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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
第二章『イクシード争奪編』
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勇気のキスⅡ

「ハッ、粉々に消し飛びやがったか」


 赤い鎧を纏った少女は吐き捨てるように言い放つ。


 彼女の目の前に広がる光景はそう表現してなお、悲惨な光景だった。


 まるで、その一画だけが抉り取られたかのように焼失していた。

 彼女の砲身から一直線に伸びた焼け野原は大山を射貫き、伸びている。


 その射線上に生物が生存するだけの空間は存在しない。

 あらゆるものを呑み込み、破壊する雷神の一撃だ。


 彼女が有する最大の攻撃である電磁砲を受けて無事でいられるはずがない。


 そして、それは確信に変っていた。


 電磁砲に呑み込まれたイノリ。

 彼女が纏っていたイクシード《剣》が紫電を発しながら転がっていたからだ。


 確実な勝利を前に、彼女はその余韻に浸る。


(また一人、魔人を倒す事が出来たよ、お父さん、お母さん)


 それは彼女の復讐。

 異世界から召喚された召喚者達が引き起こした悲劇――『本州大震災』

 そして、彼女を襲った《魔人》に対する復讐。


 召喚者達の打倒を手向けとして、ようやく彼女は両親と友の墓前の前に立つことが出来るのだ。

 無様に、人としての生を捨て、生き抜いた彼女のたった一つのケジメだった。



「さて、そんじゃあ、イクシードとコイツは回収させてもらうか」


 転がった《剣》を拾い上げ、赤いギアを纏った少女は一騎へと視線を向けた。

 未だに自我を崩壊させている一騎を見て、少女は眉間に皺をよせた。


(何を悩んでやがる。お前のした事は正しいんだ)


 《魔人》を殺す。

 それは間違った事じゃない。

 この世界に住む全ての人間が持つ正当な権利だ。


 少なくとも、彼女はそう思っていた。


 今まで三体の《魔人》を倒し、その力を奪って来た。

 その事に後悔を抱いた事はない。


 だから、


 一騎のした事は正しいはずだ。


 なのに――


(なんで、胸の中がモヤモヤしやがる……)


 それは、彼女も初めて見た光景だった。

 今まで倒した《魔人》は全て人のような姿に戻っていた。

 

 けれど、今回は違った。

 本当に影も形も残さず消えたのだ。


 その不可解な現象に言葉を失い、彼女は引き金を引くのを躊躇ってしまった。


 けど、これでいい。


 彼女はユキノ消失に目を瞑り、戦う事を選択した。


 《魔人》を倒す事でしか、明日を切り開けない彼女にとって、《魔人》を哀れむなどあってはならない。

 《魔人》に罪の意識など抱いてはならないのだ。


 たとえ、人の形をしていようとも、その本性は残虐非道。

 だから、躊躇うなと己の魂に叱咤を打ち、過剰ともいえる電磁砲を使用して、一気に殲滅した。



 この胸の痛みも次第に収まるだろう。


 後は残された任務を遂行するだけ。


 特派から全てのイクシードを奪い取る。

 召喚者から戦う力をむしり取り、かつての平和を取り戻す。


 それが彼女の戦う理由であり、願いだった。



 だが――


 彼女は失念していた。


 特派が――

 イノリが、簡単に倒されるような相手ではないことを――



 ◆



「《換装シフト》――《流星ミーティア》ッ!」


 それはまさに一瞬の出来事だった。


 電磁砲に呑み込まれる直前、イノリは咄嗟に《剣》から《流星》へと能力を切り替えていた。

 そして、左右に逃れる術のない極光を直上へと逃れる事で回避していたのだ。


 遙か上空から赤いギアの少女を見つめ、イノリは《メテオランス》の柄を握りしめる。


「一騎君に……」


 《流星》の全スラスターを稼働させ、亜音速のスピードで深紅のギアへと疾駆しながら、イノリは吠えた。


「近づくなあああああああああああああああああああああッ!」


 その瞬間、一騎へと近づいていた赤いギアの少女の足が止る。

 驚愕に見開いた瞳は、一直線に槍を構えて特攻してくるイノリを見据えていた。


 少女は咄嗟に拳銃をイノリへと向ける。

 だが、遅い。


 彼女がイノリの眉間に銃口を向けるよりもイノリの槍が彼女を貫く方がはるかに早い。

 だが――


 ドパンッ!


 その予想を裏切る一発の銃声が木霊した。


 赤いギアの少女から放たれた一発の銃弾は確かに眉間から外れていた。

 その狙いは槍の先端。


 針の穴に糸を通すような正確さをもって、引き金を引いたのだ。

 むろん、亜音速のスピードを誇る《メテオランス》がたかが銃弾の一発で砕けるはずがない。

 銃弾は槍に直撃した直後、その進行を僅かに逸らし、槍の上を滑るように滑空する。

 そして、その軌道を見て、イノリは赤いギアの少女の真の狙いを看破した。


(まさか――)


 それは、イノリの命を狙った弾丸でも、武器の破壊を狙った弾丸でもない。


 もっと別の――


 ギアの力を具現化する――イノリの右手首に装着されたイクスギアそのものだ。


 ガァアアアアアン――……!


 その弾丸は違うことなく、イノリのイクスギアに直撃。

 直後、イノリの全身が光の繭に包まれる。


 イクスギアが損傷した事による機能不全で、身に纏ったギアが強制解除されたのだ。


 ガラスが砕けるようにギアが消える。

 それだけじゃない。


 イクシードを格納する機能も破損してしまったのか、イノリの周囲には光輝く宝石――イクシードが散乱していた。


「あぐぅううう!」


 ロクに受け身もとれないまま、イノリは地面に落下する。

 《流星》で加速をつけての落下だ。

 

 その衝撃は内蔵を破壊し、全身の骨を砕く。

 口から吐瀉物と肉片と血をまき散らしながら、イノリは一騎の目の前まで転がった。


 その姿は、もはや生きているのが不思議なくらい。

 手足はありえない方向に折れ曲がり、骨が肉と皮膚を引き裂き飛び出していた。


 ユキノによって抉られた腹部からは臓物が溢れ出し、血の海を広げていく。


 まさに死に体だ。


 イノリに意識があったのは奇跡に近い。


 もっとも、その意識すらすぐに闇へと溶けてしまいそうなほど朦朧としたものだったが……


「まさか、生きてやがるとは……」


 ギアを纏った少女はイノリの悲惨な光景に表情を険しくしながらも、気丈な態度をとっていた。

 その表情は驚きに満ちたものだったが、同時に悲痛さを思わせるもので、彼女は見ていられないとばかりにイノリから視線を逸らす。


「もっともその傷だ。もう長くはないだろよ」


 まさに、その通りだった。

 鼓膜も潰れ、片目の視力すら失ったイノリ。

 もはや死を待つしかない状態のイノリの視界に映っていたのは――



 こんな状況にも関わらず、未だに謝罪の言葉を並べ連ねる一騎の姿だった。

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