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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
第一章『イクスギア』
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イクスギアの可能性

「よくわかりました」


 唐突にイノリがそんな事を言ってのけた。

 一騎は意味がわからずに首をひねる。


 あろう事かイノリは構えを解くと深々とため息を吐いたのだ。

 曲がりなりにも今は決闘の直中。

 相手にそんな隙を見せる愚行を注意すべきなのだろうが、一騎は馬鹿にされた事に腹を立て、注意する気も起こらなかった。


「わかったって何をだよ」


 売る言葉に買い言葉。

 一騎は棘のある言い方でイノリを問いただす。

 やはりイノリはどこか呆れた表情を浮かべ、一騎はその態度に眉を顰める。


「貴方の実力ですよ。話になりません」

「何言ってんだよ。イノリに一蹴り入れただろ?」

「あんな苦し紛れの一撃、ダメージにもなってませんよ」


 うぐ……と一騎は言葉を詰まらせる。

 確かにイノリの言うとおり、先ほどの一撃は咄嗟に足が出た偶然の産物だ。

 イノリの攻撃の隙を突いて、どうにか繰り出した一撃。

 その一撃も防がれてしまっている。

 有効打だったとは言い難いだろう。


 だが、それはイノリも同じだ。


「わかってねえのはイノリもだよ。もうイノリの速度にも慣れた。お前の攻撃は俺には届かないぜ?」


 イノリの纏う《流星》のスピードは驚異的だ。

 目で追うことなど到底不可能。

 

 だが、欠点もある。

 それは風圧だ。


 あれだけの速度で動くのだ。当然、イノリの巻き起こす風の嵐は暴風並。

 さらにその速度で繰り出される拳闘は常に尋常ではない風圧を放っている。


 その風圧を察知して、軌道を予測すれば、いかに攻撃が速くても回避する事は可能だ。

 

 互いに決定打を持たない膠着状態。

 一騎はそう判断していた。


 だが――それは自惚れだ。


 一騎はその事実をすぐに思い知る事になる。


「この程度のスピードで何を言っているんですか。こんなの序の口ですよ」

「は……? 何を寝ぼけた――」


 一騎の言葉は続かなかった。

 なぜなら――声を残して一騎の姿が掻き消えていたからだ。

 一瞬の間をおいて、トレーニングルームの壁に施された防護膜が作動。爆音と共に防護膜に幾つもの亀裂が生じる。


「あ……ぐ……」


 そこには、壁にもたれかかり、腹部を押さえる一騎の姿が。

 イクスギアに施されたバリアフィールドすら貫通したのか、イクスギアに装着された鎧の一部が粉々に砕かれ、鎧に守られていたはずのイクスジャケットが無残にも破壊されていたのだ。


 寸瞬まで一騎のいた場所には白銀の槍を突き出したままの体勢でイノリが残心していた。


 《流星》に備わった武装――《メテオランス》だ。

 先の戦いで半壊した槍ではあるが、イノリの魔力の回復に伴って、完全に修復されていた。


「くそ……」


 どうにか起き上がる一騎だが、その表情には焦りが浮かんでいる。


 先ほどの一撃――まったく反応できなかったのだ。

 気付いた時には吹き飛ばされていた。

 何をされたのか、いつ攻撃を受けたのかまるでわからなかった。


 イノリの神速ともいえる速度がここに来てさらに加速したのだ。


「わかりましたか? これが《流星》の本来のスピードです」

「……速すぎるだろ」


 愚痴る一騎を無視して、《メテオランス》の各所から青白い魔力が噴出。

 危険を察知した一騎は直ぐさま回避行動に移るが。


「あが――!」


 ドンッ! という爆発音と一騎が宙を舞ったのはほぼ同時。

 音を置き去りにする程の加速に一騎はまったく対応できないでいた。

 

 大きく弧を描いて山なりに吹き飛ぶ体はろくな受け身もできずに何度もバウンドする。

 

「あ……ぐ……」


 これが《流星》の本気。

 一騎は痛む全身を叱咤しながら、両腕に力を込め、何とか立ち上がる。


 だが起き上がったところで状況は何も変らない。

 イノリの速度を殺せない限り、一騎に勝ち目はない。


 このままサンドバッグにされるのがおちだろう。



(なら、一か八か……)



 状況を打開するにはこれしか思い浮かばなかった。


 ガシャン――と音をたて、ガントレットに内蔵されたパイルバンカーが駆動する。

 肘まで伸びた装甲の一部――その中に内蔵されたスラスターが白銀の魔力を噴出させたのだ。


「やけになったんですか?」


 それは誰の目から見ても自殺行為だ。

 二発と定められた切り札を攻略の糸口も掴めないまま解放する。

 その愚行にオペレーターを務めていたオズも制止の声を張り上げていた。


 だが、一騎はその声を振り切ると拳を弓なりに構える。

 ガントレットのスラスターが全力稼働し、一騎の片腕は白銀の翼が生えたかのような光に飲まれる。

 噴出する魔力に体が吹き飛びそうになるのをどうにか踏ん張り、一騎はイノリを睨んだ。


「どうした? こないのかよ?」

「な――ッ!?」


 一騎にしてみれば軽い挑発だ。

 けど、わかった事がある。

 イノリは冷めた性格をしているが、その実、頭に血が上りやすい。


 簡単な言葉一つで我を忘れてしまう欠点がある。

 この決闘の始まりだって元々は我を忘れたイノリが言い出した事だ。


 まぁ、言い換えれば感情的ということなのだが……



 ならば――こうして煽ってやれば、イノリの事だ。


 一騎の誘いに簡単に乗って、真っ直ぐに突っ込んでくるに違いない。


 それなら、まだ一騎にだってできることがある。


「せっかく心配してあげたのに、その言い方、ますます頭にきますね……」


 青筋を浮かべながらイノリは槍を構え直す。


「いいですよ。もう遠慮しませんから。泣いたって許しませんよ」

「誰が泣くか……」


 それが合図となったのか。

 イノリが強く地面を蹴る。

 それと同時。


「うおおおおッ!」


 裂帛の気合いと共に一騎は両足の力を緩める。


 それはスラスターに耐えて続けてきた戒めを解くのと同じ行為。


 支えを失った一騎は《流星》に匹敵する速度でイノリに向かって吹き飛んだ。


「え――?」


 その時にイノリが浮かべた表情は狐につままれたようなキョトンとした表情だった。

 予想もしていなかったのだろう。

 一騎がイノリに匹敵する程の猛スピードで突っ込んでくることを。


「ちょ、ちょっと!」


 流石にこれほどのスピードでぶつかれば大怪我になりかねない。

 イノリは速度を緩める為にスラスターを前方に噴出。槍を地面に突き刺し、速度を殺す。


 だが――


「おわああああああああああああああああああ!」


 悲鳴に近い雄叫びを上げる一騎に速度を落とす――などという芸当ができるはずもなく――


「きゃあああ!」

「あぐううッ!」


 抱きつくような形でイノリに突撃。

 そのままトレーニングルームの壁に激突するまで勢いは止らず、粉塵を巻き上げながら、一騎とイノリは防護膜が発動した壁に激突するのだった。

 



「はにゅう……」


 イノリは目を回し、情けない声を出しながらも、意識だけははっきりとしていた。

 一騎の体が咄嗟に動いたのか、壁にイノリが激突しないように後ろから抱きかかえるような形でイノリを守ってくれたのだ。

 その代償か、壁に激突した一騎はうめき声を上げ、意識を朦朧とさせていた。


 イノリは直ぐさま一騎から飛び退こうと起き上がろうとする――


 だが――


「ひゃんッ!?」


 さらに情けない声がイノリの口から突いて出て、違和感を感じた胸元に視線を下ろしたイノリは声にならない悲鳴を上げるのだった――




「う、ぐ……」


 その悲鳴が目覚ましとなったのか、一騎はどうにか意識を取り戻す。


 強く頭を打ち、視界が霞む一騎も何とか立ち上がろうと両手に力を込めるのだが――


(あれ……なんだ、これ?)


 おかしい。片腕だけが身動きがとれない。

 痛みはない。腕が折れたわけではなさそうだ。

 だが、手首から先が何かに挟まっており、引き抜くことが出来ない。

 さらには地面にしては妙に柔らかい感触に一騎は首をひねる。


 そして、どうしてか、何かに挟まった手を動かす度に妙になまめかしいイノリの喘ぎ声が耳に届く。


 いや、待て……


 一騎の全身から血の気が引いていく。

 

 いや、そんなはずないだろ?

 確かに、お約束の展開ではあるけど……


「ちょ、ちょっと一ノ瀬……」


 見れば。


 頬を怒りではなく羞恥で真っ赤に染めたイノリが首を回し、涙でにじんだ瞳でキッと一騎を睨みつけていたのだ。

 一騎はイノリと視線を合わせ、そして、その視線を下げていく。


 そして、頭を抱えたくなった。


 恐らくは抱きついた拍子にこうなってしまったのだろう。


 水着のようにイノリの柔肌を覆うイクススーツ。その腋にあたる場所に一騎の手が突っ込んでいたのだ。


 それだけでも問題なのに、さらに問題なのは。




 イクススーツに浮かぶ一騎の手の形。


 それがイノリの乳房を揉むように、浮き彫りになっていたのだ。



 ピッタリとフィットするイクススーツの中に入れられた手。

 

 一騎は直ぐさま引き抜こうとするが、力を込めてすぎてしまったのか、乳房が形を変える度にイノリが熱い吐息と喘ぎ声をもらすものだから、動揺して手が抜けない。

 しかも最悪なのは、イクススーツがイノリの胸に押しつけるように一騎の手を拘束してることだ。つまり――感じてしまったのだ。


 柔らかな感触の中に確かに感じるつんと尖った何かを――




 その瞬間、火照ったように顔が真っ赤になる一騎。もう決闘の事など彼方へと吹き飛んでしまった。



 首筋まで真っ赤に染まったイノリも怒りに我を忘れ――


「……~ッ!? 《換装シフト》、《重力グラビティ》!!」


 ほとんど悲鳴に近いスタートアップコードを叫ぶのだった。

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