運命に抗って
剣戟が鳴り響く。
二つの影が交差する度に金属が悲鳴を上げ、火花を散らす。
その燐光に照らされた二人の表情は、獲物を狙った獣のそれと同じだった。
獰猛で野蛮。
そんな言葉が当てはまるほどに、二人は殺気を放ち、野獣の如く吠える。
「うおおおおおおおおッ!!」
「はああああああああッ!!」
武技の光を帯びた刀身がかち合う。
互いに必殺を誇る一撃を相殺し、剣戟が衝撃波となって、二人の総身に刻まれる。
剣を弾き距離を離す二人。
互いに引けをとらない一進一退の攻防だ。
けれど、ほんの僅かだが――結城がハクアを押し始めていた。
「うおおおおおッ!!」
雄叫びを上げ、地面を蹴り、結城がハクアに迫る。
「――くッ!!」
ハクアの顔が強張る。
それもそのはず。
ここに来て、さらに結城の力が増大したからだ。
速度も力も先ほどとは明らかに次元が違う。
辛うじて押し返せた一撃も今は受け流すのがやっと。
速度も追いつけない。
これこそが《ルートハザード》の神髄だ。
未来の結城の力を憑依させるこの能力は、力が身体に馴染むにつれ、力を増す。
未来の力を憑依させ、肉体を強化する――ということは、その未来へと体が変質し、進化していくこと。
時間が経つにつれ、結城は能力に頼らずとも未来の姿へと近づいていく。
そして、その分、《ルートハザード》に使っていた魔力を身体強化に回す余裕が出てくる。
自力に差がつき始めるのは当然だった。
(これが……俺の未来ッ!!)
深紅のギアから溢れる力は結城をさらに後押しする。
もっと先に!
俺の力はこんなもんじゃねぇ!
速く未来に追いつけ!
と、限界を超えた力を発揮させるのだ。
刀身に武技を纏わせ、スキルを放つモーションへと入る。
深紅の刀身が魔力光で輝き、その輝きが一層強くなった時――
結城の体が爆ぜるッ!
最短で間合いを殺し、切っ先をハクアへと向けた渾身の突きだ!
その武技の名は《穿光》――突進力に優れた神速の突きだった。
一点に全ての力を収束した、その破壊力は――
ハクアが盾にした魔剣を容易く砕き、白銀の鎧を穿ち、ハクアの総身を吹き飛ばすほどの威力。
「ぐ……がッ!!」
胸の甲冑を砕かれ、吹き飛ばされたハクアが喀血。
《穿光》の直撃を受けた胸の鎧は完全に破壊され、夥しい量の血が溢れかえっていた。
ハクアは崩れそうになる四肢を支え、どうにか立ち上がる。
だが、その体はもはや死に体。
けれど――限界なのは結城も同じだった。
「ぐ……ッ!!」
苦痛に顔を顰め、膝を折る。
(やべぇ……もう、魔力が……)
限界を出し切り、もう魔力が残っていない。
ギアを纏うだけで悲鳴を上げる体に、さらに負担のかかる力を使っているのだ。
限界はとうに超えていた。
その無理が、このタイミングで結城に牙を剥いたのだ。
魔力のオーラとは異なる――淡い光が身体から溢れ出す。
それが結城にとって致命的な何かである事を知識には無くても本能が察していた。
希薄となる存在。
肉体の感覚がなくなり、剣が手から零れる。
思考に靄がかかったように、ノイズが走る。
「どうやら……君も限界……みたいだね」
「……あぁ? なに言ってんだよ」
結城は気丈に振舞ってみせたが、全身を襲う寒気が収まらない。
この世界に存在が喰われるような恐れを抱きながらも拳を握る。
「もう、君に残された時間は少ない。君は……この世界に吸収されるんだ」
「何、言ってんだよ」
互いによろけながらも距離を詰める。
武器はすでになく、気づけばギアも解除されていた。
それはハクアも同じだ。
白銀のギアが光の粒子となって消え、インナーだけを残した姿へと戻っている。
もはや、誰の目から見ても二人は戦える状態じゃなかった。
けれど、歩みを止めない。
望んだ世界を手に入れる為に。
その夢を壊す為に――
「君は……とっくに限界を超えている……もう魔力も命すら使いきっているんだ……」
「それが……どうした」
途切れそうになる意識を繋ぎ止め、結城は吐き捨てる。
そんなの《ルートハザード》を纏った時に覚悟は決めていた。
命を削って最後の魔力を絞り出していたのだ。
その魔力すら底をついた時、どうなるかくらい結城にだってわかっている。
「君は消滅する――君の中に眠るイクシードはこの世界に吸収され、世界を創る、礎となるんだ……」
イクシードを宿す結城が消滅する事は本来起こりえない。
《魔人》化のリスクを背負う代わりに、肉体が消滅する事はない。
だが、それは現実世界においての話。
この新世界の中では勝手が異なる。
未完成のこの世界は貪欲に魔力を欲している。
強大な力を持つ結城の魔力の源――イクシードをここぞとばかりに取り込もうとしているのだ。
もはや、結城の消滅は逃れられない運命。
だが――結城は運命に抗い拳を力強く握る。
「俺は……消えねぇ。消えてたまるか」
ハクアを倒し、この世界から脱出する。
そして、マシロを助ける。
だから、まだ、死ねない。
死という恐怖を払拭し、あらんかぎりの力を込めて、拳を弓なりに引き絞る。
対するハクアも満身創痍でありながら、拳闘の構えをみせた。
「俺は……必ず、みんなの為に新世界を……楽園を作ってみせるッ!!」
残された召喚者たちの為にと、自らの犠牲を厭わないハクアに結城は怒りを覚える。
「まだ、わかんねぇのかよ! 俺たちは手を取り合えるって!! マシロがそれを教えてくれてんだろ!?」
「それを世界は認めない。君だって見ただろ!? リアが苦しむ姿を!!」
「けど――それでも……」
結城は歯を食いしばり、死力を振り絞る。
そして――
「俺は……俺たちの未来を信じてんだッ!!」
渾身の一撃を無防備なハクアの顔面へと打ち込むのだった。
最後の力を振り絞った渾身のストレート。
その一撃はハクアの意識を刈り取るには十分すぎる威力を誇っていた。
◆
顔面を射貫かれたハクアの体が泳ぐ。
ゆっくりと体が崩れ、仰向けに倒れた。
その瞳からは光が消え、結城の一撃は完全に意識を刈り取っていた。
結城はその姿を見て取り、ゆっくりと踵を返す。
向かう先は、倒れた凛音の元だ。
意識を失ってはいるがすでに治癒の炎で体の傷は癒えている。
命関わるようなダメージは残っていないだろう。
問題は――
結城に凛音を担ぎ、この世界から脱出するだけの体力が残っているかどうか……だ。
もう、歩いているのか、倒れているのかわからない。
体の感覚はとうに無くなり、意識もほとんどない。
まだ、死ねない――と生に縋る本能だけが結城の鈍重な足を動かしていた。
そして――凛音の元へ辿り着く――前に限界が訪れた。
意識が途切れる。
地面がゆっくりと迫ってくる。
ダメだ。倒れる。
(ここまで……)
最後の気力を振り絞り、結城は最愛の人の名を紡ぐ。
「……マシロ……待ってろ、今……行くから」
地面に崩れ落ちるその直前。結城の決意を嘲笑うかのように結城の体は魔力の粒子となって新世界に取り込まれるのだった――