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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
第二章『イクシード争奪編』
72/166

暴走

「ア、アアアアア――ッ!?」


 鳴り響く咆吼。

 それはあの日の夜を思い出させる慟哭だった。


 初めて一騎が《魔人》と相対した夜。

 そして、初めて――


《魔人》と覚醒した夜だ。




 白銀の《シルバリオン》が暴走した黒い魔力に呑み込まれていく。

 暴走した魔力は《シルバリオン》の魔力許容量を遙かに上回り、白銀のギアを破壊していく。

 破壊されたギアの鎧がボロボロと崩れ去る。

 そして、破壊されたギアの代わりに新たな鎧が生まれた。


 その形は《シルバリオン》と寸分違わぬ形をしていた。

 

 だが、生み出された鎧は白銀ではなく、漆黒。

 鎧には薄らと赤黒い亀裂のような線が浮かび上がっている。



 さらに、その強度は桁違い。

 まるで従来の《シルバリオン》が玩具であるかのように屈強なギアへと変貌を遂げていたのだ。

 それは暴走した魔力でギアを新たに生みだした結果と言える。

 安定した魔力で負荷なく運用していた《シルバリオン》より、暴走し、強大となった魔力で創り出したギアの方がはるかに強力で、使用者である一騎の肉体に負担を強いるギアへと生まれ変わったのだ。


 

 その漆黒のギアを覆うようにさらに《氷雪》のイクシードが包み込む。

 片手に握られたのは一騎が創り出した氷刃と同じ形状の刀だ。


 だが、その氷刃もギアと同じく漆黒に染まり、《シルバリオン》を覆う《氷雪》も暴走する一騎の魔力に支配されていたのだ。

 腕を覆う氷の鎧はより禍々しく。腰に生えた氷の尻尾はさらに鋭利な鋭さを。

 五指に生えた氷の爪はあらゆるものを斬り裂く魔爪へと変貌を遂げていた。

 そのどれもが《魔人》を彷彿させる黒に覆われ、一騎が放出する魔力も未だに黒色の色を帯びていた。


 ギアを纏った《魔人》――そう形容するのが正しい出で立ちに、黄金のギアを纏った総司の眉間に縦皺が刻まれる。

 不愉快な表情を前面に押し出し、度し難い一騎の存在に凶相を露わにしながら吐き捨てる。


「……君は誰だ?」


 《魔人あれ》を一ノ瀬一騎と定義するには余りに無理があるだろう。

 入れ物としての一ノ瀬一騎の体は同じであっても、そこに宿る魂はもはやまったくの別物。

 変質した魔力は、彼の異様さを何よりも雄弁に語る。


「俺か? 俺は……一騎だよ」


 けれど、漆黒の騎士は己を一騎と称する。

 

 初めて《魔人》と堕ちたあの夜よりも明確な理性を携え、一騎は剣を構えた。


「さぁ、殺し合いの続きだ。破壊してやるよ、金ピカッ!」


 ドンッ! と大気が震え上がる程の魔力が一騎の体から溢れ出す。

 それは本来ならありえない事態だ。

 魔力の暴走を抑え、魔力の制御を行うイクスギアを装備しながら、暴走する魔力を大量に放出するなど、出来るはずがない。


 だが、一騎にはそれが出来る。

 出来てしまう。


 それは一騎にだけ魔力の暴走を抑える《人属性》のイクシードが備わっていないからだ。

 人の身である一騎の肉体には元から魔力を抑制するオドが宿っている。

 だからこそ、《人属性》を介さずともこれまで魔力の制御が出来ていた。


 だが、今の一騎には暴走する魔力を制御しようとする意思が一切ない。

 暴走に任せ、ただ暴れる。蹂躙する。破壊する事だけしか頭にない化生と同じだ。


 破壊衝動という理性に任せ、目の前の全てを破壊する――それが黒色のギアを纏った一騎の行動原理なのだから……



 氷刃を握りしめ、地面を駆ける一騎。

 放出した魔力すら推進力に変えるその力は《氷雪》のイクシードを纏いながらも、《流星》の加速度に匹敵する力があった。

 

 踏みしめる足が地面を穿つ。  

 一騎は息を吐かぬ一撃をもって、総司を斬り捨てる。


 だが、それは先ほどの打ち合いの焼き直しとなった。

 直撃するはずの一撃はされど空を斬り、空振る。


 硬直した一騎の隙を狙って繰り出された総司の拳を、体を捻り、アクロバティックな体勢で躱すと、姿勢を立て直すと同時に刃を煌めかせ、反撃。

 総司の胴を薙ぐように振るわれた一閃を総司は大きく後ろに飛び退く事で事なきを得る。


「力が上がり、姿が変ろうとも、君が私に勝てる道理はないッ!」


 声高々に総司は言い放つ。

 そこには絶対の自信が見て取れた。

 総司の纏う黄金のギア――《イクスゴット》にはギアを纏う要として《ゲート》のイクシードが使われている。

 

 それこそが《イクスゴット》を最強たらしめる力の根源だ。


 異次元へと肉体を《門》の力で移送させれば、この次元のいかな攻撃であろうと総司の体には届かない。

 姿を視界に捉えようとも、そこにいるのは総司の幻影。

 姿無き虚像なのだ。攻撃が届く筈もない。


 加えて、神の拳はあらゆる事象を粉砕する破壊の力。

 《門》の次元を渡る力を、純粋なエネルギーと変換したただの拳だが、その一撃は天変地異にも匹敵する力だ。

 十年前の大災害を引き起こした《門》の暴走の力。

 それを拳と放つ総司の前に如何に堅牢なイクスギアといえど、紙くず同然。


 最強の守りと最強の攻撃を併せ持つからこそ芽生える絶対的な自信の表れ。

 

 その最強の存在を前に、されど、漆黒のギアを纏った一騎は不遜な笑みを携える。


「そうでもねぇよ」

 

 そう呟くと同時に二人の周りの大気が凍てつく。

 白い霧が立ちこめ、凍った大気がキーンと悲鳴を上げる。

 

 そこから生まれるは一騎が手にする氷刃と同じ剣。

 だが、その数が違う。


 総司の目で捉えられるだけでも数十から数百に及ぶ剣の姿に、思わず瞠目する。


 一騎が創り出したのは、リッカを氷のドームで守ったものと本質的には同じ物だ。

 氷の結界。

 空気中の水分すら凍らせる事の出来る《氷雪》の力を最大限に発揮し、今の一騎が生み出させる最大数百にも及ぶ氷刃で囲われた結界だ。


 一騎と総司を取り巻くように生み出された剣が次々と地面に突き刺さる姿はさながら墓標の如く。

 白い霧の中に浮かぶ剣の墓標に取り囲まれた総司は、その威容に言葉を忘れる。


「――氷刃羅刹ひょうじんらせつ


 その結界の名を一騎が呟く。

 そして、地面に突き刺さった剣の一本を無造作に掴み取ると、総司に向かって突進。

 その強力無比な一撃を放つ!


「それが……どうしたッ!?」


 苦虫を噛んだ表情を浮かべながら、総司は吠える。

 たかが地面が剣に突き刺さっただけ。

 

 確かに剣に囲まれたこの結界では身動きはとれないだろう。

 だが、それは総司の力の前には当てはまらない。

 一騎が肉薄すると同時に体を異次元へと転送。

 一騎の一閃から事なきを得ると、現実へと帰還し、破壊のエネルギーを纏わせた拳を振るう。

 だが、その緩慢な一撃は一騎の目には止って見える。

 剣を盾にし、拳を防ぐ。

 むろん、氷刃は粉々に砕け散るが、それは数百の内の一つ。

 痛手にはならない。

 すぐに手近にあった剣を掴み、拳を振るいきった総司のがら空きの胴に鋭い突きを放つ。

 その斬り返しは、それまでの打ち合いよりも速く鋭い。

 剣を庇い、身を翻す必要が無くなったのだ。

 当然、反撃に打って出る時間も短くなる。

 

 それは、総司の動体視力を上回る程であり、


 ガキィィン……――


 初めて、金属同士がぶつかる甲高い悲鳴が鳴り響いた。

 それは、黄金のギアの姿を一騎の氷刃が捉えた証だ。

 

 氷刃の切っ先は黄金の甲冑を擦過し、僅かではあるものも、精緻な鎧に歪な亀裂を生んだのだ。

 白い霧が立ちこめる中、散った火花が二人の顔を照らす。

 勝ち気な表情を浮かべる一騎。

 そして――


 黄金の鎧を傷つけられたことに、怒りを爆発させた総司の怒りの形相だ。


「下等で下劣な存在ごときが私のギアに傷を……」

「言っただろ? 破壊してやるってな」


 続く二閃を総司は別次元に逃げ込み、辛うじて避ける。

 だが、今の一閃も、そして総司のギアに届いた一閃も常軌を逸する程の速度だった。

 

 暴走する魔力をそのまま肉体に反映させた一騎の体は、ギアの施す身体強化のさらに数十倍の効果を発揮している。


 肉体にかかる無視出来ない程の負担を無視する事で、可能とする境地だ。

 むろん、一騎の肉体だけで無く、ギアもその力には耐えきれない。

 

 暴走する魔力で生みだした強靱な《シルバリオン》はともかく、纏った《氷雪》は一騎の魔力に支配されど、従来の力のまま。

 暴走する一騎の魔力に耐えきれるわけがなく、氷の鎧はボロボロと崩れ去る。

 手にした氷刃も一撃を振るうごとに水風船のように弾け、使い物にならなくなっていた。


 だが、それがどうした?

 この事態を見越してこその氷刃羅刹だ。

 武器など一瞬持てばそれでいい。


 砕けた鎧は再び鎧の形と纏う。

 

 この氷刃の結界は、一騎の暴走に耐えられるだけの剣を用意しただけに過ぎない。

 一撃振るう度に砕けようと、その数は数百。

 何度も武器を手にする事が出来る捨て剣だ。


 後は、爆発的な膂力を持ってして、黄金のギアを追い詰め、喰らう。


 手に残る鎧を穿った感触が一騎の中に確かな勝機を見据えさせる。


 だが、相手は、他ならぬ神の名を冠する力。

 超常を超える超常の力を手する男だ。

 

 傷つけられた鎧に我を忘れる程の怒りを募らせ、屈辱の炎を滾らせる。


「吠えるなよ。雑魚が……ッ」


 下劣な言葉を囁き、総司は両の手を前方へと突き出す構えをとった。

 

 それを一騎は注意深く凝視しながら、すり足で間合いを計る。


 だが、その程度の警戒心は《イクスゴット》の前では無意味。

 総司は黄金の魔力を滾らせ、両手の力を解き放つ――


「震撼しろ――《次元崩壊ディメンション・カラプス》」

「――ッ!?」


 その刹那――


 一騎と総司を取り巻く剣の結界が音もなく塵となった。

 そればかりに留まらない。

 響く轟音は地盤が崩れる音。

 そして大気が爆ぜる音だ。

 この世界の地図からこの区画一体を消滅させる程の力の本流。


 その力を真正面から受け止めた一騎は――

 氷刃羅刹と同じ運命を辿っていた。


 砕けた《氷雪》の鎧は地面に落ちる前に塵となって砕け、

 その鎧を纏っていた一騎は跡形もなく消し飛んでいたのだ。



 そこに転がっていたのは、《複製》のイクシード――それだけだった――

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