か、勘違いすんなよッ!
「凛音、お前……」
「戦場で呆け面とは、どこまでも暢気なヤロウだな」
深紅に輝く二挺の拳銃を携え、悠然と佇む凛音に一騎は目を白黒させる。
凛音は一騎と視線が合うと忌々しそうに視線を顰めた。
ドパン、ドパンッ!!
直後鳴り響く二発の発砲音。
撃ち出された二発の弾丸はそのどれもが《魔人》を狙ってのものだった。
「お前、俺を助けて――」
「勘違いすんな」
一騎が全てを言い終える前に、キッパリと凛音は否定し、フンと鼻を鳴らす。
「あたしの目的は《魔人》を一人残らず叩き潰して、戦いの火種――イクシードをぶっ潰す事だ。お前を助けたわけじゃねえ」
キッと鋭い視線が一騎に向けられる。
「言っとくが、お前のイクシードだって奪うからな! 今は《魔人》が最優先ってだけだ!」
頬を赤らめ、矢次に言い放つ凛音に、一騎は終始ぽかーんとした表情を浮かべていた。
そして、クスリ……と小さく噴き出すと、ゆっくりと体を起し、凛音の横に立つ。
「悪いが、ソイツは聞けねぇ。《魔人》は俺が助けだす。そして、みんなが元の世界に帰る力を取り返す。誰も傷つけさせないし、もう、何も奪わせねぇよ。イノリから奪ったイクシードを返してもらうぜ」
「そんな体たらくで、あたしに勝てるとでも?」
「勝つ気も負ける気もねえよ。俺は凛音とは戦いたくねえ」
「何を馬鹿な寝言を……あたしらは敵同士だろ?」
「俺は、仲間だって思ってる」
「はぁ!?」
素っ頓狂な奇声を発し、驚愕に見開かれた瞳が一騎を射貫く。
だが、一騎の答えは変らない。
凛音は仲間だ。
誰がなんと言おうが、それは変らない。
共に《魔人》を助けだす仲間。
あの時、暴走しかけたイノリに悲痛な眼差しを浮かべた凛音が敵だとはどうしても思えないのだ。
だから――
「今度、紹介してやるよ。イノリのこと、特派のみんなを」
「な、なんで、そんな事……」
「会えばわかるよ。みんなが優しい人達だって事。争いなんか誰も望んでいない事。だから――俺は、みんなが笑っていられるハッピーエンドを。最高の結末ってヤツを手に入れる!」
話はそこまでだ。
今は目の前の《魔人》に集中する時。
一騎はイクシード《氷雪》を取り出すとイクスギアのスロットにセット。
直後。一騎のギアを白銀の繭が包み込む。
破損したギアが解除され、代わりに新たなギアが生成。
七十万層から成る氷の鎧が一騎の体を覆う。
その両腕には氷のガントレットが形成され、肘からは死神の鎌のように反り返った刃が突きだしている。
両腕の指先には鋭利な氷の爪が生え、両足も鋭く尖った爪のようなブーツへと変貌を遂げていた。
特徴的なのは腰から生えた狼を連想させる氷の尻尾だろう。
《氷雪》の持ち主であった銀狼のユキノを彷彿とさせる氷の尻尾と、氷の獣耳を携え、一騎は《氷雪》のギアを纏う。
「行くぜ、アイスセイバー!!」
虚空に手を伸ばす一騎の手に、氷で出来た柄が姿を現す。
《氷雪》は氷を操るイクシードだ。
空気中の水分を凍らし、武器を造る事など造作もない。
一騎の手に握られた片刃作りの反り返った剣は――分類で別ければ刀と呼べるものだろう。
だが、一騎の技術力の問題か、造形力の無さの問題か、生みだした刀は歪な形状をしており、鍔がなく、刃と柄が一体になったような刀とはほど遠い代物だった。
だが、切れ味は抜群。
刃を振るう度に、空気を斬り裂く心地よい音は、一騎の生みだした剣がナマクラではないことを如実に語る。
刀を無造作に構え、一騎は《魔人》に向かって特攻。
上段から振り下ろす一騎の一撃に対し、腕を剣の姿へと変えた《魔人》は下段から迎撃する。
ガキンッ! と甲高い音が響き渡り、互いの武器が弾かれる。
間髪入れずに一騎は氷の剣を横薙ぎに振るった。
《魔人》はその一撃を後ろへと跳んで躱すと切っ先を一騎へと向け、突進。
突きという形で反撃に出た。
剣を振り切り、無防備な体勢を晒した一騎。
だが、その表情に焦りはなかった。
ガキンッ! と《魔人》の突きが一騎の眼前で音を立てて止る。
『グルァ!?』
思わぬ障壁に《魔人》が動揺してた。
それも当然と言える。
《魔人》の切っ先と一騎を隔てる一枚の――否、七十万層から連なる氷の壁が《魔人》の一撃を受け止めていたのだ。
氷の壁の表層こそ砕けているが、たかが七十万の内の数百、数千にしか過ぎない。
その程度の力で、一騎の守りを砕ける道理などあるわけがないのだ。
そして、この致命的な隙を――一騎は見逃さない。
「でりゃあああああああッ!!」
氷の壁をかいくぐり、魔人の懐へと近づくと、袈裟懸けに《魔人》を切り捨ててみせたのだ!
だが、そこで、一騎は手に返ってきた感触に違和感を覚える。
それは、《魔人》を斬り飛ばした感触ではなく、異様に軽くなった氷の剣に対してだ。
一騎の視線が氷の剣へと向けられ、同時に歯がみした。
無くなってる――!!
刀身が半ばから消えていたのだ。
クルクルと宙を舞っていた氷の破片は恐らく、刀身の一部だろう。
あの斬撃の瞬間。
《魔人》は別のイクシードを――《反射》のイクシードを使い、一騎の斬撃をそのまま刀身へと返したのだ!
硬直した一騎に《魔人》の深紅の瞳が向けられる。
振りかぶった《魔人》の拳に対し、一騎は咄嗟に氷の障壁を展開。
その衝撃を迎え撃つ。
だが、拳が接触する刹那の瞬間。全身が総毛立つ。
防ぎきれない――
まさに、野生動物が有する第六感とも呼べる危機察知能力が全力で警鐘を鳴らす。
一騎は防御を捨て、逃げに全力を回す。
容易く砕けた氷の障壁。
迫る拳に対し、一騎は腰の尻尾をぶつけ、その衝撃をもって、飛距離を稼ぐと辛うじて直撃を逃れた。
だが、迎撃に使用した氷の尻尾が砕け散る程の威力に、一騎は動揺を隠しきれないでいた。
「これ、本当に《門》の力なのか?」
これまでにこの《魔人》は光の閃光。そして腕を剣に変えての斬撃。攻撃の反射。さらにはあり得ない怪力で一騎の攻撃のことごとくを退けてきたのだ。
とてもじゃないが《門》の力とは思えない。
もっと別のイクシードだと考えるのが妥当だろう。
◆
一騎の攻撃と入れ替わるように凛音が前に出る。
「だったら、コイツでッ!!」
二挺の拳銃はガトリングの形に変形しており、凛音の周囲には九つのプラズマボールが浮遊していた。
ガトリングに吸収されたプラズマボールが電磁砲となって超高速で撃ち出される。
《回転式電磁砲》――《雷神》の力を一つに束ねず、ガトンリンガンとして使用する事で、電磁砲を大量にばらまく攻撃だ。
数日前、総司の手によって、壊されたイクスドライバーは破損した状態のままだ。
修理を繰り返し、何とかギアを纏えるまで機能を回復させたが、未だ出力は不安定。
さらに、《火神の炎》の能力の一つ。あらゆる傷を癒す回復能力すら失われた状態だ。
高出力の一撃を放とうものなら、今度こそドライバーは粉々に砕け散るだろう。
全力を出せない事に焦燥感を滲ませながらも、凛音は電磁砲の雨を降らせる。
だが――
その直後《魔人》の周囲に変化が生じた。
バチバチと浮遊する九つの光の球体。
それを凛音が目にした瞬間、凛音の表情が驚愕に塗りつぶされた。
「嘘……だろ?」
見間違うはずがない。
それは、《雷神》のイクシードの力だ。
《魔人》の周りに浮遊した九つのプラズマボールは凛音の弾丸をことごとく打ち払うと、九つのプラズマボールを一つへと束ね、巨大な戦斧を作り出す。
それを見た凛音は咄嗟に攻撃を中断。
《魔人》が斧を振り下ろすよりも先に回避行動をとり、戦斧の一撃を辛うじて避ける。
ズガアアアアアアン!!
直後、鳴り響く地響き。
そして、地面を奔るように稲妻が駆け抜け、一騎と凛音を襲う。
「ぐああああああああ!?」
「あああああああああ!?」
雷撃の余波を受けた二人はその威力にたまらず悲鳴を上げ、地面に倒れ伏すのだった――
◆
連続した驚きの事実に息を呑んでいたのは一騎達だけはない。
戦況観戦を行っていた特派のクルー達も青ざめた表情を浮かべていたのだ。
誰もが確信していた。
あの力は《門》の力ではない。
だが、その事実を一騎に告げるのに誰も確証が持てないでいたのだ。
「オズ、もう一度、調べてくれ。リッカ君のギアの反応を。そして彼女のバイタルを」
「はい!」
忙しくコンソールを操作するオズ。
だが、その結果は芳しくないのか、曇った表情でクロムへと視線を向け、答えた。
「反応は、あります。暴走もしていません。一騎君達の戦場に向かって一直線に進んでいます」
「……うむ」
険しい表情でクロムは腕を組む。
あの《魔人》の力が《門》でないのは明らか。
そして、《魔人》の使うイクシードの力にも心当たりがあった。
ここ数日、行方知れずだったリッカの能力こそがもっとも《魔人》の能力に近かったのだ。
だが、リッカのギアの反応は検知され、装着者が暴走している様子もない。
そればかりか、この窮地に駆けつけんと、現場に向かっているのだ。
(この矛盾、どう判断すればいい?)
クロムはモヤモヤとした不安を胸の内に抱きながら、いつでも動けるようにと、戦場を見守り続けるのだった――