背中は預けた
「《複製》の能力か。なら、今までのあいつの力にも辻褄が合うってもんだな」
一騎から《魔人》の力を聞いた凛音は、困ったような表情を浮かべながらも、口元をニヤリと吊り上げる。
残る《魔人》は異世界を渡る力を持った《門》の《魔人》だけのはずだった。
だが、こうして、《魔人》の能力を看破したからこそわかる。
この《魔人》は《門》とは別の召喚者だと。
「あいつの正体にも察しがついているのか?」
「いや……それは、まだ」
一騎は口を濁しながら答える。
特派に所属する召喚者のイクシード――その全てを知っているわけではないのだ。
一騎が知っているのはイノリの《銀狼》のイクシードだけ。
クロムやリッカの種族は知っているが、肝心要のイクシードまでは知らない。
「なら、あいつを倒して確かめるまでだ」
「勝算があるのか? あいつはイクシードを複製するんだぞ?」
「だからこそってもんだ。あたしの持つイクシードの中で、使えないイクシードがいくつかあるんだよ。実践向きじゃねえイクシードがな」
「そうなのか?」
そんな話、イノリやオズからは聞いた事がない。
奪われたイクシードの能力は全て知っているが、そのどれもが実践向きだ。
イノリが奪われた十五個のイクシード。
炎を纏う《火炎》
水を操る《水流》
風を操作する《嵐》
九つのプラズマボールを纏う《雷神》
物質変換の能力《錬成》
重力操作の《重力》
彗星の如き力を発揮する《流星》
影を操る《影》
鋭利な爪であらゆるものを引き裂く《爪》
概念すら斬り裂く《剣》
全てを射貫く《弓》
魔槍の一振り《槍》
あらゆる攻撃を跳ね返す《反射》
身体能力を低下させる《弱体》
瞬間移動の力《転移》
そのどれものが実践で使えるイクシードで、凛音が持つ三つのイクシードも強力な力だ。
使えないイクシードがあるとは思えない。
「あるんだよな、これが~。《弱体》って力は装着したギアの力を強制的に引き下げる能力だ」
「……マジか? イノリはそんな事一度も言ってなかったぞ?」
「マジだ。まぁ、あたしの銃はイクシードをそのまま撃ち出すって代物だから、そんなに影響は受けないが、能力を鎧として纏うギアなら影響は出るんじゃねえのか?」
凛音の言っていた事は当たらずとも遠からずだ。
実際に《弱体》の力を纏えばギアの出力は低下する。
だが、《弱体》のギアの運用は《重力》と同じく、鎧をパージし、操作する事で、弱体化の結界を作り出すというもの。
実践に不向きな能力ではなく、使い方次第では強力な武装となり得るのだ。
だが、その事実を知らない一騎は「う~ん」と難しい表情を浮かべる。
けれど、その《弱体》のイクシードに可能性を見出したのは確かだ。
「つまり、あれか? 凛音があの《魔人》に《弱体》の銃弾を撃つ込む」
「それだけじゃねえ。あいつにあたしの銃弾を《複製》させてさらに弱体化させるんだ。そして弱ったその隙にトドメ。どうだ? 完璧だろ?」
あの《魔人》は目にしたイクシードを次々に複製しているみたいだから、恐らく《弱体》のイクシードも複製するだろう。
「……けど、問題があるな。あいつは《反射》の力も使える。たぶん、俺の《氷雪》も凛音の《重力》の能力ももう複製しているんじゃないか? 《弱体》の一撃を浴びせるなんて本当に出来るのかよ?」
「あたしを誰だと思ってる? あいつの防御さえ突破できれば、確実に狙う撃ってやるよ」
「つまり、あいつの防御を突破しろと、俺に言ってるわけね」
無理難題にも程がある。
あの《魔人》の防御を突破するには《シルバリオン》の切り札しかありえない。
だが、その一撃を放てば、ギアの出力低下によって《シルバリオン》が強制解除されるだろう。
凛音が外せば、一騎の命はない。
だが――
「信じていいのか?」
「……お前は敵のあたしを仲間だって言っただろ? だから、信じろ。お前の決断を」
「……わかったよ」
そう言われたら信じるしかないだろ。
一騎は苦笑を浮かべながら、《氷雪》の鎧を解除し、《シルバリオン》を通常形態へと戻すと、パイルバンカーを作動させる。
「俺は凛音を信じる。だから」
「あぁ、お前の背中はあたしが守ってやるよ」
心強い言葉を背に受け止め、一騎は斥力の結界が消えたのと同時に地面を強く蹴り上げた。
迷いはない。
《魔人》を一点に見据え、ただ全力で駆け抜ける。
距離にして数百メートルか。
《魔人》は最強の武装である《雷神》のプラズマボールを一騎に向かって奔らせる。
だが。
「させるかよッ、《重力弾》」
凛音が撃ち出した重力の鎧がプラズマボールの軌道をずらし、一騎を守る。
そればかりか、引力の力によって一騎の背中をさらに後押ししたのだ。
そのサポートを最大限に活かし、一騎は次の踏み込みで、腰のブースターを起動。
さらに速力を上げ、《魔人》との距離を一気に詰める。
そして。
一騎はパイルバンカーを構え、大仰に拳を構える。
《魔人》はすでに《雷神》の戦斧を構えていた。
戦斧を一騎の脳天目掛け振り下ろす!
一騎はギアによって強化された驚異的な身体能力をもって、その光景をスローモーションのように捉えていた。
どう見ても直撃コースだ。
逃れたところで続く雷の衝撃によって、ダメージを受ける事は免れない。
だが、それが――
(どうした!?)
信頼に足る仲間に背中は預けた。
なら、信じるだけ。
凛音を。共に並び立てる仲間の力を!
「セット! 《流星》、《弱体》!」
凛音は二挺の拳銃のマガジンにそれぞれ異なるイクシードを装填。
その内の一つ、《流星》を《魔人》が構える戦斧に照準を合わせ、引き金を引いた。
ズガアアアアアアン!! と蒼い閃光が凛音の銃口から解き放たれる。
その一発は、一騎が駆け抜けた数百メートルをコンマ数秒で駆け抜け、《メテオランス》の形状を形取った弾丸が、《魔人》の戦斧に直撃。《魔人》の手元から武器を弾き飛ばした!
「行けええええええええええッ!」
「おおおおおおおおおおおおッ!」
凛音の叫びと一騎の雄叫びが呼応する。
地面は、一騎の踏み込みによって陥没。
パイルバンカーの起動に伴い、巻き込まれた周囲の空気がキーンッと悲鳴を上げ、一騎の拳に収束されていく。
拳に圧縮された空気の渦はさながら台風の如く。
周囲の空気すら纏い、ギミックが起動したパイルバンカー内蔵式のガントレットは金属特有の甲高い悲鳴を響かせる。
さらに一歩踏み込み、《魔人》の懐へと体を潜り込ませる。
腰を落とし、弓を引くように拳を限界まで引き絞り、空いた手は狙いを定めるように《魔人》へと突き出す。
そして――
「オーバーロード! フィストブレェイイイイイクッ!!」
《シルバリオン》のただ一つの、一回限りの切り札が《魔人》に炸裂。
《魔人》が咄嗟に展開した《氷雪》の壁も、《斥力》の結界も、そして《反射》の結界すら打ち破り、《魔人》を覆う全ての守りを破壊する。
だが、一騎の拳はその守りを破壊するだけに留まってしまった。
《氷雪》による氷の壁も《反射》の結界も本来であれば、一騎の切り札でようやく相殺できる能力だ。
それを同時に展開されれば如何に《シルバリオン》といえども、直撃までは難しい。
けれど。
「よくやった!」
一騎の目的は初めから《魔人》の守りを貫くこと。
ギアの出力低下と共に、変身が強制解除され、倒れ込む一騎の背後から、凛音の放った一発の弾丸が《魔人》に直撃する。
『グルゥ?』
痛みがないことに首を傾げる《魔人》
だが、変化は直後に訪れる。
《魔人》を覆っていた禍々しい漆黒の魔力が目に見えて減衰したのだ。
それは凛音の放った《弱体》の能力に合わさって、手当たり次第にイクシードを複製する《魔人》の動物的衝動が引き起こした結果の賜物。
能力の弱体化に伴って、《魔人》が苦悶の声を上げ、膝を突く。
凛音の放った弾丸は、狙い以上の効果を示し、身体能力を低下させるばかりか、暴走していた魔力、そしてイクシードすら弱体化させたのだ。
その結果。
《魔人》を覆っていた黒い魔力――暴走していたイクシードが、すぐ側で倒れていた一騎のイクスギアに吸収されていく。
「成功……したのか?」
《魔人》の封印に伴って、一騎は全身から力を抜いた。
それは凛音も同じだったのだろう。
トドメと構えていた拳銃を力なく落とし、その場に崩れ堕ちると「はぁ~」と深いため息を吐く。
この場にいた誰もが安堵の吐息をもらし、《魔人》の封印が完了し、完全に緊張の糸が途切れる。
一騎はひとまず、回収したイクシード《複製》をギアに格納すると、俯きに倒れた金髪の女性に近づき、抱き起こす。
「大丈夫ですか? どこか――ッ!?」
その直後、一騎は言葉を失った。
それは《魔人》から解放された女性の顔に見覚えがあったから。
だが、即座にその答えを否定する。
あり得ない。
だって、彼女は――
だが、頭でいくら否定しようと、残酷な現実は一騎に真実を押しつける。
どうして気付けなかった?
《人属性》が複製して造られた物だと思い至った時に気付くべきだった。
イクスギアを造ったのも。
そして、《人属性》の開発に成功したのも一人しかいないじゃないか。
一騎は目眩を覚えながら、掠れる声で小さく呟いた。
「ど、どうして……リッカさんが《魔人》に?」