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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
第二章『イクシード争奪編』
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深紅のギア、再び

「凛音~? 着替え終わった?」

「お、おう」


 カーテン越しに凛音のくぐもった返答が返ってくる。

 結奈はカーテンの端に手を伸ばし、そっと試着室の中を伺った。


 そこには。


「か、可愛い……!」


 綺麗な洋服を着飾った凛音がもじもじと指先を弄りながら、上目遣いで結奈を恥ずかしそうに見つめていたのだ。

 ゴテゴテとした洋服――いわゆるゴスロリの服を試着した凛音。

 小柄な体躯だった事もあり、違和感なく着こなしている。

 ふりふりとしたドレスに不慣れなのか、視線を泳がせる姿は可愛らしい。


 だが、問題点があるとすれば。


「けど、胸が窮屈だな」

「……」


 その一言に結奈がピキッと固まった。

 絶対零度の表情を浮かべ、視線は凛音の胸元に吸い寄せられる。

 ドレス越しから主張する我が儘な豊穣の胸。

 

 ドレスのボタンが弾け飛びそうなその姿に、結奈の背筋に冷たい汗が伝う。


「サイズはこれしかないの?」

「みたいだな」

 

 凛音はチラリと店内を見渡した。


 

 結奈と凛音が訪れたのは、先日、一騎とイノリの三人でデートに来たショッピングモールだ。


 多くの人達で賑わうショッピングモールは先日の《魔人》との戦闘による影響はほとんどなさそうだった。


 その一画にあった洋服屋に足を運んだわけだが。


「でも、どうしてこの服なんだ?」


 凛音はスカートの端をふりふりと弄りながら、尋ねてくる。

 裾をつまみ上げる度に見え隠れするガーターベルトと健康的で白い太股に店の中にいたお客の視線が吸い寄せられる。

 とはいえ、女性専用の店。

 店内にいる変った一部の男性を覗けばそのほとんどが女性だ。

 特に邪な視線を向けられる事はなかったが、美少女のゴスロリに誰もが目を奪われている事は明らか。


「ちょっと、はしたないでしょ?」

「ん……」


 バツが悪そうに凛音は裾から手を離す。

 ただでさえ、この店に来るまで、大胆とも言えるジャージ姿を多くの人目にさらしてきたのだ。

 凛音は普段通りだったが、同行者の結奈にはとてもじゃないが視線に耐えられる程の忍耐力はなかった。


 これ以上、おかしな行動をとられても困る。


「別にその服じゃなくてもいいんだけど……」


 結奈だって、普段着にゴスロリを薦める趣味はない。

 偶々、目にして似合うと思ったのだ。

 

 その直感は一部を除いて大成功だっただが。


 結奈はチラリと周囲を見渡し、洋服を選び取る。


「ねぇ、もう一度聞くけど、凛音の胸のサイズって……」

「あ? 90だよ」

「そ、そう……」


 ぶっきらぼうに胸のサイズを言い捨てる凛音に結奈は表情を曇らせる。


(私より、大っきい……)


 結奈のサイズは80と少し。

 学生では十分、大きな方なのだが、やはり数字を聞くと言いしれぬショックを感じてしまう。

 小柄で巨乳。


 自分にはない武器だ。

 そして、凛音の体躯に見合った可愛らしい服はそうないだろう。


 結奈は目尻に光るものを輝かせながら、衣服の物色に力を込め――



 そして、何度の目の試着だろうか。


 ついに凛音の体格に見合った可愛らしい服が見つかったのだ。


「お? 悪くないな」


 試着した凛音の感想も良好。


 スカート一体になったワンピースはゆったりとした服装で、胸を押さえつけない仕様だ。

 袖のないワンピースで、凛音の白い二の腕や腋が目立ってしまうのをデニムのジャケットでカバーしている。


 幼いながらもどこか大人びた印象を抱かせるコーディネートに仕上がっただろう。


「他に欲しい物とかない?」

「え、えっと……」


 凛音は言いづらそうに言葉を濁す。

 結奈が首を傾げて見つめると。

 意を決したように顔を真っ赤に染めながら、凛音は懇願した。


「く、靴を変えて欲しいんだ。その、出来れば、厚底で頼むッ」


 そこまで低身長なのを気にしているのか。

 頬を真っ赤に染め、俯く凛音に、結奈は。


(やだ、すっごく可愛いッ……!)


 店の中であることも忘れ、身悶えるのであった。



 ◆



 買い物を終え、二人はフードコートに立ち寄っていた。

 テーブルの一角に腰を落ち着け、注文した料理に手をつけながら、凛音が申し訳なさそうに口を開く。


「本当に奢ってもらっていいのかよ?」

「いいのよ。それに、凛音もお金、ないでしょ?」


 うぐっとバツが悪そうな表情を浮かべる凛音。

 着ていた衣服もボロボロで、残ったのはイクスドライバーと《火神の炎(イフリート)》だけ。

 お金なんてどこにもなかったのだ。


「けど、悪いよ。あたしも払うから」


 ない袖を振ってもお金は湧いてこない。

 いつか将来的に返そう。


 そう提案する凛音にやはり、結奈は首を横に振った。


「いいのよ。これ、私のお金ってわけじゃないし」

「ん? 親父さん達のか?」

「それも違うわ」

「どういう事だよ?」

「えっと……」


 今日、凛音の為に結奈が使ったお金は、特派から支給されたものだった。


 結奈に対する特派の扱いは外部協力者。


 イノリや一騎が有事の際に学校から姿を消しても怪しまれないように特派と口裏を合わせるのが主な役割。

 その他にも、災害警報が発令されれば、避難誘導などの手伝いもする事が含まれているが、最後の敵が芳乃総司、ただ一人となった今、警報が発令される事もほとんどないだろう。


 そんな、あってないような外部協力者としての立場であるにも関わらず、それなりの給金を頂いてしまったのだ。


 正直に言えば、学生が持つには大金だ。


 今日まで使い道に困り、財布の中で眠っていたお金だが、凛音の為ならと使うことが出来たのだ。


 けれど、それを凛音に伝えるには少しばかり勇気が必要だった。


 結奈は特派との繋がりを黙ったまま、凛音と過ごしている。

 まさか、結奈が特派の人間だとは思っていないだろう。


 その事を明かしていいのか、迷ってしまう。


「えっと、そのね……」


 結奈は言葉を濁して、視線を彷徨わせていた。

 怪訝な表情を浮かべ、凛音は結奈を見つめる。


「なぁ、あんた……」


 そして、凛音が何を喋りかけたその時だ。



 ドォォォォンッ!!


 突如、鳴り響く轟音にモール全体が激しく揺れ動いた。


「きゃあッ!?」

 

 と短い悲鳴を上げながら、結奈が頭を抱える。


 ガシャン、ガシャンと天井につり下げられていた照明が落下し、ホールにいた人達の悲鳴が鳴り響いた。

 

 平和そのものだったショッピングモールが一変。

 地獄と化した瞬間だった。


「な、何なの!?」


 結奈が頭を抱えながら周囲を見渡す。

 誰もが状況を飲み込めていない中、凛音が結奈の手を掴む。


「逃げるぞ!」


 強く手を引いて、結奈を連れ出す。

 凛音だって、この異常事態の正体を掴めてはいない。


 けれど、全身に這い回る悪寒。

 首筋に伝う冷たい汗が、嫌な予感を凛音に抱かせる。


 もしかしたら、結奈と一緒に逃げたのは間違いだったのかもしれない。


 もし、この爆発の原因が凛音にあるならば――


「――っ」


 凛音はその場で足を止めた。


 嫌な予感というものはつくづく当たる。


「な、なに、あれ?」


 手を引かれていた結奈が身体を震わせながら、天井を見上げた。

 肌からは血の気がなくなり、青ざめた表情を浮かべ、結奈は涙ぐんでいた。


 黒い鎧――いや、イクスギアに身を包んだ少女達が、モールの天井をぶち抜き、凛音を見下ろしていたのだ。


 その数、およそ十人。


 全員が同じ漆黒のギアに身を包み、バイザーで目元を隠していた。


「……質の悪い冗談だろ」


 凛音も彼女らを見上げ、悪態を吐く。


 その原因は彼女達の纏うギアにあった。

 色は漆黒だが、見間違うはずがない。


 少女らは背中の肩甲骨に装備された翼のような鎧から漆黒の魔力を噴出させると、天蓋から身を投げ、ゆっくりと凛音たちに向かってくる。


 その姿はさながら堕天使。


 逃げ惑う人達も言葉を失い、降り立つ天使に絶望の眼差しを向ける。


「ようやく見つけましたよ、芳乃凛音」


 鎧を纏った少女の一人が凛音を見据え、言葉を紡ぐ。

 それを聞いた結奈が、さらに顔を青く染める。


「うそ、その声……凛音?」

「ちっ……」


 凛音は結奈を庇うようにして、前に出る。


「あいにく、こちとら、お前らみたいな連中、まったく知らねぇんだよ」

「それは当然でしょう。我らが一方的に知っているだけなのですから」

「その口、閉じろよ」


 不快感を露わにして凛音は注意深く、周囲を見渡す。

 すでに、ギアを纏った少女たちによって囲まれ、逃げ場はない。


 逃げ惑う人達には一目も向けない様子から、最初から彼女達の狙いは凛音だったのだろう。


 


 敵の力は未知数。

 凛音と同じ《火神の炎(イフリート)》のギアを纏い、凛音と同じ声を持つ少女たち。

 目的も一切不明。


 さらに、敵に囲まれたこの状況は最悪だ。


 凛音一人ならまだしも、結奈を連れてこの包囲網を脱出するのは、ほぼ不可能。


 打開策を思案する凛音に対し、少女――戦乙女は静かに告げる。


「いいでしょう。元より、語らう為に来たわけではありません。貴女を倒す為に、我らはここに来たのですから」

「……だったら、無関係な人間を巻き込むのは止めろ。あたしなら、正々堂々、戦ってやるよ」


「ちょ、ちょっと、凛音、何言ってるのよ!?」


 背中越しに結奈が叫ぶが、凛音は無視する。


 今、何よりも優先すべきなのは、大切な友達である結奈だ。

 彼女だけは絶対に、誰にも傷つけさせない。


 その為ならあたしは、逃げないッ!!


 凛音はイクスドライバーを取り出し、腰に装着した。

 重厚感のある重みが腰から全身に伝わる。


 凛音の臨戦態勢を見て取った戦乙女は、バイザーの中で笑みを浮かべる。


「いいでしょう。完全な貴女を倒してこそ、我らの力は証明される。纏いなさい、その力を」

「言われなくても、纏ってやるよ!」


 凛音は、大切な友達を守る為に、その力の名を叫ぶ!


「セット! イクスドライバー《スターチス》!!」


 首元のペンダントを外し、ドライバーにセット。起動コードを叫んだ。

 その直後。

 凛音の身体を深紅に輝く魔力が包みこむのだった――

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