神の審判
白銀と黄金の輝きが弾け飛ぶ。
二つの輝きに照らされ、相反する二つのギアが姿を現す。
《氷雪》の鎧を纏った一騎。
そして、黄金のギア――《イクスゴット》の名を冠するイクスギアを纏った芳乃総司だ。
煌びやかに輝く黄金の鎧。
それは一騎やイノリ、そして凛音のように実践を見据えた機能性のある鎧とはほど遠く、ある種の芸術品を彷彿とさせるフォルムだった。
全身を隙無く守るように黄金に輝く鎧が総司を包み、匠の技術の全てを凝縮させた精緻な鎧は戦う事も守る事も前提として作られた物ではない。
重厚な鎧に身を包みながらも、されど他者を圧倒する絢爛な威容はまさしく『神』の名を名乗るに相応しいイクスギアと言えるだろう。
顔は一騎達のイクスギアと同じく剥き出し。
ギアを纏った総司は依然として醜悪に破顔し、狂気の笑みを覗かせていた。
一騎は目の前の敵の出で立ちに息を呑みながらも、その両手に氷で創り出した二振りの刀を握りしめる。
鍔がない刀だ。
柄元は強く反り返り、先端にかけて直刀へとなっている。
先端から半ばまでは両刃。そして柄元は片刃の剣だ。
伝承にある小烏丸造りを彷彿とさせる造形。
一騎は二つの氷刀を握りしめ、総司の元へと跳躍。
その鋭い一閃を振り下ろす!
超高速で放たれた斬撃はもはや肉眼で捉える事など到底不可能。
刃と魔力の衝撃によって砕けた地面が、軽々と宙を舞う。
だが、その超高速の斬撃を難なく避けた総司はニヒルな表情を浮かべ、一騎を見下す。
翻った刃は総司の姿を追随。
その背後にあった商店街の外壁がまるでバターのように容易く裂け、鋭利な断面を覗かせた。
「――遅い」
完全に空振りした無防備な胴に総司の拳が直撃。
一騎は苦悶の表情を覗かせながら、体を反転。
拳の衝撃を殺すこと無く、そのエネルギーベクトルを操作。
腹部から肩、そして腕へと伝え、氷刀へとエネルギーを伝播。
そのエネルギーをそのまま総司へと跳ね返す!
回転斬りによる衝撃が空気を斬り裂き、断空の層をつり出し、風が唸る。
まるで小型の台風のように風の衝撃すら纏った斬撃は、されど空を空しく斬った。
「無駄だ」
その光景に、一騎は僅かながら狼狽をみせる。
反応出来ない速度。そして角度からの斬撃だった。
直撃する――という確信があったが為に、この未来は想定していなかった。
敵の攻撃も利用し、そして考え得る限りの最大の一撃。
その驚愕の念に一騎の動作が僅かながら鈍る。
その致命的な隙を――黄金のギアは見逃さない。
「言っただろ? 勝負にならないと」
初めて黄金のギアを纏った総司が攻勢に出る。
なんてことは無い。
拳を握り、ただ一騎に振るっただけだ。
だが――
「――ッ!?」
その一撃に一騎の第六感とも言える危機察能力が全力で警鐘を鳴らしたのだ。
総身が粟立つ。
一騎は全力で逃げを選択。
大きく飛びずさり、総司から間合いをとる。
「はぁっ! はぁっ! はぁっ! ……」
乱れる呼吸を必死になって整え、今にも飛び出しそうな心臓をどうにか宥める。
ポツポツと頬を伝う大粒の汗は、一騎の緊張をありのままに現し、足元には小さな水滴が幾つも落ちていた。
総司は拳を振り抜いた姿勢をゆっくりと戻すと。
「どうした? 私を倒すんじゃなかったのか?」
「……ッ」
総司の挑発に返す言葉がない。
たった一度の剣戟でわかった。
確かに、総司のイクスギアと一騎のイクスギアの間には性能面で大きな差がある。
加えて、一騎の《シルバリオン》は《魔人》へと堕ちたリッカを救い出す為に、魔力のほとんどを消費している状態だ。
いくらギアを纏えるだけの魔力があるとはいえ、切り札が使えない状態はより一層、一騎に苦戦を強いる要因となっていた。
加えて、あの黄金のギアが放つ異質なプレッシャーだ。
先ほどの一撃。何の変哲もない拳に見えた。
だが、一騎の中に眠る第六感。
そして、いつも一騎を導いてくれた――深奥に眠るイノリの声が全力で逃げろと命じたのだ。
この二つの警鐘が一騎に戦慄を与えている。
この男は――このイクスギアは最強のギアだと。
決め手となる一手がない以上、不用意に近づくのは自殺行為に他ならない。
加えて、ある違和感が一騎の剣を鈍らせる原因となっていた。
それは先ほどの回転斬りだ。
一騎の目から見ても、あの一撃は、直撃していた。
なのに、黄金の鎧は無傷。
纏った総司にもかすり傷の一つもない。
その不可解な事実に一騎は再度、間合いを詰める事に躊躇いを覚えていたのだ。
「ふむ……どうやら攻めに来るつもりはないみたいだな」
一騎の怯えを読み取った総司がゆっくりと拳を構える。
一騎は警戒心を引き上げ、二刀を構え直した。
あれほど重厚な鎧。
そして近くで見た限りでは一騎やイノリのギアのように加速装置の類いもなかった。
それほど速くは動けないはずだ。
そう推論を立て、ジリジリと後退しながら一騎は動揺する呼吸を必死に整える。
そして――神が動き出す。
「さて、それでは審判と行こう」
「え……?」
その瞬間、黄金のギアが霞みと消え去った。
一瞬の油断もなく、容赦なく見据えていたはずだ。
ギアで強化された身体能力で見失うなどまず、あり得ない。
「さて、最初は凛音、君だ」
だが、総司の声が一騎の背後で鳴り響いた。
必死になって視線を向けると、呆然と立ち尽くす凛音の前に、黄金のギアを纏った総司が悠然と佇んでいたのだ。
一騎も凛音もまったく反応が出来ていなかった。
姿を見失った次の瞬間、凛音の目の前に現れていたのだ。
「お、親父……」
「まだ私を父と呼んでくれるんだね? 嬉しいよ。だが、それとこれとは話が別だ。君は私を怒らせた」
総司の拳がゆっくりと動く。
それは緩慢な動作でありながら、それでいて濃密な死を纏う、必滅の一撃。
「り、凛音、逃げろおぉぉぉッ!!」
一騎は両足に力を込め、必死の形相を浮かべ、地面を蹴り上げる。
だが、一騎の手が凛音に届くよりも先に――
総司の拳が凛音に触れた。
「お仕置きだ、そして――眠りなさい」
「あがあああぁあぁあああああああああああああああッ!?」
その直後――大気がヒステリックを起したように悲鳴を上げた。
地面が陥没。そればかりか周囲の建物を軒並み圧壊し、ギアを纏った一騎すらボロ雑巾のように吹き飛ばす。
地面が激しく揺れ動き、商店街そのものが壊滅。
一騎は地面を転がりながらも、何とか無防備なリッカを氷のドームで覆い隠す。
だが――凛音は違った。
その暴力的と称して余りある破壊の一撃をその身に受け、深紅のギアは粉々に粉砕。
一瞬にして意識を刈り取られ、ボロ雑巾のように吹き飛ばされる。
地面に叩きつけられる度に拳の衝撃が地面に伝わったのか、盛大に爆ぜ、凛音を受け止めたコンクリートの壁はそのまま貫通。
凛音は一直線に、直進上に存在する全てを破壊しながら彼方へと消え去る。
「凛音ぇええええええええッ!」
その光景に一騎はただ吠える。
蒼白を浮かべ、最悪の展開が脳裏を過ぎる。
やっと喋れた。
仲良くなれるかも知れなかった。
本当の仲間になれるかと思った。
特派のみんなに紹介して、わだかまりをなくせると夢想した。
けれど、現実はあまりにも一騎に残酷だった。
目の前で一人の少女の命が散る光景に一騎は涙を流す事すら忘れる。
そして、黒々とどす黒く濁った感情が一騎の思考を包み込んでいく。
あぁ……本当に情けないな。
だから言っただろ?
お前が弱いから、誰も守れない。
命が零れていくんだって。
だから――
俺と代われよ。お前が壊したい全てを、俺が破壊してやるから――
黒い感情が、イノリの形をした破壊衝動が一騎を押しのけ、肉体を支配した瞬間だった。
意識が入れ替わる。
その直後――
「ア――アアアアアアアアアッ!?」
イクスギアから漆黒の魔力が溢れ出し、戦意を喪失した一騎を暴走する魔力が包み込むのだった。