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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
第一章『イクスギア』
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堕ちた銀狼Ⅱ

 《魔人》の行く手を遮るように投擲された《メテオランス》が地面を穿つ。

 たった一槍の投擲で地面に巨大なクレーターが穿たれ、弾丸のように吹き飛んだ岩の礫が《魔人》の体に直撃する。


 大したダメージにはなっていないだろう。

 だが、少なくとも《魔人》の足を止める事には成功していた。


 イノリは鎧のスラスターを駆使してクレーターの中央に突き刺さった《メテオランス》を回収すると、その切っ先を《魔人》へと向けた。


「これ以上、先には行かせない!」


 青い燐光がイノリの体から溢れ出す。

 魔力の発露により、ギアの機能がさらに強化され、《メテオランス》に搭載されたスラスターが稼働した。


 戦闘準備は整った。

 狼の姿を模した《魔人》は喉を鳴らし、警戒心を露わにしながらイノリの周りをグルグルと徘徊する。

 それは狩人の癖なのだろう。

 獲物の弱点を探るように執拗にイノリを舐めます視線にゾクリとした恐怖を覚える。

 


 だが――


「てやああああああ!」


 攻撃する暇なんて与えない。

 裂帛の咆吼と共にイノリは力強く地面を蹴り上げた。

 同時に《流星》の加速能力を最大限まで引き上げる。

 青い閃光となったイノリが容赦なく《メテオランス》の切っ先を《魔人》へと叩きつける。


 バキン――


 その瞬間、イノリは目を瞬かせた。

 砕け散った破片が視界の隅で宙を舞っている。

 

 それは、《魔人》が纏う氷の鎧の破片ではなく――


「うそ……」


 強靱な顎によって先端を噛み砕かれた《メテオランス》の残骸だった。


 砕けた《メテオランス》に思考が奪われる。

 その致命的な隙を狼の《魔人》は見逃さなかった。

 鋭い爪の生えた前足がイノリの頬に爪を立てる。


 左腕に装備されたガントレットのスラスターを咄嗟に稼働かせ、強引に顔と前足の間に腕を差し込む。

 

 ガントレットで《魔人》の熾烈な一撃を何とか防ぐ。

 ガキン――という金属音と目を焦がす火花が散った。

 イノリは予想外の威力に体を後ろへと後退させる。

 直後――ガシャン……とイノリの足元に左腕を守っていた鎧の残骸が転がるのだった。


「――ッ!」


 その光景にイノリは表情を歪めるしかなった。

 必殺の一撃が防がれただけでなく、主武装と鎧の一部を砕かれたのだ。

 

 平静を装ってはいるが、内心は動揺で一杯だ。

 堅牢なイクスギアを容易く砕く破壊力に戦慄する。


 一撃、一撃が致命傷になり得るのだ。背筋に悪寒が走り、緊張に縛られた体は否応無く硬直する。

 頬に汗が伝い、いよいよイノリは動揺を隠せなくなってきた。


 そして《魔人》はそんなイノリを見逃さない。

 大地を砕く膂力を持ってして、接近した《魔人》の速度は《流星》に匹敵する程だ。

 イノリは咄嗟に後退するが、《魔人》の背後で黒い影が動く。


「くあ……」


 それに気付いた時にはもう遅かった。

 《魔人》の尻尾がイクスギアの腰に装着された鎧に直撃。

 呆気なく崩壊してしまった装備に嘆く暇もない。

 矢次に繰り出される前足に牙、そして尻尾――その全てを辛くも捌いていくが、《魔人》の攻撃がイクスギアの装備に触れる度に音をたててギアが崩壊していく。


 ガリガリとギアを削る死の旋風はそのままイノリの命を削っていくかのよう。


 イノリは渋面を浮かべながら、起死回生のイクシードを解き放った。


「――《換装シフト》・《重力グラビティ》!」


 光の繭がイノリの体を包み込む。

 その光は《魔人》の攻撃からイノリを救い出すだけでなく、新たな鎧を形成していく。


 砕けた《流星》の代わりに、鈍重な鎧がイノリの周囲を浮遊する。

 光の繭から解放されたイノリは、浮遊する鎧を《魔人》の周囲に展開すると、その能力を解き放った。


「重力倍加ッ!」


 ズン……と地面が揺れ、周囲の木々がなぎ倒される。

 己の重みに耐えきれなくなり、崩壊したのだ。

 そして、その中央には陥没した地面に貼り付けにされた《魔人》が唸り声を上げ、イノリを睨んでいた。

 必死に起き上がろうと地面を削る《魔人》を目にしてイノリはさらに重力の縛りを強固にさせる。


 為す術もなく地面に倒れ伏す《魔人》を見て、ようやく安堵の吐息をイノリは吐いた。


 いかに強力な一撃を誇ろうと重力には抗えないのだろう。

 倍加した自らの重量に押しつぶされ、苦悶のうめき声を上げる《魔人》


 その姿を見たイノリは――首をひねった。


「……おかしい。イクシードを封印出来ない……」


 これまでの戦闘では一定以上のダメージを《魔人》に与える事で暴走するイクシードを封印する事が可能になっていた。

 だが、その兆候である黒い粒子がこの《魔人》からはまだ溢れ出していないのだ。


 疑問を覚えつつもさらにイノリは重力を操作しようとした――その時だ。


「え――ッ!?」


 突如、《魔人》を縛っていた重力の楔が掻き消える。

 鎖を食い千切った《魔人》の咆吼がイノリを震え上がらせる。


「そ、そんな!? どうして……!?」


 再度、結界を張ろうとイノリは鎧を操作しようとするが、イノリの操作を鎧は受付けなかった。


 イノリは周囲に展開させた鎧へと視線を向け――目を疑った。


 周囲に展開させていた鎧が軒並み、氷の中に閉じ込められていたのだ。

 よく目を凝らせば、《魔人》の足元から青い線が鎧に向かって伸びている。

 恐らく、イノリに気付かれないように氷の網を張り巡らせたのだろう。


 その氷の網は鎧だけでなくイノリの周囲に張り巡らされていた。

 さながら見えない氷の牢獄。

 触れれば鎧のように氷の中に体が閉じ込められるだろう。


「う……うそ……だよね?」


 その光景にイノリは絶望を抱きながら、同時に拭えない既視感を抱いていた。


 このイクシードの使い方に覚えがあったのだ。

 何度も目に焼きついたこの技の名前は――【凍牢】


 子供の頃は幻想的な氷に彫刻に言葉を奪われていた。


 そして、今も――この光景にイノリは言葉どころか、心まで奪われていた。


 嗚呼――最初に気がつくべきだった。


 堅牢なイクスギアを容易く砕けるはずがない。

 狼の姿を模している時点で察するべきだった。

 そして――氷のイクシードを操る時点で思い出すべきだった。



 彼女こそがイノリが戦う目的であり、《魔人》から救い出したいたった一人の家族――



 その事実にイノリの戦意は完全に霧散する。

 狼狽えるイノリの姿は恰好の的だった。

 

 容易に魔人の接近を許し、その身に強靱な爪が振り下ろされる瞬間――


『気をしっかり持て!』

「――ッ!?」


 インカム越しからクロムの怒鳴り声が聞こえる。

 我に返ったイノリは寸前で《魔人》の攻撃を避ける。


 イクススーツが浅く斬り裂かれ、白い肌や傷一つない小ぶりな胸が露わになる。

 胸元を隠しながらイノリは、どうにか新たなイクシードをギアに装備させた。


「……し《換装》・《ブレイド》!」


 震えた声でイクシードの名前をイノリは叫ぶ。

 光の繭がイノリを包み、裂けたイクススーツを隠すように黒い襦袢が体を覆い、その上に白い羽織を纏う。

 さらに腰の帯びには二本の長刀が装備されていた。


 《剣》の鎧を身に纏い、光の繭から解放されたイノリは体勢を整える為に地面に手をついてしまった――


 その瞬間。


「あぐ……ッ!」


 バキバキッ――とイクスギアを装着していた右腕が氷に覆われていく。

 《魔人》が張り巡らせた【凍牢】に触れてしまったのだ。


 肘まで氷付けにされたところでイノリは【凍牢】から脱出する。


 そして、そのまま崩れ堕ちたイノリは懇願するように目の前に立つ《魔人》を見上げ――


「嘘だよね……お姉ちゃん」


 驚愕の一言を零すのだった――

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