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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
第一章『イクスギア』
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歓迎と拒絶の眼差し

「よろしくお願いします!!」


 クロムに案内された艦橋。

 一騎を取り巻くように集まったクルー達の前で一騎は勢いよく頭を下げていた。

 かつて、一騎は彼らに背を向けた。

 戦うのが怖いと逃げ出したのだ。

 もう、逃げない。迷わない。と確固たる意思を示す為に精一杯に声を張り上げ、彼らの反応を伺う。

 

 値踏みするような視線に晒され、一騎は思わず呻く。

 だが、ここで逃げ出せば、またかつての自分に逆戻りだ。

 帰りたい――と気弱な自分が心に囁きかける一方で、強気な自分が変わるんだろ? と発破をかける。


 気弱な意思に心が揺らぐがグッと我慢する。

 その甲斐あってか静寂に包まれる艦橋の中に小さな拍手が鳴り響いた。

 

 顔を上げた一騎の目に飛び込んできたのは白衣を着た女性。

 イクスギアの開発者でもあり、空中艦|《アステリア』を造りだした天才発明家のリッカだ。

 彼女は満面の笑みを浮かべ、一騎を歓迎する。

 

 そして、彼女につられて、周囲にいたクルー達も笑みを浮かべ、拍手を送った。

 艦橋に響く盛大な拍手に一騎が目を白黒させていると、クロムがそっと囁いてきた。


「もしかして、拒絶されると思っていたか?」

「ええ……」


 逃げ出した一騎を快く迎えてくれるとは思っていなかった。

 冷たい視線ばかり向けられるものだと覚悟していたのだ。

 だが、拍子抜けする程の歓迎ぶりに一騎の緊張が解れていく。


「君がそんなに肩肘を張っているもんだから、俺達も何事だ? って身構えたんだ。言っただろ? このアステリアにいる仲間は家族だと。君もその一員だ。家族を除け者にするほど俺達は冷たくないさ」


 軽快に笑って答えるクロムに一騎はどう言い返すべきか判断に迷っていた。

 一騎はこの世界の住人で、召喚者じゃない。

 クロムがこの世界にいる召喚者を家族と呼応するなら、一騎はそれに該当しないのではないか? そんな疑問が鎌首をもたげる。


 だが、そんな疑問、些末な事だったとすぐに思い知らされた。


「さぁ、お前らッ! 準備は出来ているな!?」


 クロムのかけ声に艦橋にいたクルー達の「オォー!」という喝采が響き渡る。

 同時に、艦橋のメイン画面に映し出されていた映像が切り替わり、『一騎君、ようこそアステリアへ!』という可愛らしい文字がでかでかと表示された。

 そして、大きなワゴンカートに大量の料理が載せられて運ばれてくるではないか。


 さらにクルー達がせわしなく動き、動かせる椅子や機材などを退かすと円卓のテーブルを幾つも用意し、そこに料理を並べていく。

 色とりどりの料理に目が奪われている間に飾り付けも終わったのか、折り紙のリングで造られたアーチが壁に飾り付けられ、可愛らしくデコレートされていた。

 

 その間僅か数分。

 殺風景だった艦橋の内装が一瞬にしてパーティー会場へと早変わりした。


 一騎は開いた口が塞がらず、その様子を唖然と眺めていた。


(な、なんじゃこりゃ……)


 思わず、呻く。

 事態をまったく飲み込めていない一騎の手にリッカがグラスを握らせてくる。


「はい、主役がいつまでも固まっていちゃダメよ?」

「しゅ、主役? ぼ、僕が!?」

「ええ、このパーティーは一騎君の為に用意したのよ? 突貫作業のわりにはよく出来ているでしょう?」


 そう言ったリッカの目の下には化粧で隠していたがうっすらとクマができていた。

 恐らく言葉通り、不眠不休でこの会場をセッティングしていたのだろう。


「リッカさんはアステリアのメンテに追われていただけでしょう? 会場をセッティングしたのは俺達ですよ」


 リッカの会話に割って入るように一人の青年が近づいてきた。

 歳は一騎とそれほど変らないだろう。離れていたとしても二、三歳といった感じだ。

 艦橋に集まったクルー達の中ではイノリの次に若い。

 恐らく彼がイノリの前任者。初代ギア適合者として《魔人》と戦った人物。


「もしかして、オズさんですか?」

「ん? 俺の事を知っているかい? 自己紹介はまだだと思っていたんだけどな」

「いえ、僕が一方的に知っているだけです」

「まさか、司令から?」

「はい」


 オズは「そうか」と頷きながら照れくさそうに笑った。


「改めてよろしく。今はアステリアの操縦士をしている、オズだ。前任のギア適合者としてアドバイス出来ることもあるだろう」

「はい、よろしくお願いします!」

「あはは……気楽にね。緊張しているのがこっちにまで伝わってくるよ」


 オズは気さくに笑いながら、一騎の手に握られたグラスを回収するとリッカにジト目を向けた。


「それにリッカさん、彼、未成年なんですよ? お酒はまだ早いですって」

「いけずね。私達の世界じゃ合法よ?」


 なんと、あのグラスに注がれていた液体はお酒だったのか……

 綺麗な赤いジュースで興味を惹かれていた。

 オズが止めてくれなければ間違いなく口に運んでいたことだろう。


「だとしても、です。俺達は今、こっちの世界の住人なんですよ? ならこちらの世界に従わないと」

「なら、オズ君も飲めないわよね?」

「……俺は別ですよ」

 

 痛いところを突かれたのか、オズは言葉を濁してリッカから視線をサッと逸らす。

 彼も未成年なのか……半眼で見つめる一騎の視線にバツが悪そうにオズは二つのグラスを片付けにいく。

 その背中が哀愁漂うものだったのはきっと気のせいではないだろう。


 そうこうしている内に、別のグラスが一騎の手に渡り、一騎が苦手とする乾杯の音頭で、盛大に歓迎パーティーは始まるのだった。



 ◆



「つ、疲れた……」


 歓迎パーティーが始まって二時間ほどだろうか。

 疲労困憊といった様子で一騎は用意された椅子に崩れ堕ちていた。

 もともと体力の無さには自信のある一騎だ。

 長時間の立食型のパーティーに加え、アステリアの人達との挨拶。

 休む暇もなく、食べたり、飲んだり、喋ったりしていたせいで、体力の限界が訪れたのだ。


 今は輪の中心から離れ、遠目でパーティーを眺めているところ。

 クロムを筆頭とする男性陣が酔いの勢いでアカペラのカラオケや腕相撲大会といった余興に走っている。その中にちゃっかりオズが混じっているのを一騎は見逃さなかった。

 女性陣は料理に舌を鳴らし、歓談に耽っている。

 

 とてもじゃないが、命を賭けて《魔人》と戦う組織だとは思えない。


 きっとこの光景こそが、本来の彼らの姿なのだろう。


 すっかりアステリアの仲間と打ち解けた一騎だが、一人だけ、一言も言葉を交わさなかったクルーがいた。

 一騎はそのクルー……銀髪の少女へと視線を向ける。


「……何か?」

「い、いや……」


 ようやく交わした言葉はひどく冷めたものだった。

 銀髪の髪を指先で弄りながら、退屈そうに会場を見つめる少女――イノリに一騎は警戒しながら近づく。

 理由は単純。

 彼女だけがこの会場で一度も笑顔を見せていないからだ。


 料理に手を伸ばすが無言。ジュースを飲んでも無表情――どちらかと言えば機嫌が悪そうで、一騎も話す機会を逃していた。


 一度、ちゃんと話しておきたい。


 助けてもらったお礼も言いたいし、それに――


 仲良くなりたいと……彼女とはきっと仲良くできると思ったのだ。


「イノリさん」

「……なんですか?」


 明確な拒絶の意思を感じながらも、一騎はしどろもどろに話を続ける。

 イノリはその間、黙って一騎の挙動を眺め、一騎が改めて感謝と謝罪を述べたところで、これ見よがしにため息を吐くのだった。


「別に気にしてませんよ、そんな事」

「で、でも……」

「私は任務であなたを助けました。むしろ、お礼を言うのはこちらの方です。あの時は助けてくれてどうもありがとうございました」


 まるで感情のこもっていない返事に一騎は苦笑いを浮かべる。

 そして、思わず愚痴るように本音が零れた。


「僕、歓迎されてないんですよね……」

「馬鹿ですか」


 そんな一騎にイノリはジト目を向けながら面倒くさげに呟く。


「このパーティーを見て本気でそう思っているなら、医者を紹介しますよ?」

「で、でも……」

「うじうじと情けないですね。嫌っているのは私だけです。そう言えば満足ですか?」


 容赦のない一言に一騎は渋面を浮かべる。

 満足しないわけがないだろう。


 だが、鬱陶しそうに一騎を睨むその視線に一騎の方が先に折れた。

 イノリの視線から目をそらすと、これ見よがしにイノリはため息を吐いた。

 一騎はなにも言い出すことが出来ずに俯くばかり。


「……じゃあ、失礼しますよ」


 イノリはその言葉だけを残すと、料理の乗ったお皿を両手に持って艦橋を後にしていくのだった――


 

 ◆



 一騎とイノリのやりとり。

 その光景を遠巻きにクルー達は伺っていた。

 イノリと一騎の仲はこれから先、もっとも重要になってくる。

 二人の適合者。その効果を十全に発揮するならば、良好な関係性の構築は必須だろう。


 だが、今の二人の様子を見るに、その可能性は絶望的だ。


 頬をお酒で真っ赤に染めたオズは心配そうな表情を浮かべ、クロムに近づく。


「大丈夫ですかね、あの二人……」

「うむ……」


 もしかしたら、時間が解決してくれる問題なのかも知れない。

 放っておいても気付けば――という展開はよくあることだ。


 だが、ギア適合者としてイノリに残された時間は少ない。

 もしかしたらを待てる程の余裕はないだろう。


 クロムは酒の力で低迷しながらも、ポツリと呟く。


「これは、少しばかり荒療治が必要かもしれんな……」

「荒療治ですか?」


 かねてより思案していたあの計画。


 そろそろ実行に移す頃合いだろう――

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