お姉ちゃんを・・・・・・助けてッ!
「――」
イノリは言葉に出来ない衝撃を受けて、硬直していた。
嘘ッ!? これ、嘘だよね!?
今日ってエイプリルフールだっけ!?
ううん、確か違ったよね? 違うと言ってよ、一騎君!?
先ほど一騎が口にした告白の言葉がイノリの中で濁流となって渦をなす。
『好きだ』
その言葉を思い出す度に体の奥がジィ……ンと熱くなる。
抱きかかえた一騎と視線を合わせる事すら出来ない。
きっと今のイノリの顔は真っ赤に染まっている事だろう。
戦闘中で気なんて抜けないはずなのに、きっと顔は緩みきってしまっている事だろう。
それ程までに一騎からの告白は嬉しかった。
イノリの中の恋心が溢れ出す。
側で感じる一騎の温もりを全身で感じて下腹部が熱くなる。
どうしよう、これ……!?
一騎の告白に対する答えは、もちろん、OKだ。
だって、ずっとずっと好きだった。
初めて頭を撫でてもらった時から。
初めで出会った時からずっと、彼の温もりが大好きだった。
けど――
イノリの中の冷静な自分が囁きかけるのだ。
本当にそれでいいの?
恋愛感情に溺れて、一騎の優しさに身を委ねて本当にいいの?
貴女はまだ、彼に語っていない真実があるはずでしょ?
それを語らずに彼に気を許しても――
彼がそれを許してくれると、本気で思ってるの?
化け物は化け物らしく、その役割を全うすべきでしょ?
そう語りかける内なる心にイノリの頭は急速に冷静さを取り戻していく。
あぁ……本当にバカだ。私……
思わず己のイクシードを呪いたくなる。
押さえの効かない感情が、一騎に向ける恋慕の気持ちが。
両思いだと知った瞬間に押し寄せる愛おしさが――
その全てがイノリにとっての罰だ。
答えられない。
彼の気持ちには。
今のイノリに一騎の気持ちを受け取る資格はない。
この胸の秘密を全て打ち明けるまでは――
だから。
「一ノ瀬……」
イノリは一騎の体からそっと離れると、一騎のその広い背中に顔を埋める。
ギアのゴツゴツとした感触の中にある一騎の鼓動を感じながら、イノリは涙を流す。
「ごめんなさい……」
それは何に対しての謝罪なのか。
イノリ自身にもよくわかっていない。
だけど――
これだけはわかる。
もう、イノリは限界だった。
嘘をつき続ける事も。
一人でいる事も。
無力な自分も。
だから――せめて、許して欲しい。
この背中に縋る事を。
それが、一騎の告白に答える事の出来ない、イノリの唯一の願いだった。
「お姉ちゃんなの……」
「イノリ……」
目の前にいる《魔人》を一騎は驚いた表情で見返した。
目の前の《魔人》の正体を知って驚いているのだろう。
それはそうだ。
「大好きなお姉ちゃんなのッ! だから――」
イノリが今、まさに口にしようとしている言葉は、一騎にとって、とても残酷な選択を強いる事になる。
イノリに出来なかった決断を、一騎に背負わせる。
その事に、イノリは途方もない後悔を覚えた。
けれど、一騎はイノリが噤んだ言葉を口にしてしまった。
「大丈夫だ。イノリのお姉ちゃんは俺が絶対に助けるッ!」
「――ッ!?」
その瞬間、ポロポロとイノリの瞳から大粒の涙が零れる。
そして感情を押しとどめるダムが決壊したように、ダメだとわかっていながらも、イノリは嗚咽交じりに一騎に全てを託す――
「お願い……お姉ちゃんを助けて……」
呪いの言葉を口にするのであった。