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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
魔導戦記イクスギアRoute
166/166

エピローグ『終わらない物語』

いよいよ完結です!

最後までぜひご覧になって下さい!!

「こ、ここは……?」


 結城透は重たい瞼をゆっくりと持ち上げた。

 まだ、寝ていたいという誘惑を振り払い、目をこする。


 目の前に広がった光景に、やはり結城はまだ夢の中にいるのだろう――と結論づけた。

 何せ――


「元の世界に戻ってる……?」


 ハクアたちの新世界に上書きされた現実世界が元の世界に戻っていたからだ。

 虹のような不思議な色の空は見慣れた青い空。

 そして、幻想的な世界は、鉄筋とコンクートの家々に囲まれたありふれた日常を結城に魅せていた。


 町を行きかう人たちも、とても召喚者や異世界の住人とは思えない。

 どこにでもいる、どこにでもある、ありふれた日常のいちシーンだ。


 結城は現実を確認する為に頬をつねる。

 

 痛い。

 夢じゃない。

 痛みも、肌を撫でる空気の感触も。

 視界に映る世界もあまりにリアルだ。


 だけど――

 結城は置かれた現状の理解に苦しむ。

 なぜ、こんな場所で目覚めたんだ? と。



 結城の後ろには噴水が。

 どうやら噴水公園のベンチに座っているようだった。

 この噴水公園は何もおかしい物じゃない。

 どこにでもある噴水だ。

 恋人や友人でも待っているのか、結城の他にもちらほらと、待ち人を待つ人の姿がある。


 ベンチに深く腰掛け直し、腕を組んで唸る。


「……どこだよ、ここ……」


 それが結城の抱いた感想だった。

 ここが何処なのかまるで分らない。

 

 少なくとも結城の記憶にはこんな噴水のある公園はなかった。


 けど、何となく、見覚えがあるんだよな……


 と結城は改めて周囲を見渡す。

 公園は町のちょっとした外れにあるのか、公園は森を背にする形で創られていた。

 そして、その森は何となくだが……既視感のような物を感じる。


「あれって……まさか?」


 見慣れた森――そこにある記憶が重なる。

 それは、一騎に連れてこられたあの森だ。

 

 結城はなりふり構わず駆けた。

 周囲が奇怪な視線を向ける中、森の中に入り、草木をかき分ける。

 そして、己の記憶だけを頼りに、その場所に目指す。


「た、確か……ここだったはず!!」


 結城は森の中心――

 記憶が正しければ、召喚者が召喚された爆心地が広がる場所へと抜けだした。


 だが――


「は……?」


 景色は変わらない。

 クレーターが穿たれた大地も。

 死んだような息が詰まる威圧感もない。

 まるで何の変哲もない森が目の前に広がっていた。


「嘘……だろ?」


 場所を間違えた?

 もちろんその可能性もある。

 何せ一度しか訪れた事の無い場所だ。


 なら――、探すのは無理、か?


 結城はどこか不安げな表情を浮かべ、周囲を見渡した。

 この森のどこかに爆心地があり、そこで一騎が修行をしているはずだ。


 一騎を探しにこの森に入ったわけだが……

 たどり着けないなら、どうしようもない。

 

 結城は呆れたように頭を掻きむしり、焦燥感に駆られ、愚痴る。


「クソ……このクソ大変な時になに呑気に修行してんだよ……」


 周防が破壊されて、マシロとアリスが攫われたんだぞ。

 修行なんて切り上げて一緒に戦ってほしかった。

 だけど……


「場所がわからねぇなら、仕方ねぇ……」


 途方に暮れながらも結城は踵を返す。

 そして、駆けるように足を蹴り、周防へと目指す。


 周囲の景色が目まぐるしく後ろへと流れる。

 疾風のように駆ける結城は、魔力で強化した身体能力を最大限に活かし、一直線に『周防』を目指す。


 周囲の驚いた様子など知った事か。

 《魔人》も、そして、イクスギアの存在も知ってる彼らが今さらこの程度の芸当で驚くなんて、そんなはずはない。

 

 世界の敵――《魔王》と仕立てられた一騎の仲間が目の前に現れた事に対する恐怖故の驚きだろう。


 けど、今は周囲の視線すら億劫だ。


(はやく、はやくマシロを助けねぇと!! たとえ、俺一人でも!)


 何故だか、体力も気力も、そして魔力も全快。

 凛音を助け、ハクアを倒した今、残る敵は、《魔王》トワイライトだけのはず。


 なら、一人でも戦える。戦ってみせる!


 結城は息が切れるくらいに全力で駆け抜け――そして、足を止めた。


 それは、再び崩壊した『周防』を見た絶望からじゃない。


「な、なんだよ……これ……」


 破壊された家なんて一つもない。

 目の前には、見慣れた寮が一軒、無傷で建っていた。


 あまりの非現実的な光景に、結城は呆然と立ち尽くす。

 まるで理解が追いつかない。

 

 なんだ、これ? 一体……どうなって……


 まるで破壊などなかったように、『周防』が建っていた。

 別の場所か? と疑って表札を見る。


 間違いない。『周防』だ。


 そして、寮からは和気あいあいと談笑の声が漏れ聞こえる。


「な、なんだよ……脅かせやがって……」


 そうだよ。

 『周防』が無事だった。それだけでいいじゃねぇか。

 破壊された『周防』

 連れ去れたマシロ達――

 そっちの方がよっぽど非現実的だ。


 結城は安堵の吐息を吐き、ゆっくりとドアノブに手をかける。

 そして、居心地のいい――寮へと。


「ただいま……?」


 戻った直後、再び、脳天を鉄筋で叩きつけられたような衝撃を受ける。

 思わず、その場で再度、立ち尽くし、結城は目を見開いた。


「あ、アリス……?」


 ゆっくりと指を指し、金髪の少女を見やる。

 少女は黒い服にエプロン姿で、結城を出迎えたまま、硬直していた。


 その後ろ。

 リビングでは、ソファーに深く腰掛け、テレビのリモコンをくるくると回す凛音が胡散臭げに結城を睨んでいた。


「え……と、貴方は?」


 アリスが小首を傾げ、結城に視線を向ける。

 その懐疑的な眼差しは、まるで異分子を見るようで……


 結城は悪寒を隠しきれず、声を枯らす。


「な、何の冗談、だよ……俺だよ?」

「……初対面、ですよね?」


 アリスの眼差しは警戒の色を強くしていく。

 そして、その後ろにいた凛音は、鬼のような形相で結城を睨んだ。


「勝手にあたしらの家に土足で上がるたぁ、いい度胸だ。お前、覚悟は出来てんだろうな?」

「覚悟って……俺たち、仲間だろ? もう戦う必要だってない……

 それより聞いてくれよ!

 マシロはどこだ? ここにいるんだろ?」

「マシロ? 誰だよ、そいつ? ここにはあたしとアリスしかいねぇぞ?」

「は……? それ、マジで言ってんのか?」


 怒りを押し殺し、結城は囁く。

 だが、凛音は怪訝な表情を浮かべ、手にした携帯を通話状態にする。


「これ以上、騒ぐなら人を呼ぶぞ、変質者」

「へ、変質!?」

「あぁ、勝手に女子寮に転がり込んで、叫び散らす男が変質者以外の何者だって言うんだよ? アリス、あたしの後ろに」

「う、うん……」


 アリスは怯えるように凛音の後ろに隠れると、背中越しに結城を睨む。


「な、なんだよ……どうして?」


 そんな視線を向けられなきゃいけない。

 俺たち、仲間だろ?

 あの日常は――全部嘘だったのかよ……?


「ちく……しょう」


 結城は嚙みしめるように呟き、寮から背を向ける。

 もう、この寮に、結城の居場所は――なかった。



 ◆



 当てどなく彷徨い、結城は元の噴水公園に戻ってきていた。

 その道中で拾った情報を整理し、困惑の吐息が漏れる。


「まるで別世界じゃねぇか……」


 そう。

 この世界は十年前の悲劇が起こらなかった世界だった。

 世界は《魔人》に襲われる事なく、平穏そのもので。

 特派もイクスギアも存在しない世界。


 結城の記憶の方が、この世界にとってはイレギュラーな存在だった。

 そして、結城の腕で鈍く光るギアも、この世界には存在しない魔道具。


 全てが無くなった世界。

 いや、全てが都合のいい世界。

 まるで平行世界だ。


「まるで……」

 

 結城は忌々し気にギアを睨む。

 この世界のあり様は、まるで、結城の力――《ルート》の力に近い。

 

 平行世界にアクセスし、現実世界へと上書きする力。

 だが、それにしても、と思う。


 世界丸ごとを上書きする程の力――

 それほどの膨大な魔力を一体どこで……


 結城は頭を悩ませる。


 そして、気づけなかった。


 頭を抱え、蹲る結城の頭上に影が差したのを。


「トール――……?」


 その声が耳に届いた瞬間、結城の体に衝撃が走る。


 ずっと聞きたかった声。

 探し続けた少女の声だ。


 顔をゆっくりと上げ、逆光でよく見えない少女の顔を凝視する。


 腰まで届く白銀の髪。

 肌は雪のように白く、きめ細かい。

 そして何より、目を引くのは、その整った顔立ちだ。

 まるで、彫像のように精緻に整った、妖精のように可愛らしい顔立ち。


 出会ってからずっと変わらない容姿に、涙がこみ上げる。


 震えた声で彼女の名前を囁く。

 結城が彼女の為に名付けた名前。

 彼女を見て、彼女に相応しい名前を。


「マシロ……?」


 覚えているのか?

 そんな不躾な質問はしない。

 マシロも目尻に涙を浮かべ、再会の喜びを表していた。


「うん。ずっと会いたかった。ずっとずっと、今日を待っていたよ、トール」

「マシロ……ぅ」


 結城は涙を流し、その細い腰に抱き着く。

 嗚咽交じりに何度もマシロの名前を囁く。


 マシロは優し気な表情を浮かべ、何度も結城の頭を撫でる。

 まるで、母のように、姉のように、そして恋人のように、再会の時間は過ぎていった。


 そして、それからどのくらい時間が経ったのか。


 二人の足は森の中心へと向かっていた。


 その間に、結城はマシロからこの世界の事を聞いた。


「……つまり、この世界じゃ魔力は暴走しないのか?」

「うん、そうみたい。お兄ちゃんもハクアも一度も暴走なんてしてないわ。もちろん、私も」

「ま、マジかよ……」


 そういえば……と、結城にも思い当たる節はあった。

 身体強化を全力で使っていたのに、魔力が一度も暴走しなかった。

 結城の魔力総量はギアで抑えきれる量じゃない。

 魔力を使えばたちどころに暴走するはずだった。


 なるほど……

 確かに、この世界は魔力を受け入れている。


 それに――


「マシロ、今、アイツらと生活してんのか?」

「う、うん……」


 マシロは今、トワイライトやハクアたちと一緒に生活しているらしいのだ。

 けど、彼らには前の世界の記憶がないらしい。


「本当に異世界の記憶も?」

「うん、全部忘れてるみたいなの」


 異世界の記憶すら失い、この世界で普通の人として生活している。

 まるで、冗談みたいな世界だった。

 けど、それが今の結城達のいる世界だった。


「ルートの世界だね。ありえたかもしれない理想の世界」

「あぁ……」

「こんな事、出来るの」

「あぁ、アイツしかいねぇ」


 結城はぶっきらぼうに唸る。

 世界をどうやって変えたのか。

 そして、それだけの魔力をどうやって得たのか……


 結城には知る術がない。

 

「俺の記憶が残っているのは《ルート》の……平行世界の記憶があるからか?」

「うん。たぶん、私の記憶が残っているのは、トールが私との再会を何よりも強く願ったからだと思う。だから、《ルート》が叶えてくれたんだと思うよ」

「……粋なことをしてくれるな」


 確かに、結城が何よりも願ったのはマシロだ。

 けど、どうせなら、と思う。


 凛音やアリスたち、仲間の記憶も残せなかったのか?

 何より――


「そこまで計らってくれるなら、一騎に会わせろよ……」


 結城は唇を噛んで、恨めしそうに呻く。

 悲痛な叫びにマシロの表情も曇る。


 この世界で、前と異なることは多い。

 その中で、結城やマシロの心を苦しめるのは――


 この世界に一ノ瀬一騎の存在がないことだ。

 

「この世界の代償なのかよ……ッ!!」


 結城はかつて存在した異世界と現実世界を繋げた場所へと叫ぶ。


 一騎だけじゃない。

 芳乃総司も一騎と共にこの世界から姿を消していた。

 


 互いに世界を守った仲間たちだ。

 彼らの足跡はこの場所で途切れている。


 もう、この世界にいない。

 彼らは消えた――それでも。


 言わずにはいられない。


「バカやろう……」


 世界を誰もが幸せになれる世界を創造した。

 けど、お前が居なきゃ意味ねぇだろ。


 この世界にはマシロだけじゃねぇ。

 お前も必要なんだ。


「ぜってぇ、ありがとうなんて言わねぇ! 言ってやるか、バカヤロウ!!」


 世界は平和になった。

 最高のハッピーエンドだ。

 けど――

 

 結城にとってのハッピーエンドはこれじゃない。

 こんなのバッドエンドだ。


「出て来いよ、一騎、ここにいんだろ? お前が消えるなんて……そんなの俺は、俺は、認めねぇ!!」


 頼む、出てきてくれよ……


 嘆くように紡がれる声。

 それは森の奥に吸い込まれ、そして――


「まったく、不敬だな、君も」


 その声が響く。

 まるで不意を突くように。

 結城達の反応を面白がるように。


 空間に亀裂が生じ、この世界から消えたはずの男が姿を見せる。


「よ、芳乃……総司!?」

「か、彼が!?」


 結城が叫び、マシロが驚いたように口元を隠す。

 総司は空間の裂け目から身を乗り出すと、結城達の前に立つ。


 総司の姿は何も変わらない。

 初めて出会った時と同じく、黒いジャケットを羽織った姿だった。

 

 けど、その顔は、少し苛立ちそうに眉をひそめていた。


「まったく、我らが神に感謝の言葉すら伝えないとは……」


 呆れを通り越し、肩を竦めるその姿に、結城は感慨深い感情を抱く。


「ハハ……ッ、アンタらしいよ。けど、我らが神って? 神はお前だろ?」


 自称『神』を呼称する総司の事だ。

 その言葉遣いはおかしい。


 総司は嘲笑めいた笑みを浮かべ、バカにするように結城を見る。


「君は知らないから言えるさ。真の神を前にして、私のような存在は矮小に等しい」

「……は?」

「言っているのさ。神は存在すると」

「頭でも打ったのか?」

「……君は私をバカにしているのかい?」


 ピクリと総司の整った眉が歪に歪む。

 結城はふんっと鼻を鳴らし、明後日の方を見やる。


「ところで、一騎は? 一緒にいるんだろ?」


 総司がこの世界にいたのなら、一騎も同じく『次元の狭間』にいるはずだ。

 期待を寄せて、尋ねた結城に、されど現実は残酷だった。


「いない」

「……は?」


 結城はたっぷり間を開けて聞き返す。

 その言葉を脳が理解することを本能が拒絶したのだ。


 嫌な汗が噴き出る。

 足元から崩れるような虚脱感。

 蒼白の表情を浮かべた結城の手をマシロが力強く握りしめた。


(ま、マシロ……)

(大丈夫だよ。トール)


 手の温もりが想いを伝えてくれる。


(ありがとう)


 結城は力強く握り返す。

 頬が赤くなったマシロを側に寄せ、結城は呼吸を整える。


 どうにか話を聞ける冷静さを取り戻す。


「……どいう事だよ」

「彼は、神となってこの世界を創造した。けれど……その代償として全てを失ったんだよ」

「全て?」

「一ノ瀬一騎という人間の全てだ。もう彼はこの世界に存在しない」


 どこか儚げに総司は告げた。

 けど、なら……


「あんたはどうして、それを俺に教える? アンタの存在だって……」

「あぁ。私の存在もこの世界には無いだろうね。私は一騎がこの世界を創造する時、『次元の狭間』に逃げ込んだからね。私まで、彼の創造に巻き込まれるわけにはいかなかった」

「どうしてだよ……まさか、まだ二つの世界を手に入れるとか考えてんのか?」

「違うさ。一人でも多く彼の偉業を崇め讃える信者が必要だろ? 神とは信仰から成る存在だ。たとえ、この世界にいなくともね」

「……相変わらず狂ってるな」


 妄信的に何かを信じる。

 それは美徳かもしれないが、目の前で見せつけられると不気味さが極まっている。



 若干引き気味な結城。

 二の句を告げない結城に代わってマシロが恐る恐ると言った様子で尋ねた。


「この世界にはいない? それって、別の世界にいるって事ですか?」

「……やはり聡いな、異世界の王女。その通りさ。一ノ瀬一騎は別の世界で生きている」

「な……ッ!?」


 総司は語った。

 一騎はこの世界の七十億の魔力を束ね、《ルート》のイクシードの力でこの世界を願った。

 だが、その代償は大きい。


 一騎の肉体はその負荷に耐えきれずに消滅するはずだった。

 現に、一騎は総司の目の前で存在が消えようとしていた。


「だがぁ!! 信仰心の強い私が神を見殺すとでも!?

 ありえない! 神が自らの手で命を絶つその瞬間まで、私は彼に仕え、彼を守る剣として支える事をこの胸に誓った信者だ!

 故に、救った。

 消える彼の肉体を。

 魔力の粒子となった彼を。

 異世界に送り届けたのさ!!」

「異世界だと!?」

「私の、故郷……」


 三者三様で驚く。

 けれど、希望が芽生える。


「い、異世界に一騎がいるのか?」

「あぁ。これで、君のその力にも説明がつく」

「俺の、力?」

「あぁ。君の《ルートハザード》――……強力すぎると思わなかったかい?」

「あぁ……!?」


 言ってる意味がよくわからない。

 《ルートハザード》が強力すぎる?

 そんなの当たり前だろ。

 何せ、あの力は未来で結城が手にする力だ。

 戦い続けた結城の到達点。

 それが結城の力だ。


「君のその力――恐らく、その未来はこの先にある」

「この、先?」


 結城は総司の後ろを見る。

 『次元の狭間』へと繋がった《偽・ゲートを。


「まさか、繋がってんのか? 一騎の元に?」

「あぁ。行きだけの片道切符。人ひとりが通れるか細い希望だ。君は、一騎を助ける事が出来るかい?」


 その黒い穴を凝視して、結城の体が強張る。

 震えが止まらない。

 

 マシロがそっと結城に寄り添う。


「……トール、無理、しなくていいよ」

「ま、マシロ……」

「行ったら帰ってこれないかもしれない。トールは辛い目に合うかもしれない。なら、彼が残したこの世界で……」

「……ごめん、それは……出来ねぇ」


 結城はそっとマシロの手を離し、《門》へと向かう。

 怖い。

 一歩、異界への門へと近づく度に、本能が警鐘を鳴らす。


 この先へは行くな、と。

 待ってるのは地獄だぞ――と。


 それでも……

 鉛のように重い足を動かし、結城は前へと進む。

 

 終わりのない旅の始まりだとしても。

 

 絶対にこれだけは、守る。

 結城の誓いだ。


「絶対に、あのバカを連れて、この世界に戻ってくるから」


 結城は背一杯の虚勢を張って、今にも泣きそうなマシロに笑顔を向ける。


 そして――


「行ってくる」


 結城は異世界アステリアへと旅に出るのだった――



 ◆



 ゆっくりと《門》が閉じる。

 音もなく、異世界との繋がりを閉ざした門はその役割を終え、虚空へと消える。


「トール……」


 マシロは旅に出た最愛の人を想い、名前を口にする。

 けれど、もうマシロの声は彼には届かない。


 けれど、絶望はしていない。

 マシロは確信していた。


「絶対に帰って来てね」


 結城は約束してくれた。

 終わりのない旅。

 けれど、彼は絶対に帰ってくる。


 彼の戻る場所は、マシロの側しかないのだから。



「ふむ……わかってはいたが、即答だったね」

「芳乃さん。やっぱりこれが目的だったんですね?」

「……あぁ。私は、彼の復活を望んでいる。神が神として降臨する事を。

 今の彼を……見るのは忍びない。

 私も希望に縋りたいんだ」

「トールが一騎さんを救ってくれると?」

「さぁね。けど、賽は投げられた」


 旅の始まり。

 永劫か、それとも一瞬か。

 世界を変えた少年は神へと至り。


 少年を救いたいと願った英雄は、世界を渡り、旅に出た。


 終わりのない物語。


 未知数イクスの旅の始まりだ。


「さぁ――これからが彼ら二人の本当の物語だ。さて、私も語り継ぐとしよう。神とその従者の物語を――」


 こうして、最弱から最強へ――そして神へと至り、世界を創生した少年は、新たな物語を歩み始めるのだった――

最後までご覧頂き、ありがとうございました!!


次回の新作でまた、お会いできると幸いです!

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