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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
第二章『イクシード争奪編』
81/166

白銀の戦乙女

 ◆



「ふむ、こんなものかな?」


 円卓の会議室に設けられた席の一角で、芳乃総司は満足げに頷く。

 

 先の戦いで暴走した一ノ瀬一騎の一撃によるイクスギアの凍結封印の完全解除も後数日。

 来る最後の戦いに向けて、牙を研いでいるのは特派の面々だけではない。


 政府の重鎮達が息を呑む中、総司は自らが生みだした力に陶酔した表情を覗かせた。


「最初はどうなる事かと思ったが、なに、中々有意義な時間じゃないか」


 一騎の能力によって、確かに総司は《イクスゴット》を一時的に封印させられた。

 だが、能力を纏う事が出来ずとも、手に入れたイクシードの能力を試す事が出来る。


 総司が手にしたのは異世界を渡る《ゲート

 そして、イクシードを複製する《複製トレース》の二つ。


 《門》に関しては十年間、共にあっただけにその能力の詳細を知る事が出来ていた。

 異世界――アステリアに渡るにはイクシードを力として纏うイクスギアの力が必要であること。

 そして、力を増大させる為に世界を渡る時には暴走状態にさせる必要があることだ。


 暴走する力に呑まれない強靱な精神力はすでに備わっている。


 異世界に渡る条件は全て達成出来ているだろう。



 ゆえに、この数日間、総司が研究を重ねたのはリッカから強奪した《複製》の研究だった。


 《複製》の力を調べてわかった事は二つ。


 まず一つは、一度目にしたイクシードを複製出来る能力。

 だが、この能力にも欠点がある。


 目視によって《複製》したイクシードの能力は原型となるイクシードよりも能力が極端に低下するのだ。

 加えて、目で見ると言っても、その能力の詳細が看破出来ない事には《複製》が出来ない。


 全てを見透かす鋭い洞察眼を持ってしなければイクシードを《複製》出来ないのだ。


 リッカのようにイクシードを研究、解析する力に長けた者ならこの能力を存分に活用出来るだろう。

 だが、総司にはその洞察眼が備わっていない。


 総司の力では長年手にしてきた《門》の複製すら出来ないのだ。

 イクシードの深淵を覗かない限りこの能力は総司の手に余る。


 すなわち、異世界の力であるイクシードをただの人間に過ぎない総司では使用出来ない事を示していた。


 

 けど、ものは試しだ。


 イクシードは複製出来ない。

 けど、それ以外は?


 その詳細を知る事が出来、さらに原型より劣化していても問題ない物ならば?


 そうして目をつけたのが、この世界に存在する物達だった。


 最初は手にしていた万年筆から実験は始まった。

 さらに実験は、筆から机、さらには食物。さらには重火器と続き、

 

 詳細な知識があるならば、そのほとんどの《複製》に成功したのだ。


 その時点で総司は《複製》の認識を改めた。


 詳細な知識。そして理解があるならば、《複製》はあらゆる存在を創り出す事が出来る。

 イクシードのように摩訶不思議な能力を創らずとも、この世界の兵器を生み出せるだけで、十分過ぎる力になっただろう。


 だが、総司の欲求はその程度では止らなかった。


 命の創造。

 まさに神の領域と呼べる創造に手を伸ばしたのだ。


 そして生みだしたのが彼女達。


 総司の背後に佇む、数十人の漆黒の鎧に身を包んだ戦乙女たち。

 《複製》で生みだしたからだろうか。

 雛形となった少女と同じ顔、同じ背丈。

 そして、同じ髪型の少女。

 違うのは、髪の色やバイザーに隠れたその表情だろうか。

 光のない瞳に感情の起伏がない素顔。

 感情を持たない兵士。

 総司に絶対の服従を誓う戦乙女達だ。

 


 彼女たちこそが最後の戦いに挑む総司の軍隊だった。


「お父様」

「うん? なんだい?」


 顔をバイザーで隠した戦乙女の一人が恭しく頭を下げ、傅く。

 彼女は頭を下げたまま、言った。


「どうか我々に任務をお与え下さい」

「任務かい?」

「はい。我らは戦う為に生み出された兵器。その存在意義を果たさせて頂きたく」

「君達は大切な娘だ。むやみに戦場には出せないよ」


 彼女達の実践データは欲しい。

 彼女達を生みだした事によって生じた副産物の力の程も確認したいところだ。


 だが、まだ早い。


 特派を潰すには彼女達の力だけでは心許ないのだ。

 いや、違う。


 彼女達に特派を壊滅させられたら面倒――と言うのが本音だ。

 彼女達にイクシードを封印する力は備わっていない。


 下手をすればイクシードごと特派を潰しかねないだろう。

 そうなれば、基調なイクシードを失いかねない。


 《複製》によるイクシードの複製が不可能な今、異世界の力は一つでも多く欲しいのが本音だ。

 総司自らが出向く必要があるだろう。


「ならば、我らに姉上の抹殺の許可を」

「姉上? あぁ、原型の事か」


 戦乙女の発した台詞に首を傾げながら、すぐにその意図を理解した総司。

 考えるように顎に手を伸ばしながら、戦乙女に視線を向けた。


「なぜ、あの子に執着するんだい?」

「我らが姉上より劣っていないと父上に証明する為です」

「君達はあの子より強いよ。私が保証しよう」


 確かに一体、一体の力は原型とした少女よりも劣るだろう。

 だが、戦乙女の最大の武器は個人の力ではなく、群としての力。


 そして、群の力で見据えれば、この世界に彼女達に勝てる存在はいないだろう。


 だが、戦乙女の提案は魅力的だ。


 まだ得られていなかった実践データを得るまたとない機会。


 そして――あの少女。

 父親に不貞を働いた親不孝者に絶望を与えるには十分すぎる役者たちだ。


 総司はいかにも――といった悲しそうな表情を浮かべ、傅く戦乙女の頭を優しく撫でた。


「けれど、そうか、そうだね。私も悲しいよ」

「父……上?」

「私は姉妹同士で喧嘩なんてして欲しくないんだ」

「ですが、姉上は父上を裏切って!」

「あぁ、そうだね。そうだとも。けれど、君達が姉と慕う彼女の辛い顔を見たくはないんだ。君達の姉だからね」

「……」


 総司の言葉を聞き、戦乙女は少し考えるように言葉を濁らせる。

 そして。


「違います、父上」

「ん? 違う。とは?」

「あの女――芳乃凛音は、確かに私達の上位種。原型に当たる女。けれど、ただそれだけ。顔かたちが同じというだけで、姉妹の繋がりなどありません」

「つまり、姉ではないと?」

「はい。むしろ、私達の完全性を証明する為に倒さなければならない敵です」

「ふむ……」


 その瞬間、総司の顔がニヤリと破顔する。

 聞きたかった言葉聞けた――というヤツだ。


 姉妹という感情に絆され、戦闘力が鈍っては正確な戦闘データは取れない。

 余計な不安材料を取り除くために、彼女達の思考から姉という存在を取り除く必要があったのだ。


 そして、その思惑も狙い通り。

 ならば、後は彼女たちの力を試すだけ。


「なら、お願いしようか。あの子も、今となっては私の汚点だ。私の犯した罪を贖う為に、君達の力を貸して欲しい」

「その御心のままに」


 戦乙女達は恭しく頭を下げ、総司に忠誠を誓う。

 その光景を見下ろした総司の表情は、これまで以上に破顔していたのだった。



 ◆

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