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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
第二章『イクシード争奪編』
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誓いの口づけ

「さて、これで一騎君の特訓メニューは決まったな」

「クロムさん、私……」

「わかっているとも」


 不安な表情を浮かべ詰め寄るイノリの頭をクロムは優しく撫でた。

 キョトンとした表情を浮かべるイノリ。

 クロムは厳かな表情をして言った。


「何も俺は一言もイノリ君を戦わせないとは言ってないぞ?」

「え……? それって……?」

「手を出してくれ」


 イノリは不審がる素振りを見せながらもクロムに手を差し出した。

 クロムはそっとイノリの手の平の上に、光輝く結晶を置いたのだ。

 

 それは見間違うはずがない。


 その結晶を見たイノリも、すぐ側で成り行きを見守っていた一騎も驚いた表情を浮かべ、クロムと、そしてイノリの手の平の結晶を凝視した。


「い、イクシード?」


 ポツリとイノリが零す。

 それは一騎に渡された十八個のイクシードとは別のイクシード。

 砕かれた欠片のように小さな結晶のイクシードだ。

 

 一騎はそのイクシードに見覚えがあった。


「イノリのイクシードだ」

「うむ」


 クロムが一騎の漏らした一言を肯定した。


 イノリの手の中に眠るのは、一騎がイノリから封印したイクシードの欠片だ。


 不完全な《魔人》化だったせいか、封印したイクシードも小さな欠片で、ギアに装填しても能力をギアとして形成する事が出来なかったのだ。


 だから、これまで一度も実践で使用する機会がなかったのだが……


「イノリ君、君はこのイクシードを完璧に使いこなせるようになるんだ」

「……でも、このイクシードは……」

「あぁ、本来であれば実践では使えない。だが、イノリ君、君ならその力を十全に使える筈だ」

「どうやって……? 一騎君が試してもダメだったはずですよね?」

「それは、私が説明するわね」


 困惑するイノリと一騎にリッカが柔やかな表情を浮かべて説明を引き受けた。


「《銀狼ライカン》のイクシードは元々イノリちゃんのイクシードだって事は覚えているわよね?」

「ええ」

「はい」

「なら、簡単よ。この小さな破片を活性化させてギアとして纏うためには、イノリちゃんの中に眠る残りのイクシードと波長を合わせるかしないわけ」

「波長を?」

「そう。イノリちゃんの中に眠るイクシードと波長を合わせて、共鳴する事で欠片の力を増幅、ギアとしてエネルギーを纏う事が出来る――と、推論を立てているの」

「そんな事が可能なんですか?」

「可能ではあるわね。もちろん、危険性はあるわ。場合によっては一騎君の訓練よりもね」

「ちょっと待って下さい! 僕よりも危険って……」

「当然でしょ? この方法はイノリちゃんの中のイクシードも強制的に活性化させてしまう恐れがあるの。二つの欠片が共鳴する事でイノリちゃんのイクシードが覚醒するかもしれない。そうなれば、再び《魔人》化するでしょうね」

「待って下さい!」


 強張った表情で押し黙るイノリに変って、一騎が声を張り上げた。


 だって、イノリが《魔人》と堕ちるって、それは……!


 二度目の《魔人》となってしまうって事じゃないのか!?


「危険すぎますよ! 下手をすれば――」

「えぇ、二度目の《魔人》となって消滅するでしょうね」

「――ッ!?」


「しょう……めつ? ねぇ、それってどういう事なの?」


 これまで状況を黙って聞いていた結奈も「消滅」という言葉に不安を抱いたのか、クロム達に説明を求めた。

 クロムは腕を組みながら、一度ため息を吐くと。


「俺達が異世界から召喚された召喚者で、《魔人》は俺達召喚者が暴走した成れの果てという話はしたな?」

「え、ええ。十年前の惨劇の事も聞いているわ」

「うむ。だが伝えていなかった事もある。召喚者が二度目の《魔人》へと堕ちると肉体を失い、例えイクシードを封印したとしても、身体が消滅してしまうんだ」


 説明の細部は違うが、クロムはわかりやすく二度目の《魔人》化の説明を結奈に話した。

 話を聞いた結奈は青ざめた表情を浮かべ、イノリを見つめた。


「イノリ、あんたは《魔人》になった事があるの?」

「……うん、あるよ」


 その言葉に結奈は唇を噛みしめて押し黙る。

 わなわなと震え、目尻に涙を蓄えた結奈はイノリに詰め寄ると、声を大にして叫んだ。


「わかってるの? 死んじゃうかもしれないのよ!?」


 それは、ただ暴走の危険性がある一騎よりも危険度で言えば高いだろう。

 イノリは十年前に一度、完全な《魔人》として覚醒した事がある。

 そして二度目の《魔人》化もその一歩手前まで堕ちかけたのだ。


 もう次はない。

 そんな事、イノリが誰よりも一番理解しているはずだ。


(もちろん、断るよな?)


 一騎は懇願するようにイノリの顔色を伺った。

 そして、絶句する。


 最初こそ、突きつけられた現実に言葉を無くして、強張っていたイノリの表情が。

 これまで以上に勝ち気な表情を浮かべていたからだ。


「リッカさん、教えて下さい。このギアを纏えたとして、私は強くなれますか?」

「イノリ、何を聞いているんだ!」

「そうよ! バカな事考えてるんじゃないでしょうね!?」


「二人とも、黙ってて。これは私の問題。私が立ち向かう試練だから」


 そう言い切ったイノリの瞳に一騎と結奈は気圧される。

 クロムと同じ瞳。

 覚悟を決めたその瞳に何を言っても無意味だと理解したからだ。


 そして、リッカは頷く。


「恐らく、イノリちゃんの力は限界を超えるでしょうね。本来であれば纏えない力を使うって事だから。それに元はイノリちゃんの能力。誰よりも扱いに長け、能力を使いこなせるはずよ」

「なら、やります」

「イノリ……」

「一騎君、わかって欲しいの。私だって戦いたい。だってこれは私たちの戦争だから。一騎君だけに守られるだけじゃ嫌なの。私は一騎君の横に立っていたいの」

「でも……」

「危険性は十分理解しているよ。でも大丈夫。絶対に死なないから。だから一騎君も約束して? 絶対に死なないって。生きてまた会おうって」


 イノリは察しているのだろう。


 この訓練が始まれば、一騎とイノリが次に出会うのは、最終決戦。

 芳乃総司と戦うその日だと。


 引き返せない運命。

 後戻りの出来ない過去。

 そして宿命付けられた未来。


 その全てに決着をつける為にも。全ての力を賭す必要があるのだ。


 イノリも一騎もここに来て、お互いの命を心配する余裕などありはしなかった。


 だからこその誓いだ。


「僕も……死なない」


 大切な人達を守る為に。

 みんなの笑顔を守る為に。


 そして……


「また、イノリと出会う為に、絶対に」


 最愛の人と再会を果たす為に。

 だから――もう止めない。


 お互いの未来を、明日を、守る為に。

 今できる最善を尽くす為に。


 全ての戦いを終わらせる為に。


「だから、生きて会おう」

「うん」


 一騎はイノリの細く小さな、それでいて生命力に溢れる身体をそっと抱きしめる。

 

 そして、二人は――


 寄り添うようにして誓いの唇を交したのだった。

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