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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
第二章『イクシード争奪編』
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銀狼の封印Ⅰ

「――んなぁ!?」


 その光景に凛音の思考は凍り付く。

 

 イノリに向かって真っ直ぐに放たれた銃弾。

 その一撃はイノリの眉間に突き刺さり、その命を奪う――はずだった。


 だが、突如現れた氷の壁が凛音の一撃を阻んだのだ。

 

 凛音とイノリを別つように出現した氷の壁はイクシードの能力によるもの。

 その壁に手をつきながら荒い呼吸を繰り返す一騎を見て、凛音は悪態をついた。


「忘れてたぜ、そういやぁもう一つあったな」


 それはイノリのイクスギアにはなかったイクシード。

 封印したばかりでまだ一騎の手元に残っていたイクシードだ。


 その能力は【凍結】


 イノリの姉――ユキノが保有していた能力だ。


 一騎はその力を使い、体を束縛していた糸の鎖を凍らせ粉砕。

 さらにはイノリに向かう銃弾を七十万層からなる氷の壁で防いでみせたのだ。


 だが――


「けど、ガス欠だな。ギアを纏いきれていねぇ」


 凛音の指摘は的を得ていた。


 一騎はユキノとの戦闘で切り札を切らされていた。

 すでに魔力はそこをついており、イクスギアに備わる全ての機能を十全に使えているとは言い難い。


 残された僅かな魔力で纏えたのは右手の鎧のみ。

 

 それも白銀のガントレットではない。

 氷で覆われた装甲だ。


 それは《凍結》の力を引き出した事によりギアが変化したもの。

 一騎の纏う《シルバリオン》の鎧からかけ離れた姿だった。


 右腕を纏う鎧はユキノがそうであったように七十万層からなる氷の鎧で覆われていた。

 五指には鋭利な氷の爪が生えており、右腕を覆う鎧の肘から突出した氷の刃は死神の鎌のように反り返った形状をしている。


 《シルバリオン》より、なお一層攻撃的な鎧を連想させる――それがイクスギア《シルバリオン》――タイプ《凍結》の限定的な姿だった。


「……これで十分だ」


 一騎は右腕のギアを構えるとイノリに向かって手を突きだし、


「ユキノさん、力を借りるぜ」


 《凍結》を纏った右腕の鎧から冷気を放出させる。

 右手から放たれた冷気はイノリの暴走した魔力を捉え、あらゆる物質の機能を停止させる凍結の力をもって――暴走の力を押しとどめたのだ。


 魔力の暴走を完全に押さえつけられたわけではない。

 僅かにその進行を緩め、イノリが《魔人》へと堕ちる時間を僅かに稼げただけに過ぎない。


 だが、その僅かな時間で十分だった。


 この戦いを終わらせるには――


 一騎は凛音に向き直るとゆっくりと拳の構えを解き、

 次いで、右腕を纏っていたギアすら解除したのだ。


 予想外の行動に凛音は眉を歪め、苛立ったような眼差しを一騎に向けた。


「――お前、どういうつもりだよ……」

「確か、凛音……ちゃんだったよね?」

「あぁ? なんだよ、唐突に」

「君の名前だよ」


 まったく噛み合わない会話に凛音は舌を打ち鳴らす。

 不機嫌さを隠そうともせずに悪態つく。


「それがなんだって言うんだよ」


 半眼で一騎を見つめながら、ゆっくりと銃口を向けた。

 相手は生身の――それも同じ人間だ。

 凛音にしてみればそもそも銃を向ける理由がない。


 だが、一連の不可解な行動に凛音の第六感が警鐘を鳴らしていたのだ。

 戦いのど真ん中で武器を捨てるなんて非常識が。


 そのあり得ない行動が凛音の判断を狂わせ――


 引き金を引く指を鈍らせていた。


「……君とは戦いたくないんだ」

「あぁ? なにとち狂った寝言を抜かしやがる」


 その一言に凛音はしかめっ面を浮かべ、即座に吐き捨てる。

 

「戦いたくないだと? ふざけるな、お前はあの連中に肩入れしてるんだろ? お仲間なんだろ? なら、あたしの敵って事だ」

「……違うよ」


 だが、一騎はそんな凛音の激昂を真っ向から否定してみせた。

 凛音の戦う目的も信念も何も知らない。


 けど――敵じゃないと、一騎は信じたかった。


 凛音は人間だ。

 《魔人》達のように理性を失い、暴走しているわけじゃない。

 言葉が通じる相手だ。


 なら、話し合って解決出来るかもしれない。


 拳を握りしめてまで戦う必要はないのだ。


「僕たちが戦う必要なんてどこにもない。だって戦う理由がないだろ?」

「……ふざけるなよ」


 小さく囁かれた言葉に宿る怒り。

 それは一騎の一言が凛音の中にある地雷を踏み抜いた証拠。


「戦う理由がないだと? んなわけねぇ。戦う理由ならごまんと転がってやがる」


 召喚者はただこの世界にいるだけ《魔人》へと堕ち、この世界の人たちに牙を剥く。

 それだけじゃない。


 十年前――本州を襲った災厄も彼らが引き起こしたものだ。


 戦わない理由がないはずがない――

 彼らの存在を許せるはずがないのだ。


「お前だって知ってるだろ? 召喚者がしでかした惨事を。奪われた大勢の命を。それを知って敵じゃないと?」

「そうだ」

「……お前は許せるのかよ? お前だって家族を奪われたんだろ? なのにのうのうと生きてる召喚者を許すってか?」


 凛音の悲痛な問いかけはかつて一騎がぶち当たり、そして散々迷ったものだ。


 一騎も十年前の厄災で住む場所を、友を、家族を失っている。

 

 何も思わないわけじゃない。

 あの厄災が召喚者の手によるものだと知った時の怒りは今も胸の奥底で燻っている。


 けど――


 

 それは所詮《魔人》として召喚者を見ているだけにすぎない。


 本当の彼らの姿を見ていないのだ。


 一騎は知っている。

 特派の皆の姿を――イノリの戦う姿を知っている。


 イノリの涙を知っている。


 傷ついたイノリの姿を知っている。


 命を賭けて守ってくれたイノリの横顔を知ってる。


 この世界の人達の為に傷つきながら戦う彼らの姿をこの目で焼き付けてきたのだ。


 だから今さら――その不安に心は揺るがない。

 

「確かにあの厄災は許しちゃいけないことだ。けど――僕らの日常を皆は命を賭けて守ってくれてきたんだ。その手で大勢の人達を守ってくれた。その気持ちに、行動に嘘はない。そんな皆だからこそ、僕も力になりたいと思ったんだ!」


 それこそが一騎の偽らざる本心だった――

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