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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
第二章『イクシード争奪編』
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別つ袂~side凛音~

「……失礼」


 総司は荒ぶった感情を落ち着けるように咳払いをした。

 乱れた衣服を直すと、微笑を浮かべ、


「つまり、魔力の暴走に襲われることなく、魔力を手にする方法はあるんですよ」


 これでもかという営業スマイルで話を締めくくる。

 だが――日本政府の重鎮たちは総司の話しに浮き足立つことなく、沈黙に支配されていた。


「おや、皆さんどうしたのですか?」

「……芳乃さん、これは私達の勝手な想像なのだが……」


 政府の一人がそう切り出してから、緊張した面持ちで物語る。


「あまりにも出来すぎていませんか?」

「……出来すぎ、とは?」

「我々は、今回の戦いで良くて一つか二つのイクシードを確保出来るのではと期待していた。だが、十五個ものイクシードを彼女は持ち帰ってきた。あの化け物どもから」

「ふむ……それは凛音の力とイクスドライバーの性能の差でしょう」


 魔力の暴走、そしてイクシードの封印に重きを置いているイクスギアとは事なり、イクスドライバーは魔力の暴走のリスクを孕みながらも戦闘力強化に重きを置いている。

 暴走状態のイクシードを纏うドライバーだからこそ、イクスギアよりも圧倒的な攻撃力を誇るのだ。


「我々も最初は同じ事を思っていましたよ。性能面で遙かに勝るイクスドライバーだからこそ、この戦果を上げられたのだと。だが、なぜ、要となる《氷雪》のイクシードを奪わなかったのだですか? 彼女ならその一個を奪う事も造作もなかったでしょう?」


 視線を向けられた凛音はバツが悪そうに顔を顰めた。

 

 この男が言った通り、一騎から最後のイクシードを奪うのは簡単だった。

 なにせ、一騎には戦う意思がなかったのだ。


 丸腰の相手に躊躇こそするが、その一時の感情で指先が鈍るようなヘマはしない。


 あの時、一騎との戦闘を切り上げるように指示したのは、他でもない、総司本人だったのだ。


 あの時、総司は言った。『時間がない』と。

 今も、その時もその言葉の真意はわかっていない。

 だが、あのまま戦えば、総司にとって都合の悪い状況になっていたのだろう。


「――実験ですよ。《氷雪》のイクシードで本当に魔力を抑制出来るのか……暴走しかけたイノリの体を使って実験をしたかったんです」


 そして、総司の口から語られる。

 あの時の言葉の意味が。


「一ノ瀬一騎の症例から、《氷雪》のイクシードには魔力の暴走を抑制出来る能力があることは察しがついていた。だが、それと同時に疑問にも思っていたのですよ。なぜ、魔力の暴走を抑制出来る力があるのに、ユキノは《魔人》へと堕ちていたのか?」


 考えてみれば当たり前の事だ。

 魔力の暴走を抑制出来るなら、ユキノが《魔人》へと堕ちる事はなかった。

 それなのに、現実ではユキノは《魔人》へと堕ち、その身をイクシードへと変える結末を迎えている。

 

「それだけがわからなかった。なぜ、彼女は暴走してしまったのか。その原因はどこにあるのか? けど、それも、この前の戦闘でハッキリしましたよ」


 全ては十年前。

 暴走しかけた妹のイノリの魔力をイクシードで抑制しただけではない。

 イノリの牙によって瀕死の状態に追い込まれた一騎を魔法で治療したばかりか、一騎の身に流れるイノリの魔力すら《氷雪》によって封印していたのだ。


 そこに自分の身を守る――という選択の余地は一切ない。

 暴走状態で度重なるイクシードと魔法を行使した結果、ユキノは《魔人》へと堕ちる事になったのだ。


 それを一言で表せば、『絆』


 愛や友情といった『絆』を大切とする銀狼の種族だからこそ、ユキノは身を顧みず二人の命を救っていた。


 だが、そんなの総司に言わせてみれば――


「……その原因は実に下らないものでした。あぁ、本当に下らない」


 愛などばかばかしい。

 そんな不確かな感情など総司には理解出来ない。


 愛などと下らない感情のせいで計画が遅延していたことに対する怒りだけが彼の胸中で渦巻いていた。


「下らない理由ですか? 出来ればその理由をお聞かせ願いたい。貴方には下らない理由でも、私達にとっては重要かもしれないんですよ」

「ん? 理由ですか? 聞いたところで理解出来ないと思いますが……誰かを守る為に自分を犠牲にする事が出来る――アレはそういう類いの女だったって事ですよ」


 その言葉に誰もが言葉を失った。

 それは総司の言った話を理解したが故にだ。


 誰かを救う為に命を投げ出した。


 その意味を理解出来ない程、彼らは人間を辞めてはいなかったのだ。


 彼らにも家族があり、命に代えても守りたい人達がいる。

 その決断が如何に勇気ある行動で、同時にどれほど困難な選択であるのか――彼らは痛い程理解しているのだ。


「――それを貴方は」


 下らないと切り捨てるのか?


 その続きの言葉が口を突いて出てくる事はなかった。


 その理由は単純。

 彼らを見つめる総司の瞳に臆したからだ。

 まるで、人を人とも思っていないかのような瞳。

 誰かを殺すのに躊躇いのない視線に彼らの総身が粟立つ。


「続きを言って下さいよ。黙ったままじゃわからない」


 青ざめる政府重鎮たちに総司は冷ややかな視線を向けて尋ねる。

 その視線だけで、数人が泡を噴いて昏倒した。


 続きを一言でも口にすれば命はない。


 誰もが確信した。


 目の前の男は、人の皮を被った悪魔だと――


 逆らえば、自分の命だけではない。大切な人の命にも魔の手が伸びる。


 一度、契約を結んだ以上、この男から逃れる術はない。

 

 苦虫をかみ殺したような表情を浮かべ、押し黙る政府重鎮たち。

 そんな彼らを見渡して、満足そうに総司が頷いた直後――


 これまで、一言も喋らずに黙っていた少女が、


「――親父は、それを下らないと切り捨てるのかよッ!?」


 涙を浮かべ、総司に掴みかかった。


 突然の行動にその場にいた全員が硬直する。

 

 そこには総司も含まれていた。

 目を見開き、驚愕の表情を覗かせながら、胸ぐらを掴んだ凛音を見つめ、


「……放しなさい」


 威圧のある一言を放つ。


 凛音の肩がビクンッと震え、指先の力が弱まる。

 だが、凛音はその手を放す事はしなかった。


 吊り上がった凛音の瞳には怒りがありありと滲み出ており、掴んだ手は総司の視線に震えていたが、それでも頑なな意思を感じさせた。


「――凛音」


 抑揚のない、静かな声で凛音を諫める総司の表情に感情はなかった。

 親が子に向ける愛情も怒りもない。

 

 そうする事が当たり前のように、凛音の腕を掴むと――


「――ッ!?」


 メキメキと腕の骨が悲鳴を上げたのだ。

 腕に奔る激痛に凛音の顔が強張る。


 万力に掴まれたように腕が圧壊されそうだ。

 とてもじゃないが、人間の腕力で出来る芸当じゃない。


「お、親父……この力――」


 ただ、一人――凛音だけはこの力の正体に察しがついていた。


 これは――魔力による身体強化だ。

 しかも凛音や召喚者達とは事なり、その暴走を完全に支配下に置いている。


「どうして、親父が……」

「――遊びが過ぎたみたいだ」


 ポツリと総司が呟いた直後、凛音の腕が圧壊。

 その痛みに悲鳴を上げる暇もなく、凛音の小さな体が宙を舞った。


「あぐっ……」


 強かに床に叩きつけられ、大量の空気が肺からあふれ出た。

 酸欠により明滅とする意識が、次の瞬間、腕に奔る激痛により強制的に覚醒させられる。


 凛音は無事な腕でイクスドライバーを装着すると、引きちぎるようにして胸のペンダントをもぎ取り、ドライバーに装填。

 起動認証コードを叫んだ。


「セ、セット――イクスドライバー《スターチス》ッ!!」


 次の瞬間、凛音の体が赤い光に包まれる。

 身に纏っていた衣服が分解され、裸になったその身を覆うように赤を基調としたイクススーツがその身を覆い、さらに、重厚感のある赤い鎧が凛音の体を守る。


 一瞬にしてギアを纏ったイノリの体を炎が覆う。

 治癒能力を持つ《火神の炎》が傷ついたイノリの体を癒したのだ。


 砕かれた腕の調子を確かめながら、容赦ない視線を総司に向ける。


「……どうしてだよ、クソ親父!」


 悲壮感漂う凛音の瞳には涙が溢れていた。


 それは、信頼していた養父に垣間見た闇を見て。

 人が当然と持つべき愛情の何一つを向けられていなかった絶望に対して。


「なんで、誰かを助けようとする気持ちが下らないって言えるんだよッ! なら、どうしてあたしを助けてくれたんだよッ!」


 暴走する魔力に苦しんでいた凛音を救ってくれた。

 家族を――寄る辺をなくした凛音に新しい居場所をくれた。


 もう一つの家族。


 その父親に初めて凛音は反抗の牙を剥いたのだ。


「どうしても何も――」


 総司は乱れた服を直しながら、興味が失せた視線を凛音に向け、そして――


「君に利用価値を見出したからに過ぎないからだ」

「っ~~」


 その刹那、凛音は声に鳴らない悲鳴を上げた。


 信頼して、信用して、大好きだった父親の仮面がボロボロに崩れる。

 止めどなく溢れ、流れる涙は、かつてあった虚構の家族の思い出が凛音の中でとても大切な思い出であった証。


 それを否定され、拒絶され、殺意を向けられ――


 凛音の中で大切な何かが砕け散った――


「あああああああああああああああああッ!」


 我武者羅に【ロートリヒト】を乱射。

 轟く銃声に重鎮たちがたまらず悲鳴を上げる中、総司は涼しげな表情を浮かべ、


「危ないじゃないか」


 手にした万年筆の先端を弾頭にかすらせる。

 僅かに軌道が逸れた弾丸は総司の体を掠めるに留まった。

 乱射された弾丸の悉くを万年筆の先端だけで避けるその異質さに凛音の全身に悪寒が走る。

 そして、


「お仕置きだ」


 ボロボロになった万年筆が銃弾を弾くと同時に砕け散る。

 もう総司に銃弾を弾く術は存在しない。


 だが、もうその必要はなかったのだ。

 弾かれた弾丸はその軌道を大きくずらし、他の弾丸に直撃、さらに跳弾した。

 跳弾した弾丸は次々に他の弾丸とぶつかり床や壁に散発する。


 まるでビリヤードのように、たった一発の弾丸の跳弾で全ての弾丸が叩き落とされたのだ。

 

 それだけではない。


「あ……がッ……」


 腹部に強烈な痛みが走る。

 視線を下ろした凛音の瞳が驚愕に見開いた。

 最初に跳弾した一発の弾丸がイクスドライバーに命中していたのだ。


 銃弾は堅牢なイクスドライバーを破壊こそ出来なかったが、機能不全にさせるには十分な衝撃で――


 凛音の纏うギアがバチバチと放電を始めたのだ。


 ギアの強制解除――その先に待つのは総司の手による明確な死。


 この場で唯一信頼出来る己の第六感がそう警鐘を鳴らすのだ。


 凛音はその警鐘に全幅の信頼を置き、決死の大博打に打って出る。


「【ロートリヒト】――フルバーストッ!」


 ギアがバチバチと悲鳴を上げる中、凛音は最大火力の弾丸を放った。

 それは《火神の炎》の炎が宿った弾丸――《火炎弾(フレームバレット)》だ。


 放たれた瞬間、密室に近い会議室がまるでサウナのように茹で上がる。

 それだけじゃない。


 炎を纏った弾丸は総司の視界を火炎で埋め尽くし、凛音の姿を隠した。


 その直後、ドパンッ、ドパンッと発砲音が鳴り響く。


「――ちっ」


 凛音の意図を察した総司は舌を打ち鳴らすと《火炎弾》を転がって避け、円卓へと――

 正確には円卓の上に置かれたイクシードに駆けつけ、鋭い剣幕を浮かべた。


「やってくれたな、凛音」


 総司は空になったスーツケースを怒りに任せ乱暴に蹴り飛ばし、会議室の壁に空いた風穴を睨み続けるのだった――

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