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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
第二章『イクシード争奪編』
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死神の力

「一騎君、あまり自分を責めるな」

「でも……ッ!!」


 蘇った記憶。

 それは到底許す事の出来ない過去。


 《魔人》と堕ち、意識を失った一騎がしでかした罪だ。

 

 ユキノだけじゃない。

 もう一人の召喚者を、この手で殺めてしまった。

 

 意識が遠のき、目眩がする。

 吐き気もだ。


 平衡感覚がなくなり、固有感覚の喪失が一騎に膝を折らせた。


 蹲った一騎をイノリが優しく抱き包む。

 イノリの温もり。そしてイノリの鼓動が破裂しかけた一騎の心を落ち着かせる。


「大丈夫。一騎君のせいじゃないよ」


 イノリは耳元で優しく語りかけるように一騎に言い聞かせる。


「お姉ちゃんの事もあの《魔人》も一騎君のせいじゃない。全部、私が……私の責任だから」

「違う。お姉さんも、あの《魔人》も僕が倒したんだ。僕の拳で……」

「それでも、十年前、私が一騎君を襲わなければきっと違う今があったかもしれないんだよ?」

「……」


 そんな未来はきっとなかった。

 あの十年前の災害で瓦礫の中に取り残された一騎に未来はなかった。

 

 本来であれば、あの場で死んでいたはずなのだ。


 その命を救ってくれたのがイノリだ。

 だから、助けてくれたイノリを責めることは出来ない。

 

 一騎に出来る事は、この戦いを一日でも早く終わらせることだ。

 異世界とこの世界の戦い――それを終わらせることこそが今の一騎に出来るたった一つの償い。


 だから、ユキノを失った時のように泣き叫ぶわけにはいかない。


「……ごめん。心配かけた。けど、もう大丈夫だから」

「一騎君?」

「あの時とは、違うよ。僕はこの戦いを一日でも早く終わらせる……立ち止まってる暇なんてないよ……」

「……一騎君」


 イノリは悲痛な面持ちで一騎を見つめた。

 みんなを守る。

 この戦いを終わらせる。


 一騎の決意は揺るがない。

 けど、その覚悟は自傷行為だ。


 戦うことを誰よりも嫌う。

 誰の目も届かない場所で涙を流す。

 流した涙の数だけ、拳を握る。


 だからこそ……


(私は一騎君を守りたいッ)


 イノリはギュッと唇を噛みしめる。


 支えることは出来ても、肩を並べて一緒に戦う事は出来ない。

 一騎のように戦える力がないから。

 

 戦いになれば足を引っ張るから。

 

 助けられることは何度もあった。

 けど、その逆――助けたことは……ない。

 

 火災から助けた――でも、暴走して彼を襲ってしまった。

 

 一騎を助ける為に、ギアを限定解除して戦った。でも、暴走する力に呑まれて、逆に助けられてしまった。


 

 一騎と肩を並べて、信頼出来る仲間となる為には今の弱い自分のままではいられないのだ。


(私も強くなりたい……)


 支えるだけじゃない。頼ってもらう為に。

 だから――



 ◆



「クロムさん、大丈夫です」


 一騎は肩で息をしながら、そう答える。

 血の気のない青ざめた顔色。

 そして震える身体を見る限り、額面通りに捉える者はいなかった。


 だが、クロムは渋い表情を浮かべて、「そうか」と口ごもる。


「済まない、だが今は……」

「わかってます。《イクスゴット》の対策ですよね?」

「あぁ。一騎君のおかげでそれなりの猶予は出来たと思っているが……」

「えぇ……」


 歪な記憶の断片から、一騎は暴走した時の記憶を読み取った。


 あの戦い――《氷刃羅刹》を使った戦いで、一騎は芳乃総司に一太刀浴びせていた。

 その時、ある細工を芳乃総司のギアに施していたのだ。


 理の外側に存在する概念すら凍結させる《氷雪》イクシードを使った封印技。

 この十年と少しの間、一騎の中に宿る魔力を凍結封印してきたその技を、芳乃総司のギアにも使用したのだ。


「一騎君が意識を手放した後、俺と拳を交える前に、芳乃総司のギアが機能停止した。あれはユキノ君のイクシードの力と見て間違いないか?」

「はい。僕の魔力を封印してきた能力と同じ物だと思います。だけど……」

「その効果は一時――というわけだな?」


 コクリと一騎は頷いた。

 その時の記憶はあっても思考までは読み取れない。

 まるで記憶と意識を切り離したかのような違和感に一騎は戸惑いを覚える。


(なんだろう……まるで、もう一人の自分の記憶を除いているような……彼女の記憶なのか?)


 思い浮かぶのは、あの少女の面影。

 白銀の髪に深紅の瞳。


 イノリと瓜二つの少女。


 初めは妄想が生みだした少女だと思っていた。

 だが、時間が経つに連れ、その妄想は単なる妄想ではないと思えてきた。


 そして、最後のきっかけは凛音が倒された時。

 一騎の思考を、魂を押しのけるように、イノリの形をした破壊衝動が一騎の身体を支配したのだ。


「クロムさん……信じられないかもしれないけど、僕の中には……」

「もう一人の君がいる……だろ?」

「――ッ!?」


 まさかクロムが先に口に出すとは思ってもいなかった。

 驚きの表情を隠すことが出来ず、一騎は双眸を見開いてクロムを見つめた。

 クロムは感慨深げに頷く。


「俺も会っているんだ。いや、その状態の君と話したこともある」

「彼女と?」

「女性なのか? 口調は男らしかったが?」

「え……? は、はい。僕の意識に出てくる時は、彼女は女の子の姿でした……それも……」


 一騎はチラリとイノリを盗み見た。

 キョトンとした表情を浮かべ、首を傾けるイノリ。

 一騎は言いにくそうに言葉を濁す。


「イノリと瓜二つの少女です」

「イノリ君と……!?」

「それは気になるわね~」


 話を聞いていたクロムとリッカが驚いた表情を浮かべ、一騎を注意深く見つめた。

 リッカが指先を口元に当て、一騎に尋ねる。


「彼女の姿がイノリちゃんだって気付いたのはいつ頃なの? 最初から?」

「違います。僕がユキノさんを倒した時に、『僕が守らなければみんなが死ぬ』と言って僕に立ち上がる力をくれたのが彼女です」

「……戦わなければみんなが死ぬか……何とも不吉な言葉だ」


 クロムは厳しい表情を浮かべ、一騎の言葉を反芻する。

 

「不吉……ですか?」

「あぁ。君を戦いに駆り立てるもう一人の君。その存在は君にとって、死神と同一だろう。不吉と言わずになんと呼ぶ?」

「彼女が死神……」


 そんな事は一度も思った事がなかった。

 彼女の鼓舞がなければ一騎はもう一度立ち上がれる力を得る事は出来なかっただろう。

 彼女の力がなければ、芳乃総司からみんなを守ることが出来なかっただろう。


 一騎にとって、あの少女は不吉の象徴ではなかった。


「一騎君、君は……」

「はい。スト~ップ。今話し合うのはそこじゃないでしょ?」

「だが……」

「それは後。今は現状を確認するのが先決よ。それで一騎君、彼女の記憶はあるのかしら?」

「断片的には。けど、意思までは読み取れません」

「そう。なら、彼女が使った凍結能力の限界もわからないのね?」

「すみません」


 一騎は頭を下げた。

 芳乃総司のギアを封印したのは彼女の意思だ。

 

 今の一騎に彼女の思考は存在しない。

 だから、あの技の効力がどの程度保つのか記憶にないのだ。


「なら、ここは私の仮説でいきましょう。私の設計したギアの自然修復機能を使えば、大方の損傷は十日もあれば修理出来るわ」

「自然修復? そんなのがあるんですか?」

「えぇ。とは言っても破損の程度にもよるわ。小さな傷とかなら大丈夫だけど、大破ともなると私のメンテナンスが必要ね。前にイノリちゃんのギアが凛音ちゃんに破壊された時があったでしょう?」

「えぇ……」


 イノリのイクシードが奪われた時のことだろう。

 イノリも悔しそうな表情を浮かべいた。


「あの程度のダメージならまだギアの自然修復で修理出来るわ」

「そうなんですか?」

「もちろん、時間はかかるけどね。イノリちゃん、《アングレーム》を見せてくれる?」

「はい」


 イノリは袖をまくり、右腕に装着されたイクスギアをリッカに見せた。

 リッカはイノリのギアを見て、ふむふむ。と何度か頷くと満足げな表情を覗かせた。


「もう私のメンテは必要ないくらいには直っているわね」


 その言葉を聞いたイノリはホッと息を吐く。


「なら、私ももう戦えるんですか?」

「魔力も規定値。ギアも修復完了。イクシードもある。問題はないわ」

「なら!」

「けど、ちょっと待ってね。イノリちゃんを戦線に投入するかを決定するのは私じゃないわ」


 リッカの視線がクロムを射貫く。

 クロムは暫く考えた後、静かに口を開いた。


「イノリ君、取り戻した全てのイクシードは一騎君に預けるつもりだ」

「……クロムさん、それって……」

「あぁ。今の君に渡せるイクシードは、ない」

「な、なんでですか!? 私たち二人の力が合わされば……私と一騎君の力があればッ!!」


 戦うなと言われた事にイノリは目くじらをたてクロムに詰め寄る。

 二人の力は希望だと。

 そう言ったのは他ならぬクロムのはずだ。

 それが何故ッ!?

 

「確かに二人の力が合わされば、大きな戦力となるだろう」

「だったら!」

「だが、それでも、今のままでは芳乃総司には勝てない」


 クロムが言い放った一言に、イノリを含め、その場にいた全員が息を呑んだ。


「イノリ君、そして一騎君の二つのギアの力があっても《イクスゴット》には敵わない。それは先日の戦闘を見れば一目瞭然」


 悲痛な表情を浮かべるのは何もイノリだけじゃない。

 一騎もあの戦いを思い出し、屈辱に唇を噛みしめていた。


 確かに、クロムの言う通りだ。

 イクスギアが二つあっても《イクスゴット》には敵わない。

 なにせ、一騎と凛音。

 イクスギアとイクスドライバーの二つの力を合わせても手も足も出なかったのだ。


 でも、だからと言って……

 

 一騎はクロムの提案に難色を示す。


「僕、一人で勝てる相手でもないと思いますよ」

「確かにその通りだ。だが……可能性はある。危険極まりない可能性だがな」

「可能性、ですか?」

「あぁ、暴走状態の君の戦闘センス……死神の呑まれずあの力を自在に使えれば、あるいは……」


 クロムの言いたい事は何となくだが理解出来た。

 恐らく、一騎の中に眠る彼女の力の事を言っているのだろう。


 彼女の戦闘センスは今の一騎以上。

 そして、芳乃総司に一太刀浴びせた唯一の存在だ。


 しかも、《シルバリオン》の切り札を失い、力を制限された状態での戦果。

 もし、十全に力を扱える状態なら、きっと結果は変っていたはずだ。

 だけど……


「僕は、彼女の力に呑まれたんですよ? それに、あの衝動は……」


 思い出すのは、暴走した時の破壊衝動。

 目の前の全てを。

 敵を破壊する事しか頭になかった。


 もし、もう一度暴走すれば、次は大切な人も手にかけてしまうかもしれないのだ。

 とてもじゃないが賛同出来ない。

 それはイノリも同じだったのだろう。


「クロムさんがそんな事を言うなんて思っていませんでした。家族を危険にさらすような作戦を考えるなんて! 一騎君一人に全てを背負わせるなんて!!」


 家族として、親のようにクロムとの関係を築いてきたからだろう。

 イノリは今まで一度も見せた事のない表情を浮かべ、激昂していた。


「……俺が好き好んでこんな作戦を言うとでも?」


 イノリの怒りを直に受け、クロムは拳を握りしめ、淡々と答える。

 出鼻を挫かれたイノリはグッと息を呑み、クロムの血が滲んだ拳を見た。


「俺だって芳乃総司をこの手で倒したいさ。リッカ君に手を出されたこの怒り、俺の中ではマグマより煮えたぎっている! だが、それでも、俺にもヤツを倒せるだけの時間が残されていないんだ!」

「クロムさん……」

「全ての希望は一騎君の中にある。例え、死神の力であろうとも俺の最後の役割は一騎君のその力を覚醒させることだ。今の限られた時間で出来る事は、俺に出来る事はこれしかないんだ……ッ」


 悲痛に叫ぶクロムにイノリと一騎は気圧された。

 クロムの残された時間。

 それは、クロムが《魔人》と堕ちるまでの限られた時間でもあり、

 芳乃総司が復活するタイムリミットでもある。


 その限られた時間で、勝利を手にするなら、賭けるしかないのだ。

 

 一騎の中に眠る力に。


 例え、非人道的だと批難されようとも。

 人の道を違えても。

 

 倒したい相手をこの手で倒せなくても。

 確かな勝利の為に。

 

 家族の明日の為に。


 クロムは悪鬼になる事を選んだのだ。


 その意思に、男の覚悟に口を挟める人間など、いない。


「わかりました……」


 ならば、出来る事は一つだろう。

 クロムが己を犠牲に活路を開くのだ。

 その意思に、魂に答えなくて何が男だ!

 

「僕も覚悟を決めました。彼女の――死神の力をこの手に掴んでみせます!」


 全身全霊でその覚悟に報いるのだった――

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