流れ弾を防ぐ為だろう。


 まだ戦乙女は一体しか現れていない。

 上にはまだ沢山の戦乙女がいるのだ。

 結奈を守っていては凛音は戦えない。


「凛音、信じてるから! 絶対に大丈夫だって!」


 結奈は粉塵の中に消える凛音の背中に叫びながら、シェルターに向かって駆け出すのだった。


 

 ◆



「行ったか」


 凛音はボロボロになったロートリヒトを携え、シェルターへと駆けだした結奈の背中を見送った。

 きっと、これが最後になるだろう。


 凛音は自分の最後を悟り、静かに瞳を閉じる。


 《スターチス》の状態は最悪の一言に尽きる。

 《火神の炎(イフリート)》を纏う事こそ出来たが、そのほとんどが壊れている。

 

 傷を癒す治癒能力もなければ、火神の銃弾を放つ技能も使えない。

 最低限のバリアフィールドのみ残された状態で、同じ能力を持つかもしれない戦乙女には勝つ事は出来ない。


 それでも後悔はなかった。


 今まで、ただ《魔人》に対する怒りだけで、戦ってきた。

 けど、初めて友達を守る為に引き金に手をかけた。


 友を、彼女の明日を守る為に命を散らすのだ。

 だから、もう何も怖くない。


 それに、一人じゃない。

 たとえ、離れ離れになっても、友達としての絆は確かに凛音の中に残っている。

 この絆がある限り、心は折れない。諦めない。戦える。


「あたしの死に場所としては悪くねぇな」


 もっと、ひどい死に方をするとずっと思っていた。

 戦いの中、誰にも知られることなく、力尽きる未来しか用意されていなかった凛音にとって、この戦いは救いだ。

 友の為に死ねるのだから。




 凛音は意識を切り替えた。


 戦闘思考以外の意識を切り離し、研ぎ澄ます。

 

 撃鉄を起し、引き金にかけた指先に神経を集中させる。


 戦闘態勢を整えた凛音に、粉塵の中から戦乙女が現れる。

 白銀の銃身で殴りかかる。

 凛音はその一撃をバックステップで避けると、銃口を天蓋へと向けた。


「……何をするつもりですか?」

「みればわかるさ」


 鳴り響く発砲音。

 その全てが天井を支えていた支柱を撃ち砕いた。


 ズゥゥンン……と地鳴りが鳴り響く。


 天井が崩壊し、モールが地下へと落ちてくる。

 戦乙女は崩落する天井を青ざめた表情で眺め、凛音に鋭い口調で問い詰めた。


「まさか、心中するつもりですか?」

「その、まさか、だよ。あんたを倒すには力不足でな」


 撃ち抜いたのはモールを支える支柱の一角。

 全てが崩落するわけではないが、大穴の近くいた戦乙女の全員は崩落に巻き込まれるだろう。

 十分に時間は稼いだから、近くに人もいないはずだ。


 戦乙女と凛音には立派すぎる墓標だ。


 けれど。


 崩落する天蓋を眺め戦乙女は不敵に笑う。


「まさか、この程度で我らを倒せるとでも?」

「なん、だと……? なんだよ、その姿は……?」


 崩落する天井に手を突きだした戦乙女の腕が変化したのだ。

 漆黒の鎧に覆われた両腕は歪に姿を変え、両腕は一対の砲門へと変貌した。


 その砲台に凛音は既視感を覚える。

 細部の形状こそ異なるが、あの砲台は……


「《雷神トール》だと……?」


 戦乙女の周囲に浮かぶ九つのプラズマボールはまさに《雷神》の力だ。

 けど、あり得ない。

 《雷神》のイクシードは特派に奪い返されたはず。

 この場には存在しない能力だ。


 目を疑う光景に凛音の判断が致命的に遅れた。

 その隙に九つのプラズマボールを取り込んだ戦乙女は厳かに呟く。


「《雷神弾(トール・バレット)》」


 吹き荒れる稲妻の本流に凛音は視界を奪われる。

 雷神の一撃は崩落するモールの一角を跡形もなく吹き飛ばし、電撃の余波が凛音を襲う。


「うぐぅぅ……」


 雷神の一撃に凛音の表情は苦痛に歪む。

 疑いようがない。

 

 この力は《雷神》のイクシードだ。


 けれど、なぜだ?


 雷撃によって感電した凛音はその場に崩れ堕ちると、這うようにして、戦乙女を睨んだ。

 戦乙女は砲台へと変化した両腕を凛音へと向けながら、静かに告げる。


「芳乃凛音、貴女には感謝しています」

「か、感謝だと……?」

「えぇ、貴女が過去に力を手に入れたから、我らは強くなれました」

「はぁ、どういう意味、だよ」

「これ以上は知る必要がありませんよ」


 バチバチと両腕の砲台が光輝く。

 二発目の《雷神弾》に凛音は為す術もなく、瞳を強く閉じる。


「さようなら、上位種」

 

 その囁きを最後に凛音は己の死を覚悟する。

 

 だが、その最後は終ぞ凛音に訪れる事はなかった。


 次に凛音が耳にしたのは、狼狽する戦乙女の声。

 そして、ドサドサと落ちる落下音だ。


 そっと凛音が瞳を開けるとそこには戦乙女達の死体が転がっていた。

 

「負けを認めるなんて、貴女らしくありませんね」


 そして、聞こえる少女の声。

 かつて、一度だけ言葉を交したその少女の声に凛音の瞳に輝きが戻る。

 今まさに《雷神弾》を放とうとしていた戦乙女の腕を斬り飛ばし、そののど元に白銀の刃を突きつける少女。


 だが、かつて相まみえた彼女とはその容姿が異なっていた。


 身を覆うギアは凛音や一騎が纏う鎧のようなギアではなく、軍服を連想させるスカートが一体となった装束に身を包んでいた。

 だが、その装束が放つ威圧感は、かつての彼女のギアを上回っている。

 手にした剣も装束もかつてのギアを上回る性能を秘めているのは確かだろう。

 変ったのはギアだけじゃない。


 お尻から生えた獣の尻尾。そして彼女の頭に生えた三角形の獣耳。

 その姿はかつて、彼女が《限定解除》した時の姿に酷似していた。


 だが、瞳の色は緋色ではなく、碧眼。

 そして、彼女の身の内から溢れ出す魔力は黒色ではなく、優しい蒼の色。


 暴走したわけでもなく、本来の姿をとり戻した現実に凛音の理解は到底及ばなかった。

 けれど。

 これだけはわかる。


「ほら、何ボサッとしてるんですか? 敵はまだいるんですよ? そのまま死ぬつもりですか?」

「……寝言は寝てから言えよな」


 凛音はゆっくりと起き上がると、ロートリヒトを構え直す。

 そして、新しい力を纏った白銀の少女――イノリに背を向ける。


「預けてもいいんだよな?」

「ご自由に。でも、後ろから斬り捨てても知りませんよ。なにせ、連中、貴女と同じ顔をしてるんですから」

「それならこっちも後ろから撃っても文句は言われねぇよな、なにせ、連中、お前と同じ銀髪と来てやがる」


 互いに背中を預け、深紅のギアと白銀のギアが並び立つ。

 二人の少女は同時にクスリと笑い、獰猛な視線を周囲を取り囲んだ戦乙女達へと向ける。


「「なら――」」


 二人の言葉が被る。

 同時に四肢へと力を込め、魔力を高めると。

 

「せいぜい後ろには気をつけな!!」

「後ろには気をつけて下さい!!」


 共闘など知った事か! と吐き捨てながら、それぞれが互いの命を守る為に武器を手に取るのだった!

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