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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
第二章『イクシード争奪編』
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銀狼の封印Ⅱ

「――話にならねぇ」


 凛音は一騎の告白を解せないと吐き捨てる。

 《魔人》と戦う召喚者――それも確かに彼らの一面だ。


 影でこの世界にいた人達を守ってくれていた事も凛音は当然知っていた。


 なにせ凛音が所属する組織はこの国の政府――『日本政府』だ。

 特派の設立を認めた組織に所属するギア適合者――だからこそ特派の事は一騎よりもよく知っている。

 知ってなお、凛音は戦う覚悟を決めたのだ。

 それは彼らがあまりにも危険な存在だから。


「知ってるか? この世界に何体の《魔人》がいるか」

「……二十体、だよね?」

「そうだ。そしてあたしの持つ三つのイクシード。そしてあの女から奪った十五個のイクシード、そしてお前が持つ氷のイクシード――全部で何個だ?」

「……十九個だ」

「簡単な引き算だ。《魔人》は残り一体。《門》の能力を持った――全ての元凶。そのくそったれだけだ」

「なら、余計に戦う必要はないよ。僕たちが協力して最後の《魔人》を助けだせば――」

「わからねえのか?」

「……え?」


 一騎の言葉を遮るように険のある視線で凛音は睨んだ。

 それは一種の警告だ。

 まるで事態を理解していない一騎に対する。


「あと一体。それでこの戦いは全て終わる。っていうのに、なんで連中は十五のイクシードを一つ所に所持してやがる。それが危険な能力と知りながら、なんで独占し続けて来た」

「……そ、それは、この力が元は召喚者の――異世界の力だからじゃないのか? 独占しているわけじゃ」

「してるさ。現にコイツらはイクシードの譲渡をこれまで何度も断ってきた。『危険な力だ。人の身に余る力だ』って理由をつけてな」


 イクシードを使うにはイクスギアやイクスドライバーなどの装置と魔力が必要になる。

 だが、特派はイクスギアの設計も、そしてイクシードもこの世界の人間達に渡す事はしなかった。


 それは、この世界の人間にイクシードが使えないから。

 その身に魔力を持たないこの世界の人間に使えない異能だからだ。

 

 だからこそ、特派はイクシードの譲歩に首を縦に振らなかった。


 だがそれは違う。


「あいつらは知ってんだよ。《魔人》を全て倒した後、この世界の人間が次に向ける銃口の先を。だからその力に対抗する為の力を手放そうとしねえ」


 凛音の雇い主――いや震災後、凛音を拾い育てくれた恩人は日頃から凛音にそう言い聞かせてきた。

 異能の力を独占する特派は世界全ての敵だ。

 彼らがその力を振るえば今度は日本だけじゃない。この世界全てが召喚者の手によって蹂躙される。

 そんな未来は来てはいけない。

 この世界に召喚者のよるべき場所などありはしないのだ。


 今度は召喚者が《魔人》の代りとなって牙を剥くと――


 だからその前に――


「あたしは《魔人》を全て倒す。そして、その力を独占する特派をぶっ潰して、無力化する。そうでなきゃこの争いは終わらねえ。本当に平和を望むなら争いの種を全部ぶっ潰すしかねぇんだ」


 それが凛音の導き出した答え。


 だからこそ、召喚者を許し、その手を繋ぐ一騎とは相容れない。


 今わかった。


《魔人》に襲われ、その身に人ならざる力――魔力を宿した異端同士だが、その心の在り方もそして信念も真逆。


 一騎と凛音は戦う運命にある。


 特派から一騎を救い出す――そんな淡い希望は凛音の中で粉々に砕け散った。


 もう躊躇わない。


「ギアを纏え。そのくらいの時間は待ってやる。お互いに引けない身だ。なら後は銃と拳でやり合うしかねぇ」

「僕は……戦いたくないッ!」

「――戦場のど真ん中で、甘えた事ぬかしてんじゃねぇええええええええええええ!」


 引き金にかけた指先に力が入る。

 まさにその銃口が火を噴く直前――


『そこまでだよ、凛音』


 凛音のギアに通信が入った。



 ◆



「……どういう了見で抜かしやがる」


 突如入った男性の通信。

 それは凛音のよく知る人物からだった。


 銃口を一騎に向けた状態で凛音は通信に意識を傾ける。


『十分だ――と言ったんだよ』

「十分? 何が? まだ全てのイクシードを回収出来てねえだろ? アイツらにはまだ戦う力がッ!」

『それでも、だよ。特派の持つ十五のイクシードを回収した。彼らの戦力は十分に殺げたと考えていいだろう。それに――どうやら戦っている時間も無さそうだ』

「時間――だと?」

『あぁ、こちらの都合だと考えて欲しい。いつも君には迷惑かけるが私の頼みを聞いてくれないかな?』


 その優しい口調に凛音の威勢は削がれる。

 そもそも、凛音はこの男に逆らいたくない。

 死の淵にあった凛音を拾い上げ、今日まで育てくれた恩人だ。


 もう一人の父親――そんな心の拠り所に刃向かうなど凛音の思考には存在しない。


「わーったよ」


 凛音は苛立ちを隠さないまま銃口を一騎から下ろすと踵を返す。


「凛音ちゃん」


 その去り際、チラリと一騎を盗み見る。

 戦いにならずどこかホッとした表情を浮かべる一騎に再び怒りがこみ上げてくるのを必死に押し殺す。

 そして――


「その最後のイクシード、次に会った時、必ず奪ってやるからな」


 その捨て台詞を残し、戦場を後にするのだった――



 ◆



 その後ろ姿を一騎は追おうとはしなかった。

 追えば必ず戦いになるだろう。


 今度は言葉を交えることなく、容赦なくその引き金を引いてくるに違いない。

 そんな確信が心のどこかにあったのだ。


 だが、それだけじゃない。

 一騎には今成すべき事が残っている。


「――イノリさん!」


 魔力の暴走に喘ぐイノリに一騎は急いで駆け寄った。

 《氷雪》の力によって《魔人》化の進行速度を遅らせてはいるが、それでもイノリの苦悶に歪んだ表情は和らぐ事はない。

 

 明滅する深紅の瞳が一騎を見た。


「に……逃げて一騎君」


 それはかつて彼女の口から聞いた言葉とまったく同じだった。

 十年前、一騎を救う為に力を解放させ、そして《魔人》へと堕ちる苦痛を味わった時に漏らした言葉。


 こんな時でもイノリは誰かの心配をしているのだ。

 《魔人》となって誰も襲わない為に、周囲から人を遠ざけようとする。

 

 けど――


「あの時と一緒だ」


 失意の念で思い出したかつての記憶。


 あの時、一騎はイノリを守ると、

 側にいると約束した。


 十年間忘れ続けた約束だけど、もう絶対に破らない。


 今、この場でイノリを守れるのは、助けられるのは一騎だけだ。


「僕がイノリを守る。もう涙なんて流させやしない」

「か……一騎君?」


 イノリの瞳が見開いた。

 かつての記憶を一騎が覚えている事。

 その事に疑問を抱く。


 覚えているはずがない。


 一騎の十年前の記憶はユキノが《氷雪》の力で凍らせたのだ。


 《魔人》となったイノリの魔力を肩代わりして、イノリの牙に倒れた一騎を助ける為に治癒魔法を酷使しながら、その記憶を氷の中に封じ込めた。


 なのに、なぜ――?


 その疑問は次の瞬間、氷解した。


「イクスギア――フルドライブ」


 一騎の起動認証により右腕に顕現された氷の鎧――それはユキノのイクシードを核として造られた新たな鎧だ。


 そして、ユキノのイクシードを自在に扱えるということは――


 自分の力で氷の封印を解除出来るということに他ならない。


 一騎が十年前の記憶を取り戻した事は何ら不思議な現象ではない。

 それは必然。

 

 どんなに苦しくとも再び戦う覚悟を胸に刻んだ一騎の支えとなる約束の誓いだ。


「俺とユキノさんの力で、イノリを絶対に助ける――」


 一騎は右腕だけに纏ったギアでゆっくりとイノリの体に触れた。

 そして、《氷雪》の能力を発動。


 直に発動させることで、暴走していた魔力の動きをさらに抑制。

 そして、沈静化した魔力をイノリの暴走しかけたイクシードと一緒に《シルバリオン》へと封印しだしたのだ!


 《魔人》を封印するには一定のダメージを与え、暴走したイクシードを沈静化させる必要がある。

 今のイノリにもその原則はあてはまる。

 だが《魔人》へと堕ちきっていないその体にイクスギアでの攻撃は命に関わる。


 だからこそ、一騎はユキノの力を借りた。


 魔力すら凍らせるユキノ力だ。

 ならば、その深奥で燻るイノリのイクシードだって沈静化出来るはず――


 その賭けに――一騎は勝った。


 暴走しかけたイクシードを凍結し、その力を封印する事が出来たのだ。


 その前人未踏の領域に足を踏み入れ、一騎は万感の思いを込め叫ぶ。


未知数イクスの力で――銀狼の力を封印するッ!」


 それは、かつて「守る」と約束していながら、苦しむイノリに何も出来なかった過去を払拭する信念の現れ。


 そして、その思いに呼応するかの如く、


 イノリを《魔人》へと貶める黒い魔力が一騎のイクスギアに封印されるのであった―― 

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