表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
魔導戦記イクスギアRoute
165/166

新世界の創造神

「あぐ……ッ」


 いくら四肢に力を込めても指先一つ満足に動かせない。

 ギアが霧散し、砕けた銀狼が消滅する。


 途端に体にのしかかる疲労に、一騎の意識が飛びかける。

 だが、途切れそうになる意識を何とか繋ぎ止め、身じろぎ一つ出来ない状態でも一騎は最後まで諦めなかった。


「……俺は、魔王だ。お前如きに倒される男じゃないんだよ」


 トワは肩で息をしながらも、一騎を見下ろし、勝者としての貫禄を見せつけていた。

 切断された片腕からは血が溢れかえり、トワもギアを纏う力を失っていた。

 

 二人の命運を分けたのは、やはり魔力の総量だった。

 トワ個人が有する魔力は、魔王と豪語するだけの事はあり、強大だ。

 一騎は卓越した魔力操作こそあるが、魔力総量は少ない。

 

 つまり、二人の生命力の差が、勝敗を別ったのだ。


 全力を出し切り、身動き一つ出来ない一騎。

 だが、トワはまだ動けるだけの余力を残していたのだろう。


 ゆっくりと切断された腕を拾いあげ、アルティメットギアを取り外す。


「世界は、求めているんだよ……新世界を。今日が、その生誕の日だ!!」


 トワを妨害する敵はもはやいない。

 トワは一騎を蹴飛ばし、所持していた三つのイクシード――

 《剣》

 《氷雪》

 《流星》


 のイクシードを強引に奪う。

 そして、奪ったイクシードをアルティメットギアに装填。

 真の力を得たアルティメットギアは雷鳴のように魔力を轟かせ、世界を包み込む程の力を放出させた。


 一騎はその魔力の余波に吹き飛ばされ、嗚咽を漏らす。

 俯せに倒れた一騎がもがくように地面を爪で削る。

 爪が剥がれようが知った事か!


 今、ここで起き上がらなければ、全てが無駄になる!

 みんなの頑張りが!

 みんなの想いが!!


「や、やめ……ろ!!」


(動け、僕の体!! 今、無茶をしないで、いつ無茶をするって言うんだ!!)


 燃え尽きたっていい!

 命が消える最後の瞬間まで抗ってみせる!!


 そう心は滾るが、

 体は心に追いつかない。

 限界を超える程に酷使した体は一騎の命を繋ぎとめるだけで手一杯。

 

 他の事に力を回す余力など残ってはいなかった。

 

 今にもシャットアウトしそうな意識を強靭な精神力だけで繋ぎ止めている事こそ驚愕。

 それ以上を求めるのは、酷だろう。


 動けない一騎を無視して、魔王は新世界への扉を開く。


「さぁ、今こそ、新世界の幕開けだ!!」


 アルティメットギアを天に掲げ、全ての力を解放する。

 強大な魔力の力が世界に解き放たれ、現実世界を破壊し――


 新世界を創造する。


 トワイライトの夢が今、まさに実現する――


「な、なに……!?」


 はずだった。



 ◆



「何が……起こっている」


 明らかに狼狽した表情で、トワはアルティメットギアを凝視していた。

 溢れ出る魔力は、世界を覆いこそすれ、新世界を創造するような能力を発揮しなかった。


 そんなはずはない。

 

 アルティメットギアの力は、その為にトワが用意したギアだ。

 現実世界をトワ達が創り上げた世界に上書きする。

 その楔となる魔力こそがアルティメットギア。


 その力はすでに解放していた。

 だが、世界の上書きが始まる気配は一向に訪れない。

 そればかりか――


「世界が消滅……してる、だと!?」


 それが現実世界を指した言葉では無いことを一騎は理解した。


 地鳴りのように大地が揺れ、虹の空がガラスのように砕ける。

 緑生い茂る草原は一瞬で砂漠と化し、大気は黒く濁る。

 世界が砂塵となって消える現象に一騎もトワも目を見張った。


 だが、何故――?


 その答えを知る男の声が、静かに響く。


「魔力の暴走だ」

「そ、総司さん……?」


 ある程度の魔力が回復したのだろう。

 肉体の欠損を癒した総司が一騎を抱き起す。


「魔力……の暴走、だと!? ありえない!! ここは新世界だぞ!? 魔力の暴走など起きるわけがない!!」


 トワはヒステリックに叫びながら、総司を責め立てる。

 けれど、総司は冷静に、事の結果を見据えていた。


「起きるさ。君たちが創り上げたこの幻想は、まさしく新しい世界だ」


 総司は崩壊する世界を眺めながら、この世界の創造主たる魔王を賞賛する。

 だが、結果として、その完璧すぎる世界が、二つの世界の崩壊を招く結果になってしまったのだ。


「君たちなら知っているだろう? 十年前の惨劇を。二つの世界が、ただ交わっただけで、この世界は崩壊しかけたんだ」

「……それは、君が二つの世界を手にしようとしたからだろ? 交わった事が原因じゃない!!」


 そうだ。

 この国を襲った災害は、総司が《門》のイクシードを暴走させたからに他ならない。

 世界の衝突による崩壊ではなかったはずだ。


「それが、間違いさ。惨劇の原因は総司にあった。だが、それだけじゃない」


 《ゲート》の暴走――それにより引き起された悲劇。 

 だが、そもそも暴走とは何か。

 現実世界の世界をあるべき姿へと戻そうとする強制力によって、消滅されそうになったイクシードが引き起こす魔力の暴走だ。


 それは一種の生存本能。

 生きようとする意思が、世界に逆らった末に、魔力の暴走を引き起こすのだ。


 そして――今、魔王が消そうとしている世界は七十億にも匹敵する生命エネルギー。

 現実世界の人々がただ黙って消滅を受け入れるわけがない。

 

 魔力が暴走して《魔人》となるように。

 人々の生きたいという意思が――本能が暴走し、新世界を拒絶したのだ。


「君は見誤っていたんだ。この世界に生きる人たちの意思を。

 魔力がないと侮り、弱い世界だと。

 そこに生きる人達が持つ未知数イクスの力を知ろうとしなかった。

 悦べ――」


 総司は大仰に手を広げ、恍惚に満ちた表情で、祝福する。


「今、この瞬間、人類は新たな一歩を踏み出した。

 大いなる意思の力を持って、消滅に抗う為に、魔力という新たな力を手にしたのだ!!」


 それが、この世界の消滅の絡繰りだ。

 死の瀬戸際に追い立てられた現実世界が、魔力という異分子をようやく受け入れた。

 人々の中にはイクシードの核が芽生え、生きようとする意思が、ありったけの魔力を放出。


 七十億の魔力エネルギーが融合し、消滅するはずだった結末を食い止めたのだ。


 けれど――

 誤算があるとすれば、

 人類が獲得した魔力には指向性が全くないことだ。

 生きたいと願う意思だけが暴走し、膨張した魔力は新世界どころか――

 現実世界すら飲み込み、消滅する。


 つまり――自爆だ。



「嘘だ……世界が俺たちを受け入れた……のか?」

「あぁ、その通りだ。君たちは望む未来を手にする事が出来た。

 だが、その結果――二つの世界は消滅するんだ」

「……待って下さい、総司さん……何が何だか……」


 一騎は一人、話について行くことが出来ずに、狼狽える。

 総司は一騎の肩を支えながら、崩壊する世界からの脱出を試みる。


 その片手間で、簡潔に真実だけを総司は告げた。


「二つの世界が消滅する。ただそれだけの事だ」

「ま、待って下さい!! だから消滅ってどういう事ですか!?」

「……説明している時間はない」


 もとより、一騎には理解できないだろう。

 人々の生きようとする意思が、魔力を呼び起こし、その魔力が一斉に暴走したのだ。

 もはや、たかだか二十程度のイクシードの魔力を内包したアルティメットギアでは崩壊を抑える事は出来ない。

 七十億の魔力を凌駕するだけの力はこの世界のどこにもないのだ。


 なら、逃げるしかない。

 幸い、もう一度『次元の狭間』への出入り口を造るだけの魔力は回復した。

 なら、この世界との接点を断ち、一騎だけでも避難させるべきだろう。


 だが、一騎は総司の手を振り払う。


「……血迷ったのかい?」

「……僕は、まだ諦めていません……」


 ふらつく足取りで、一騎はトワの元へと向かう。

 

 これが――

 この世界の消滅が、みんなの生きようとする意思なら――

 生きたいと願う意思なら――こんな暴走は止めてやる。


 世界を絶対に消滅させたりしない。


「フル……ドライブッ!!」


 全身を苛む激痛を無視して、一騎は再び《シルバリオン》を纏う。

 ありったけの想いを燃やし、命では賄いきれない魔力を想いの力で補って一騎はギアを纏った。


 その直後――


「ご……がッ!?」


 全身の傷から鮮血が噴き出す。

 白銀のギアが血に染まり、命の許容量を超えた出血が、足元に血だまりを造る。

 だが、一騎は倒れなかった。

 

 崩れかけた足に活を入れ、踏みとどまったのだ。

 限界を超えて、捻りだした最後のギア。

 

 蒼白の表情を浮かべながらも、一騎はイクスギアのブレスレットをトワと同じように空に掲げる。


(頼む……イクスギア、この暴走を……止めてくれ!!)


 直後。

 世界を上書きする為に放出されたアルティメットギアの魔力が一騎のイクスギアへと吸収されていく。

 それは魔力の封印だった。


 だが、その光景を見た総司は、驚きの眼差しを一騎に向けていた。

 それも同然だった。

 今の一騎のギアにそもそも魔力を封印する機能は備わっていない。

 総司がその機能を取り外し、ギアの能力向上に当てていたからだ。


 けれど、今、一騎は目の前で膨大な量の魔力をその身に取り込んでいる。

 その理由を総司とトワは察した。


「そうか……これが君のイクシードの能力なのか……」


 トワが零した声音には諦めの色が混じっていた。

 新世界の創造は、今を生きる人たちの意思によって断ち切られた。

 二つの世界の消滅を待つだけのトワは、一騎の纏う白銀の輝きに目を奪われていた。


「魔力の吸収と放出――それが君に芽生えたイクシードの……《メア》の力なのか……」


 トワのその推測は正しかった。

 一騎の本当の力――《シルバリオン》の力は魔力の放出と吸収だ。

 一騎はこれまでの戦いで、己の魔力を放出する事しか出来なかった。


 それは、魔力の吸収が《魔人》化を引き起こす可能性があったからだ。

 一騎は本能的にその能力を封印し、魔力の放出だけを使って戦ってきた。


 だが、生存本能により制限されていた肉体の限界を突破し、己の全てを出し切る《覚醒》の力を手にした今――

 それが例え、自滅の力だったとても――一騎は躊躇なく、この二つの世界に満ちる七十億の魔力をその身に宿す事が出来る!


「おああああああああああああああああああああッ!!」


 魂を焦がす絶叫が喉を震わせる。

 体に押し込めた魔力は、肉体という器を破壊せんと、体中で暴れ回る。

 一瞬も押しとどめる事は出来ないだろう。


 だが――刹那なら可能だ。

 

 肉体を破壊するだけの荒れ狂う魔力を、一騎はイクスギアとして鎧纏う。

 右腕のブレスレットに追加装甲として出現した手甲。

 それはトワが装備していたアルティメットギアの手甲と全く同じ鎧だった。


 七十億の魔力を束ね、鎧纏い、究極の力を――

 創造神と等しい力を手にする――ギア。


 己の消滅すら厭わず、一騎は、最後の力を振り絞る。


「アルティメットギア――フル、ドラァァァァァァァブッ!!」


 世界を改変しうる力を持つ魔力が爆発。

 その爆心地の中心で佇む一騎の装いは一変していた。


 致命傷たる傷すら塞がり、白銀のギアは、その形を創造神に相応しい姿へと生まれ変わらせていた。


 銀翼の翼。

 白銀の光輪。

 神々しい鎧。


 まさに、神と称する装いだった。


「う、美しい……」


 世界の崩壊を前に降臨した神を前に、総司は涙を流して拝む。

 

 あぁ……自分はどれほど矮小な人間だったのか。

 もはや、神と名乗ることすらおこがましい。


 目の前の存在を前にして、どうして神と名乗る事が出来ようか。

 

 一ノ瀬一騎は、今、『最強』を超え、『神』へと至ったのだ。


 目元を隠す白髪の髪から覗く黄金の双眸が、終末の世界を悲し気に見つめる。

 そして――


 一騎の手には一振りの儀礼剣が握りしめられていた。

 刃のない白銀の剣――それは鍵のような形状をした歪な姿だった。

  

 だが、それがただの剣でないことは明白。

 剣から溢れ出す濃密な魔力はトワが纏っていたギアとは比べ物にならない。

 

 一騎はそれを天にかざすと、仲間の名前を口に出す。


『力を借りるよ、結城』


 一騎のギアは、この世界に吸収された結城のイクシードすら取り込み、平行世界にアクセスし、望み世界を掴み取る《ルート》のイクシードを獲得していた。

 そして、《ルート》の力を使い、一騎は平行世界へとアクセス。


 望む世界を手繰り寄せ――


『もう誰も悲しまない世界を――

 もう誰も苦しまない世界を――

 誰もが望む最高のハッピーエンドを――』


 二つの世界が消滅するその刹那の瞬間に。

 一騎は己の存在と引き換えに、世界を再構築するのだった――

完結まで残り一話。

どうぞ最後までお付き合いください!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ