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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
第二章『イクシード争奪編』
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一騎の秘密

「粗茶ですが」


 沈黙が支配する直中にあって、その野太い声はよく響く。

 カチャリ――とテーブルの上に置かれた湯飲みを見て、来客――友瀬結奈は仰々しく頭を下げていた。


「あ、ありがとうございます」

「うむ、俺の事は気にせずゆっくりしてくれ」

「は、はい!」


 どう見ても、クロムの強面にビビってる結奈を尻目にこっそりとイノリが一騎に耳打ちをした。


「どうして彼女がここに?」

「それは僕も知りたいよ……」

「一騎君が呼んだんじゃないの?」

「呼ばないよ。少なくとも、最近は話しすらしてないんだ」


 先日の災害警報の折、結奈に感情を暴露した。

 その時、結奈は間違ってないと、我が儘になれと一騎を鼓舞してくれたのだ。


 その言葉にどれほど助けられたか――


 結奈の言葉でもう一度立ち上がる勇気をもらえ、一騎はイノリたちの窮地に駆けつける事が出来た。


 戦いの結末は一騎の心にも特派のみんなにも大きな影を落とす結果となったが、それでも一言、結奈にはお礼を言いたいとここ数日、何度も結奈に話しかけていたのだが……


 まるで取り付く島もない。

 目を合わせるなり、居心地が悪そうに視線を逸らし、早々と去っていくのだ。


 生徒会の業務最中は「無駄話をするな」と怒られるし、終わったら、一騎よりも早く下校している。


 何か怒らせるような事をしたのだろうか……

 だが、思い当たる出来事もなく、ここ数日はまともに話していないのが現状だ。



 そんな中で、突然の来訪。

 むしろ、イノリより一騎の方が驚いているくらいだ。


「一騎君、少しいいか?」


 そんな中、クロムがキッチンに手招きする。

 一騎は有り難いとばかりにキッチン駆け込み、ひとまず安堵の吐息をもらすと、


「どうしたんですか?」


 渋い表情を浮かべるクロムに用件は何か? と小首を傾げた。


「うむ……済まないが、一足先に本部に戻ろうかと思ってな」

「空中艦にですか?」

「あぁ、先ほどオズから連絡があってな、どうやら修理が完了したらしい」


 《反射》の力を持った《魔人》との戦闘で墜落した空中艦アステリア――どうやら、その修復が終わったらしい。


「動かそうにも俺かリッカ君の指示がいる。だが、リッカ君が別件で席を外している今、俺しか指示を出せる人間がいないんだ」

「なるほど……ってリッカさんはどこに?」

「俺にもわからん。相変わらず自由に行動してくれる。ただ、書き置きに『心配しないで』と書かれていたんだ」

「なら、心配する必要は……」

「ある」


 断言したクロムに一騎は面食らって、呆けた表情を見せた。


「あのリッカ君がわざわざ書き置きを残したんだ。普段の彼女なら絶対にそんな真似はしない。これは何かある――と考えるべきだ。なら、移動が可能となったアステリアに身を置く方が動きやすい――君の側にいれないのは、その……」


 言い淀むクロム。

 自分から一騎の側に居るといった手前、すぐに離れるのが心苦しいのだろう。

 『周防』の地下基地にはアステリアと同規模の設備が備わっているが、移動手段という面ではアステリアに敵わない。

 それに、もし何かあってもすぐに動けるのは転送装置があるアステリアの方だ。

 

「大丈夫ですよ」


 一騎はフルフルと首を横に振ると困ったように笑みを浮かべる。

 それは取り繕った笑顔ではなく、「もっと僕を信用して下さい」と、クロムを安心させる苦笑だ。


「まだ、僕はダメダメだけど、それでも側にイノリさんが居てくれる。大切な女の子が側にいてくれるんです。イノリさんを守る為にも、もうあんな情けない姿を見せたくない」


 それは、ユキノをこの手で殺めてしまった一騎が失意の念に沈んだ時。

 イノリは傷ついた体で、一騎と特派のみんなを守る為に戦い、そして傷ついた。


 その時、一騎はただ泣いていただけ。

 何も出来ず、何も成さず、ただ泣いていた。


 イノリを助けられるのも、特派を守れるのも、もう一騎しかいないのに……


 あの時、鎖で繋がれた一騎を叱咤した幻想のイノリの言葉が何度も蘇るのだ。


 僕が戦わないと、皆が死んでしまう――……


 イノリが、クロムが、リッカが、オズが、特派のみんなが済んでしまう。


 そんなのは耐えられない。

 だから、戦う。

 怖くても、泣きたくても、痛くても、何があっても――


 もう、逃げ出したくない。いや、逃げられないのだ。


 僕が守る――


 それは一騎の中で確かに根付きつつある一種の――呪いだ。

 だが、それを一騎自身、自覚する事が出来ていない。


 その異常さに気付けるとしたら――



 ◆



「一騎君、君は――」


 クロムや一騎をよく知るイノリくらいだろう。

 だから、離れがたい。

 一騎の抱く危機意識が一種の呪いである事をクロムはすでに看破していた。


 戦いとは無縁だった少年が、人の命を奪ってなお、戦える――それは、一騎の心がすでに壊れかけている証だ。


 守る――と口にする一騎の瞳にはいつも怯えがある。

 それは失う恐怖。


 大切な人を守れず、失う恐怖。何も出来なかった自分に対する絶望に、彼は怯えているのだ。


 そんな一騎を変えられるとしたら、やはり――


(平和な日常――戦いのない世界こそ……か)


 この戦いに終止符を打つしかない。

 

(それまでは、彼の心が少しでも安息を得られるように、誰かが支えにならないといけない)


 それがクロムの役目だ。

 イノリという大切な人が出来ても、それでもまだ足りない。

 もっと必要なのだ。今の一騎には大切な人が。特別と思える人達が。心の安寧が。


(それを彼女に期待するのはお門違いだと分かっているが……)


 クロムの視線の先にはイノリと無言の火花を散らす友瀬結奈の姿が映っていた。

 一騎の幼馴染みであり、一騎にとってもう一つの家族とも呼べる人。


 だが、結奈にその役目を求めるのは無理がある。


 それは、結奈に全てを打ち明けると同義だ。

 特派の事、《魔人》の事、イクスギアの事、そして――


 一騎自身の事を。


 リッカの調べで一騎の事情はある程度把握している。

 一騎自身もユキノによる記憶の封印が解かれ、大部分を思い出している事だろう。


 十年前にイノリと出会った事。

 《魔人》化しかけたイノリに襲われ、イノリの魔力を体内に宿した事。


 そして、暴走する魔力を抑える為に、ユキノの力で魔力はおろか、身体機能の大部分を封印されていた事。


 一騎が育ち盛りの高校生であるにも関わらず、身体機能が著しく低下しているのはその為だ。

 暴走する魔力だけでなく、身体機能を封印してしまったが為に、最低限の体力しかなかったのだろう。


 だが、ここ数日の一騎を見る限り、身体機能は大幅に回復している。

 封印されていた力が解放されたのだ。


 普段の一騎であれ、本気を出せば、トップアスリートにも迫る爆発的な力を発揮する事が出来るだろう。

 その事に本人はまったく気付いていないが……


 だが、その事実を、第三者に打ち明けるにはリスクがある。

 特派の秘密だけじゃない。

 

 超人的な力を手に入れた一騎の秘密を探ろうと、近しい人間にコンタクトを取る恐れがあり、その時、一騎の秘密を知っているとなれば、どんな目にあうかわからないのだ。


 故に、結奈には何も打ち明ける事が出来ない。

 彼女の身を守る為にも、これ以上秘密を外に漏らすわけにはいかないのだ。


 

 クロムは深々とため息を吐くと――


「いや、何でもない。では、済まないが……後は任せる」


 そう言うほか、選択の余地がなかったのだ――

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