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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
第一章『イクスギア』
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牢獄

 微かな電子音が深い眠りに落ちていた一騎の意識を刺激する。

 だが、目覚ましにしては妙だ。

 一騎の目覚ましはいつも携帯のアプリに頼った物で、奏でられるメロディの大半はランダム再生したアニメや特撮番組の主題歌なりキャラソンだったはず。

 こんないかにもな電子音を使った記憶がなったのだ。


「ん……、こ、ここは……?」


 僅かに芽生えた違和感とともにゆっくりと重たい瞼を上げた一騎。

 天井の照明に目が眩む。

 何度も瞬きを繰り返し、ようやく目が慣れてきたところで、一騎の違和感がさらに膨れ上がった。


「ん? ここ、ど、どこ……?」



 そう。本当に見覚えのない天井に無機質な壁。

 聞こえて来た電子音の正体は重厚な扉を隔離するように張り巡らせた赤外線センサーのような――言ってしまえば、電子の格子だ。


 部屋の雰囲気。そして扉を覆う格子。

 嫌な想像が一騎の脳裏を過ぎる。


「こ、これ、牢屋?」


 もしくは独房。

 どちらにせよ、いい意味ではない。


 焦る心を落ち着かせ、ロクに回らない思考で必死に考えを巡らせる。

 なぜ、こんな事態に陥ったのか。


 突然の事態に頭を掻き乱す一騎。ゴツンとぶつかる何か。


 ゆっくりと手を下ろし、その異形を目にした瞬間、全ての記憶が蘇る。


「い、イクスギア……」


 一騎の手首で輝く白銀のブレス。

 その存在は気を失う前の戦いの記憶を呼び覚ます。


 自分の拳が血に染まるイメージ。

 体を穿ち、《魔人》に大穴を開けた記憶。

 怒濤の衝撃が走馬燈のように一騎の脳内メモリを駆け巡り、思わず嘔吐く。

 パイプベッドと簡易トイレ以外なにもない場所。

 一騎は迷わずトイレに直行。胃液をぶちまけた。


「おげぇ……」


 思い出した……


 一騎は戦った。あの異形の存在――《魔人》と。

 そして、その《魔人》の正体が人のような存在である事を知った。


 今さらながらに戦う事。命の奪い合いをする恐怖に全身が竦み上がる。

 脂汗を滲ませ、一騎は汚れた口周りを拭う。

 けれど不快感は収まらず、手足が震え、悪寒が全身をなめ回す。


「気がついたか?」

「え……?」


 青白い表情を浮かべ、トイレの横で蹲る一騎。

 突然、扉を覆う格子が消えたかと思ったら、大柄な男が扉を潜ってきたのだ。

 俯いたままだったが、声だけ聞けばわかる。

 特派の司令官――クロム=ダスターだ。


「その様子を見る限り、この前の戦闘は覚えているようだな」


 クロムは「よっこいしょ」と呟きながら、ベッドに腰掛ける。

 あまりの重量にベッドが軋むが、クロムも一騎もその事を気にした様子はない。


「クロムさん、僕は……」


 何を言うべきか、一騎は迷った。

 いや、なにを言っていいのか、わからない。

 ここに監禁された理由は察しがつく。

 暴走し、我を失った。恐らくはそれが理由だろう。


 今ならハッキリとわかる。


 ギアを纏った時の一騎は異常だ。

 相手を傷つけることになんの躊躇いもなかった。

 拳を握った事も。拳を相手にぶつけた事も。その全てに迷いがない。


 暴力の化身。それがあの時の一騎だ。


 クロムが止めてくれなければ、どうなっていたか……


「最初にこれだけは言っておこう」


 押し黙る一騎。

 どんな叱責が跳んでくるのか、一騎は唇をきつく噛みしめる。

 だが、一騎の予想と反して、クロムの発した台詞は――


「ありがとう」


 感謝の言葉だった。


「え……?」

 

 キョトンとした顔で一騎はクロムへと視線を向ける。

 するとクロムは深々と頭を下げて絞り出すように口を開く。


「君があの時、来なければ、俺は大切な家族をまた失うところだった」

「クロムさん……」

「恥ずかしい話だが、イノリ君が倒れたあの時、俺達は誰一人としてイノリ君を助けに行くことが出来なかった。だから君が助けに来てくれて、イノリ君を守ってくれて本当に感謝している。ありがとう、一騎君」

「……」


 一つの組織をまとめ上げる司令官が直々に頭を下げる。

 それがどれほどの意味を持つのか――

 一騎にだって少しくらい理解出来る。


「僕の無茶は……誰かの助けになったんですね」


 クロムの言葉が恐怖に囚われていた一騎の心を解きほぐす。

 あの時、イノリを助けたのは、助けたいと思ったのは決して間違いじゃなかった。

 

 イノリを助けたいと思った一騎の気持ちは誰からも否定されるものではなかったのだ。


「あぁ。君のおかげだ。だからこそ、すまない。俺達は君を見誤っていた。初めて出会った時、君は戦えないと。戦いに向いていないと俺達は判断していた」

「……待って下さい。でもクロムさんは……」


 ギア適合者として、一騎の事を特派に誘ったではないか。

 戦えないと判断していたなら、あの言葉は出ないはず。


 疑問に思う一騎にクロムは渋々といった様子で答える。


「あぁ。ああ言えば君は俺の誘いを断るだろうと思ったんだ。普通の少年が非日常に足を踏み入れる。それも命を賭けた戦いだ。普通であれば、躊躇い、背を向ける。君がそうだったようにな」

「もし、ですよ? もし受け入れていれば?」

「……そうだな、決して戦いに投じる事は無かっただろう。いいところサポート要員といったところか? なにせ、その判断は異常だ。人として、大切な何かが欠落している。君がそうではなかったことに心から安堵しているよ」


 人として大切な何か……

 一騎は胸中でその言葉を反芻しながら、その身に刻みつける。


「ただし、一騎君、これだけは言っておく。今回の戦いで君は確かにギアを身に付け、そして戦った。だが、それが褒められた行為でない事だけは理解してくれ。イノリ君を助けてくれた事には感謝している。だが、君は本来、守られる側の人間だ。力の扱いも知らない。だからこそ、安易な行動は今後は謹んで欲しい」

「それは……わかっています」


 初めてギアを纏って戦った恐怖は落ち着いた今だからこそ、よくわかる。

 《魔人》だけじゃない。この身に燻るあのドス黒い感情。破壊衝動とも言うべき感情は一騎の中に深い影を落としている。

 

 何も知らない状況でギアを纏うのは危険すぎる。

 力の制御を知る必要があるだろう。

  

 だからこそ――


 クロムからは他にもっと重大な事を聞かなければならない。

 真実を。

 ギアのこと。特派のこと。《魔人》のこと。

 なにより――


(僕の事を――)


 イノリやクロムの口ぶりから察するに、どうやら一騎は適合者ではなかったらしい。

 なら――

 どうして、ギアを纏う力があったのか――

 どうして、ギアを纏った瞬間に豹変してしまったのか――


 その理由が知りたい。


「教えて下さい、クロムさん。どうして、僕がギアの適合者になれたのか――そして、どうして僕の中にあんな破壊衝動があったのか……なによりもクロムさん達の事を。そしてあの《魔人》の正体を――」

「うむ……」


 クロムは眉間に皺を寄せながら、言葉を探すように口にする。


「俺も、その為にここに来た。だが、その前に一つだけ教えて欲しい、もし、またイノリ君が危険な目にあった時、君はどうする?」

「決まってます――」


 たとえ、戦う事が怖くても、自分自身が恐ろしくても――

 一騎の答えは変らない。

 結奈が教えてくれたのだ。

 ただ、自分の気持ちに従えばいいと。


「何度だって彼女を守ります」

「守る為に真実を知る覚悟はあるのか?」

「……正直、戦う覚悟はあるか? と尋ねられたら、答えられる自信はまだ僕にはありません。けど、守る覚悟ならあります。その為に真実を知る必要があるなら、僕は知りたい」


 偽りのない一騎の本音だ。

 真っ直ぐクロムを見つめ、一騎はその言葉を言い切る。


 クロムは困ったように頬を掻きながら、それでも一騎の意思をくみ取ってくれた。


「うむ。君のその瞳、そしてその言葉を信じよう。そして、改めてすまない。俺達は君に隠していた事がある――」


 そう切り出してから、クロムは話した。

 特派のこと。そして《魔人》の正体。


 その真実はあまりにも予想外で衝撃的な内容だった――

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