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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
第一章『イクスギア』
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一騎VSイノリ

「二人とも準備はいいか?」


 イノリと一騎、双方を一瞥したクロムは一時、瞳を閉じると、トレーニングルームに響き渡る程の声量で――


「では、始めッ!」


 決闘の始まりを告げるのだった。


 

 最初に動いたのはイノリだった。

 構えたイクスギアの一部分がスライド。そこにイクシードをはめ込むと、ギアを起動させる為のスタートアップコードを口にする。


「《換装シフト》、《流星ミーティア》」


 青白い光の繭がイノリの全身を覆う。

 素粒子に分解された衣服の代わりにイノリが身に纏ったのはギアが形成した特殊なスーツ――《イクススーツ》だ。

 一見すると水着のようなスーツだが、装着者の身体能力を何倍にも引き上げるだけでなく、そのスーツが放出する魔力は防護膜の機能も兼ね備えており、装着者へのあらゆる攻撃を防ぐ――《バリアフィールド》と呼ばれる力を発揮している。


 さらにその《イクススーツ》に追加装甲が装着されていく。

 白と青を基調とした機械じみた鎧が腕、肩、胸、腰、足へと次々に装着され、巨大なインカムが両耳を覆う。


 光の繭から解き放たれたイノリの姿は、されど騎士と呼んでいいのか疑わしい。

 

 鎧と呼ぶには些か露出面積の多い装甲。


 だが、見た目だけで判断するのは些か早計だ。

 鎧の各所から青白い魔力粒子を噴出するイノリ。

 それはイノリの纏う《流星》の初動だ。


 鎧の各所に備わったスラスターから魔力を噴出する事で高機動を獲得する《流星》の力の残滓。


 たった数メートルの距離など意味も成さない。


 こうしてイノリのギアを間近で目にするのは初めてだが、ビリビリと肌に伝わる威圧感は相当な物だ。


 一騎の目にはイノリが一回りも二回りも大きくなったようにすら見える。 


 その幻覚に囚われまいと一騎もまた覚悟を決めた。


『一騎君、さっき決めたコードは覚えているね?』


 イクスギアから今回に限りオペレーターの役割を務めてくれたオズの力強い声が聞こえてくる。


「……はい、大丈夫です」


 オズの言う『コード』とはイクスギアを起動させる為の起動認証コードの事だ。

 イクスギアを纏う為には必ずこのコードを使い、ギアの機能を解除させる必要がある。

 不用意に魔力を放出させない為の要として作用している機能で、イノリの場合、《換装》がその認証コードになっている。


 このコード設定の内容は各自が好きに設定する事ができる。

 マインドコントロールの一種とも呼べるだろう。


 一騎は先ほど設定したコードを頭の中で反芻しながら、やや臆病ながらもその言葉を口にする。


「ど、ドライブ……」


 途端。一騎の起動コードにより限定解除されたマナフィールドを突き破り、ギアから放出された白銀の繭が一騎の体を覆った。


 分解された服の代わりに白を基調としたジャケットにズボン。両腕にガントレットを装備した一騎は、力任せに繭を突き破る。

 霧散した光の繭が一騎に降り注ぎ、白銀の魔力に同調するように黒一色だった髪が白銀に変り、日本人特有の黒い瞳が禍々しさを抱かせる深紅へと変貌した。


 変貌したのは姿だけではない。

 温厚だった本来の性格がドロドロとした黒い衝動に塗りつぶされていく。

 破壊衝動が強く刺激され、本来の性格が眠りにつくと一騎は、普段は見せないであろう好戦的な笑みを浮かべるのだった。



 ◆



「……改めてみると凄いわね」


 リッカが戦きながらもそう口にしていた。

 ギアを纏った一騎の姿を目に焼き付けながら、そのデータをとる為に持参したコンソールを必死に操作している。


 同じくクロムも険しい表情を浮かべたまま、コクリと頷く。


「あぁ。オズやイノリ君がギアを纏った姿は何度も見た事があるが、そのどれとも違う」

「ええ、ギアを纏うイクシードを使っていない事も驚きだけど、肉体にまで影響が出ているわ」

「今の一騎のバイタルは?」

「問題ないわ。魔力も正常値。けど、若干の暴走状態ではあるのかしら?」

「……オズ、今の彼と連絡はできるか?」


「やってみます」


 緊張に顔を強ばらせながらオズはインカムに手を伸ばす。



 なにもこの決闘はイノリの我が儘で決まったものではない。

 未だに謎の多い一騎のイクスギア《シルバリオン》――その性能を見極める為の運用試験でもあるのだ。



 ◆


『一騎君、聞こえているかい?』

「ん? 兄貴か?」

『……兄貴? 俺のことか?』

「ああ。特派で頼れるのって今んところ、兄貴だけだからな。だから兄貴って……ダメか?」

『いや……ダメじゃないけど……それよりギアを纏ってみてどうだ?』

「いや~びっくりしてるよ。あの時は無我夢中で、実感がなかったからな。また纏えるかどうか半信半疑だったんだぜ?」

『そうか。もう一度、君のギアについておさらいだ。そのギアの識別名は《シルバリオン》』

「《シルバリオン》?」


 いつの間にやら格好いい名前がついていた事に一騎は目を瞬かせる。


『ああ。それで今、俺達が確認している限りの武装は両腕のガントレットに搭載されたアンカー機能によるインパクトの衝撃波。パイルバンカーとでも呼べばいいのか? まぁ、その一つだけだけど、他に武装はあるのか?』

「たぶん、それだけだ」


 武器と呼べるのはこの両腕のガントレットだけ。

 アンカーのように射出したガントレットを元の形状に戻す――その時に発生する衝撃を拳に乗せる事で威力を何倍にも引き上げる――その機能しか備わっていなかった。


『わかった。けど、その武器の使用はなるべく控えてくれ』

「わかってるよ。ぶっちゃけ、切り札級の破壊力だからな」

『それもある。けど問題はそれだけじゃないんだ。その武装は単純な仕組みだけど、魔力を相当に消費する。恐らく、二発でギアが強制解除する程の消費量と考えて間違いないだろう。使う場面を間違えれば命に関わる』

「なるほどね……」


 クロムに放った二発目の後に体を襲った虚脱感。

 あれは魔力の枯渇によるものなのだろう。

 

 切り札を切る局面を間違えれば待つのは『死』


 一騎の頬につぅーと汗が流れる。


「ちなみに、兄貴。他に武器を増やす方法は?」

『もちろんある。今からそれを身をもって体験して欲しい』

「え? 身をもって……?」


 どういう意味だ?

 首を傾げる一騎。


 だが、その油断が決定的な隙を生んでしまう。


「やあああああああああ!」

「――げッ!?」


 肉薄したイノリの回し蹴りが一騎の側頭部を捉えようとしていたのだ。

 咄嗟に屈み込み、イノリの蹴りを避ける。

 さらにその場から跳躍。

 距離をとろうとするが――


「遅いッ!」

(速えッ!)


 体勢を立て直す余裕もなく、イノリの拳が一騎の腹部にめり込む。


「ぐ……」


 体を突き抜ける衝撃に一騎は息を詰まらせる。

 バリアフィールドの力を易々と貫通するイノリの拳に一騎は驚きを凌駕する程の恐怖を抱く。


(だからって……!)


 痛いのは嫌だ。こうもありありと死を突きつけられた経験など皆無なのだ。恐怖が体を蝕んでいく。


 だが、それも一瞬。


 体を駆け巡る魔力が痛みと恐怖を和らげていく。

 大量に分泌されたアドレナリンが一騎の中の逃走本能を消し飛ばし、闘争本能を活性化させる。


 思考の箍が外れ、本能という獣が目を覚ました瞬間だ。


 吹き飛ばされた一騎は何とか空中で体勢を立て直す。

 だが、そうしている間にも一瞬で接近したイノリが視界の端で拳を握っている姿を脳が捉えていた。


 ダメだ。見て対処してたら間に合わない!


 一騎は視覚情報を捨てた。

 鋭敏になった聴覚や嗅覚――その他の五感も必要がない機能は停止させていく。


 見なくていい。聞こえなくていい。


 ただ一点。肌を刺激する感触。そしてこの体に突き刺さるイノリの殺気だけを研ぎ澄ませ――


 イノリの拳が――その風圧が一騎の肌に届く。


(ここだ!)


 その刹那、一騎は咄嗟に体をひねる。

 風圧を感じた場所から体を逃がすと神速のイノリの拳が轟ッ! いう音を響かせ、一騎の脇腹を掠めた。

 さらに続く拳や蹴りの乱舞も攻撃が届く前に発生する風圧。そして殺気を頼りにギリギリで躱していく。


 そして――


「だりゃあ!」


 イノリの攻撃が止んだ――その一瞬の間隙を突いて、一騎は片足を蹴り上げる。

 素人丸出しの突き蹴りはイノリの腕に装着された鎧で防がれる。

 だが、突き飛ばす事には成功し、いったん距離を離すことは出来た。


 その隙に呼吸を整えながら、一騎は拳を構え直す。


 さぁ、仕切り直しだ――



 ◆



「あら? 意外とやるわね~」

「あぁ。目ではなく肌と殺気で攻撃を察知する。中々にできる事じゃないだろう」

「イノリちゃんの《流星》に対応できていますね」


 二人の試合を観戦していた三人が三者三様の感想をもらす。


 驚くべきは一騎の戦闘スタイルだろう。

 まさに野生の勘ともいえる第六感は凄まじい。

 他の五感を遮断し、研ぎ澄ました第六感は未来予知にも匹敵する精度だ。


「スピードは圧倒的にイノリちゃんが速い。けど――」

「あぁ。反射速度は一騎君が勝っている」

「ということは互角?」


 戦いに関しては素人のリッカが二人にそう尋ねる。

 だが、二人はそうは思っていない。


「互角じゃないですよ。イノリちゃんはまだ全然本気じゃない」

「あぁ。一騎君の出方を伺っていたんだろう。そして、もうイノリ君は一騎君を見極めた」

「え……っと、つまり?」

「ここからは一方的な戦いになるぞ」


 険しい表情を浮かべたまま、クロムはそう断言するのであった。

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