『家族』として
「それで、リッカさん達は?」
一騎は艦内を案内されながら、前を歩くイノリの背中に話しかける。
イノリはチラリと一騎を盗み見ると「会えばわかるよ」と口を濁した。
釈然としない言葉に一騎は眉間に皺をよせる。
その横で結奈がポツリと囁いた。
「……本当にこれが現実なんだよね」
「……信じられないでしょ?」
「えぇ。イノリや異世界の話もだけど。一番、信じられないのは一騎、あんたの事よ」
「僕?」
「どうして教えてくれなかったの? こんな大変な事に巻き込まれているって」
「それは……」
結奈の言葉の端々に怒りを感じた一騎は思わず口ごもる。
結奈に本当の事を話せなかったのは、結奈を危険な目に合わせない為だった。
だが、そう説明したところで納得はしてくれないだろう。
「わかってるわよ。言えない事、なんでしょ? オズさんやイノリから説明されたわ。私も、私の家族にも行動の制限が発生するって」
「うん。だから――」
言えなかったんだ。ゴメン。
そう続けようとした一騎の台詞を結奈が遮る。
「だから何? それがどうしたの? 真実を知る事が罪なら、私はその罪を背負うわよ。だって、そうしないと、一騎を守れないでしょ? 一騎の側にいられないでしょ? 大切な家族がたった一人で傷ついているのに、それを支えてあげられないなんて家族失格よ。一騎の側にいる意味がないわ」
「結奈……?」
「本当に怖かったの。何も知らない事が。一騎が《魔人》と戦ってボロボロになって、大怪我までして……」
「ゴメン、心配かけて」
「……今まではその心配すらかけさせてくれなかったのよ? 私には心配させてくれないの? 知らずに、側にいればよかったの?」
「ち、違うよ。結奈が大切だから、大切な家族だから黙ってたんだ!」
巻き込みたくなかった。
守りたい日常だから。
結奈は一騎にとって日常の象徴だ。
幼馴染みで、両親を失った一騎にとってはもう一つの家族。
だからこそ、戦いの世界を知って欲しくなかった。
それが一騎の偽らざる本心だ。
だが――
「なら、側にいさせてよ。支えさせてよ」
結奈の悲痛な表情に一騎は押し黙ってしまう。
「家族なら……家族だからこそ、一緒にいたいのよ。恋人としてはまだ無理でも、家族としてなら私が支えるから、側にいるから。だから、もう……隠し事はしないで?」
目尻に涙を溢れさせ、結奈は一騎に詰め寄る。
一騎は、その姿にどうしたものか……と頭を悩ませた。
ここが危険な世界であることは、この世界にいる一騎が誰よりもわかっている。
イノリとの対決。
そして、《魔人》との戦い。
凛音との死闘。
芳乃総司との激戦。
どの戦いも命懸けだった。
いつ死んでもおかしくなかった……今、無事でいられる方が奇跡だ。
せめて大切な人は戦いから遠ざけたい。
そう思うのは間違いではないだろう。
「いいと思うよ」
悩む一騎を置き去りにして、イノリが口を出した。
その言動に思わず目を見開いてイノリを見た一騎。
イノリはニッコリと微笑みながら、一騎を見て言った。
「一騎君の考えてる事なんてお見通しだよ。大方、結奈を戦いに巻き込みたくない! って思ってるんでしょ?」
「そ、それは……」
まさに図星だった。
口ごもる一騎にさらにイノリが迎撃。
「だいたい、その悩み、私も一度は抱えているんだよ。一騎君を戦わせたくないって。平和な日常にいて欲しいって」
だからこそ、刃を交えた。
イノリを助けたい一騎。
一騎を戦わせたくないイノリ。
相反する二つの意思が激突し、二人は命を削り合った。
だからこそ、一騎の心が手に取るようにわかる。
そして、イノリは知っているのだ。
一人で心をすり減らす事の辛さを。
誰も頼れない孤独を。
だから、結奈には一騎の支えになって欲しい。
『恋人』としての立場は渡さない。
けど、家族として、支えて欲しいのだ。
「一騎君もそうだったけど、結奈も負けずの我が儘だと思うよ。きっと何を言っても無駄だと思う。私がそうだったからね」
「イノリ、それ、私の事、馬鹿にしてるの?」
「褒めてるつもりだよ?」
ジト目を向ける結奈にイノリは笑顔で対応。
イノリだって、その結奈の強引さに諭された事があるのだ。
決して馬鹿にしているわけではない。
むしろ、頼もしい友人と思っている節すらある。もちろん、友人と書いて、ライバルと変換されているが……
「それに、もう結奈には全部話したんだよ。一騎君の心配は、もう今さらなの。だから、結奈の気持ちに甘えてもいいんだよ?」
「……そうかもしれないけど」
確かに、一騎の心配は今さらだろう。
すでにイノリやオズの口から結奈は真実を聞かされている。
監視の目が付くのも覚悟の上で、だ。
なら、一人で悶々と考える必要はどこにもない。
これは、一騎のただの我が儘だ。
けど……
(側にいて欲しいっていう思いもあるんだろうなぁ……)
強く言い出せないのはきっとそのせいもあるだろう。
真実を黙っていた事の後ろめたさもあって、結奈の言葉を強く否定出来ないのもあるが、それ以上に求めているのだ。
一騎自身、家族の支えを。
その本心に気付いて、一騎は深々とため息を吐く。
そして――
「わかった。もう、結奈には隠し事はしないよ」
その言葉に、イノリも結奈も破顔して笑みを浮かべるのだった。
◆
そして――リッカの病室に訪れた一騎達は全員が言葉を失う。
それは何故か?
理由は目の前にあった。
今まで一度も見た事がない剣幕を浮かべるリッカ。
そして――
居心地が悪そうに冷や汗を浮かべながら、冷たい床に正座をする空中艦の艦長――クロム=ダスターの姿に誰も二の句が継げなかったのだ――