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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
第二章『イクシード争奪編』
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私達付き合ってます!

「……どうしてこうなった」


 クロムを送り届け、リビングに戻った一騎。

 目の前の惨状をみて、思わず愚痴を零す。


 そこには、二人の悪魔がいた。


 方や幼馴染みの皮を被った満面の笑みを浮かべる結奈(悪魔)

 方や極度の人見知りで慣れない愛想笑いを浮かべるイノリ(悪魔)


 双方が無言の笑顔を浮かべ、テーブル越しに対峙する絵面は、なんというか、凄くシュールだ。


 何を喋るわけでもなく、ただ笑顔。

 

 クロムの出したお茶など二人の絶対零度を誇る笑顔の前にすっかりと冷めてしまっている。


「あら、お帰り、一騎」

「お帰りなさい、一騎君。クロムさんは?」

「あ……えっと、用事があるから帰るって。後は任せるそうだよ」


 正直、こんな状況を任されても、女性経験が乏しい一騎には打開する術など一切ないわけなのだが……


 苦笑を浮かべながら、一騎は逡巡する。


 どっちに座るべきだろう。


 空いているソファーは二箇所。

 イノリの横か、結奈の横だ。


 対面してソファーに二人が座っているのだから、こうなるのは当たり前だ。

 だが、どちらを選んでも批難は免れそうにない。


(いや、迷っちゃダメだろ……)


 これはいつか結奈にもちゃんと説明しないといけないこと。

 なら、今説明しても問題ないだろう。


 意を決した一騎はイノリの横に腰を落ち着ける。

 

「一騎君……」


 僅かに赤面したイノリが潤んだ瞳を一騎に向ける。

 その視線を察した結奈が鬼のような形相を向け、一騎を睨むものだから、気が休まらない。


「ふふん……やっぱり一騎君は私を選びましたね」

「ぐぬぬ……」


 そこで、なぜかイノリが胸を張って結奈を挑発した。なぜだ?


「え……? どういう事?」


 まったく状況が理解出来ない。

 満足げに頷くイノリに視線を向けると、イノリは鼻息をならし、腕を組んだ。

 そしてスゥーと目つきを鋭くさせ結奈を睨んだのだ。


「どうもこうも、友瀬さんが私の話を信じてくれないから賭けをしたんだよ。一騎君が誰の側に座るか……女と女の真剣勝負だよ」

「いや、まったくわからないよ」


 イノリの説明が説明になっていない。

 興奮しているのか、人前で素のイノリが出てしまっている。


 普段、イノリは敬語で喋る癖がある。

 それは人見知りのイノリが、相手との距離を測る為に自然に身に付けたバリアのようなもの。


 気心知れた相手や任務の時以外には素のイノリ――甘えん坊な一面を覗かせるのだ。

 

 今のイノリはまさにその素の状態。

 数日前から一騎の前でだけみせるようになった甘えん坊モードだ。


 そんな一変したイノリを見てか、結奈の額に青筋が浮かび上がる。


 これも一騎にしか見せない、結奈のガチ切れだ。

 怒りっぽい結奈の沸点が蒸発し、怒りに我を忘れた状態。


 かつて、思春期の反動に負けた一騎が結奈の部屋に忍び込んだ時がある。

 その現場を目撃した結奈が見せた怒りの極意とも言える境地。


 こうなった結奈を止める術を一騎は知らない。

 一心不乱に平謝りを続けるしかなかったのだ。


「へぇ……アンタ家だと性格変るのね、初対面の印象が吹き飛んだ気分よ」

「……家じゃなくて、一騎君の前だけだよ」


 その一言がさらに怒りの炉心へと炎をくべる。

 二人の熱気に挟まれた一騎は生きた心地がしない。


「い、イノリさんもその辺で……」


 まだ制御が効きそうなイノリへと一騎は助けを求める。

 が――


 イノリはなぜか頬を膨らませ、一騎に抗議の視線を向けるのだった。


「一騎君、一つ気になる事があるんだけど」

「え? 何!?」

「……どうして、いつまでもイノリさんなの?」

「へ……?」

「昔みたいにイノリちゃんって呼んでよ」


 むっすりと頬を膨らませ、「私、不機嫌です」とアピールするイノリ。

 その仕草は確かに可愛らしいのだが……


(今する話し――ッ!?)


 まるで結奈の事など眼中になし。

 イノリと一騎の二人の世界に没頭したイノリを止める事など一騎には出来ない。


「イノリちゃん、ね」

「ゆ、結奈……?」


 油が切れた機械のようにギギギッと首を回すと般若の笑みを浮かべた結奈が腕を組んでいる。


「呼んであげれば? 周防さんもその方が喜んでくれるでしょ?」

「え? で、でも……」

「呼びなさいッ! 私の前でッ!」


 その瞳には「呼べるものなら呼んでみろ。その時がお前の最後だ」と語っている。

 目は口ほどにものを言う――をリアルで体験した一騎の全身から冷や汗が噴き出す。


(り、理不尽過ぎる……)


 もう泣きたくなって来た。


 けれど、イノリのお願いを断るなど、一騎の選択肢にはなく、


「そのイノリちゃんはもう恥ずかしいから、イノリでいいかな?」


 そんな妥協案を提案していた。

 イノリは腕を組んでしばらく考え込んだ後――


「まぁ、それでいいよ」


 ため息交じりながらも了承してくれた。

 ホッと安堵の吐息をつく一騎。

 

 だが、状況は何も変っていない。

 依然としてカオス――いや、状況はより悪化していると見て間違いないだろう。


 とにかく二人の視線が痛い。


 思わず一騎が泣き崩れそうになった時だ。


「クス……」


 突然、結奈が噴き出した。

 しかも、先ほどの怒りが霧散したように、目尻に涙を浮かべ、必死に笑いを堪えてるのだ。


「へ? な、何!?」


 とうとう怒りで理性が蒸発したのか? と一騎がわりと本気で悩み出した直後、


「ふふ……」


 今度はイノリまで笑い始め、


「「あははははははははッ」」


 二人して腹を抱えて笑い合うものだから、その混沌さにとうとう一騎の理解度は限界を超え、


「もう、勘弁してぇぇぇえええ!」


 涙ながらに二人に対し、頭を下げるのだった――

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